34.迷宮 下
どうして考え及ばなかった。たまたま、うまくやれていただけだ。
一人前に、仕事をこなせる?
嘘だ。
ぜんぶ、大人がいてくれたからだ。星を知りつくし、何も間違えず、未熟なケツまで面倒をみてくれる、大きな大人がいてくれたからだ。
どうして順序を経なかった。クソをひねりだす途中だろうと、何かの沽券にかかろうと、ついてきてもらうべきだった。なにもかもはじめての試みに、どうして、大切な誰かだけ道連れにした。
ドン!ドン!ドンッ!ドォンッ!
規則正しく迫るそれは、規則正しく隔てる扉を、ぶち破り、ぶち破る音なのだ。何が、どうして、どうやって?わかるものか。つくりからして、そちらは真の最奥である。ばかげているだけ、期待はできない。
ゼンは放心のあまり、覚えていない。どんな音だか覚えていない。いずれにしたって大音だったろう。
最後の扉がぶち破られる。
ゼンはただ見た。たしかめた。
ひしゃげ、爆散するそれは、相も変わらずのぶ厚さのはずだ。もう、と丁子が白煙で満ちた。視界がふさぐ。ぱらぱら破片が降りしきるころ、やっと世界が音を思い出す。喇叭と鐘とが、まだ騒いでいる。それに。
「こちらドールラン、聞こえないか!?」
聞こえる。聞こえる。聞こえたとも。あたたかな人語を、それはあやつれた。ずしり、踏みしめる脚があった。
「ツマミを限界までまわせ!こちとら非常鐘がわんわん鳴ってて――!」
ぬらり。粉塵に落ちる影が巨体だ――ヴァンガード……!?――ひととき思えた少年がいる。たしかに似通う。只人なりの偉丈夫でしかし、足音がちがう、声がちがう。得意としている、得物がちがう。
剣を帯びるから、剣士と知れる。あたりをはらって、道を晴らした。ようやく見える、男の顔だ。
称しよう、髭の大男。
隆々として、いかにもつわもの、ヴァンガードとも見劣りしない。強面にして四角い顔には、抱けるほどにふんだんな赤髭。きらり、胸元で輝かす記章は、星を頂くやじりがた。
その人は、場違いな客をみとめたのだろう。まるくする目に敵意は皆無だ。もっぱらこもる、おどろきだった――こんなところに!――そっくりそのままゼンは返したい。こんなところに、どうしてこの人。
「内部で冒険者三名を発見!状況送れ!君たち……」
男は耳に指をあてて、虚空へ叫びかけるなり、前へ。一歩のあまりの大きさだ。大股に、映える長すそがしるしであった。
「あぶない!?」
ゼンはようやく口をつく。丁字のむかいで、もう角だ。つまりガションが真横から迫る。今に身をさらす髭の大男は、あぶない、どころか、死地へまっしぐらで――まったく余計な世話だった。
刃が鳴りに鳴りまくった。はじける弾雨がぴしぴし唸った。男は止めない。進んで、止めない。吹きつける、理不尽な暴力をいなすのに、四歩とも、五歩とも、悠然だった。かいくぐっては、健在である。間近になって濃い青だ。ふちなす裾長の外套でさえ、シミひとつとなく、毛は凪いでいた。丁子を渡れて、まったく無傷。
男の背後でバケツが穴ぼこ、赤い塗料をぶちまけ、転げた。銃声の尾が、赤暗さの中ひいている。
かなりの使い手だ。
それで済ませてよいものだろうか?男は、刃を払っておさめた。まるで日頃の一部であった。膝をついても、まだ大きい。
熊だ。迷い込んだ森奥で不意に、蜂の巣をつついたって人は、こんなに落ちつきはらえない。おだやかに喋る熊だった。
「俺は王国軍特務保安部隊の――」
さだかな公用語であった。
「シェリフマック・ドールランだ。君たちを助けに来た」
銃砲の圧で耳がくらくらする。髭もじゃな口は知ってか知らずか、
「助けに来た」
と、また言った。今度はさなかの言葉であった。更なる言語を聞ける前に、サルヴァトレスが割り込むだろう。あっけにとられる誰よりもはやく。
「ぁっ、ガキどもを出してやってくれ!」
「言われなくとも!君だって仲間はずれにはしない」
「うしろっ、マシンがっ!」
「そうだね?ちょっと待っててくれるかい」
おもむろに立った髭の大男――シェリフマックが抜き放つのは、王道をゆく直剣だ。握りをぐるりと振り向いた。青色の裾が翻る。大きな背には、いやに四角な背嚢がある。肩越しに告げた。
