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第1話 お疲れ様!

 ともえ 詩織しおりとの一連の騒動から二週間ほどが経った日の夕方。



「――お疲れさま! これで物理基礎の範囲は終了よ!」


 藁科わらしな先生がそう言って拍手した。

 先月から行っていた藁科先生との、俺の家での物理補習のカリキュラムがすべて、この日に終わったのだ。



「先生。一か月間、本当にありがとうございました! あの、コレよかったら……」


 俺は勉強机の下に隠しておいた手提げを取り出して藁科先生に渡す。


「え? ……なに、赤ワインじゃない!?」


 藁科先生が袋の中身を見て驚きの声を上げる。



 未成年の俺は当然、酒を買うことができない。

 ウチの大家で美幸のお母さんでもある美智子さんに頼んで、予算三千円程度のワインを買ってきてもらったのだ。

 文房具なども考えたが好みもあるので、あえて形が残らないものにしてみた。



「先生と同じぐらいお酒好きな人に選んでもらったんで味は問題ないと思います。飲みすぎにだけ注意してくださいね」


 俺は笑いながら忠告した。



「もう。生徒のくせにこういうことするから……」


「何ですか?」


 袋を胸に抱きながら口にした藁科先生の言葉が聞こえず、俺は聞き返す。


「ううん、なんでもないの。――いろいろあったけど優秀な生徒を受け持つことが出来て楽しかったわ」



 ()()()()

 まあ、たしかにいろいろあったことに間違いはない。



 藁科先生が鶴見さんと別れたためにアリバイ作りをする必要がなくなってしまった。

 そこで先生からの提案で週二ペースだった補習を週三へと増やすことにした。

 おかげで夏休みいっぱいかかると読んでいた補習の予定が大幅に短縮できたのだ。



「先生を夏休み中、ずっと拘束させずに済んで気が楽になりました」


「ハハハ……。補習を増やせば沢山会えると思ったけど、その分早く終わっちゃうことを考えなかったのよね……」



 藁科先生は最近、モゴモゴと独り言を言うことが多い。

 聞き取れなくて聞き返しても、さっきみたいに「何でもない」と言われるので、最近はあまり聞き返さない。

 今もちょっと聞き取れなかったけど、まあいいか。



「ワイン、ありがたくいただくわね。本当なら補習終了記念に富士くんと二人で開けて呑みたいところだけど……」


「さすがにムリですよね」



 興味はあるけど、さすがに非常識だ。



「そうね。これは美郷みさとと家で飲ませてもらうわ」


 藁科先生が微笑む。

 喜んでもらえたようで何よりだ。



◇ ◇ ◇



「一度、エミと飲みに付き合ったんだけどね。これが意外と元気なのよ」


 あの騒動が一段落したころ、藁科先生の親友である多摩たま先生から電話がかかってきて少し話をした。

 直接、藁科先生から話が聞きづらい俺を気遣って、わざわざ報告してくれたのだ。


 ……ただ人に言いたいだけなんじゃね? という可能性は考えないようにした。



「やせ我慢って感じでもなくてね、本当に吹っ切れてるの。なんか新しく気になる男でもできたのかしら」


「だったらイイことじゃないですか」


 俺は心の底からそう思った。



 鶴見さんは俺の『操作』で二度と女子高生に欲情しなくなったはずだ。

 その影響で鶴見さんの性的嗜好が急に変わり、年相応の女性との恋愛に目覚める可能性はある。


 かといって、ああいうヒドい別れ方をした事実は消えていない。

 だから藁科先生が鶴見さんと復縁するようなことはないと思う。


 きっと本当に新しく気になる男性が出来たのだろう。

 今度の相手は素敵な男性であってほしいものだ。



「藁科先生だったら、すぐに彼氏もできそうですもんね」


「その『藁科先生だったら』って言い方は私に対する嫌みかしら?」


「ソンナコト思ッテマセンヨ」


「片言じゃないの、いい度胸よ。二学期の内申を楽しみにしておきなさい」


「ごめんなさい」


 成績を人質に取られては俺に勝ち目はない。


「冗談よ。――さて、そういう訳だからエミのことはもう気にしないで、富士くんは残り少ない高一の夏休みを有意義に過ごしなさい。家に籠って勉強ばかりしてないで、たまには外でデートでもしてきたらいいわ」


