表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
106/166

第5話 頑張っちゃった

「久しぶり。元気してた?」


 ドアの前に立つ梨華がサングラスを下へずらし、俺にその大きな目を向けながら尋ねた。



 今日の梨華は赤のトップスと白のワイドパンツに、グレーのテーラードデザインジャケットを羽織ったファッションだ。


「……なんか今日のファッションは気合い入ってるな」


 まだ残暑も厳しい中、いかにもモデル然とした初秋のコーディネートを前に、梨華の質問にも答えず俺は呟いた。


「えへへ。翔悟に会うの久しぶりだから頑張っちゃった♡ どう?」


 梨華がサングラスを外して、その場でふわりとターンする。

 足元の赤のパンプスと唇の赤いルージュが目に鮮やかで、しぃちゃんや吉野さんより年下のはずなのに一番大人っぽく見えた。


 こうしていると梨華が人気モデルだということを改めて実感する。

 その凛とした立ち姿は、俺のボロアパート(ああ、美智子さん。ボロアパートなんて言ってすいません!)の玄関にはあまりに似つかわしくない。

 実際、俺なんてファストファッション店のTシャツにジーンズだし。



「あ……ああ、似合うよ。とても素敵だ」


 圧倒されながらも思わず素直な感想が口に出る。


「ホントに!? ありがとう! 翔悟に誉められるのが一番嬉しい!」


 パァッと笑顔になった梨華が言う。


 その笑顔とストレートな愛情表現は間違いなく、俺のクラスメートの梨華のものだった。

 ここでようやく俺は、目の前に立っている美しい女性が自分の知っている梨華と同一人物であると理解できた気がする。



「で、どうしたんだ、今日は?」


 調子を取り戻した俺は梨華に尋ねる。


「昨日、東京で撮影があったの。最近、顔見てなかったからお土産持って来たのよ」


 梨華は持っていた紙手提げを持ち上げる。

 東京駅構内で有名なバナナクリームが詰まったスポンジケーキだった。


 普段、学業と両立しながらモデル活動をしている梨華にとって、夏休みのような長期休暇は重点的に活動できる絶好のタイミングである。

 所属事務所もここぞとばかりに仕事を入れてくるらしい。


「今日は神戸に来てるんだ」


「明日は東京のスタジオ」


 梨華からは忙しく西へ東へ飛び回っている報告が連日のようにLINEで届いていた。


 そういえば、この間はついに週末の朝の情報番組でレポーターまでやっていた。

 原宿の新しいスイーツを紹介する十分ほどのコーナーだったが、自分の友達が全国区のテレビに出ているのはとても奇妙なものだった。

 自慢したいとか誇らしいといった気持ちよりも、


「トチッて梨華がファンに嫌われたりしませんように」


と祈る気持ちの方が強かった。


 番組終了後に、その番組が収録番組でセリフを間違えたりする訳がないことに気付いた。

 気が抜けたと同時に、こんなだから渡良瀬や長尾たちにお母さんみたいと言われるんだと自己嫌悪に陥った。


 だがまあ、それは今、関係ない。



「――忙しいなら連絡せずに来るなよ。俺がいなかったらどうするんだ?」



 しぃちゃんといい、吉野さんといい、確認もせずにサプライズで人の家を訪ねてくるのが最近は流行ってるのか?



「だって翔悟、『なにしてるの?』ってLINEするといっつも『家で勉強してる』か『バイトしてた』しかないじゃん。『飛行艇』のバイトは夕方だから、この時間なら勉強してるなって思って来たよ?」


 ケロッとした顔で梨華に答えられる。


「……なるほど。見事な考察だな」


 結局、女性陣の三連続アポなし訪問は、あまりに面白みのない自分の夏休みの過ごし方が元凶であったことが証明されただけだった。

 ぐうの音も出ない。


「考察なんかじゃなく愛が深いって言って♡」


 梨華がウインクする。

 かわいいけど俺の心境は複雑すぎるぞ、チクショー。



「あれ? 涼子ちゃんも来てたんだ……で、その人は?」


 ここで梨華が部屋にいる吉野さんとしぃちゃんに気付いたらしい。



「初めまして。ウチ、刻文院こくぶんいん三年の巴 詩織いいます」


 いつの間にか俺の背後まで来ていたしぃちゃんが自己紹介をする。


「あの……ひょっとして『Youngteen(ヤングティーン)』の読者モデルの矢作 梨華さん、ですか?」


 しぃちゃんが梨華に恐る恐る尋ねた。


「あ、はい、そうですけど」


 梨華が瞬時に営業スマイルになる。

 学校でも、たまに他クラスの生徒が人気モデルの梨華と写真を撮りたいと訪ねてくることがあるが、そのときと同じ表情だ。


「やっぱり! 毎月『Youngteen』見てます!」


『Youngteen』とは女子中高校生に絶大な人気を誇るファッション雑誌だ。

 梨華がその雑誌の読者モデルをやっているというのは知っている。

 梨華が載っていると聞いて一冊だけ買ったこともある。

 書店では恥ずかしくて買えなかったのでネットで取り寄せた。

 アチコチのページに色々な服装で載っている梨華はとても輝いていた。



「矢作さんのファッション、いつも参考にしてます! うわっ、メッチャ嬉しい! 握手してもらえますか?」


「あ、いいですよー」


「やー! 指、細ーい! かわいいー!」


「ありがとうございます」


 梨華のファンサービスにしぃちゃんが大喜びしている。

 ファンだと言われて梨華も悪い気はしていないようだ。


「それで、詩織さんはなんで翔悟の家に?」


 上機嫌な梨華がしぃちゃんに訊ねる。


「ああ、俺が勉強を教えてるん……」


 俺が代わりに答えようとしたところへ、


「あ、ウチ、しょうちゃんを狙ってるんです!」


しぃちゃんが笑顔で答えた。



「はぁ!?」


「へ!?」


 思わず俺と梨華のリアクションが被った。




更新の励みになりますので、よろしかったらブックマーク、☆での評価、コメント、レビューなど、お待ちしております!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