「すぐ戻る」
歩み出している。
いまは小さな剣士の性が、追従させない訳がない。闊歩する、青い背中をゼンは追っている。何が起こるのか見ずには死ねない。外套の裾は踏めなかった。
十や二十で利かないはずだ。待ち受けている銃の数だ。もっとも近くて、角から五メル。とっくに男は駆け抜けていた。
激しく疾い。早くて速い。ゼンには届かぬ背がまたひとつ、たちまち群れの一部となった。とおった端から、ガラガラ崩れる。ひとつ振る間に、四、五、六と倒れた。数えてたちまち追いつかない。ほとんどの銃が鳴りはして、影を無意味に撃つだけだった。
シェリフマックが舞い終えた。"疾風"にして首をもぎ、"鋼"をもって胴を薙ぐ、まっとうな筋を行くかたや、"飛泉"で刎ねては、"憤怒"で防いだ――ああ。その"構え"にまだ、そんな型が――ゼンの意識の及びきる頃、通路を端までうめつくす、真の機械の墓場があった。
怖めず臆せず、誰が突き進めた。弾雨あられに、剣ひとつで。その男である。踵を返すと、髭もじゃな口で言いかけた。
「まだ……」
遮られるのは、轟くせいだ。
銃だ。弾丸だ。銃声だ。
腕をのこした半身のむくろが、引き絞ってはいくつか飛ばした。起きて放って、通路のなかば、向く銃口は"バケツ"の方で、シェリフマックとは反対である。
既視感。狙われているゼン・イージスは、同じ失敗を繰り返さない。ひとり丁子で受けて立つにせよ、たったの一発かぎりで済む。
"にわとり"にいるシェリフマックが、ドン!と跳んでは追いつくからだ。素振りの"剣気"に、射程があった。弾丸も蹴散らす、すさまじい"剣気"だ。死にぞこないも道ざま処理して、
「危ないぞ、と言うつもりでね。どうやら余計な世話だった」
くしゃりと笑う赤髭であった。
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「どうかシェリフと呼んでくれ。依頼をうけた冒険者一党とは、君たちのほかなかろうな」
シェリフマックの声音には、強面に似ないすがすがしさがある。強者の余裕だ。ゼンにはわかった。迷宮中が鳴りやんでいて、男はしずかに話してくれた。
「王国の特務ってな、あんた言ったよな。つまりゃここら一帯の保安官だ」
「そう呼ぶ人もいるね」
「くそ!大助かりだぜッ。おめおめ俺だけ帰りでもしろ、半殺しでもすまねぇとこだ……」
"さなかの言葉"でかまわないとの旨をサルヴァトレスは言って、あとのなにもかもをシェリフマックに託すのだった。
「よろしくな。ドルトル氏、イージスくん、フラムネルくん」
四人一行となって、"にわとり"をいまは目指している。入口にして出口への最短だ。ながらあらためての自己紹介に、"人形"はここで初見だと聞ける。それでいてああもあしらえた、シェリフマックは剣士であった。
「どうしたら、シェリフみたいな剣士になれる?そんなにうまくて、すばやくて」
「なに、ちょっとのコツと経験だとも」
強者はおんなじことしか言わない。
「おっと……」
"にわとり"でもって、足止めをくらう。先導していたシェリフマックが、丁子へ踏み出し、退いている。行きかう弾丸をさばいたあとだ。左右にガションの再来であった。
「帰り路にこそ人は油断する。これがもっともあぶないものな」
ゼンには耳が痛かった。それもシェリフマックがひとりなら、どうとでもなる道だったろうに。
「ふむ、さいわい距離がある。わざわざ取り合うこともない」
"バケツ"へこんどは引き返す。シェリフマックは来た右ではなく、左を選ぼうと言った。サルヴァトレスの見取りを頼りだ。その訳とは。
「こうみえてだいぶ方向音痴なんだ。ははは、意外かね?余計に歩かせると悪い」
「だがそっちから先ァ未踏だぜ、罠だって」
看破のために並ぼうか――サルヴァトレスが志願するのを、シェリフマックはよしとせずにいた。
「サルヴァも専心級なんだよ」頼りになる、とゼンは言いたかったのだが。
「失礼ながら、ドルトル氏。銃弾の回避に自信はあるかね」
「……見えやするがよ。わからねぇな」
