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ゼン・イージス ―或る英雄の軌跡―  作者: 南海智 ほか
誓いの章:シュワルコフ領
63/106

63.内緒


「ゼンってば、私の料理をおいしいって!」

「よかったねぇ」

六弦琴(ギタール)のお披露目も大成功でした!」

「ああ、練習の甲斐もあったもんさ」

 こっそり買った六弦琴(ギタール)は、あたしたちだけの秘密だった。や、大人はみんな知ってたさ。ただゼンには内緒だったんだね。

 ずっとこの寝室に隠してあって、あの子が稽古でいぬ隙に弾く。それなり形になったのは、長耳なりの年の功さね。

「あっ、ごめんなさい。私、早口すぎませんか」

「いいや、平気さ」

 子どもたちが、がんばって言葉を覚えてるんだ。あたしも負けちゃあいられない。喋るとなったら舌がもつれるけど、聞き取るだけの"さなか"なら、だいぶ上達したもんだ。

 この子をにこにこさせる話題だって、決まったもんなんだから困るこたない。

「ほら、ふりむいたらうまく梳けないよ」

 あたしは、つやな黒髪をべっこうの櫛でとく。

「彼、不思議そうでした。誕生日の、とくべつな贈り物……」 

「気に入ってくれそうかい」

「はい。絶対巻くのをわすれないって」

 ケンジが懐中時計を譲ったんだ。

「それにごちそうも!ここでは毎日ごちそうですから」

 いつだってこの子は愛おしそうだよ。

「よかった、って思います。あたかかくておいしいものを、彼が頬張るのをみるたびに」

 たがいの髪をすき終えて、寝台にごろんと寝そべった。男どもはみんな外だから、二階はまして静かだった。

「夕食のあとで教えてくれました」

 あたしは、この子の思いを知っている。気持ちを伝えない、と決めたのを、あたしだけが知っている。

「お父さんのことを思い出せたって。どうしてか霧の中にあったのに、とつぜん思いだせたって。聞けて、とってもうれしくて」

 やさしいランタンのともし火で、この子の頬は、赤くてあまい果実みたいだ。あたしはそっと黒髪をよけた。 

「ゼンのお父さんとの再会……私も待ち遠しくて仕方ありません」

 ただでさえやさしい子だよ。

 どれだけの最悪が身に降りかかっても、他人のために涙する。

 よろこびもそう。ゼンのことなら、なおさらそう。

 この子にとっては半身なんだ。ともすれば、自分よりも重い。

「さぁ、そろそろおやすみよ」

 野良旅に、うら若き、うつくしい乙女がひとり。それがおかしくならないくらい、この馬車は特別だ。

 気がかりなのは、相手の方さ。剣ばかりいまは夢中だもの。

 この子は思いをけしてうちあけない。一度のあやまちのために、どれほどゼンを傷つけたのか、痛々しいくらい悔やんでる。

 自分で自分がわかるから、けれどかくしておけないから、あたしにだけ、内緒にしてくれと懇願する。

 どうなるだろうねぇ。

 おかしなお節介ばばあにゃなりたくない。

 母親代わりに? 

 おこがましい。

 見守るさね。そして無邪気な笑顔で、あたしら大人に頼ってくれる日のうちは、できるかぎりを助けてやりたい。


 ……過ぎてみれば、きっとあっというまのことだろうよ。

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