18.友達
イトーの懐中時計の針が、長短そろって前を指している。導かれてみよう、賑わいが見つかる。中央広場の丸さと広さが、繁多な往来に隠されていた。時のはかりをこれと持たずとも、いま何時かを人々は知るのだ。
ぐるりと首で見渡して、少年少女の観察がはじまる。ゆく人、来る人、徴の違いだ。田舎の出だから、目新しさに昨日はくらんだ。今日になってみて違いがわかる。物知りだって傍にいた。
帽子と荷山のあれは商人。商人は商人でも布巻きをかぶる、海のむこうから来た商人。剣を帯びて似少ななら戦士――あるいは人は呼ぶ、"冒険者"。手元でせわしなく書き込むあちらは、イトーの友達、ではなくて、注文どりの飲食店員。鉄帽がないから休憩中だ、汗に頭を蒸らした衛兵。
大人がふと「差別はいけませんよ」と言うので、少年少女は顔をしかめた。なにそれ?「違い」を悪く言うことだそうだ。昨日の大人も同じを言った。少年少女はわからない。どうしてするの、そんなことしない。知りすぎた物知りは、決まりの悪い顔をした。「失敬、王国人の口ぐせなんです」大切らしいとだけ、弁える。興味はすぐに往来へ戻る。
看板がうたう、「巨人席あります」。猪首をかがめて店内へ、ぞろぞろと巨人の一団がゆく。
成人しても小人種は、やっと子どもの背くらいである。三人組が野外席に、とんとんとんっと腰かけた。
見覚えあるヤマネコ耳が、右へ左へせわしない。中央食堂の給仕には、挨拶の暇もなさそうだ。
馬と羊との二部咲きが見合わせて、混み具合からか肩をすくめる。尾をゆらしては立ち去った。
さて、観察で腹はふくれない。少年少女は探していたとも。
「見つからないね、空いてるお店」
町は便利さばかりで満ちていないのだ。飯にありつくための席、困ったことにそれがない。腹くちくしてあまりある食が、この広場にはあるのだろうに、冬の山より手間だからおかしい。
「おふたりさえ良ければ、立ったままでも済ませられますよ。ほら」
イトーが指さす人垣のむこうには、食い物屋台が集っている。串焼き、焼き菓子、果物の切り売り。どれもありきたりだと言われても、少年少女には全部はじめてだ。
「フラン、食べたいのはある?」「ゼンは何が食べたいですか?」
「「あっ」」
くすくす笑って三人は、屋台の群れへと向かっている。人混みをかきわけて、そのさなかにふと。
「《ッらーっしゃい!出来立てだよッ!おまけするよ、チーズたっぷりでェ!》」
「あれっ……」
聞き覚えのあるがなり声が、喧騒からどこかつきぬけている。目指せば、すぐに辿り着いた。ひさしつきだから立派な屋台だ。
「《らっしゃー!らっしゃー、あ?》」
「やっぱり!」「サルヴァさん、お店を出してます!」
「なんでぇ~お前ぇらか!」
長包丁をくるりと光らす、サルヴァトレス・ドルトルであった。周知のとおり"商隊"の料理番のはずが、どういう訳だか屋台をひとりで仕切っている。カウンターのうえをのぞいてみれば、そびえているのは肉塊だ。縦に串刺し、迫力がある。そろりそろりと回りながら、じりじり炭火であぶられている――どんな仕組みで回るのだろう?――言葉の壁をもたないイトーが、さまざま代弁してくれた。
「どうしたんですかこの屋台!それにこの大きな肉……!」
「あ~ん?どうしたって、こうしたってだ!聞いたって腰ぬかすなよォ――!」
その仕込みの手際たるや。屋主サルヴァトレスの言い分を、少年少女は通訳越しによく聞いた。訛りのきつさまで思い知るのは、また後日ながらも、曰く。
