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ゼン・イージス ―或る英雄の軌跡―  作者: 南海智 ほか
目覚めの章:一条の道
11/106

11.商人?


「ねぇ、フランのほかの神秘って?」

 ぴったりくっついてゼンが喋るから、背のこそばゆいのがフランのずっとだ。文句はなかった。仲良くしてくれる。彼がいてくれる。ただうれしい。

「そうですね、治癒と祝福のほかは、火にまつわるものばかりです。たとえば――」 

 ゼンは、フランに安心を見出した。乗り方、握り方、隅から隅まで、教えるところがもうなくたって、くっついたままでいたかった。火がなかろうとしのげる春の涼しさに、離れがたい心地良さがあった。

「ぷふん!」

 疲れ知らずのエマである。子どもふたりと荷を載せたって、快調に蹄を鳴らせている。鼻までをよく鳴らすのは、景色に飽いた馬心、なのかもしれない。

 とはいえ一行は認めている。"一条"が、だいぶ開けてきている。"さなかの町"の予感であった。晴れ渡っては碧空に、いっぺんの雲も浮かばない。道に新たさを求めるなら、きっと今日だ。

「――矢?火の矢が放てるの?」

「矢とは名ばかりで……実際の見た目は、おっきな針のようですよ。縫い針です、わかりますか?」

「うん。つぎはぎがあるでしょ、敷物の。あれってじぶんで縫ったから」

「ああ!そうな、んっ――」「あ、ごめんね!痛かった?」

 ふっと力んだ、怪力を宿す細腕だ。

「いえ、驚いただけで……どうかしました?」

「……近くに何かいる」

「何か?また、オオカミさん……?」

 フランがちらと考えたのは、危ない獣の再来だ。死闘の顛末を、傷と語らいに知っている。

「いいや、見られてる。人がいる」

「え」

 フランはぞっとする。昨夜には思い知っていた。ゼンは、どうやら()()()()()()。そうでなくたって、なんでも鋭い少年だ。いる、と言えば、いるのであろう。誰ともすれ違わず、人影のない"一条の道"のどこかに、ないし。

「木陰だ……気のせいじゃない」

 両脇にそびえる森のなかに、得体の知れない誰かが、理由もわからず潜んでいる。今まさになぜか視線を送る。わからないというのは、何も見渡せない夜闇と同じで、おそろしい。

「急ごうか」

 着地の音など、微かなものだった。背中のぬくもりがなくなってフランは気がつく。ゼンは馬上より飛び降りてもう、剣を荷から引き抜いたところだ。手慣らしとばかり柄をくるくる回してみせ、駆け足で先導についた。

 フランは習いたての脚腰づかいで、エマに追従を要求する。ふんっ、と勢いある息は、よしきた、の意だと心得た。

「嫌な感じだ。ねちねちしてる……」

 ゼンには確信があった。樹々に隠れる何かは人。人間なのだ。

 感触がある。視線には、肌触りがある。

 フランは、やわらかいのをくれる。まちがっても、ねちねちしない。

 新たなそれは、べたりまとわりつく。やがて、ちくちくする。三人組も、よくくれた。


 ――敵意……。


 複数で注ぐところまで似ている。

 ゼンは気に入らない。不注意だった。数ある視線でようやく察せた。幹がなす小径に視線を返しても、緑の影ばかり、人の影はなし。地面など、雨の後でふやけている。だのに、足跡のひとつも「敵」は残さない。耳鼻を尖らせる。音が微かにつかめるかどうか。

 

 ――良くない。

 

 巧妙に、森に潜むだけなら。悪さをしてやる、視線だけなら。敵は兼ねている。手慣れている。

 駆けながら、ゼンは悔しい。集中すればもっと早く知れたはず。出来るべきことが出来ず、しくじりが増えると、いつだってたまらなく悔しかった。


 ――冷静に。神秘で身を隠すのかも。


「ああ、そうかもね……」

「え?」

「ううん、自分に言ったんだ」


 ――集中しろ。


 戦士、あらためている。気配を探るのに注力している。

 窺う対の数はいくつだ。一つ二つ三つ、さらにある。柄を握らない手で折った指が、ぜんぶ埋まって、折り返す――片手の数より多い!――動揺も走る。いざとなったら、どうしよう。