「無論、君たちの仕業とてみとめたよ」埋もれてしまった古い墓場を、シェリフマックは言っている。「だが、"先史"を軽んじてはならない」
あとで聞ける。踏みならしている機械の山は、"先史人"の遺物だという。どうして彼らは滅びたか?答えは探せばおぼろに見つかる。
「ひとまず信じてほしいのは、当代と先史とが不用意にまじわるのに、百害あって一利なし、ということだ。だから我々がでしゃばって止めない」
「……よかった。シェリフがきてくれて」
「いいや、むしろ悪いのだよ。すなわち時機がね。我らが出遅れたが為に、君たちは途方もない危険に遭った。まったく我らが落ち度であるからして、無事に帰すのはとうぜんの義務だ」
四人して、赤い足跡を倍にする。角を曲がって、こじあけかけの扉を前だ。顔ぶれをあらためシェリフマックは、ふところからなにか取り出した。
「フラムネルくんにはこれを……おや、もうつけている?」
耳栓だ。用意がいいねと、大男は快活にわらうと、ちょっとおどけて指を立てた。
「戦士諸兄も気張りたまえ。さすがに少々大音になる」
"闘気"は鼓膜も守れるが、集中あっての代物だ。でなくば耳など聾してしまう。
ドォン!
この爆音なのだから。
シェリフマックは、軽く一振りしただけだった。ベニヤの板を蹴破るのだって、もすこし苦労があっていい。
「缶切りにせよ難儀したろう。タイタン合金製の隔壁だものな」
どんな伝説の金属も、この男にかかれば粉々だ。爆音をぬってぽつぽつ話した。
「シェリフさんは、いったいどちらから?奥の方からにみえました!」
地図作成と後方警戒が、フランの仕事であった。
「それがね!なかなか興味深いよ。この迷宮には、どうにもふたつの出入り口がある」
双子の山の、東と西だ。
「片方はすでにおさえたのだ。けれど、もひとつあるとは抜けていてね。俺は後入りで君たちを知り……するとどうだい、あちこち隔壁で通せんぼだ」
代わり映えのない道々である。地図もなくして仕方なく、だいぶさまよったと男は笑えた。朝飯前にぶち破る、次の扉で何枚目だろう?
「飲食はたりるかね?補水液がある。チョコラもあげよう」
なおもって余裕綽々、気配り上手なシェリフマックだ。ゼンはサルヴァトレスにちょっと訊ねた。
(……なんです。"トクム"って?)
(王国でも、桁が外れた連中のことさ。ほかにゃなんてった、ほら――)
届かない背には名前ついた。
("英雄"、ってな)
「英雄……」
馬鹿げた拳と剣がよぎる。青い外套が並んでたなびく。ゼンは言わずにいられない。
「王国の英雄って、みんなシェリフくらいすごいの」
おや、と赤髭は見下ろした。いまは並んで歩いていた。
「みな働き者だよ、まちがいない。それもアメイジアで千はくだらない愛称だからね。俺なぞ数字のひとつにすぎない」
千なる大数をきいたところで、でまかせだろうと、サルヴァトレスは言わなかった。なにより、シェリフマックはうそをつかない。ゼンにはわかる。
爆音をまたぎ、小規模な交戦が数度あった。
「イージスくん。君にはやれるね」
期待されたから、ゼンもはたらいた。ちょっとだけ、ちょっとだけだ。
「ひとつおこなえば、ひとつの隙さ。おおいに助かる」
"にわとり"の、普段のすみかは天井らしい。ぶち破ったら、直後に一発。だからはじいた。簡単すぎる。ゼンの仕事はそれくらいだった。
「大したものだ!」
シェリフマックはおおげさだ。ころがされた細長いくちばしを、ゼンはつまさきで押しやった。カラカラ、むなしく響いている。ほめられるだけ、やるせない。
「こちらドールラン!現在、冒険者三名と同行。西口にむけて進行中……」
虚空へときどき、男は呼びかけた。
「どなたとおしゃべりしてるんですか?」
「うん、こいつは試作の無線機でね」
いやに四角な背嚢は、ひんやりしそうな金属製だ。ツマミがいろいろついている。
「科学と魔法の新発明だよ。機嫌がよければ、遠くの仲間とつなげてくれるのだが……」
「はぇ~、便利なモンがありやがる」
「波があわねば不通でね。どうにもこことは相性が悪い」
「ずっとしょってて重たそうです……」
