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ゼン・イージス ―或る英雄の軌跡―  作者: 南海智 ほか
目覚めの章:統べ手無き土地
34/106

34.迷宮 下


 どうして考え及ばなかった。たまたま、うまくやれていただけだ。

 一人前に、仕事をこなせる?

 嘘だ。

 ぜんぶ、大人がいてくれたからだ。()を知りつくし、何も間違えず、未熟なケツまで面倒をみてくれる、大きな大人がいてくれたからだ。

 どうして順序を経なかった。クソをひねりだす途中だろうと、何かの沽券にかかろうと、ついてきてもらうべきだった。なにもかもはじめての試みに、どうして、大切な誰かだけ道連れにした。


 ドン!ドン!ドンッ!ドォンッ!


 規則正しく迫るそれは、規則正しく隔てる扉を、ぶち破り、ぶち破る音なのだ。何が、どうして、どうやって?わかるものか。つくりからして、そちらは真の最奥である。ばかげているだけ、期待はできない。

 ゼンは放心のあまり、覚えていない。どんな音だか覚えていない。いずれにしたって大音だったろう。

 最後の扉がぶち破られる。

 ゼンはただ見た。たしかめた。

 ひしゃげ、爆散するそれは、相も変わらずのぶ厚さのはずだ。もう、と丁子が白煙で満ちた。視界がふさぐ。ぱらぱら破片が降りしきるころ、やっと世界が音を思い出す。喇叭と鐘とが、まだ騒いでいる。それに。


「こちらドールラン、聞こえないか!?」

 

 聞こえる。聞こえる。聞こえたとも。あたたかな人語を、それはあやつれた。ずしり、踏みしめる脚があった。


「ツマミを限界までまわせ!こちとら非常(しょう)がわんわん鳴ってて――!」


 ぬらり。粉塵に落ちる影が巨体だ――ヴァンガード……!?――ひととき思えた少年がいる。たしかに似通う。只人なりの偉丈夫でしかし、足音がちがう、声がちがう。得意としている、得物がちがう。

 剣を帯びるから、剣士と知れる。あたりをはらって、道を晴らした。ようやく(まみ)える、男の顔だ。

 称しよう、髭の大男。

 隆々として、いかにもつわもの、ヴァンガードとも見劣りしない。強面にして四角い顔には、(いだ)けるほどにふんだんな赤髭。きらり、胸元で輝かす記章は、()()()()()()()()()

 その人は、場違いな客をみとめたのだろう。まるくする目に敵意は皆無だ。もっぱらこもる、おどろきだった――こんなところに!――そっくりそのままゼンは返したい。こんなところに、どうしてこの人。 

「内部で冒険者三名を発見!状況送れ!君たち……」

 男は耳に指をあてて、虚空へ叫びかけるなり、前へ。一歩のあまりの大きさだ。大股に、映える長すそがしるしであった。

「あぶない!?」

 ゼンはようやく口をつく。丁字のむかいで、もう角だ。つまりガションが真横から迫る。今に身をさらす髭の大男は、あぶない、どころか、死地へまっしぐらで――まったく余計な世話だった。

 刃が鳴りに鳴りまくった。はじける弾雨がぴしぴし唸った。男は止めない。進んで、止めない。吹きつける、理不尽な暴力をいなすのに、四歩とも、五歩とも、悠然だった。かいくぐっては、健在である。間近になって濃い青だ。ふちなす裾長の外套でさえ、シミひとつとなく、毛は凪いでいた。丁子を渡れて、まったく無傷。

 男の背後でバケツが穴ぼこ、赤い塗料をぶちまけ、(ころ)げた。銃声の尾が、赤暗さの中ひいている。

 かなりの使い手だ。

 それで済ませてよいものだろうか?男は、刃を払っておさめた。まるで日頃の一部であった。膝をついても、まだ大きい。

 熊だ。迷い込んだ森奥で不意に、蜂の巣をつついたって人は、こんなに落ちつきはらえない。おだやかに喋る熊だった。


「俺は王国軍特務保安部隊の――」


 さだかな公用語であった。


「シェリフマック・ドールランだ。君たちを助けに来た」


 銃砲の圧で耳がくらくらする。髭もじゃな口は知ってか知らずか、

「助けに来た」

 と、また言った。今度はさなかの言葉であった。更なる言語を聞ける前に、サルヴァトレスが割り込むだろう。あっけにとられる誰よりもはやく。

「ぁっ、ガキどもを出してやってくれ!」

「言われなくとも!君だって仲間はずれにはしない」

「うしろっ、マシンがっ!」

「そうだね?ちょっと待っててくれるかい」

 おもむろに立った髭の大男――シェリフマックが抜き放つのは、王道をゆく直剣だ。握りをぐるりと振り向いた。青色の裾が翻る。大きな背には、いやに四角な背嚢がある。肩越しに告げた。