「俺サマってェやつぁ罪なもんで、ありあまる先見の明ってな持っていやがる!いいかァ、こン屋台はな?まず――」咳払い。「朝もよいそれも昨日の朝さ、隊がこの町に着きゃ途端、ひとっ走りして広場に繰り出て、あれやこれやを調べたもンだ。何ってそりゃ、同業のさ!抜け目ねーからな俺サマぁ、噂集めを欠かすこたねぇ。ついでに馴染みも作っちまう!明日は休みなんてェ抜かしたらカモさ。場所も屋台も、休みゃトーゼン空になろ?だったら貸しちゃあくれねぇかと、アッという間に手筈をつけた。実際使うか?知らねぇーよ!あたりゃ儲けさ、そういうモンだ!ったくよォ、こんな一等地!それもからッと抜けた青天井に、春の風吹くさいっこうのこの昼下がり!みすみす見逃すなんたぁ、怠い商売人もいたもんだぜ、なぁ!?まぁよ、んなヤツの話ァとかく……あ?このデカ肉?今から言おうとッといたんだよ!せっかちな四ツ目先生よ!んん、こりゃ隊の秘蔵の羊肉……って?ああ、そうさ!そン通りさ!なんでぇ、難癖つけやがる!たしかにこりゃよ隊費で賄ったデカ肉さ!だからこそ仕込みは上々!おおウケ間違いなしってぇんだ!ひょっと晩にもおめーらの胃袋へ滑り込むかもしれねぇ肉……が、ならなかッた!内輪に食わせたって銭コにゃなんねぇからしょーがねぇ!ああん?ちぁゃんとでっかく返せるよォーに勘定してあンだよ!この一流天才料理人サマの頭ミソを信用しろってぇの!」
以上を要約するのに四ツ目ことイトーは、丁寧かつ正確な言葉遣いを心掛けたとも。つけくわえる一言は公用語で言い直すのだから、料理番への忠告でもある。
「危ない綱渡りはやめましょうね」
「どこがあぶねぇ、すっとこどっこい!俺サマのうんまい馳走を万たび食らったその口でよくも!」
「ええ、ええ、サルヴァトレス。あなたの料理はうんまいですとも、おおいに認めましょう。けれどそれはそれ、これはこれ。はたして巨肉が捌けるか、皮算用だと言うのです。現状をごらんなさい、とまで口にさせてくれますか?」
「う……」
そうなのだ。かき入れ時にこの屋台、どうしてだろう、屋主がべらべら喋れている。回るのは客足より口先で、ついでにそびえる肉塊だった。
「どうするんです、まるまる赤がついたなら?その勘定までなさいましたか」
「そ、そらよ、もちろん……!」料理人サマの威勢のよさは、これきりなりをひそめてしまう。「言われちまったら、弱ェんだがよ……」
包丁とはまた別の手で、ちょきちょき威嚇する挟みがしおれた。そびえる肉塊も、回るのをやめた。そのとき少年少女の観察である――サルヴァトレスが足元の踏み板を漕ぐときだけ、肉塊は回るのだ!
「ね、お肉が止まっちゃったよ!」「焦げちゃいます!」「だそうです」
「うぉっとっと」
巨肉がじりじりと回りだした。
「ふぅ……」
青い吐息だ、無理もない。イトーの見立て、強気な価格設定をさしおいても、ちょっと気の毒な客入りだった。広場はまさに混雑帯、ぐずぐずこの期を逃しては、しまいに焦げつく誰の尻やら。
サルヴァトレス・ドルトル。腕に間違いのない料理人である。玉にも瑕があるとすれば、どうしようもなく領外で――顔つきなのだ。ありえないほど胡散臭い。
その人相を、イトーはじゅうぶんな配慮のもと、子どもたちに、こう形容さえした。「詐欺師と間違われかねない」と、もちろん詐欺師の意味までそえて。サベツだ、かわいそうだと、少年少女は哀れむけれど、世間様の目は変わってくれない。
サルヴァトレスが、がなって呼びこむ。人々は、あやしく思って、近寄りがたい。
サルヴァトレスが、がなって呼びこまない。人々は、あやしく思って、近寄りがたい。
なるほど。それでは手詰まりだろうか?