「そうとも、両面けっこうな代物だよ!もしも壊したら大目玉だから、俺も必死さ」
ははは、とつわものらしく笑うから、ゼンはますますヴァンガードをかさねる。かさねた数だけ、胸はくもった。
――まただ、ぐうぜんに助けられた……。
御許を出てから、強くなった。フランだって、きっと守れる。
はかないくせに、自刃する誇りだ。余計にえぐれて、痛すぎた。
後にも先にも、英雄がいた。守られきってゼンは理解する。自分は何にも及んでいない。
まだ出口にはかかるらしい。兆しならあった。一段大きな隔てる扉を、シェリフマックがぶち破ると、あたり通路とは様変わりする。赤暗さともさよならだ。
「格納庫だな、ここは」
闇の胃袋にあたる。広々と暗い。点々と、導く灯だけが頼りだ。目を慣らすと、化け物扉がむこうにかすんだ。二枚目にして、開かずの方だ。
「じき出られるよ」
「やった!帰れるんですね、商隊に!」
うしろでフランがサルヴァトレスとわらうので、限界は来る。安心してじゅうぶんな居所に、もはや"商隊"はなってしまった。食いしばっても、だめだった。ゼンは悔しくてたまらない。おしよせる安堵のせいで、よけいにつぶされた。
――たりるだけ、僕はつよくない。もっと、もっとだ……こんなんじゃ。
大人と日々に恵まれたから、前向きさだけは得て失わない。追いついてやる。だけれど、悔しい。どうしてこんなしくじりをした?思い上がりだ。ケツの青さだ。このままでいられない。止まってられない。
なのに、ゼンはついてゆけなかった。止まってしまうわけを、シェリフマックは知らない。ふりかえって、案じた。
「イージスくん?どこか痛むのか」
「……そうかも」
隙だらけだと嫌になる。それでもゼンは構えなかった。
「……戦士のテイギを、教わったんだ。僕はできると思ってた……それよりずっと、もっとたくさん。でもたりなくてね……たりないでしょう?だから、そしたら」
「君は君だよ、ゼン・イージスくん。ただ約束しよう。明日はもっと、よい君になれる」
男の約束には、不思議な力が宿っている。図体を、シェリフマックは屈ませた。頼りがいのある大きな手だった。
「すまない、気がつかなかったな。めいっぱいをしょいこんでるね?よくもこんなに小さな肩で」
男は目線を、ひとりの戦士で少年にあわせた。強面なのに、やさしい目をしていた。
「なにをのせても夢じゃない。なりたい君になるといい」
「……シェリフみたいに、僕でもっ、なれるっ?」
「俺みたいに?まさか!とんでも目じゃないな。俺が君くらいの年時分に、君とおんなじ真似ができたと思うかい。いいや?まったくだ。まともな一本振れやしない、ただのはなたれ小僧だった」
つとめて堪えようとするほど、それはあふれて、とめどないのだ。
「なにも慌てることはない。そうとも……いいんだ。泣かなくたって」
気持ちを言葉でつむぐたび、さかんにこみあげ、止まってくれない。肩がしゃくって、おさまらない。
いまだけ小さな剣士のために、一行は時間をもうけた。さいわい、間近に脅威はない。フランがしずかに寄り添った。サルヴァトレスが見張りをこなした。
「そうだ、誰にも内緒だぞ。俺のとっておきを教えてあげよう」
シェリフマックは膝をつきなおした。教えてくれる内容は、ほんとうにとっておきだった。
「君は聞いたな。どうしてうまくて、すばやいか」
ゼンはうなずいた。
「わかるかね、"戦いの自分"が。脈動する力が」
ゼンはまたうなずいた。
「みえるかね、"刹那"が。あのうつくしい時間の流れが」
ゼンはしきりにうなずいた。
「いやはやたいしたものだ。掛値ない。うん、はじめに言っておこう。俺と君とが特別じゃない。この星のすべての剣士が、あるいは戦士が――それを備えている。意志さえしかりと携えるなら、無限の可能性が我々に味方する」
ゼンの眼前を、シェリフマックは指先でなぜた。
「"不伝の先見力"も、そのひとつだ。君だって備えている。そうでなかったら、不意の銃弾を落とせっこない……これは?気がついていたかい」
「……ちょっぴり」
「ふふ、正直者だね君は。