「このクソ暑いのに外でデートですか?」


「涼しい部屋でおうちデートなんかしてたらエロいことしかしないでしょ? 健全な高校生なんて」


「高校教師のセリフじゃないですね」


「避妊はしなさい」


「そういう倫理的なところで教師感を出せって言ってるんじゃないです。それに俺はそんなことしませんよ」


「え! 避妊しないの⁉」


 付き合いきれないので電話を切った。

 やれやれ。



◇ ◇ ◇



 藁科先生はふと、口をつぐんだ。


「……? どうしました?」


「あのね、富士くん。よければ君が二十歳を過ぎて、晴れてお酒を飲めるようになったとき、改めてこの補習の打ち上げとワインのお礼として私と飲みに出掛けない?」


「二十歳、ですか?」


 俺が二十歳というと、今年留年した俺が順調に進学していれば大学一年生になっている年だ。


「無事に志望大学に受かっていれば東京にいますけど、俺の誕生日が7月なんで、お盆で帰省するときには二十歳になってますね。その時でよければ喜んで」


 正直、お酒を飲んだことはあるが、それもちょっと一口とかその程度。

 アルコールに興味もあるが、ぼっちの俺が大学でサークルに入っている姿を想像できない。

 大学生になっても、呑み会のようなコミュニケーション能力を使う場所には縁がなさそうである。

 だったら気を使わない人生の先輩と飲める機会があれば是非行かせてもらおう。



「多摩先生も一緒なんですよね?」


 仲良しコンビの多摩先生も来るのだろうと思って尋ねる。


「あ……コレは補習の打ち上げだから、美郷は誘わずに私と二人だけのつもりだったんだけど」


「え、そうですか」



 な、なんか二人きりって言われるとドキドキするな……。

 藁科先生みたいな綺麗な大人の女性と二人きりで食事するのか。


 でも藁科先生もお礼って言ってるし、別に深い意味はないんだろう。

 気になる男性がいるみたいだし、三年後にはきっと藁科先生にも彼氏が出来ている。

 あまりこっちが意識しすぎちゃかえって迷惑になるな。



「わかりました。それじゃ、二十歳になったら飲みに連れてってください」


「ホントに!? よかったぁ。一度あんな姿を見せてるから断られると思ったわ」


 その言葉で俺の頭の中に藁科先生の泥酔した姿が蘇る。


「あ、それを忘れてました。やっぱりナシでいいですか?」


「ええぇ!?」


「ハハハ、冗談です。そのかわり飲み過ぎないでくださいね?」


 俺のお願いに、


「……もし酔っちゃったら家まで送ってくれる?」


藁科先生がお願いで返してくる。



 おいおい、ムチャ言うなぁ。

 二十歳になったばかりの元生徒に介抱してもらうつもりか?

 俺だって酒が飲めるかどうか自信がないんだけど……。



「まあ、先生が一人で帰れないようなら心配だし送っていくでしょうね」



 やはり成人男性として、それぐらいの甲斐性は見せなければいけないだろう。

 何かあってはいけないからな。



「ありがとう! 今から楽しみにしとくね」


 藁科先生は、まるで同級生のような笑顔を見せた。

 本当に一瞬、年上であることを忘れてしまい、俺はドキッとしてしまった。



「今からって……。あと三年も先のことですよ?」


 俺が藁科先生から視線を外し呆れて言うと、それを聞いた藁科先生が笑った。



「いいの。私は長く待つことは苦じゃないタイプだから」





 こうして17歳にして俺の成人後、つまり三年後の人生初の飲み会の約束を結んだ。



 ――三年後、か。


 三年後の俺は、一体どうなってるんだろう。



 そう考えた自分に気づき、俺は驚く。



 五か月前までは「いつ死んでもいい」なんて思っていた俺が、三年後の約束を結び、そのころの自分を夢想するようになるなんて。



 あの死神たちとの出会いから俺の人生は、本当にガラッと変わったものだなと俺はしみじみ思った。




大変お待たせいたしました!

本日より第5章の連載を開始いたします!

またしばらくの間、お付き合いくださいませ!


★での評価、フォロー、感想などいただけると大変励みになります。

よろしくお願いします!


また、この第5章は大変苦しんだ章だったため、途中で一度、現実逃避で短編を書いております。


推敲もほとんどせず、アイデアをそのまま文章にしたものですから荒削りな作品ですが、よければ立ち寄って読んでみてください。


「花火の間に告白すると成功する」ってジンクスに頼って告白する友達を手助けする俺の話

https://ncode.syosetu.com/n2421hi/


明日も17時更新です!

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[良い点] ひえぇぇぇ...狙ってる.....
[良い点] 先生怖いよ
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