上等な屋台に、上等な用意があるはずだった。ほかと比べて遜色ない。どころか一段、おいしそう。すくなくとも、少年少女にはそう思えている。提供される品の説明を、イトーがしている。
羊肉は、薄切りを特製タレに漬け込んだのち、串へ重ね直した手間暇の出来だ。肉の層のあいまには、香草が程よくはさまれている。これを炭火焼き炉――縦に数段重ねだ――が反射板と囲んで、熱に照らす。
香ばしい湯気が漂った。匂い様々な広場の中でも、いっそう心惹かれる湯気だ。見た目だって、おおいに食欲をそそった。焼いた切り口から肉汁がじゅうとしたたれば、もったいなくおもえてしまう。
サルヴァトレスは、あぶられた肉をいくらか削ったら、いろどる緑の葉野菜と、焼いた白麦の生地に包む。さらに刻んだ塩乳酪をたっぷりと盛って、ちりちり赤の香辛料をお好みなだけふりかけて、商品として提供する――お客が硬貨を落とせばの話だ。二、三度のほか、とんと見れない。イトーには「原価や利率や儲けがどうの」と、少年少女に説く暇まである。サルヴァトレスの、さびしい呼び込みが再開している。
「らっしゃーい、うまいぞー……ぬおっ!?」
まもなく、むんっ!と、注ぐ影だった。ひさしの上から陽を遮って、どうにも知った巨体である。
「でっかいお肉だなぁ、サルヴァ」
「ちッ、誰かと思わぁ!嗅ぎつけやがってダル坊けェ!」
ダルタニエン・サングリエ、彼は商隊の馬番だ。ダル、と隊では愛称される。徴は五分咲きの猪にして、生まれついての巨人。ぽこんとふくよか、ぽっちゃりさん。それから、とっても食いしん坊。
「こいつぁ売りモンだっての、おめぇの腹にゃ欠片もおさまんねぇ!」
「そんなぁー」
しかられたなら、しゅんとする。ダルタニエンは大きさのわりに幼さだ。子どもをとって食ったりもしない。肉ばかり夢中なようだから、ゼンはその裾をひっぱった。
「ダル!ダル!僕がわかる?」
「あ~、ゼンくんだぁ。エマちゃん、とってもいいこだねぇ」
「うん!面倒をありがとう」
ダルタニエンの母語"恵みの言葉"は、"さなかの言葉"とそっくりだから、ほとんど通訳いらずであった。細部には配慮がいるものの、おっとりやさしく喋ってもらえて、少年少女は困らない。
「ダルが広場なら、エマはもう酒場?」
「ううん、まだ放牧地だよう。ハウプトたちが、きてくれたからねぇ、ちょっときゅうけいに……」
「おいおいおい!勘弁してくれァ、よそでやんな!よそで!でっけぇ図体ほっちらかしてよ!」
「ぼく、たべものをさがしに来たんだぁ。これって、お客とおんなじじゃない~?」
「馬鹿ァ抜かせ、ビタいち手持ちのねぇクセして!」
「だってぇ、すぐおっことしちゃうんだもん、おかね」
「たァ思ったぜ!どいたどいた!おめぇが馬ども連れちまったから荷運びにこっちゃ擦ってんだ!ガキどももだホラ!買わねェんだらとっとと捌けな!」
しっしっしッ、と屋主は蠅でも追うようだった。
「三度の飯たぁ話が違わァ!よしみにツケちゃァ、こちとらあがったりでェ!」
さらに追い立てる、がなり声である。巨人をたした四人組は、そそくさ、脇へよけている。
店の前が一挙にひらけると、サルヴァトレスは威勢をすこし回復する。「どうだいどうだい!見てってよー!」思いあたって、秘策らしい。披露するのは、短剣をもちいた曲芸だ。大小の刃を三つ、四つと、交互に宙へ踊らせて、危うげもなくつかみとる。また投げる、背面でとる、手元でまわす、ぐるぐるり。
少年少女は「おおー」とひととき、目を奪われた。変わらないでいる客足に「これでもだめなんだ……」と見合わせたあたり、ダルタニエンのただならぬ様子にも気がついた。指をくわえて、よだれがたれそう、物欲しそうだ。彼が凝視してやめられないのは、曲芸、ではなく、おおきな羊肉、なのだろう。
「ゼン?サルヴァさんのお店で、お昼を買いませんか。その、四人分!」
「いいね。お金なら、フランがたくさん獲ってくれたもの。どうかな?イトー」「ダルさんも!」
「おや、よろしいのですか」「えぇ、いいのぉ~!」
「エマだってみてもらってるし」「イトーには、今朝からたくさん助けてもらってます!」