「すぐ戻る」


 歩み出している。

 いまは小さな剣士の性が、追従させない訳がない。闊歩する、青い背中をゼンは追っている。何が起こるのか見ずには死ねない。外套の裾は踏めなかった。


 十や二十で利かないはずだ。待ち受けている銃の数だ。もっとも近くて、角から五メル。とっくに男は駆け抜けていた。

 激しく(はや)い。早くて速い。ゼンには届かぬ背がまたひとつ、たちまち群れの一部となった。とおった端から、ガラガラ崩れる。ひとつ振る間に、四、五、六と倒れた。数えてたちまち追いつかない。ほとんどの銃が鳴りはして、影を無意味に撃つだけだった。

 シェリフマックが舞い終えた。"疾風"にして首をもぎ、"鋼"をもって胴を薙ぐ、まっとうな(すじ)を行くかたや、"飛泉"で刎ねては、"憤怒"で防いだ――ああ。その"構え"にまだ、そんな型が――ゼンの意識の及びきる頃、通路を端までうめつくす、真の機械の墓場があった。

 ()めず臆せず、誰が突き進めた。弾雨あられに、剣ひとつで。その男である。踵を返すと、髭もじゃな口で言いかけた。

「まだ……」

 遮られるのは、轟くせいだ。

 銃だ。弾丸だ。銃声だ。

 腕をのこした半身のむくろが、引き絞ってはいくつか飛ばした。起きて放って、通路のなかば、向く銃口は"バケツ"の方で、シェリフマックとは反対である。

 既視感。狙われているゼン・イージスは、同じ失敗を繰り返さない。ひとり丁子で受けて立つにせよ、たったの一発かぎりで済む。

 "にわとり"にいるシェリフマックが、ドン!と跳んでは()()()()からだ。素振りの"剣気"に、射程があった。弾丸も蹴散らす、すさまじい"剣気"だ。死にぞこないも道ざま処理して、

「危ないぞ、と言うつもりでね。どうやら余計な世話だった」

 くしゃりと笑う赤髭であった。




 ---




「どうかシェリフと呼んでくれ。依頼をうけた冒険者一党とは、君たちのほかなかろうな」

 シェリフマックの声音には、強面に似ないすがすがしさがある。強者の余裕だ。ゼンにはわかった。迷宮中が鳴りやんでいて、男はしずかに話してくれた。

「王国の特務(とくむ)ってな、あんた言ったよな。つまりゃここら一帯の保安官(ホアンカン)だ」

「そう呼ぶ人もいるね」

「くそ!大助かりだぜッ。おめおめ俺だけ(けぇ)りでもしろ、半殺しでもすまねぇとこだ……」

 "さなかの言葉"でかまわないとの旨をサルヴァトレスは言って、あとのなにもかもをシェリフマックに託すのだった。

「よろしくな。ドルトル氏、イージスくん、フラムネルくん」

 四人一行となって、"にわとり"をいまは目指している。入口にして出口への最短だ。ながらあらためての自己紹介に、"人形"はここで初見だと聞ける。それでいてああもあしらえた、シェリフマックは剣士であった。

