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第31話 鶴見恭介の独白②

 しばらくして今度は玄関のインターフォンが鳴る。

 僕は駆け出したい気持ちを抑えながら、敢えてゆっくりと玄関に向かいドアを開けた。



「こんにちは。おそなってすいません、先せ……」


「どうぞ、いらっしゃい」



 巴の「先生」という言葉を遮って僕は声をかけた。

 どこで誰が聞いているかわからない。

 夏休み中とはいえ生徒や父兄に見られたらマズいと思い、外で待ち合わせもせずに巴一人でここまで来させたほどなのに。



「わあ! すごいええトコ住んではるんですね」


 巴が関西弁で言う。


「そんな大したことないよ」


 僕が住んでいるのは12階建ての分譲マンションだ。

 中古の物件を親の援助も込みで数年前に購入した。



「見晴らしもええんでしょう?」


 通りを挟んだ向かいに同じ高さのマンションが1棟あるだけで、10階の僕の部屋からは周辺がほぼ一望できた。


「まあ、そうだね」 


 僕は答える。

 見晴らしというよりも、万が一にも僕の部屋を周囲から見られないようにするため、このマンションを選んでいる。

 僕の今の生活はすべて、安心安全に女子高生を抱くために選んでいるのだ。



 すると巴は僕に確認することもなくベランダへの掃き出し窓の鍵を開け、裸足でベランダへ出てしまった。


「お、おい。巴くん」


 外の目もあるから引き止めようとしたが、


「京都って高さ制限あるから、あんまし高い建物ないんです。見晴らし、ええなぁ」


気持ちよさそうにそう言われると、僕も何も言えなくなる。

 まあ、この部屋のベランダを覗ける場所なんてほとんどないからいいとするか……。



「先生。刻文院《ウチの学校》てどっちですか?」


 巴がこちらを振り向いて尋ねる。


「左手だね」


「え? どっちどっち?」


 相手をしなければ話が終わりそうにない。

 仕方なく僕もベランダを出て、巴の右隣に立ち、


「ほら、あっちだ」


と左手で指差した。


「え、どこ?」


 すると巴は、指差した僕の腕をかいくぐって僕の胸元に入ってくるではないか。

 そして僕の胸元から指先の風景を見ようとしている。



 ――ああ、なんて可愛いんだ。

 素直に僕の胸に飛び込めないから、こんな手間をかけたんだね?



「あ、あっちさ。見えるかい?」


 僕は巴の思いに応えようと指差していた左腕で巴の肩を抱きよせ、反対の右腕で再び刻文院の方向を指差した。


 そのまま僕は巴の髪に唇を押し当てた。

 巴の髪からシャンプーと夏の汗の香りがした。

 幸せだった。

 勃起を我慢するのに苦労するほどだった。



「……わかりました。もうええです。そういえばウチ、高いとこ苦手やった」


 巴は笑って僕の下から離れていった。

 照れてる姿がまた可愛かった。



 室内に戻り、僕は冷蔵庫からペットボトルのお茶を取り出す。


「お茶でいいかい?」


 言いながら、僕はソファに腰掛けた。


「ありがとうございます」


 巴はお茶を受け取りにソファまで来た。

 そのまま僕の隣に腰掛け……るかと思ったら、お茶だけを受け取りサイドテーブルを挟んで僕の向かい側に立った。



 ……まあ、いい。



「今日、巴くんを呼んだのは他でもない。この間、君が送ってくれた写真の件で婚約者と話してね。結論から言うと、彼女とは婚約を破棄して別れることになったんだ」


 僕は一気に本題に入る。


「一人になって考えたんだ。前の婚約者に比べ、巴くんがどれほど僕を思ってくれているか」


 目許に指を当て、まるで泣いてるように見せる。


「教職という立場上、巴くんからの思いに応えるべきではないと思ってきた。でも、それが本当にお互いのためなのか真剣に考えたとき、僕は違うと確信した」


 ここで僕は、巴の目を見つめ、


「巴くん。僕も君が好きだ。君と教師生徒の関係でなく、恋人として君のそばにいたい」


決めてあった言葉を巴にぶつけた。



 もともと巴からは、僕のことが大好きという言葉は聞いている。

 あとは僕がいつそれに応えるかというだけの話だった。

 映見とも別れ、学校も夏休み中で生徒の目にも触れにくい今こそ、巴の気持ちに応え、巴を思う存分抱く絶好のタイミングだった。



「――ごめんなさい」


 巴が頭を下げた。



 ……ん?

 何か謝ることがあったか?



「鶴見先生の気持ちは嬉しいけど、ウチ、もうこういうんやめよう思うてココに来ました」


「……何のことだい?」


「先生がウチのことを抱きたいゆう気持ちを利用して、ウチの寂しさを紛らわそうとすることです」


 巴がハッキリと言った。

 僕は一瞬、言葉に詰まる。



「な、何を言うんだい? ぼ、僕は教師だよ? 巴くんを抱きたいなんて、そんな……」


 なんとか口に出して言うが、


「ムリせんでええですよ。ウチ、わかってますから。先生が最初から、ウチを抱きたくて優しくしてくれたこと」


巴から冷静に指摘される。



「あ、別に先生を非難してるんちゃいますよ。アキくんの時もそやったけど、ウチも男の人のそういう気持ちを利用してきたんやし」


 巴は視線をサイドテーブルに落とした。


「でも、そういう欲求で人の気持ちを縛っても結局、人って本当の意味ではウチのこと愛してくれへんって気付いたんです」



 な、何を言ってる……。

 お前は僕のことを愛してるって言っただろう?