「ふむ。ここはお言葉に甘えてみましょうか?ダル」「わぁい、やったぁ!」
ひらけた屋台に赴くと、怪訝な屋主が出迎えた。「なんでぃ!」放たれかけの口先には、硬貨をさしだす、フランの先制だ。
「はい、きちんと四人分です!中央銀貨が四枚、これで足りますよね?イトー」「ええ」
「おおう!?んーならお客様、らッしゃいだ!」
任せとけいっ!板包丁を回して投げて、サルヴァトレスは調理にかかった。とった刃に緩急をつけて、焼けた羊肉をこそげ落とす。したたる肉汁は受け皿の、葉野菜と小麦生地とにふりかかった。ざっとチーズをこれに盛って、赤辛ソースをかけるか問うた。「およ、そーやガキどま辛ェないけっのか?朝飯なァ(聞かずに粒辛子を入れてしまって)わーったな!」ありえないほど胡散臭かろうと、悪人の徴にはあたらないのだ。
「そらっ、羊キャバッブ、四人前!」
「「わぁ!」」
できたてアツアツだった。子どもの両手では、とてもあふれてしまいそう、これをみんなで頬張った。おいしいね、おいしいね、と少年少女が笑顔をむけあった。
「サルヴァが焼いた肉って、どうしてこんなにおいしくなるんだろう?」
「とろけたチーズがおいしいですっ!!包む生地も!」
にこにこでいっぱいの子どもたちは、屋台のすぐ傍にいた。身を乗り出した屋主から、凝視しやすい場所であるから――おっ!こりゃ儲けた!――と、思わせたに違いない。ここぞとばかり、威勢のよいがなり声が喧騒をつきぬけた。
「らッしゃーい!うまいよ!御覧よ御覧!ガキも大人に食わすほどでェー!」
サルヴァトレスの屋台にはこれまで、決定的な欠陥があった。なんであろう?ついに埋めたのが、少年少女だ。つまりは、いかにも満足げ、料理を頬張る客である。
あやしい面の屋主にかぎって、客の食いっぷりを見届けたがった。これが一番いけなかった。凝視されれば居づらく思って、すくない客らはそそくさ立ち去る。
何が残るのか。見た目も、香りも、味も良いのに、どの利用者も眉をひそめて捌けるせいで、誰も並びたがらない、うさんくさくて、かなしい屋台だ。
無邪気な笑顔がいろどって、風向きは変わった。味に間違いはないのだ。客足はたちまち転がり出した。
「四人前!四人前ならサービスでェ!中央銀三と半でいいよ!」
調子のよいがなり声が、喧騒をつきぬけていた。人垣で、店主の人相はもう見えなくなっている。
広場のすきまで、少年少女に、巨人は言った。巨きなからだをかがめて、わらった。
「ごはんを、ありがとうねぇ!ぼくは放牧地に、そろそろ、もどらないと……」
「エマがいるところだよね?僕もいきたいな」
腹を満たした三名だから、ちょっと物足りなさの一名をくわえて、北へ広場を抜け出した。大通りをいずれ分かつ東に、町営の放牧地はあった。
巨体のダルタニエンの一挙一動は、緩慢に見えて、見えるだけだ。かたちの大きさだけみれば、ヴァンガードも凌ぐのが巨人種である。一行はおのずと早足だった。少年少女は、おおきさばかりを気にした。
「ダルさん、お昼はたりましたか?」
「うん、おいしかったよぉ。ふたりには、おれいをしないとねぇ」
「こんど槍をみせてよ!ヴァンガードが、ダルは名手だって」
なんでもない話をつづけるうちに、ダルタニエンは涙ぐむ。少年少女がうろたえると、かがみこんだ。
「ふたりはぼくを、こわがらないし、分け隔てなく、やさしいんだ……ぼくって、友達になれるかなぁ」
「わけへだてなく?なれます、なれますよ!」「うん、もう友達だ」
「うれしい。僕はハンパな、獣人だからね、ちいさなころに、友達なんて、いなくって……」
おおきな友達の身の上話を、少年少女はみちみち聞いた。イトーがときどき補った。
"恵みの国"にて馬口労を担う、サングリエ一族の長子に生まれて、ダルタニエンは馬にくわしい。もはや商隊になくてはならない馬番だ。戦士でもある。戦火に父親が亡くなると、ダルタニエンは槍を執った。家族を守るためだった。