俺の剣のたくみさは、極小をみてとらえるだろうか。俺の刃のすばやさは、いつも音速にまさるだろうか。やろうと思えば、もちろんだ。けれども毎度じゃ、くたびれてしまう。
おまけなのだな、うまさ、すばやさとは。矢だって石ころだって、どこを撃たれるのか、我々には知れる。だからふさわしい行動を、前もって起こせる。刃であれ棒であれ、そうとも、撃たれるとわかってしまう。極限に集中した、我々になら知れる。"刹那"それすなわち、"意志を他者へと伝達しようもない、わずかわずかな瞬間"にかぎっておこなえる、確実な未来視……というわけだ。
クーネル・ドゥファスを知ってるかい。草葉の陰で、彼は笑ってくれるやも。『なんぴとも、いかな魔法理を以てして、確実な未来を知ることはできない』
否だ。
"星の理"を、我々であれば超越できる。なぜなのか?おそらく先史の遺物なのだろうと、我々は――あえて言おう、"英雄"のごく一握りは、考えている……」
「……そんなはなし。ヴァンガードも、ヴィクトルも、教えてくれなかった」
「知らなくたって無理もない。研究に邁進する我々にさえ、まだ目新しいことわりだ。だからとっておきで、内緒にしている」
「じゃあ、剣士は、このさき、銃と弾丸に負けないですむ?とくべつじゃ、なくっても」
「ああ。正しき道を歩めばな」
「そう、なんだ。剣士の時代は、銃にトウタされて、もう終わるんだって……」
「ほう、剣士の時代と言ったのかい?君の友達が?うまい表現だ。まだ終わらんね、すくなくとも当代、君がいるうちは終わらんよ」
シェリフマックは、みずからの刃をみやった。その切っ先で、来た道をさす。「先史の学者は、機械をのこした」おろして、ゼンがぶらさげた剣を小突く。
「先史の剣士であれば、言った条件付きの贈り物だ。種火としてただ欠かせないのが、立ち向かうだけの勇気。すくなくとも俺は、そう強く信じている」
「…………」戦いの自分、刹那に先見。よくわかった。けれども、あの足並みに、あの剣気すら、信じてどうにかなるものだろうか――ゼンはまだまだ考えてしまう。見透かされている。
「むろん、熾せただけで大火とは成らない。たゆまぬ年月だけが、……よそう。これ以上は"盾に騎士道"だ」
シェリフマックは頭を撫でない。どれほど重なろうと、ヴァンガードとは別人なのだ。「要点を言う」対等な目線で、英雄は見ていた。
「のぞむなにもかも、すぐそこにあるぞ。止まってくれるな、ゼン・イージス」
二、三度しあげに肩を叩いて、シェリフマックは立ち上がる。「さぁ」と、目顔で合図するのに、サルヴァトレスがうなずいた。ふたたび行くのが、帰り路だった。
ゼンはもう泣かない。
遠近の狂うおおきさだった。化け物扉まで、一行はそこそこ歩かされる。
暇をつぶすのにシェリフマックは、彼の振るう第五花"百日剣"について語った。ひょっと気遣いのうちだった。
「守護剣のごとく堅く守り、熾烈剣のごとく激しく攻める……わはは、これほどないね?言うは易しで並ぶものなしだ」
肩幅と赤髭をすくめては。
「俺もまだまだ。まだまださ」
と、おどける。もう剣筋を見れないのが残念だ。あたり物陰こそ多く、動体らしい気配はない。闇に沈んだ両脇にひしめくのは、奇妙な荷馬車の列であった。
「……あれも撃ってきたりしない?」
やたら横長につぶれた車輪、ひらべったくて二段の車体。更にのせるのが、これまた長いくちばしだ。"にわとり"のより、ずっと太い。
「うむ、ひとりでに動かれたら骨だが……」とっくにこなした口ぶりだった。「どうやら旧式だ。平気だよ」
ついでにさする髭元で、シェリフマックは思い出したようだ。
「そうだ、今のうちに!」あるいは演技だとしても、誰も悪くはとらなかった。「この迷宮で、"魔石"を見たかい?君たちの目的だったろう」
「見当たらなかったと思います……」フランが正直に言った。
「おっかねぇモンばっかりだ」サルヴァトレスもまた真実を言った。
「では魔石にかぎらず、持ち出そうとする品はないか?」
もしもつぶてのひとつでも、迷宮産であるかぎり、"魔石"のほかのすべてのものが、出入り口にて魔法理に弾かれる。ものによっては、命にかかわる。常識だ。
