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第2話 これを見てみぃ!

 藁科先生との成人の飲み会の約束を結んでから再び数日後。



「暑い……」


 数年後のことなんかどうでもいい。


 そう思ってしまうほど、今日も朝からうだるような暑さである。



 八月も下旬に入ったというのに、今朝は天気予報で最高気温35℃とか意味の分からない数字をほざいていた。

 もう、ぬるめの風呂じゃないか。

 だったら外に出るだけでサッパリさせろ。

 実際は洗濯物を干すだけで汗だくだ。

 洗濯物を干した直後から汗だくになったTシャツを再び洗濯機の中へ放り込まなければいけない、この大きな矛盾はどうしてやればいいのだろう。

 どんな問題よりも解くべき問題ではないか。



「洗濯も終わったし、勉強するか……」


 勉強をするなら、電気代節約のために涼みがてら図書館へでも行きたい。

 実際、8月上旬の藁科先生の補習がなかった日には図書館で勉強した日も何度かあった。


 しかし、あまりの暑さに図書館まで歩いていく道すがらで疲れてしまうことが多く、ここ最近は図書館から足が遠のいている。

 額の大火傷さえなければ自転車で行くのだが……仕方がない。


 結局、夏休みが明ければ日中からクーラーをかけるようなこともなくなるからと自分に言い訳して、クーラーが効いた部屋でアイスコーヒーを飲みながら俺はひとり、朝から高一後半に向けた勉強を始めた。



 さて、相変わらずの俺の勉強漬けの生活を見ていただければわかってもらえるように、藁科先生との補習が終わってから、俺は美幸以外の誰とも会ってない。

 その美幸とも、美智子さん手作りのお惣菜を受け取るときに少し会話をする程度だ。


 みんなとLINEでの連絡は取っているので、別に音信不通という訳ではない。

 実際、梨華はモデル仕事のことを、吉野さんは本の話、巴さんは何故か自撮り写真をたまに送ってきた。

 最近では長尾や渡良瀬ともたまにLINEをするほどだ。


 ただ、面と向かって誰かと会うようなことはなかった。


 先週、母さんと健太郎さんを亡くして初めての旧盆を迎えたりしたせいか、なんとなく人と会うのが億劫になってしまったらしい。


 もともと小三からぼっちをこじらせているので、学校も休みで人に会わずにいると、どんどん人との距離感を忘れる。

 去年の事故のあとも、この家で引き籠っているうちに人との接し方がわからなくなって、学校から足が遠ざかったといっても過言ではない。


 まあ、一番よくないのは、それを言い訳にして人とのコミュニケーションを諦めてしまう自分なのだろうけど。



「デート、か」


 多摩先生に言われたことを思い出し、シャープペンを持つ手を止め、声に出して言ってみる。



 先生も恐らく、俺がこういう風に引き籠ってしまうことを懸念して言ってくれたことは充分わかっている。

 俺だって健全な男子高校生だ。

 女の子と一緒にどこかへ出掛けることを妄想したりもする。

 春からの色々な事件のおかげで多少、親しくなった女ともだちがいない訳でもない。

 そのうちの誰かを誘ってデートしたいと思わないでもない。



 しかし心のどこかで、


「俺なんかが誘ってもねぇ……」


という気持ちが拭いきれない。


 ぼっちの俺が人に囲まれることが増えてきた理由は、『操作』によるトラブル解決の賜物でしかないと自分でわかっている。

 それに俺が仲のいい女の子たちは、よりによってみんな人目を引く美人ばかりだから、人並み程度のルックスである俺の隣を歩かせるのは不憫で仕方ない。


 そんなことを考えると結局、部屋で勉強しているのが自分には合っていると思ってしまい、ため息とともに毎朝、参考書を開くことになるのだ。



 そのとき、家のドアフォンが鳴った。

 ビクッとしてドアに目をやってから時計を確認する。

 時刻はまだ朝の10時を回ったばかりだ。



 美幸が夕飯のお惣菜を持ってきてくれたのか?