ゆえあって故郷を出てすぐ、"商隊"の馬車と巡り会う。はじめて乗り込む「外国人」で、期待された仕事は馬番ではなく、用心棒としてだった。紛争の苛烈さや増す弧大陸東方にて、ダルタニエンの槍は、商隊の馬車をよく守り抜いた。ヴァンガードとヴィクトルまで同乗すると――訳は明らかながら――槍を担ぐべき日も減って、今日のよう、馬の世話に専念できるようになった。
「ダルはどうして西を目指すの?家族は、こきょうに今もいるんだよね」
「うん、それはね……」
生まれに追いたてられた。という意味で、ふたりの旅は同じだった。馬と技とが逃げ道だった。という点で、ふたりの生き方は似ていた。ちがうとすれば、ダルタニエンには、あてがなかった。
巨人の父親と、二分咲きの母親の間に生まれたダルタニエンは、六人きょうだいの長兄だ。あとには、弟、妹、弟、弟、妹、とつづいてしかし、巨人でしかも五分咲きは、ダルタニエンのひとりだけだった。
「ぼく以外はね、ふつうの背に、猪の耳と尾だけなんだ。みんな、慕ってくれてたけど、だんだんいづらくなって……」
弟妹たちがみな大きくなって、"徴"の違いがわかるようになると、ダルタニエンは居場所をなくした。容姿を、近所の年上にからかわれるのは我慢できた。だけれど、もしも、いずれ、きょうだいたちが真似をしたら。じつはとっくに心のなかで、嘲笑われているのではないか。思えてしまうと、居場所がなかった。一振りの槍を担ぐだけ、村を出て、国を出た。
「家出って、やつかなぁ。どこまでいくかは、きめてない。おふくろだけなら、心配だけど、うえの三人は、もうはたらけたし……」
ダルタニエンは猪の五分咲きで、人の耳のない"耳無し"である。「差別」の割を食う咲き方だった。
二部咲き、すなわち"四つ耳"であるなら、"徴"は耳・角・しっぽで精々だ。只人の扮装もさながらで、ちがいはさほど多くない。かえってのぞまれ、かわいがられるほど。感覚器官も徴なり鋭敏で、腕っぷしにせよ生来強い。
満開、すなわち"獣頭"であるなら、人の身体に、動物の首。「被り物だ」と揶揄されて、まれだ。ずっと恐れられる。鍛錬せずとも、獣は強い。"獣頭"も然り。獣の瞳に睨まれながら、滑稽と呼べる度胸があったにせよだ。よほど剣の達者でなければ、ねじ伏せられて、首をもがれる。
ふまえて。
五分咲き、そうとも、"耳無し"は、人とも獣ともつかぬ顔かたちだ。"四つ耳"のように愛されず、"獣頭"のように畏怖もされない。後ろ指をさされて、投げかけられる、蔑みのその多様性たるや、子どもらの耳をふさぎたくなる。やさしく抽出してなお、「半端」だ。あやまった想像力は、人を傷つける。
イトーが世間の事情をやわらかく伝えると、少年少女は胸を痛めた。ダルタニエンが友達をもとめる意味を知った。ただしい想像力は、人を慈しむ。イトーが言ったのだ。
「商隊の皆は、ダルの友人ですよ」
なにも知恵ばかりそなえた男ではなかった。少年少女がならった。
「そうです!私たちも」「そうだよ、僕たちも」
「ありがとう、うれしい……うれしいね。ふたりとちがって、ただ逃げてきた、ぼくなのに……」
「ううん、ちがわない。おんなじだ。僕も逃げてきた、それで友達ができたんだ。さいしょはフランで、今日はダルだよ」聞いてフランがこっそり微笑む。ゼンは仲間はずれをつくらなかった。
「イトーも、友達かな?」
「ええ、ゼンくんが思ってくれるなら」
「私も!私もイトーと友達です!」
眼鏡を越した破顔があった。ダルタニエンはケンジと呼んだ。
「ケンジは、モノを教えてくれるから、友達だけれど、先生みたいだぁ」
「センセー?そっか、イトーは"先生"なんだね」
「あはは、過分な肩書きを恐縮です。それもいただける以上は、つとめましょうとも」
「なら、イトーは友達で、センセーですね!イトーセンセー!」「イトー先生!」
友達同士で笑うから、ゼンに思いださせる、放牧地で待つだろう彼女は、友達であり、家族であった。あんまりゆっくりむかったら、ふてくされてしまうかもしれない。先んじて、たっと駆け出した。
「あっ、待ってくださいゼン!」「行こう!エマが待ってる!」
「そうだぁ。エマちゃんだって、友達だもの」
「いやはや、さっそく遅れはとれませんね!」
大通りを駆けゆく四人であった。