「どうしたら、シェリフみたいな剣士になれる?そんなにうまくて、すばやくて」

「なに、ちょっとのコツと経験だとも」

 強者はおんなじことしか言わない。

「おっと……」

 "にわとり"でもって、足止めをくらう。先導していたシェリフマックが、丁子へ踏み出し、退いている。行きかう弾丸をさばいたあとだ。左右にガションの再来であった。

「帰り路にこそ人は油断する。これがもっともあぶないものな」

 ゼンには耳が痛かった。それもシェリフマックがひとりなら、どうとでもなる道だったろうに。

「ふむ、さいわい距離がある。わざわざ取り合うこともない」

 "バケツ"へこんどは引き返す。シェリフマックは来た右ではなく、左を選ぼうと言った。サルヴァトレスの見取りを頼りだ。その訳とは。 

「こうみえてだいぶ方向音痴なんだ。ははは、意外かね?余計に歩かせると悪い」

「だがそっちから先ァ未踏だぜ、罠だって」

 看破のために並ぼうか――サルヴァトレスが志願するのを、シェリフマックはよしとせずにいた。

「サルヴァも専心級なんだよ」頼りになる、とゼンは言いたかったのだが。

「失礼ながら、ドルトル氏。銃弾の回避に自信はあるかね」

「……見えやするがよ。わからねぇな」

「無論、君たちの仕業とてみとめたよ」埋もれてしまった古い墓場を、シェリフマックは言っている。「だが、"先史"を軽んじてはならない」

 あとで聞ける。踏みならしている機械の山は、"先史人"の遺物だという。どうして彼らは滅びたか?答えは探せばおぼろに見つかる。

「ひとまず信じてほしいのは、当代と先史とが不用意にまじわるのに、百害あって一利なし、ということだ。だから我々がでしゃばって止めない」

「……よかった。シェリフがきてくれて」

「いいや、むしろ悪いのだよ。すなわち時機がね。我らが出遅れたが為に、君たちは途方もない危険に遭った。まったく我らが落ち度であるからして、無事に帰すのはとうぜんの義務だ」

 四人して、赤い足跡を倍にする。角を曲がって、こじあけかけの扉を前だ。顔ぶれをあらためシェリフマックは、ふところからなにか取り出した。

「フラムネルくんにはこれを……おや、もうつけている?」

 耳栓だ。用意がいいねと、大男は快活にわらうと、ちょっとおどけて指を立てた。

「戦士諸兄も気張りたまえ。さすがに少々大音になる」

 "闘気"は鼓膜も守れるが、集中あっての代物だ。でなくば耳など聾してしまう。


 ドォン!


 この爆音なのだから。

 シェリフマックは、軽く一振りしただけだった。ベニヤの板を蹴破るのだって、もすこし苦労があっていい。

「缶切りにせよ難儀したろう。タイタン合金製の隔壁だものな」

 どんな伝説の金属も、この男にかかれば粉々だ。爆音をぬってぽつぽつ話した。

「シェリフさんは、いったいどちらから?奥の方からにみえました!」

 地図作成と後方警戒が、フランの仕事であった。

「それがね!なかなか興味深いよ。この迷宮には、どうにもふたつの出入り口がある」 

 双子の山の、東と西だ。

「片方はすでにおさえたのだ。けれど、もひとつあるとは抜けていてね。俺は後入りで君たちを知り……するとどうだい、あちこち隔壁で通せんぼだ」

 代わり映えのない道々である。地図もなくして仕方なく、だいぶさまよったと男は笑えた。朝飯前にぶち破る、次の扉で何枚目だろう?

「飲食はたりるかね?補水液がある。チョコラもあげよう」

 なおもって余裕綽々、気配り上手なシェリフマックだ。ゼンはサルヴァトレスにちょっと訊ねた。

(……なんです。"トクム"って?)

(王国でも、桁が外れた連中のことさ。ほかにゃなんてった、ほら――) 

 届かない背には名前ついた。

("英雄"、ってな)

「英雄……」

 馬鹿げた(こぶし)(つるぎ)がよぎる。青い外套が並んでたなびく。ゼンは言わずにいられない。

「王国の英雄って、みんなシェリフくらいすごいの」

 おや、と赤髭は見下ろした。いまは並んで歩いていた。

「みな働き者だよ、まちがいない。それもアメイジアで千はくだらない愛称だからね。俺なぞ数字のひとつにすぎない」

 千なる大数をきいたところで、でまかせだろうと、サルヴァトレスは言わなかった。なにより、シェリフマックはうそをつかない。ゼンにはわかる。

 爆音をまたぎ、小規模な交戦が数度あった。

「イージスくん。君にはやれるね」

 期待されたから、ゼンもはたらいた。ちょっとだけ、ちょっとだけだ。

「ひとつおこなえば、ひとつの隙さ。おおいに助かる」

 "にわとり"の、普段のすみかは天井らしい。ぶち破ったら、直後に一発。だからはじいた。簡単すぎる。ゼンの仕事はそれくらいだった。

「大したものだ!」

 シェリフマックはおおげさだ。ころがされた細長いくちばしを、ゼンはつまさきで押しやった。カラカラ、むなしく響いている。ほめられるだけ、やるせない。 

「こちらドールラン!現在、冒険者三名と同行。西口にむけて進行中……」

 虚空へときどき、男は呼びかけた。

「どなたとおしゃべりしてるんですか?」

「うん、こいつは試作の無線機でね」

 いやに四角な背嚢は、ひんやりしそうな金属製だ。()()()がいろいろついている。

「科学と魔法の新発明だよ。機嫌がよければ、遠くの仲間とつなげてくれるのだが……」 

「はぇ~、便利なモンがありやがる」

「波があわねば不通でね。どうにもこことは相性が悪い」

「ずっとしょってて重たそうです……」

「そうとも、両面けっこうな代物だよ!もしも壊したら大目玉だから、俺も必死さ」

 ははは、とつわものらしく笑うから、ゼンはますますヴァンガードをかさねる。かさねた数だけ、胸はくもった。

 

