3.手紙
春陽の高く照る頃合いに、少年はふたたび広場へむかった。日に一度どころか二度までも、稀なことだから、不安わだかまる。かたや――手紙の中身はなんだろう?――強い期待感でも抱かねば、避けられる危険は淡々と避ける性だ。
"穢れ"と、少年は村にて呼ばれる。訳を知らずに当人は、面倒ばかりをよく知っていた。
人目に触れればまた厄介だ、何より手紙を読むのをやめられては困る。
探りながらも潜みたい。少年はちょうど兎か鹿でも追うように、陰を伝うには足音を殺し、耳をとがらせ、鼻を鳴らした。するとなるほどニ、三手前の軒の影から、見えずともわかる。広場には、大きな生き物の、大きな集いがある。どうして、と訊ねられても困ってしまうが、動物の蠢く気配、ふつうと異なる音の集まり方、そうした要素に少年はとても敏感だった。
老商人はいつだって正しいことを教えてくれる。今朝の教えもまた道理であった。広場に集うのはきっと村人、手紙の中身を知るためだ。
今度に真似るのは獲物の振る舞い。広場に面する背の高い、家の一つに目星をつけたならば裏手へ、臆病で機敏な小動物よろしく気配少なに潜り込む。
少年は身軽だった。草鞋をさっと脱いで腰帯に括ると裸足、雨どいや窓枠など器用に伝って上へ上へとよじ登る。瞬く間。勾配の浅い屋根で腹ばいになっては、体をなるべく平らにし、竜の子のごとく、てっぺん、棟の方まで這い寄った。ちょこん。わずかに目だけを出してみれば――よし、うまくいった。
みんな揃って反対側を向いている。よほど屋根上には気がつかれない、ただし。
――陽を背負ってるのだけ、気をつけようっと。
広場の石畳に、屋根の平らな影が落ちている。覗き込む頭のでっぱりも一緒だ。
陽が高いうちはこぶも小さい。あまり動かなければ平気だろうと、ほかに不具合がないかを確かめ――ものを落として音は出ないかな?うしろは平気?うん、大丈夫――終わって、広場の様子を観察しはじめる。
不揃いな石畳に、屋根つきの大井戸。これが全部で広場の常、ところが特別の続く日だ。朝には立派な商人の馬車、昼に据えられるあれは、少年思うに――なんだろう。
高座と呼べよう、木組みの台だ。取っ組み合いの稽古には狭いか、寝台に代えてはだいぶん広い。
村人たちが後頭部を見せるのは、高座の方を向くからだった。めいめい腰を下ろし、足を組んでは駄弁り、一部は立つまま行儀よくしている。
――こんなにたくさんいるなんて。みんながみんな、手紙の中身を知りたいのかな?
少年は知らなかった。村人も一同に介すれば、広場を半分も埋めるのだ。実際どれほどいるのだろう、指折りはじめる好奇心。頭が一つ、二つ、三つに四つ……思ったよりも、あまりに多い。山にて繁る樹々には負けよう、されど、指の数えでとっても追えず、知らない数字の前にはやめた。
かわりに、どんな顔ぶれかを確かめる。
やや遠巻きで並んでいる、後ろ頭かせいぜい横顔。知らないかたちが、どのみち多い。見当はおよそ、居ずまいでつける。最初はやはり例の三人組が目について、そろろ、と今さらわずかに首を引っ込めた。
ナル、ガズ、トーワの三人は、出会えば何かと「面倒」をくれる。嫌がらせ、とも言い換えられるか。どれも男子、成人前であるはずだ。自分と背が近しい親分格ナル、横にずんぐり鈍いガズ、ひょろ長くて頼りないトーワというのが、少年による見分け方である。彼らの名前は、呼び合うのを耳にするうち覚えただけで、冬の間にしるしを入れ替えていれば、区別の自信は到底持てない。