「ゼン。私、戦えますよ」

 小声が降った。焦りが伝わったのだろう。

 戦士として、ゼンは惜しんだ。彼女の火の矢が、どれくらい飛んで、どれほどあてる自信があるのか、しっかり聞いておくべきだった。でなくば戦いが組み立てられない。

 守手として、ゼンは祈り苦慮した。まとわりつく不穏が、どうにか戦いにならずにすまないか。叶わずなってしまっても、どうにか逃げられないか。

 迫る何かに備えるされど、だいぶ遅すぎた。しくじりだった。


 行く先、両脇の木陰から、ざっ、と、跳び出た影三つ。立ちはだかっている。

 (エマ)は、繁みから飛び出す未知を嫌う。前脚を浮かして嘶いた。エマちゃん!フランがなだめる。ゼンは空いた手で愛馬を制しつつ、敵をくまなく観察している。

 大人ばかり、泥を塗りたくって面相、木の葉を手当たり次第にはりつけた衣服。狩人の知恵だ。やらしい笑みをそろえている。悪寒。じきに目を釘付けにされる。初見の得物がある。警戒心が、上に振り切れる。


 ――銃だ!


 聞いて知るだけの武器だった。老商人が教えてくれた。剣の心得有りと、歓談した日だった。

『たとえ剣が達者でもね、銃だけはだめだ。もしも敵に回したら、けっして歯向かっちゃいけないよ』

『飛び道具の仲間なんでしょ。打ち落とすのじゃだめなの?弓矢ならいくつでも平気なのに』

『どんなに矢を落とせたっていけない。銃から飛び出す、金属の弾丸というのはね、とても速い、矢よりもずっとだ。一人前の剣士でも追えないくらい速くって、石ころみたいに小さいのに、もしあたったら何よりも悪い。だからけっして、歯向かっちゃいけないんだよ』

 見た目の話はしなかった。商人も、聞いて伝えてくれただけなのだ。

 ゼンは想像していた。銃の見た目はどんなだろう、弓より強い、小さなつぶてを飛ばす武器。なら何か、弓を一回り大きくしたみたいな――?

 異なった、まったく想像及ばなかった。

 ならば初見にいかにして、銃を銃だと、ゼンは判ぜたのか。自分が叫ぶからだった。「(自分)」はささやいた。

 

 ――どうする。


 けっして歯向かったらいけない、と教わった銃が、まさに向けられている。己だけならばともかく、恐るべきだ銃。守るべくをそれ、向いてはいまいか。持ち手が、ねちりと口を開いた。

「やぁお坊ちゃんお嬢さん。これからどこへお出かけだい」

「この道、町のほかにも続いてるの」

 ほーほほほー。とは、狩人のひとりだ。気味の悪い笑いをくれる、"(ふくろう)"と呼ぼう。

 愛想のいい坊やだ。と別のひとりが 銃の持ち手を見やった。ご機嫌伺い、"右腕"と呼ぼう。

 強い武器をひとりだけ持っている。ねちり口を開く。ほかにない"頭領"と呼ぼう。

「なぁに、俺らと一緒なら、町よりいいとこに行けるんだよ。どうだい、どうだい、行こうじゃないか」

 厄介な方かもしれない。ゼンは思った。盗賊か人攫いかと、(たぐい)を学ぶ機会はやはり、老商人が与えてくれた。

「何がほしいの。僕たち、なにももってないよ」

「ゼン――」「しっ、まかせて……」

 一応だ。物盗りなら、こう切り出して、交渉できるかもと授かった。荷と身ぐるみをくれてやろうと、春の陽射しなら生きるのに容易い――服がなくっちゃフランは寒がるかな。お父さんの剣も、おしいけれど……――命には代えられない。

「ふふふ、ものなんて良い。俺らはね、お坊ちゃんらとそのお馬さんが欲しいのさ」

 ダメそうだ、やはり拐かし。なれば、エマもフランも譲れない。残された大切と、新たな大切を、ゼンは譲れない。

「そら、怖くないとも。一緒にいこう。大人しくついてくるなら、痛くもしない」

 さて「一応」は、時間稼ぎでもあった。頭領が一言二言、喋る間があれば、一味の正確な人数と位置を今に掴めた。見立て通り、人攫いは全部で()()いる。差し引き半分、背後の森だ。姿を見せない意図はいかに。これは好機か、はたまた罠か。剣士の黙考、瞬きの間だ。


 ――すぐに後ろへ走ったら、残りが現れる前に逃げられないかな。弾丸ってどこまで届くの。見えない三人まで銃を持つなら?でも前で持つのは"頭領"だけだ。高価(コウカ)で、この辺りでは手に入らない武器だって、なら。いや、ぜったい守るなら、知らないと。


「後ろの人たちは一緒に来ないの。置いてったら、かわいそうだ」

「んおっ」

「おいっ、見られてんじゃねーぞ!」

「へ、へぃぃ。すんません、すんません」

 "頭領"が驚き、"右腕"が怒鳴った。

 すごすご、がさがさと()でる後ろの三人は、前の三人とは毛色が違った。狩人の装いをしていない。見慣れた村人風である。髭が伸び散らかし、覇気に乏しい――戦士団にも負けそうだ。

 人攫いが、全部で六人。されどどこまで「一味」だろう。「狩人の群れ」が「村人の群れ」を支配して、手伝わせている一見を、子どもにとて掴める。つけこめないか。

 できない。

 意表をつかれたのだ、少年は。"村人の群れ"がみな、つまり三つも、銃を備えているなど。


 ――たしかめてよかった。でも、打てる手がない……!