 ――まただ、ぐうぜんに助けられた……。


 御許を出てから、強くなった。フランだって、きっと守れる。

 はかないくせに、自刃する誇りだ。余計にえぐれて、痛すぎた。

 後にも先にも、英雄がいた。守られきってゼンは理解する。自分は何にも及んでいない。


 まだ出口にはかかるらしい。兆しならあった。一段大きな隔てる扉を、シェリフマックがぶち破ると、あたり通路とは様変わりする。赤暗さともさよならだ。

格納庫(ハンガー)だな、ここは」

 闇の胃袋にあたる。広々と暗い。点々と、導く灯だけが頼りだ。目を慣らすと、化け物扉がむこうにかすんだ。二枚目にして、開かずの方だ。

「じき出られるよ」

「やった!帰れるんですね、商隊に!」

 うしろでフランがサルヴァトレスとわらうので、限界は来る。安心してじゅうぶんな居所に、もはや"商隊"はなってしまった。食いしばっても、だめだった。ゼンは悔しくてたまらない。おしよせる安堵のせいで、よけいにつぶされた。


 ――たりるだけ、僕はつよくない。もっと、もっとだ……こんなんじゃ。


 大人と日々に恵まれたから、前向きさだけは得て失わない。追いついてやる。だけれど、悔しい。どうしてこんなしくじりをした?思い上がりだ。ケツの青さだ。このままでいられない。止まってられない。

 なのに、ゼンはついてゆけなかった。止まってしまうわけを、シェリフマックは知らない。ふりかえって、案じた。

「イージスくん?どこか痛むのか」

「……そうかも」

 隙だらけだと嫌になる。それでもゼンは構えなかった。

「……戦士のテイギを、教わったんだ。僕はできると思ってた……それよりずっと、もっとたくさん。でもたりなくてね……たりないでしょう?だから、そしたら」

「君は君だよ、ゼン・イージスくん。ただ約束しよう。明日はもっと、よい君になれる」

 男の約束には、不思議な力が宿っている。図体を、シェリフマックは屈ませた。頼りがいのある大きな手だった。

「すまない、気がつかなかったな。めいっぱいをしょいこんでるね?よくもこんなに小さな肩で」

 男は目線を、ひとりの戦士で少年にあわせた。強面なのに、やさしい目をしていた。

「なにをのせても夢じゃない。なりたい君になるといい」

「……シェリフみたいに、僕でもっ、なれるっ?」

「俺みたいに?まさか!とんでも目じゃないな。俺が君くらいの年時分に、君とおんなじ真似ができたと思うかい。いいや?まったくだ。まともな一本振れやしない、ただのはなたれ小僧だった」

 つとめて堪えようとするほど、それはあふれて、とめどないのだ。

「なにも慌てることはない。そうとも……いいんだ。泣かなくたって」

 気持ちを言葉でつむぐたび、さかんにこみあげ、止まってくれない。肩がしゃくって、おさまらない。

 いまだけ小さな剣士のために、一行は時間をもうけた。さいわい、間近に脅威はない。フランがしずかに寄り添った。サルヴァトレスが見張りをこなした。

「そうだ、誰にも内緒だぞ。俺のとっておきを教えてあげよう」

 シェリフマックは膝をつきなおした。教えてくれる内容は、ほんとうにとっておきだった。

「君は聞いたな。どうしてうまくて、すばやいか」

 ゼンはうなずいた。

「わかるかね、"戦いの自分"が。脈動する力が」

 ゼンはまたうなずいた。

「みえるかね、"刹那"が。あのうつくしい時間(とき)の流れが」

 ゼンはしきりにうなずいた。

「いやはやたいしたものだ。掛値ない。うん、はじめに言っておこう。俺と君とが特別じゃない。この星のすべての剣士が、あるいは戦士が――それを備えている。意志さえしかりと携えるなら、無限の可能性が我々に味方する」