 僕だって女子高生のお前を抱けるのなら、いくらでも愛してやるというのに……。



「先生には色々、相談に乗ってもらってありがたかったです。でも、先生が一線を越えようとする前に教師と生徒に戻るべきやと思って、今日はそれを伝えに来たんです」



 嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ。



 お前と出会い、お前を抱くのに、何年待ったと思ってるんだ。



 もう()は我慢の限界なんだぞ?



「巴……。いいから、俺の所へこい」


 俺は立ち上がり、巴の下へ一歩、足を踏み入れた。



「あかんよ、先生。それはあかん」


 巴が俺の異様な雰囲気に気付いたのか後ずさる。



「ダメなことなんか、ない。もう、こうするしかない」



 万が一のために、俺はこの部屋とベッドルームに盗撮カメラを設置していた。


 あくまで後日、個人的に楽しむための撮影のつもりだったが、こうなれば既成事実を作って、あとは巴に脅しをかけるようにすれば……。



 と、そのとき、巴が持ってきたバッグからLINEの着信音が聞こえた。


 素早くスマホを取り出し操作した巴が、


「先生、これを見て」


その画面を俺に見せた。



「な、なんだ、それは!?」



 そこには、俺がベランダで巴の肩を抱いている写真が写っていた。



「さ、さっきの写真、か……?」


「はい。今日、先生に会うことを相談したウチの友達が撮ってくれたんです」



 ウチの友達?


 ()()だと!?


 なんで、お前に友達がいる!?

 お前には俺しかいないはずじゃないか!


 それに俺の家のベランダだって向かいのマンションのベランダからしか撮影できないはずなのに、どうやって撮ったっていうんだ!?



「何かあったら、この写真で先生とウチの関係を証明します。せやからもう

諦めて……キャアッ!?」


 巴の言葉を最後まで聞くことなく、俺は巴をリビングのカーペットに押し倒した。



 こうなったら力ずくで抱くのみだ。



「どうせ処女じゃないんだ。一度ぐらいやらせろ」


「……」


 俺に組み敷かれた巴の目から涙が零れた。



 フン。

 京都でだって同級生の親父とセックスしまくってたクセに、今さら何を泣いてるんだ。



「アキくんも先生も、結局、ウチの身体にしか興味はないんやね……」


「当たり前だ! そうでもなきゃ、お前なんかのために動く人間なんて誰もいねぇよ!」


 思わず出てしまった俺の怒声に、




「おったもん! ウチが身体を差し出さんでも、ウチのために損得なしで動いてくれるアホみたいなお人好し、おったもん!」




巴が泣き声で叫んだ。



 コイツ、さっきから誰の話をしてるんだ……?



 その時、再び巴のスマホが鳴った。

 スマホはさっき、俺が巴を組み敷いた反動で床に転がっている。

 今度はLINEの着信音ではなく、通話の呼び出し音だった。



 直後、巴の目から生気が消えた。



「――なんだ?」



 疑問の声を上げた瞬間、先ほどまでの巴からは想像できない力強さで、俺の抑えていた腕を振り払われた。


 俺から解放された巴が素早く床に転がっていたスマホを手に取る。

 だが巴は自分で電話に出ず、着信に応答するとそのままスマホの画面を俺に突きつけた。



「お、お前は!?」


 そこに映っていたのは、ファミレスで映見が連れてきた枳高校カラコーの優等生だった。

 たしか名前を富士、といったか。



「な、なんでお前が巴に電話をかけてくる!? いつ、どこで巴と知り合った!?」


 しかし富士は俺の疑問に答えず、スマホを持っていない右手で指を一度鳴らした。



 ――その瞬間、俺の視界は真っ暗になった。



 な、なんだ、これは!?

 動けない!



「電話の着信音を聴いたとき、巴さん自身が身の危険を感じていた場合にだけ『操作』が発動するようにしてありました」


 耳から聞こえる富士の声が、まるで頭蓋骨の中で反響するように何度もエコーして俺の頭を支配する。

 そのせいか、このクソガキが何を言っているのか理解が出来なかった。



「鶴見さん、残念です。巴さんは先生を信じてたのに最後の一歩を踏み出してしまったんですね」


 返事をしたいのに、俺はなにも口にする事ができない。



「人の『好き』『嫌い』に『操作』で影響を与えるのは避けたかったんですが、あなたにはこうするしかなさそうです」



 な、なんだ?

 何の話だ?



「『今日のその部屋での記憶をなくしたあと、あなたはもう二度と、女子高生に欲情しなくなる』」



 その言葉が俺の頭に響いた瞬間。



 俺の心の奥底にあった高二の初体験の日の思い出が砕け散った気がした。



 それは、俺の心を縛っていた記憶との別れを意味していた。



 女子高生を抱くという夢を失ったはずなのに、()はなぜか清々しい解放感に満たされていたのだった。





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― 新着の感想 ―
[一言] ある意味では救済か
[気になる点] ざまあが記憶を無くすだけなのは少し甘い気がしてモヤモヤが残るなー
[一言] JK以外を性的対象として見れないのにJKも性的対象じゃなくなったら、、、、
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