 ――いや、アイツはたしか家族揃って昨日から、夏休みいっぱい海外旅行だったはずだ。

 ネットでなにか注文したわけでもない。

 それ以外で俺の家のドアフォンを鳴らされることはほぼないので、ビックリして思わず言葉を失っていると――



「ウチやー」


扉の向こうでドアフォンを押した人物が正体を明かしてくる。



「え、巴さん?」


「……」



 返事がない。

 ……あ、そういうことか。



「し、しぃちゃん?」


「そや、しぃちゃんやー。開けて、しょうちゃーん」


「大声でその呼び名はやめてよ……」


 断ったはずのあだ名で呼ばれてドアのカギを開けた。



 ドアの前にはトレードマークであるツインテールに、今日はブルーのストライプのシャツとブラックのショートパンツで長く細い生足をさらけ出した格好の巴 詩織が立っていた。

 こうやって見ると、巴さんもモデル体型なんだよな。



「どうしたの?」


「勉強、教えてもらおう思て」


「勉強? ……まあ、暑いからとりあえず上がってよ」


「うん、お邪魔します」


 巴さんが白の厚底ショートブーツを脱ぐ。


「連絡してくれたらよかったのに。出かけてたら無駄足だったじゃん」


 室内温度が上がらないよう居間はカーテンをかけてあったので、俺はカーテンを開けた。


「自分やったら、どうせ家か図書館で勉強してるだけやろ思てん」



 うーん、否定できない。



「コーヒー、アイスとホット、どっちにする?」


「アイス!」


「ミルクいれるよね」


「さすが、わかってるやない」


 俺は巴さんの分と自分のお代わりの分をドリップしはじめる。


「……でも勉強って巴さん、高三でしょ? 高一の俺が教えられることなんてないんじゃないかな」


 ドリップを待つ間、台所から巴さんに声をかけた。



「あぁ? 巴さん?」


 しかし、返ってきたのはキレ気味の巴さんの声だった。



「あ、ああ、しぃちゃんか」


「そうや、忘れんといて♡」



 そんなに気になるかな、呼び方って。

 一応、年上だからちゃん付けってのも抵抗があるんだけど……。



「で、高三だから云々って話やったな。その辺は安心してええよ。これを見てみぃ!」


 巴……しぃちゃんが細長い紙を見せてくる。

 それは、枳高校カラコーでもお馴染みの、生徒個人に配られるテスト結果一覧だった。


「お、おお、コレは……」


 テスト結果を確認して、俺は思わず言葉を失う。

 高三の夏にこの成績では、間違いなくFラン大しか選択肢はないだろう。


「エラいことになってるやろ」


 なぜかしぃちゃんは逆に誇らしげだ。


「京都におったときは勉強どころやなかったし、こっちへ来てからも勉強は苦手やったしなぁ」



 そりゃ藁科先生を十日近く尾行しちゃうぐらいだから、家で勉強ってタイプでもないだろうな。



「せやから高一の範囲から勉強しなおしたいねん。お願い」


 しぃちゃんが手を合わせて拝んでくる。



「……まあ、俺が見れる範囲でよければ」



 巴の本家を頼れなくなったしぃちゃんは、大学選びで苦労するとその後の人生が詰んでしまうかもしれない。

 せめていくつかの選択肢から好きな大学を選べるようにしてあげないと大変だろう。

 そのためには、なんとか成績を上げてやらないと。



「ホンマに!? さすがしょうちゃん、おおきに!」


 俺の答えを聞いたしぃちゃんが弾けるような笑顔で俺に抱きついてきた。


「ちょ、ちょ、しぃちゃん!?」


 いい匂いと、張りがある中にもムニッとした胸の柔らかさが俺を襲う。



 き、気持ちいい……。



 だらしなく崩れた表情を見られないよう、しぃちゃんからできるだけ顔をそらしていた俺は、しぃちゃんの目がキラリと光っていたことに気づかなかったのだ。

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― 新着の感想 ―
[一言] 迷いは晴れても魔性は健在か 子作りの制約がなかったら本当にえらいことになってたんだろうなあ
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