 ゼンの眼前を、シェリフマックは指先でなぜた。

「"不伝の先見力"も、そのひとつだ。君だって備えている。そうでなかったら、不意の銃弾を落とせっこない……これは?気がついていたかい」

「……ちょっぴり」

「ふふ、正直者だね君は。

 俺の剣のたくみさは、極小をみてとらえるだろうか。俺の刃のすばやさは、いつも音速にまさるだろうか。やろうと思えば、もちろんだ。けれども毎度じゃ、くたびれてしまう。

 おまけなのだな、うまさ、すばやさとは。矢だって石ころだって、どこを撃たれるのか、我々には知れる。だからふさわしい行動を、前もって起こせる。刃であれ棒であれ、そうとも、撃たれるとわかってしまう。極限に集中した、我々になら知れる。"刹那"それすなわち、"意志を他者へと伝達しようもない、わずかわずかな瞬間"にかぎっておこなえる、確実な未来視……というわけだ。

 クーネル・ドゥファスを知ってるかい。草葉の陰で、彼は笑ってくれるやも。『なんぴとも、いかな魔法理を以てして、確実な未来を知ることはできない』

 否だ。

 "星の理"を、我々であれば超越できる。なぜなのか?おそらく先史の遺物なのだろうと、我々は――あえて言おう、"英雄"のごく一握りは、考えている……」

「……そんなはなし。ヴァンガードも、ヴィクトルも、教えてくれなかった」

「知らなくたって無理もない。研究に邁進する我々にさえ、まだ目新しいことわりだ。だからとっておきで、内緒にしている」

「じゃあ、剣士は、このさき、銃と弾丸に負けないですむ?とくべつじゃ、なくっても」

「ああ。正しき道を歩めばな」

「そう、なんだ。剣士の時代は、銃にトウタされて、もう終わるんだって……」

「ほう、剣士の時代と言ったのかい?君の友達が?うまい表現だ。まだ終わらんね、すくなくとも当代、君がいるうちは終わらんよ」

 シェリフマックは、みずからの刃をみやった。その切っ先で、来た道をさす。「先史の学者は、機械をのこした」おろして、ゼンがぶらさげた剣を小突く。

「先史の剣士であれば、言った条件付きの贈り物だ。種火としてただ欠かせないのが、立ち向かうだけの勇気。すくなくとも俺は、そう強く信じている」

「…………」戦いの自分、刹那に先見。よくわかった。けれども、あの足並みに、あの剣気すら、信じてどうにかなるものだろうか――ゼンはまだまだ考えてしまう。見透かされている。

「むろん、熾せただけで大火とは成らない。たゆまぬ年月だけが、……よそう。これ以上は"盾に騎士道"だ」

 シェリフマックは頭を撫でない。どれほど重なろうと、ヴァンガードとは別人なのだ。「要点を言う」対等な目線で、英雄は見ていた。

「のぞむなにもかも、すぐそこにあるぞ。止まってくれるな、ゼン・イージス」

 二、三度しあげに肩を叩いて、シェリフマックは立ち上がる。「さぁ」と、目顔で合図するのに、サルヴァトレスがうなずいた。ふたたび行くのが、帰り路だった。

 ゼンはもう泣かない。

 