 一対三。ゼンの経験の最大数だ。がんじがらめで大人になぶらたのを入れねばだが。ナルガズトーワからエマを守る、何度かやった。三人までなら、なんとかできる、なんとかしよう。すると。

 銃が、とにもかくにもだ。前と後ろで、分けてしまえば結局は三人。無理やり突っ切る――できなくもない、なければだ、銃が。矢であれば、避けるなり弾くなりしよう。弾丸であるとどうなるか、皆目見当つかないでいる。それがまえうしろでは、とても手に負えない。逃げてしまえたら一番良かった。何かを守りながら、たくさんと戦うのは難しい。それなのに銃だ。歯向ってならない飛び道具だ。

 ゼンは、己の不手際を、また数えている。せめてフランの神秘を早く知るべきだった。一緒に戦うと、あんなに言ってくれたのに。具体を知るには、もう遅い。そして知らないものを頼るのは危険だ。銃にせよ、聞いて想像とずいぶん違う。細長でやわな木片にみえるくせ、剣士よりずっと強いらしい。

「ちっ、いくぞ!」

「うす……」

 "右腕"の号令で、背後の"村人の群れ"が距離をつめる。まもなく剣士の間合いになるのに、剣士の考えはまとまらない。剣士は、戦士で、守手で、少年だ。少年は、少女の視線を、ずっと感じている。

 フランの視線がくれる感触は、出立から絶えず変わってきた。今も、さっきと変わっている。

 熱い。

 答えてやれずに、もどかしい。 

 ふと。

 視線ばかりを辿るのだから、不思議な事実に、ゼンは気がついた。


 ――え……ひとつ多い?いつのまに。


 数え間違えかと、あらためる。

 熱く注いで、一つ。おずおずと"狩人の群れ"の、三つ。ねちゃりと"村人の群れ"の、三つ。人でないから(エマ)はのぞく。あわせて七つのはずで、ところが。

 八つ、どうにもある気がする。見渡せる対の数と違う。指折り数える。間違いない。


 ――もう一人いる、すぐ近くに。


 一味がまだ、森の中にでも?


「ちょいとごめんよ!」

「うぉ、なんだお前……!」


 新たな男の声だった。ぬうっと投げかけられたところで、驚きようなどゼンにはなかった。納得したほどだ。数があった、と。

 人物は、先の先、町の方から現れる。繁みは踏まない、道を踏んで来る。晴天に(もや)もなければ、向かいから来てどうして、声がするまで気がつけなかった。ゼンはひとまず考えない。来たるやも嵐に、読むべきは風向きだ。八番目の視線の主を、観察している。

 "狩人"らと距離のまま立ち止まった、老商人によく似た格好。裾長で、つくりの良い外套。内には、動きやすそうな旅装。商人を思わすまさに、つば広の帽子。これらを肩幅を利かす大柄にまとい、人攫いたちを驚かしている。つまり一味ではないらしい。次いで誰何(すいか)に応えるではないか。そうだなぁ、などと(とぼ)けた調子で。


「通りすがりの商人さ」


 飄々と、つばを押し上げる商人――?たしかに商人と告げたのか、その男は。馬車も荷も、馬すらも伴わないで。

 まさかだ。

 照らし合わせるまでもない。ゼンの知る「商人」とは違う。しるしがすこし似る、それだけである。

 顔つきに、重ねた夏は知れないが、成人だろう、物語るはたくましき体格。背筋がすっと伸び、衣装にも胸板厚く。ただ立つ。有様が、一度で目に灼きつく。二度と見失えない、力強い。