三人組は家族とは別に、三人組だけで集まって駄弁り、どうして人が集まるのかとか、事情に無頓着だと見えた。つまり、暇そうな態度であるから、もしも屋根上と目が合ったのなら、喧しく叫びだして、枝やら木剣を手に追う構えか、泥やら石くれ投げるは必至である。厄介だ。
少年から言わせてもらえばあの三人に、狩人ごっこはどんくさがすぎる。山を駆ければ根にすっ転ぶし、頭上は易く見失うし、危ない獣の存在に、はちあわせるまで気がつかない。追いかけっこがはじまれば、彼らが危険にさらされるので、いっそう少年は気配を殺す。覚えのない仕返しが増えては、たまらない。
三人組のほかともなると、途端に呼び名のわかる村人がいなくなった。
おばば、村長、長老などが見当たらない。肩書きがつく偉い大人たちは、どこかの屋根にかひっこむらしい。
現戦士長ならば見つけた。隆々体格よく目立つ。わりと行儀よく立ち並んだ男の集い、"戦士団"の先頭に立っている。
今は炉のないこの村にも、かつて鍛冶屋がありはした。鍛冶師の家の子、現戦士長も、ほかの誰にも鍛冶師を継げずに炉は、潰すことになったのだと、いつぞや寂しそうに商人が言った。
現戦士長は今や鉄を叩かず人を打ち、率いる戦士団の仕事とは暴力である、と思う少年は、あの集まりが好きではない。槍を手に持ち馬に跨り、何かにつけては追いかけまわす、追われる身としてどうして好こう。ふるう乱暴の程度にしたって、三人組のと比にならない。
少年はたった一度だけ、"御許"を出ようと試みたことがある。理不尽な暴力と出会ったきっかけだ。
夏を三つまで遡る。この窮屈な地を去ろうと決心して少年は、なけなしの荷をエマに積んで行った。
霊峰の聳えるのと反対、目掛けるは北西。山でも川でも偉大だろうと、行く先を阻むならいくらも越えてやる。と、抱く気概はまた別にして、慣れた平原を見逃す手はない。馬だって平らな地面が好きだと言うし、ずっと歩くなら道なりは肝心だ。
出立ちはよかった。踏み慣れた平原、少しの林を越えまた平原、見知らぬ森が見えるまで順調で、踏み入ったところ、事情が変わる。
いわれもしないざわつきを感じた。見えない大きな力に突如、胸を抑えつけられたのだった。
ひととき前まで意気揚々と、進めていた歩はどうしたことか。
止まる。
訳は知れない。「この先、行ってはならない」と、不穏な感情が芽生えては、むくむく、むくむく、膨れ上がった。
『止まれ』
『止まれ』
『行くな』
『行くな』
『出るな』
『出るな』
『戻ろう』
『戻ろう』
自分が自分でないかのようだ。微塵も覚えのなかった不安に、たちまち頭を支配される。
――引き返さなきゃ、僕は死ぬ。
それほどの恐怖感だった。えもいわれぬ気味悪さがあった。
『戻れ』
『戻れ』
『帰れ!』
『帰れ!』
怒った自分の声がこだました。くちびるはきつく結んでいた。もっとも言わないことだった。
――いったい、誰が言ってるの。
背後で澄み渡る空色に反して、胸中に満ち満ちるどす黒い暗雲。とうとつな稲妻を伴って、不安の嵐はかき乱す。
この先へ進むのが怖い。今にも踵をかえしては、エマに跨り、霊峰の麓まで駆け戻りたい。すればきっと楽にもなれる――。
そんなはずがない。
ありえない。
前へ、少年は進みたい。"御許"を去りたい理由があった。間違いなく向かう先があり、成し遂げたいのはこれ一点だ。
――お父さんに会いたい。
"神殿聖国"にいるはずの、父親に会いに行きたかった。少年の意志は強かった。幼いその身をもってして、一生や命の意味が定かでなくたって、父親とふたたび会えるのなら、全てを賭しても前へ進めた。
