63.内緒
「ゼンってば、私の料理をおいしいって!」
「よかったねぇ」
「六弦琴のお披露目も大成功でした!」
「ああ、練習の甲斐もあったもんさ」
こっそり買った六弦琴は、あたしたちだけの秘密だった。や、大人はみんな知ってたさ。ただゼンには内緒だったんだね。
ずっとこの寝室に隠してあって、あの子が稽古でいぬ隙に弾く。それなり形になったのは、長耳なりの年の功さね。
「あっ、ごめんなさい。私、早口すぎませんか」
「いいや、平気さ」
子どもたちが、がんばって言葉を覚えてるんだ。あたしも負けちゃあいられない。喋るとなったら舌がもつれるけど、聞き取るだけの"さなか"なら、だいぶ上達したもんだ。
この子をにこにこさせる話題だって、決まったもんなんだから困るこたない。
「ほら、ふりむいたらうまく梳けないよ」
あたしは、つやな黒髪をべっこうの櫛でとく。
「彼、不思議そうでした。誕生日の、とくべつな贈り物……」
「気に入ってくれそうかい」
「はい。絶対巻くのをわすれないって」
ケンジが懐中時計を譲ったんだ。
「それにごちそうも!ここでは毎日ごちそうですから」
いつだってこの子は愛おしそうだよ。
「よかった、って思います。あたかかくておいしいものを、彼が頬張るのをみるたびに」
たがいの髪をすき終えて、寝台にごろんと寝そべった。男どもはみんな外だから、二階はまして静かだった。
「夕食のあとで教えてくれました」
あたしは、この子の思いを知っている。気持ちを伝えない、と決めたのを、あたしだけが知っている。
「お父さんのことを思い出せたって。どうしてか霧の中にあったのに、とつぜん思いだせたって。聞けて、とってもうれしくて」
やさしいランタンのともし火で、この子の頬は、赤くてあまい果実みたいだ。あたしはそっと黒髪をよけた。
「ゼンのお父さんとの再会……私も待ち遠しくて仕方ありません」
ただでさえやさしい子だよ。
どれだけの最悪が身に降りかかっても、他人のために涙する。
よろこびもそう。ゼンのことなら、なおさらそう。
この子にとっては半身なんだ。ともすれば、自分よりも重い。
「さぁ、そろそろおやすみよ」
野良旅に、うら若き、うつくしい乙女がひとり。それがおかしくならないくらい、この馬車は特別だ。
気がかりなのは、相手の方さ。剣ばかりいまは夢中だもの。
この子は思いをけしてうちあけない。一度のあやまちのために、どれほどゼンを傷つけたのか、痛々しいくらい悔やんでる。
自分で自分がわかるから、けれどかくしておけないから、あたしにだけ、内緒にしてくれと懇願する。
どうなるだろうねぇ。
おかしなお節介ばばあにゃなりたくない。
母親代わりに?
おこがましい。
見守るさね。そして無邪気な笑顔で、あたしら大人に頼ってくれる日のうちは、できるかぎりを助けてやりたい。
……過ぎてみれば、きっとあっというまのことだろうよ。