「……あっ、忘れてた!」
ポケットの中には、櫛ではなくてハンカチを。ついでにゼンが取り出すのは、ひしゃげて咲いた弾頭である。
「む。芯空軟頭弾……?もし、君!」
ばっと、目ざとく男はかがんで、ゼンの左肩をまたつかみにかかった。鎖帷子の穴は消えようがなかった。
「撃たれたのか?迷宮内で?」
「……うん」
ゼンはためらった。もっと迷うだろう。フランの"治癒"は秘術とされる。なぜ秘められるべきなのか、大人に推測を教わった。悪しきが悪しく使うなら、絶対の癒しは、終わらない苦痛を生めてしまうからだ。
「……大事ないようだ。ならば、結構だが」
撃たれて、大事がないはずない。訳をきくまじとしているシェリフマックである。彼の方は、とっておきを教えてくれたというのに。
"治癒"の暴露とは、ひいてフランの危険となりかねない。徹底するなら、相手が誰でも言わないべきだ。しかし思わずゼンが見やると、フランは微笑み、ちいさくうなずく。すべては言わないようにした。
「……僕らのとっておきなんだ。内緒だよ」
足りてしまったらしい。一日二日の銃創が、外科的処置で癒えるはずがない。高等医術じみた魔法理とすれば、現わせるのは誰だろう。魔法使いか、魔女か、神か――シェリフマックは、可能性を察せるだけの人だった。ほんのすこしだけ、見る目をかえる。むしろ腑に落ちた、というふうで。
「そうなのか……」
と、ただ言って、くわえた。
「約束しよう、誰にも言わない。君が無事でいてよかった」
「僕も約束する。内緒にするよ、シェリフマックのとっておき」
化け物扉の目前で、一行はまた結界を踏む。
「どーした?」
サルヴァトレスだけ、相も変わらずにぶちんなのだ。依然と効果はわからずも、シェリフマックがあてを言う。
「もしやすると……」ツマミを最大までまわせ、言われたとおりにゼンはいじった。
「こちらドールラン!聞こえるか?西口が間近と思われる」
『―――――!』
「通じたぞ!」
シェリフマックの耳栓は、音の鳴る耳栓なのだ。ゼンは一部だけききとった。
『――――――て――?』
「何?」
『――男が――――』
「関係者か」
『―――!すさまじい力で――』
「無事だ!無事だと伝えてくれ……よろこべ君たち、どうやら迎えが来ているぞ」シェリフマックは、しるしを言うのにおかしそうだった。「筋骨隆々で、それは物凄い大男だと」
「ヴァンガードだ!」「ヴァンガードです!」
「通して構わん。もうすぐだ」
一行は急ぎ足になった。いまごろ、とっぷり暮れた外だろうか。誰も時計を持たずいて、はかるにしたって術がなかった。赤暗いなかに缶詰めされて、どれほど過ごしたかを知れない。
正真正銘、最後の扉だ。化け物扉の通用口を、シェリフマックが弾き飛ばした。ゆるやかな坂を見上げると、小指の先ほどの空色がある。ひとつまわった昼にちがいない。
最後にひとつお願いがある、とシェリフマックは言いだした。
「簡単な頼みだ。"先史"で君らがなにを見たのか、秘密にしてはくれないか」
足早にのぼりゆく闇の舌先は、いまなら光の玄関だった。
「ごく仲間うちなら構わない。きっとよい者たちだから。しかし世間にはひかえてほしいのだ」
約束でいい、と男は言う。男は命の恩人であった。さからう訳など、見つかるはずもない。
「約束するよ」「約束します」「約束するぜ」
冒険者たちは応えたのだった。
外光に抱かれて、瞼の裏がツンとする。陽の高さが、時の流れを言うはずだ。三方が森の原っぱは、様変わりしてにぎやかだった。
王国軍である。天幕をさまざま打ち立てて、木杭と縄とを巡らしている。陣の内側には大勢のほか、ひとり、ふたり、よくよく見知った顔がある。
「おーい!」
「ヴァンガードっ!」
「心配したぞっ」
駆け寄る大男の腕に、ゼンはすくいあげられた。
「ヴィック!」「……ああ」
面倒そうでも足早だ。ヴィクトルのズボンに、フランはひしとしがみつく。手の行き場を男は宙にまよわせ、さいごは軽く黒髪にうずめた。
「すまねぇ、こりゃ俺の」サルヴァトレスがおずおず言い出すと。