根拠のない怯えなどかまわない、押しのける一歩。更に、前へ。
晴れ間が遠のく。ますます声高なざわつきは、嵐の晩の森の鳴き声のよう。
『死ぬぞ』
『死ぬぞ』
『死ぬぞ!』
『死ぬぞ!』
なにが、決して振りむくものか。
前へ。
ずしり、もう全身が重たかった。何かにのしかかられている。
――おもたいだけだ。
前へ。
ふりかかってくる巨大な睡魔。味わったことのない極限の疲労。
おかしかった、くじけそうだった。明けて暮れるまで熱くして、駆けずり回れる膝なのに。
意識朦朧としすぎていた。なにも利かなくなる。震えてぐらつく。ひしりと、エマにもたれかかる。
――それでも。
身体は覚えている。
前へ。
じりり。じりり。土を擦った。辛抱強くエマは支えてくれた。
一歩。
高くあった陽が傾くまでに、ふたりで進めた距離だった。
空の色が褪せきる頃には、しがみつくのもままならなくなる。意識のかけらでも残されていれば、地に爪をたて掻き進んだことだろう。かなわなかった。森の中、ついに眠りに落ちた。
大井戸をみて、広場だと知る。石畳に放り出されて、目覚めだった。誰かの肩に担がれたらしい。誰か、というのが戦士団の誰かなのだとは、やがていやでも気がついた。
夜の帳が下りている。
大人がたくさんいるらしい。松明にあてられ、顔の影だけぬらぬら浮かぶ。夜闇に浸かってものを見る目は、この時ではまだ弱かった。
――遠くの森にいたはずなのに……。
座りつくしていると、胸倉をつかまれる。顔をぶたれる。たぶん、思いきりだった。放されるので、石畳に打たれる。唾を飛ばして、誰かは叫んだ。
『"御許"を出ようとしたな!』
そうだ。と、少年は正直に。
すると今度は別の誰かが、闇の中から背を蹴飛ばしてくる。一度殴られて目が覚めている。受け身をとってごろごろと転がる。誰が誰だか知れないが、ともかく広場の誰かは叫んだ。
『どうして出ようとした!』
出たかったから。
『そんなはずがあるか!』
影が蠢く。いくつも腕が伸びてくる。がんじ搦めにされてしまう。抗えなかった。大人の戦士の力だった。
『二度と出ようとしないと誓え!』
誰かが怒鳴る。
『"御許"を出ないと誓うんだ!』
そんな訳にはいくものか。
言い返しこそしなかった。黙っていると、無理やり立たされる。みぞおちを鋭く拳で突かれた。
『誓えと言ったら誓え!』
できないものは誓えない。行くつもりだから、誓えない。
少年はおし黙った。否定を込めて首を振った。大人を怒らせる仕草だった。
誓え、誓えと、叫ぶ大人は、忌々しそうに何かつぶやくと、とにもかくにも滅多打ちにかかった。打たない場所はもうないほど打ってから、枯れた声を張り、耳元で叫んだ。
『御許から出ないと言え!』
聞こえても依然、黙っていた。
誰が打って、誰が叫ぶのか、いつしか区別もついていない。できないものは言えぬのだ、きっぱり口を噤むだけだった。すると。
『出ようとするのはこの脚か!?』
わめく暗闇に、ふくらはぎを踏み抜かれたのだった。曲がらぬ方に、脚は曲がった。かわるがわるで打たれても、呻き散らしたりしなかった。それも、この時ばかりはついに耐えかね、喉も裂けんばかりに張り上げた。
『言え!言わんのなら、次は逆を砕いてしまうぞ!』
ごんごん、と石畳を小突く音がする。押さえつけられたまま少年は、脂汗を垂らし、腫れた苦悶に涙を浮かべ、横目に音の鳴る暗中を見やった。
石鎚だ。夜闇の中には、石鎚があった。
『言えと言うのが、何故わからん!』
視界から、石鎚が消えた。誰かが振り上げたのだろう。