 遠近の狂うおおきさだった。化け物扉まで、一行はそこそこ歩かされる。

 暇をつぶすのにシェリフマックは、彼の振るう第五花"百日剣"について語った。ひょっと気遣いのうちだった。

「守護剣のごとく堅く守り、熾烈剣のごとく激しく攻める……わはは、これほどないね?言うは易しで並ぶものなしだ」

 肩幅と赤髭をすくめては。

「俺もまだまだ。まだまださ」

 と、おどける。もう剣筋を見れないのが残念だ。あたり物陰こそ多く、動体らしい気配はない。闇に沈んだ両脇にひしめくのは、奇妙な荷馬車の列であった。

「……あれも撃ってきたりしない?」

 やたら横長につぶれた車輪、ひらべったくて二段の車体。更にのせるのが、これまた長いくちばしだ。"にわとり"のより、ずっと太い。

「うむ、ひとりでに動かれたら骨だが……」とっくにこなした口ぶりだった。「どうやら旧式だ。平気だよ」

 ついでにさする髭元で、シェリフマックは思い出したようだ。

「そうだ、今のうちに!」あるいは演技だとしても、誰も悪くはとらなかった。「この迷宮で、"魔石"を見たかい?君たちの目的だったろう」

「見当たらなかったと思います……」フランが正直に言った。

「おっかねぇモンばっかりだ」サルヴァトレスもまた真実を言った。

「では魔石にかぎらず、持ち出そうとする品はないか?」

 もしもつぶてのひとつでも、迷宮産であるかぎり、"魔石"のほかのすべてのものが、出入り口にて魔法理に弾かれる。ものによっては、命にかかわる。常識だ。

「……あっ、忘れてた!」

 ポケットの中には、櫛ではなくてハンカチを。ついでにゼンが取り出すのは、ひしゃげて咲いた弾頭である。

「む。芯空軟頭(ホローポイント)弾……?もし、君!」

 ばっと、目ざとく男はかがんで、ゼンの左肩をまたつかみにかかった。鎖帷子の穴は消えようがなかった。

「撃たれたのか?迷宮内で?」

「……うん」

 ゼンはためらった。もっと迷うだろう。フランの"治癒"は秘術とされる。なぜ秘められるべきなのか、大人に推測を教わった。悪しきが悪しく使うなら、絶対の癒しは、終わらない苦痛を生めてしまうからだ。

「……大事ないようだ。ならば、結構だが」

 撃たれて、大事がないはずない。訳をきくまじとしているシェリフマックである。彼の方は、とっておきを教えてくれたというのに。

 "治癒"の暴露とは、ひいてフランの危険となりかねない。徹底するなら、相手が誰でも言わないべきだ。しかし思わずゼンが見やると、フランは微笑み、ちいさくうなずく。すべては言わないようにした。

「……僕らのとっておきなんだ。内緒だよ」

 足りてしまったらしい。一日二日の銃創が、外科的処置で癒えるはずがない。高等医術じみた魔法理とすれば、現わせるのは誰だろう。魔法使いか、魔女か、神か――シェリフマックは、可能性を察せるだけの人だった。ほんのすこしだけ、見る目をかえる。むしろ腑に落ちた、というふうで。

「そうなのか……」

 と、ただ言って、くわえた。

「約束しよう、誰にも言わない。君が無事でいてよかった」

「僕も約束する。内緒にするよ、シェリフマックのとっておき」


 化け物扉の目前で、一行はまた結界を踏む。

「どーした?」

 サルヴァトレスだけ、相も変わらずにぶちんなのだ。依然と効果はわからずも、シェリフマックがあてを言う。

「もしやすると……」ツマミを最大までまわせ、言われたとおりにゼンはいじった。

「こちらドールラン!聞こえるか?西口が間近と思われる」

『―――――!』

「通じたぞ!」

 シェリフマックの耳栓は、音の鳴る耳栓なのだ。ゼンは一部だけききとった。

『――――――て――?』

「何?」

『――男が――――』

「関係者か」

『―――!すさまじい力で――』

「無事だ!無事だと伝えてくれ……よろこべ君たち、どうやら迎えが来ているぞ」シェリフマックは、しるしを言うのにおかしそうだった。「筋骨隆々で、それは物凄い大男だと」

「ヴァンガードだ!」「ヴァンガードです!」

「通して構わん。もうすぐだ」

 一行は急ぎ足になった。いまごろ、とっぷり暮れた外だろうか。誰も時計を持たずいて、はかるにしたって術がなかった。赤暗いなかに缶詰めされて、どれほど過ごしたかを知れない。