「サルヴァは悪くないよ!僕が行けるって言ったんだ!」「私もです、私も!」少年少女がさえぎった。
「おいおい、まだなんにも言っちゃないぜ!」ヴァンガードはあいた手で、サルヴァトレスの身も案じた。「な、平気か」
「あ?ああ……おかげでな」サルヴァトレスと呼ばれる彼は、少年少女を見やるのだ。
かたわらで、シェリフマックが満足げだった。よくうなずいては、やがて呼ばれる出番を待った。
「助けてもらったんだよ、シェリフに!」
恩着せがましく振る舞う気はない。挨拶はただの礼節だ。いささかの興味は隠さずに、大男は大男と、かたく握手をかわすのだった。
「シェリフマック・ドールランだ」
「ヴァンガード・アーテル。ありがとう、ありがとう」
「なに、立場がちがえば。そうだろう?」
握手の相手は、もうひとりいる。身を乗り出しつつ、不機嫌そうだ。
「ヴィクトル・サンドバーン。世話をかける」
「世話も何も……サンドバーン?ヴィクトル・サンドバーン氏、貴殿は――」
「…………」
「いや。掲げねば、すなわち意だな」
「……感謝する」
大の戦士らが目で通じるのに、疲れたゼンは気がつかずにいる。他言無用の旨をシェリフマックがあらためて、ヴァンガードらは言わずもがな、というふうだ。
「もしもの次があるのなら、なるべくかかわらないように。ほかの誰かが試みるなら、貴殿らだから頼もう。止めてくれるだろうか、我々が行くまで」
しばしの世間話があった。言葉以上に彼らは知り合った。
「西へ?」
「ああ、西へ。とくべつ預かってる子たちでね」
「今度ばかり、ちょっと相手が悪すぎたな」
「目を離さないよう気をつけるよ」
「なぁに、数えるほどの日々だろう」
兵士らがあたりで忙しない。六人はまるで不干渉地帯として扱われていた。
「邪魔してるね。俺らにかまけてて平気かい」
「いや、暇つぶしとは礼も欠こうが、ひとまずの持ち分は終わっていてね。待つもの待たねば続きがならない」
「……まつ?なにをまつの?」
「仲間さ」
「もうこんなにいるのに」
「うむ。専門と細分化の当代なのだ。封鎖部隊はもちろんのこと、"先史"にかけては調査が欠かせない。見落とさない目を持つ者らが要る」
「あけすけ話してくれるお人だよ。いいのか俺ら冒険者なんて、考えによっちゃならず者だ」
「まさか王国に仇なす存在かね?貴殿らが?到底思えん。なれば女王陛下は万事許してくださる」
出会いがあれば、別れもあるのだ。ゼンがあくびをかみ殺して、合図だった。
「余計なお世話と言われても言おう」大腕に抱かれるゼンの鼻先を、シェリフマックは軽くつつくのだ。「やるな、といっても君はやる質だね。だからいつでも、思う存分をこなしたまえ。この人物らの目が届くところでな」
言われてるぞ、とヴァンガードに揺さぶられて、ゼンは恥ずかしそうに首をよじった。シェリフマックは、別れの言葉を選んだ。
「貴殿らの、巡る旅路に光あれ」
おのおの礼をまた言って、"商隊"が去っていく。「ちと買い込みすぎでよ……」「次から俺もつれていけよ」和気な彼らが森に溶けるまで、シェリフマックはずっと見送った。
さて、とぼけた制服というのにつつまれるから、兵士はなりで見分けがたい。折をみて隣へ出てきた彼を、シェリフマックはちろり見た。
「その後加減はいかがかね、曹長」ただいまの西封鎖線をしきる階級職だ。迷宮中のシェリフマックが、無線を越した相手でもある。
「はい、大佐。まだ心臓がおどっています」
「ははは、失神せずになによりだ」
「かろうじてですが……」
物凄い大男がいる――曹長は無線で言った――化け物です。近寄るだけで圧し潰されそうだ。シェリフマックがまみえたときには、だいぶまともで、なお大きかった。
「つとめて抑えてアレらしい。類稀なる闘気だね」
「大佐でさえ、そうお感じに?」
「アルシヤ・レイかと思ったよ」
曹長はいかにも目をみはる。ふつうなら「まさか」と、軽口をたたくべきだった。
「すると君らは見落としたかな。大の剣士の方」
「とても盗み聞きの余裕は。何者です?」
「三日月旧都決戦を?」