『御許から出ないと、誓え!』
振り下ろす先にあるのは、曲がっていない方の脚なのだろう。
結局、脚は砕かれずにすんだ。ほかにも一度、似たような目にあっている。
だから。
村の戦士団と率いる現戦士長を、少年はあまり好きではない。
つまらない話であるから、思い出したくなくっても、戦士団を見るとつい蘇った。あまりにつまらない。ほかを観察しようと視線を流すも、名を知る顔はいよいよ残らない。せいぜい馬番とか、家畜の放牧係とか、木こりに猟師くらいであると、山や野で遠巻きには見るが。名前はどれも、忘れてしまった。
手紙を待ち遠しく思いはじめると、ちょうど広場に変化がある。まさに少年が陣取る屋根の下から、幾人かが出て高座へ向かった。ようやくだ。
のぼるのは全部で七人だった。なんとなく馴染む顔ぶれだ。
村長は、商人と同じ夏の生まれと聞く。高座の中心に立っている。横にいるのはたしかその孫、これといったしるしがないので、ほかの村人と区別がむずかしい。
長老は、腰が曲がって杖をつくので、ずいぶん姿が小さく見える。村で一番、夏を重ねている。
おばばもまた、小さな影しか作らない。神子の育て屋の主人の老婆だ。髪をぐるぐる巻きの布で隠している。目つきは険しく、頬は日に焼け垂れ下がっている。
おばばのそばには少女がひとり。彼女の顔は初めて見た。いるのにひとたび気がつくと、特別ちょっと、目を引いた。その少女の黒髪には一筋、「赤」が混じっているからだった。みとれるほどに美しい赤だ。遠目でさえ、不思議とあたたかな気持ちにさせられる。大げさな袖裾の服で着飾る彼女は、初めて見てもわかる、おそらく、この村の"神子"というやつだ。
神子の奥には若い女が二人はべっている。見覚えがあった。商人とのお喋りにあまりふけると、最初に来る客があのどちらかなのだ。ほかの村人たちとは違って、睨んだり叫んだり、唾を吐いたりしてこない。
壇上の位置もととのうと、村長はわざとらしくしわぶいた。広場はおおよそ、静かになる。
村長の懐から取り出される手紙は、封が既に開けられている――ありがとう商人――少年は感謝を忘れなかった。
「ここにぃー、今朝、この村にぃ便りがー届いた。えー、神殿聖国からの、書状で、あるからぁ、して――」
間延びした喋りの村長はそれから、昼の挨拶やら、集合のねぎらいなどを並べたすえに、手紙と中央を孫に譲る。夏を重ねて声が張れないから、若いのに任せるのだそうだ。
孫は頭を下げたら神妙な顔、不器用な手つきで書状を開いた。横に開いた後は、慌てて縦に持ち直し、やはり不器用に前へと突き出し、読み上げはじめたようだった。ようだった、というのも、少年には聞き取ることが、ほとんどできずにいたからだ。
あたまに「至急」とだけは聞き取れた。威勢もよかった。次いでの何かを言い間違えて、言い直してから悪かった。途端に聞こえなくなった。よほど小さな声だから困った。狙う鹿の声ですらもっと近くで聞く。内容だって多少はわかる。
――これなら村長が読んでくれれば良かったのに。
村長は変わった喋り方をするけれど、意味は解せるのだ。聞こえないものは、知りようもない。
もっと近い屋根に移ろうか、移ったところで聞こえるだろうか、動けば誰かに見られはしないか、なんとかほかに知る術はないか――少年が悩むのは、ほんの一時で済む。
「ああっ」
とは、孫の情けない声だ。のしのしと迫ったおばばに、手紙を奪い取られている。縮こまって横へと捌ける。おばばがひと睨みすると、村長がしぶく頷くので、孫はいっそう縮こまる。