 正真正銘、最後の扉だ。化け物扉の通用口を、シェリフマックが弾き飛ばした。ゆるやかな坂を見上げると、小指の先ほどの空色がある。ひとつまわった昼にちがいない。

 最後にひとつお願いがある、とシェリフマックは言いだした。

「簡単な頼みだ。"先史"で君らがなにを見たのか、秘密にしてはくれないか」

 足早にのぼりゆく闇の舌先は、いまなら光の玄関だった。

「ごく仲間うちなら構わない。きっとよい者たちだから。しかし世間にはひかえてほしいのだ」

 約束でいい、と男は言う。男は命の恩人であった。さからう訳など、見つかるはずもない。 

「約束するよ」「約束します」「約束するぜ」

 冒険者たちは応えたのだった。


 外光に抱かれて、瞼の裏がツンとする。陽の高さが、時の流れを言うはずだ。三方が森の原っぱは、様変わりしてにぎやかだった。

 王国軍である。天幕をさまざま打ち立てて、木杭と縄とを巡らしている。陣の内側には大勢のほか、ひとり、ふたり、よくよく見知った顔がある。

「おーい!」

「ヴァンガードっ!」

「心配したぞっ」

 駆け寄る大男の腕に、ゼンはすくいあげられた。

「ヴィック!」「……ああ」

 面倒そうでも足早だ。ヴィクトルのズボンに、フランはひしとしがみつく。手の行き場を男は宙にまよわせ、さいごは軽く黒髪にうずめた。

「すまねぇ、こりゃ俺の」サルヴァトレスがおずおず言い出すと。

「サルヴァは悪くないよ!僕が行けるって言ったんだ!」「私もです、私も!」少年少女がさえぎった。

「おいおい、まだなんにも言っちゃないぜ!」ヴァンガードはあいた手で、サルヴァトレスの身も案じた。「な、平気か」

「あ?ああ……おかげでな」サルヴァトレスと呼ばれる彼は、少年少女を見やるのだ。

 かたわらで、シェリフマックが満足げだった。よくうなずいては、やがて呼ばれる出番を待った。

「助けてもらったんだよ、シェリフに!」

 恩着せがましく振る舞う気はない。挨拶はただの礼節だ。いささかの興味は隠さずに、大男は大男と、かたく握手をかわすのだった。

「シェリフマック・ドールランだ」

「ヴァンガード・アーテル。ありがとう、ありがとう」

「なに、立場がちがえば。そうだろう?」

 握手の相手は、もうひとりいる。身を乗り出しつつ、不機嫌そうだ。

「ヴィクトル・サンドバーン。世話をかける」

「世話も何も……サンドバーン?ヴィクトル・サンドバーン氏、貴殿は――」

「…………」

「いや。掲げねば、すなわち意だな」

「……感謝する」

 大の戦士らが目で通じるのに、疲れたゼンは気がつかずにいる。他言無用の旨をシェリフマックがあらためて、ヴァンガードらは言わずもがな、というふうだ。

「もしもの次があるのなら、なるべくかかわらないように。ほかの誰かが試みるなら、貴殿らだから頼もう。止めてくれるだろうか、我々が行くまで」 

 しばしの世間話があった。言葉以上に彼らは知り合った。

「西へ?」

「ああ、西へ。とくべつ預かってる子たちでね」

「今度ばかり、ちょっと相手が悪すぎたな」

「目を離さないよう気をつけるよ」

「なぁに、数えるほどの日々だろう」

 兵士らがあたりで忙しない。六人はまるで不干渉地帯として扱われていた。

「邪魔してるね。俺らにかまけてて平気かい」

「いや、暇つぶしとは礼も欠こうが、ひとまずの持ち分は終わっていてね。待つもの待たねば続きがならない」

「……まつ?なにをまつの?」

「仲間さ」

「もうこんなにいるのに」

「うむ。専門と細分化の当代なのだ。封鎖部隊はもちろんのこと、"先史"にかけては調査が欠かせない。見落とさない目を持つ者らが要る」

「あけすけ話してくれるお人だよ。いいのか俺ら冒険者なんて、考えによっちゃならず者だ」

「まさか王国に仇なす存在かね?貴殿らが?到底思えん。なれば女王陛下は万事許してくださる」

 出会いがあれば、別れもあるのだ。ゼンがあくびをかみ殺して、合図だった。

「余計なお世話と言われても言おう」大腕に抱かれるゼンの鼻先を、シェリフマックは軽くつつくのだ。「やるな、といっても君はやる(たち)だね。だからいつでも、思う存分をこなしたまえ。この人物らの目が届くところでな」