「もちろん。近年最悪のコード・A、別名"月の大厄災"……」
「その生還者であれば?」
「あッ。あれが、ヴィクトル・サンドバーン……!?」
「然り、公国の盾さ」
「……絶滅危惧種ですね」
悲観する人々の多さに、赤髭の剣士はほくそ笑むのだ。
「ふふ、更にもひとり見逃したようだ?無理もないが」
はて、と顔する曹長に、シェリフマックは片目をつぶって、おどけてみせた。
「肩を並べる日が楽しみだよ」一息ついては胸を張る。「さーて、もうそろ仕事に戻ろうか。封鎖措置の状況は?」
「はい、蟻の子一匹通しません」
「上等だ。総局にケツを叩かれる前に情報を整理せねば」共有事項がさまざまあった。ふところから出す紙切れもそうだ。「一枚目は彼らがよこした地図。制御中枢まで俺の見取りが二枚目。地図を引いてくれ。東口の大尉と無線は?」
「常時快調です」
「よし。ところで時計を?」
「こちらに」
「うむ。やはりこれだけずれている」
「歯車嫌いの悪魔ですか?」
「おもしろい。迷宮のほぼ全域が相対時間遅滞の魔法理異象なのだ」
「なるほど、それで通信不良が」
青い外套の裾が、天幕に消えた。つぶす暇など方便である。英雄の仕事に終わりは来ない。
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「見たかいヴィー。半端じゃないね、ドールランっての」
「…………」
いつも以上のしかめっ面が、帰り路の森で黙りこくっている。重たい口は、いつもを重ねてひらかない。
「《ヴィクトル、どうしてキゲンが悪いの?》」
実は「いつも」とちがう気がする。ゼンはなんとなく察せたのだが。「《いろいろ訳が募るのさ》」ヴァンガードはにごすだけだ。やがてヴィクトル当人も。
「用は済んだな……」
と、吐き捨てて、ふらり木立へ消えようとする。
「え、どちらへ……」
フランは惑ってつかめない。ヴィクトルは森のあらぬ方向へ、とっくに飲まれてしまっていた。
「そっとしといてやれるかな?日が悪いんだ」
「……いいの?もう町をでるんでしょ」
さすがにこたえた缶詰め缶切り、一晩越して発つ今日のはず。しかしヴァンガードは言う。
「出発は明日さ?平気だよ」
「あえ……でも、きのうは満月で……」
「その満月が今晩なんだ」
「え……」
間違えるようなはかりだろうか?迷宮に入ったその日が、満月のはずで――再勘定にかかるには、くたびれすぎたゼンだった。大腕に、ゆさゆさ揺られて心地良い。寝に落ちながら、おぼろに思う。
――満月は、前もそうだった。ヴィクトルは、みんなの前からいなくなる。なんだろう、獣のにおい。これは、そう、おおかみ、みたいな……。
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光の道にゼンはいた。代わり映えのない、つめたい白さで、前も後ろも終わりが見えない。
――ここは、"先史"……?
じきに夢だと気がつける。会えると期待はしていない。しかし思うまま進んでみた。御許の深い森の中、ボロ小屋のかげ、大井戸のそば、「彼」が居るなら、見知った景色だ。
「やあ」
"精霊弓"のそれと似ている。少年のなりをした白い影が、「彼」だ。
「無事でなにより」
道のさなかで言って加えて、誰を真似るのか指を立てる。見ていたよ、という意味だ。
「実りの多い冒険だったね」
夢ではときどき口が利けない。ゼンはひとまずうなずいた。「彼」は気にせず話をつづけた。
「僕も認識をあらためたよ。仮説を得た、と言うべきか……」
誤る対価に、人は正しさをみつけるものだ。
「思うよりはるかに、僕らは近いのかも。隔てるものがあるとすれば――」
ゼンは走った。双子の山の麓の森へ。まん丸な月がさしている。目覚めている。まぎれもなく、これは現だった。
――どうして、かぞえちがえたんだろう?
問いかけてみても「彼」はもういない。ひとり、ひたむき剣を振った。やがて夜が明ける。昼が来る。「彼」はいつまでも来なかった。次また、もしも会えたとすれば、迷いに惑った"迷宮"よりも、ずっと深くて暗いところだ。