堂々とした態度のおばばは、高座の誰よりも大きく見えた。
「至急!神殿聖国より神在りし土地の、神子の生まれし村、火の神の村へと告ぐる!」
朗々、老婆は声を張り上げる。
「我ら、今日の日も心命を賭して"果ての悪心"に立ち向かい、星を守る――」
滔々と、これが聞き取りやすい。響かせる。まるで広場にはいられない誰かの耳にまで、届けようとせんがばかりに。
「されど、悪心の抵抗苛烈にしてこれ収まることを知らず、戦士は欠け神子は消え行く。つきては其の村に在りし神子、火の神の村に生まれし火の神子の助力をこの書状にて冀う。
古の盟約、我ら神殿聖国の祖と、"尾と鱗の在りし火の神"との盟約に基づいて、火の村に生まれし火の神子は聖巡礼を以て神殿聖国へと来臨されたし。
そして、神子が星を渡りし巡礼の間、神子へと降りかかる試練を共に耐え得る精強な戦士を、全ての男の村人の中から独り見出し、見出したのならば聖巡礼の伴とさせよ。
神子と守手の巡礼の無事と、神殿聖国への疾き到着を、戦士一同心より待ち申し上げる。
神殿聖騎士団長 テルロッシ・ノーンテリウム の名のもとにこの書状を認むる
代 神殿聖騎士指南役兼監察補 サン・イージス」
畏まった言葉遣いとは裏腹、尊大な要求が書状の中身でも、読み上げた神子の育て屋の主人――"育て手"は、気にする様子をおくびにも見せない。
当然だった。これは村に古くからある、掟なのだ。示される内容はどこまでももっともで、古から疑う余地なく従うべきことである。よって老婆は、書状をたたんで収めたのち、高らかに気迫を以て、ひとえに伝えるべくを伝えきった。
「"神子守の儀"じゃ!神子守の儀を行う!」
村人たちは老婆を見つめたまま、しんとしていた。高座に立つほかの者たちもやはり、しんとしていた。
「神子守の儀を行って、神子とともに神殿聖国まで往くことのかなう、この村で最も強い戦士を決める!」
「うむ。して、育て手よ。その神子守の儀は、いつ行うのかな」長老だ、長い白髭を撫でながら。
「決まっておる、今晩じゃ!今晩、行おう!日が暮れてから、神子の守手を決める、神子守の儀を、この広場にて行う!若い衆、闘場の準備をせぇ!」
わぁっと、広場が湧いた。
戦士団をはじめ男たちは儀場の準備に倉庫へ走り、女たちは儀式の後には宴が必要だと馳走の準備に取りかかる。人々が散り散りになって、高座も場所を移さねばならない。
「あのぅ、今晩というのは……」
おずおずと孫だ、老婆に訊ねた。
「わしはこれから当代神子とともに、火の神様をお招きするため祠へと行かねばならん、帰ってくれば陽も傾こうて、だから今晩じゃ」
「少々、急ぎすぎではないですか?」
「馬鹿者!」
育て手はかっと目を見開いて、読み上げにも劣らじ怒鳴りつけた。
「文字が読めるだけ意味を解せんのか!あたまに至急と書いておろうが!」
「う、は、はぁ……」
村長の孫が考えたのは、ただちに聖巡礼をはじめてさえ、この村からして星のはてたる神殿聖国に至るのに、いったいどれほどの夏が過ぎるかという現実だ。なれば一日二日、遅かろうとも早かろう。陽も高い今日は捨て置いて、開催は明日にでもくりこせばよいのに――などと、老婆の語勢に圧倒されてはもう、口にできない。
「ふんっ。サリー、シエン、神子に支度をさせぇ!」
「「はい、おばば様」」
世話役たちに命じて老婆は、ちらり、"育て屋"の屋根を見た。
眩む。射す陽と目があった。そこには当然、光のほかに、何があるはずもない、誰もいるはずがない。ただ勾配の浅い、平らな屋根があるだけだった。