 言われてるぞ、とヴァンガードに揺さぶられて、ゼンは恥ずかしそうに首をよじった。シェリフマックは、別れの言葉を選んだ。

「貴殿らの、巡る旅路に光あれ」

 おのおの礼をまた言って、"商隊"が去っていく。「ちと買い込みすぎでよ……」「次から俺もつれていけよ」和気な彼らが森に溶けるまで、シェリフマックはずっと見送った。


 さて、とぼけた制服というのにつつまれるから、兵士はなりで見分けがたい。折をみて隣へ出てきた彼を、シェリフマックはちろり見た。

「その後加減はいかがかね、曹長」ただいまの西封鎖線をしきる階級職だ。迷宮中のシェリフマックが、無線を越した相手でもある。

「はい、大佐。まだ心臓がおどっています」

「ははは、失神せずになによりだ」

「かろうじてですが……」

 物凄い大男がいる――曹長は無線で言った――化け物です。近寄るだけで圧し潰されそうだ。シェリフマックがまみえたときには、だいぶまともで、なお大きかった。 

「つとめて抑えてアレらしい。類稀なる闘気だね」

「大佐でさえ、そうお感じに?」

「アルシヤ・レイかと思ったよ」

 曹長はいかにも目をみはる。ふつうなら「まさか」と、軽口をたたくべきだった。

「すると君らは見落としたかな。大の剣士の方」

「とても盗み聞きの余裕は。何者です?」

「三日月旧都決戦を?」

「もちろん。近年最悪のコード・A、別名"月の大厄災"……」

「その生還者であれば?」

「あッ。あれが、ヴィクトル・サンドバーン……!?」

「然り、公国の盾さ」

「……絶滅危惧種ですね」

 悲観する人々の多さに、赤髭の剣士はほくそ笑むのだ。

「ふふ、更にもひとり見逃したようだ?無理もないが」

 はて、と顔する曹長に、シェリフマックは片目をつぶって、おどけてみせた。

「肩を並べる日が楽しみだよ」一息ついては胸を張る。「さーて、もうそろ仕事に戻ろうか。封鎖措置(ロックダウン)の状況は?」

「はい、蟻の子一匹通しません」

「上等だ。総局にケツを叩かれる前に情報を整理せねば」共有事項がさまざまあった。ふところから出す紙切れもそうだ。「一枚目は彼らがよこした地図。制御中枢まで俺の見取りが二枚目。地図を引いてくれ。東口の大尉と無線は?」

「常時快調です」

「よし。ところで時計を?」

「こちらに」

「うむ。やはりこれだけずれている」

「歯車嫌いの悪魔ですか?」

「おもしろい。迷宮のほぼ全域が相対時間遅滞の魔法理異象(アノマリー)なのだ」

「なるほど、それで通信不良が」

 青い外套の裾が、天幕に消えた。つぶす暇など方便である。英雄の仕事に終わりは来ない。




 ---




「見たかいヴィー。半端じゃないね、ドールランっての」

「…………」

 いつも以上のしかめっ面が、帰り路の森で黙りこくっている。重たい口は、いつもを重ねてひらかない。

「《ヴィクトル、どうしてキゲンが悪いの?》」

 実は「いつも」とちがう気がする。ゼンはなんとなく察せたのだが。「《いろいろ訳が募るのさ》」ヴァンガードはにごすだけだ。やがてヴィクトル当人も。

「用は済んだな……」

 と、吐き捨てて、ふらり木立へ消えようとする。

「え、どちらへ……」

 フランは惑ってつかめない。ヴィクトルは森のあらぬ方向へ、とっくに飲まれてしまっていた。

「そっとしといてやれるかな?日が悪いんだ」

「……いいの?もう町をでるんでしょ」

 さすがにこたえた缶詰め缶切り、一晩越して発つ今日のはず。しかしヴァンガードは言う。

「出発は明日さ?平気だよ」

「あえ……でも、きのうは満月で……」

「その満月が今晩なんだ」

「え……」

 間違えるようなはかりだろうか?迷宮に入ったその日が、満月のはずで――再勘定にかかるには、くたびれすぎたゼンだった。大腕に、ゆさゆさ揺られて心地良い。寝に落ちながら、おぼろに思う。


 ――満月は、前もそうだった。ヴィクトルは、みんなの前からいなくなる。なんだろう、獣のにおい。これは、そう、おおかみ、みたいな……。



 

 ---




 光の道にゼンはいた。代わり映えのない、つめたい白さで、前も後ろも終わりが見えない。


 ――ここは、"先史"……?


 じきに夢だと気がつける。会えると期待はしていない。しかし思うまま進んでみた。御許の深い森の中、ボロ小屋のかげ、大井戸のそば、「彼」が居るなら、見知った景色だ。

「やあ」

 "精霊弓"のそれと似ている。少年のなりをした白い影が、「彼」だ。

「無事でなにより」

 道のさなかで言って加えて、誰を真似るのか指を立てる。見ていたよ、という意味だ。

「実りの多い冒険だったね」

 夢ではときどき口が利けない。ゼンはひとまずうなずいた。「彼」は気にせず話をつづけた。

「僕も認識をあらためたよ。仮説を得た、と言うべきか……」

 誤る対価に、人は正しさをみつけるものだ。

「思うよりはるかに、僕らは近いのかも。隔てるものがあるとすれば――」


 ゼンは走った。双子の山の麓の森へ。まん丸な月がさしている。目覚めている。まぎれもなく、これは(うつつ)だった。


 ――どうして、かぞえちがえたんだろう?


 問いかけてみても「彼」はもういない。ひとり、ひたむき剣を振った。やがて夜が明ける。昼が来る。「彼」はいつまでも来なかった。次また、もしも会えたとすれば、迷いに惑った"迷宮"よりも、ずっと深くて暗いところだ。

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