 まだ遠かった。遠くて以上だ。近くばどうか、件の迫力とは。説明不要。背に、存在に、あらゆるしるしが大きすぎた。

 男、あらため称そう、大男。肩書くのに"商人"などより似つかわしいのを、ゼンが探してやれば――すぐに見つけた、"戦士長"だ。 

 腑に落ちる、ずっと。

 あるいは。

 まだ、()()()()()、ともかく。

 あれは、商人を着た、一人の戦士に他ならない。


「お高い商人様が何の用だってんだぁ、えぇ!?」

「ああ、ちょいとお訊ねしたいんだがね?もしやあんたらここ最近……"石尻尾の酒場"に押し入ったすえに、そこの店主を死なせちゃいまいね」

「はあ……!?がははっ、もしもだったら、なんだってんだぁ!俺達ぜぇんぶひっとらえて、門兵にでも差し出すかい?」

 人攫いたちは笑った。がーはっは、ほーっほっほ。六人からして、一人の商人。子どもに戦士を見なければ、数折る指も持たないか。

 なんだか知れないが好機に違いない、思っているのは守手のゼンだ。嗤う人攫い、つられて商人も、あっはっは、とはフリばかり。冷たく乾いた笑いであった。嵐は来る。機をうかがう。

 "右腕"が喋った。

「散歩にゃいい昼だ、えぇ?商人さんよ。今なら偶さかその途中だったってーコトで、見逃してやってもいい」

「そうだね、散歩にゃいい昼だ……で、俺は何から見逃されるってんだい?」

「ちっ、足りねぇ(フサ)引っ提げやがって面倒なっ」

 "右腕"と"梟"が抜いた刃を、見ない訳がない大男、"構え"までを取られて平然、口にするのはこう。

「大人しくお縄につくなら、痛くしないでやる。まずは子どもに向けた武器を下ろせ、今すぐにだ」

「失せろっ、コイツ!」

 漂っていた頭領の銃の口が、ついに自分から外れてゼンは、来た!この隙にどうにか!と思うだけ、何も動けずにいた。剣士の時間を以てして、しばし。

 商人の一挙一動にただ、目を奪われる。

 商人の出で立ちをした戦士は、(つるぎ)を帯びてはいなかった。代わりに。頭領が向き直ると見て、外套の内より取り出したのが。


 銃だ。


 抜き、構えるまで、扱いを知らぬ少年の目にも、あまりに洗練されていて、見惚れた。頭領がどんくさく腰に抱えるのと違う。商人は構えている、長い筒を、肩に添えて狙いを澄ましている。さながら弓のようだった。なるほど、銃が、飛ばす道具の括りであるなら、商人の"構え"がきっと正しい。

 銃と銃とが向き合った。両者七歩ばかりの距離、本来なら剣士の距離だと思う、小さな剣士がいた。商人の外套の裾が、翻っている。

「なにぃ!?」

 驚愕を、頭領が示す訳ならば、町に繰り出せば誰でも知れる。銃は恐るべき武器である。かたや高価で希少の枠を逸し、()()()()()()()()()なのだ。

 ハッタリだ!と、叫びたかろう驚愕の手中のそれ、そっくり嗤い返されればいかに。余裕を見せる後出しは、不敵だ。

「そっちの《遊底式(ボルトアクション)》、大方《帝国製の模造品(パチモン)》だろう?実物は盗賊風情にゃ手に入るまい。弾丸一発から《帝国製》なら最悪だ。指が惜しけりゃ引き金を絞るな止めとくこと……や、そもそも弾込めのできる代物かい」

「このっ――!」

 瞬間、雷が落ちた。大音量がしたかと思えば、頭領の手にあった銃がばらと砕け散っている。

 いいや、逆だ。逆が実際だ。

 尋常な感覚で、轟きと破壊の順に区別などつくものか。けれども村一番なら尋常ではない。目で追った。弾丸なるものを。噂の小さな石ころとは、痩せた団栗(どんぐり)の形をしていた。商人然の銃から弾き出されて、飛べば、瞬く間に的を打つ。それからだ大音量。木こりがよほど打ってもかくは響かない。

 戦いの自分をとうに目覚めさせてゼンは、銃を学んで、おののいている――あれに狙われたら、守れないっ……!

 牝馬がかぶりを上げて嘶いた。少女が身を竦めながらも御した。大音量に今あてられたのだ。頭領が怯み、余りの人攫いがどよめきに後ずさる。全てをようやく理解したのだ。

 大男が畳みかけるのは、口頭だった。

「動くな!……引き金絞ったとこ見ると、紛いなりに放てる何かがあったらしいね。その脆さじゃ、まともに飛んだか怪しいが……それで?奥の三挺は本物かい。勝負するなら受けて立つが……何分、銃はまだ浅くってね。ここからだって(はず)しゃあしない、けど、もう加減はならないのは弁えて欲しい。《果て》の如く深~い穴を、身体の大事にこさえたくなかったらさ」

 商人は弾丸を()()直すと――弓の心得にはそう見える、引き手の握りを素早く押し出して返す動作――狙いを変え、凄んだ。向けられて"村人の群れ"は、飲み込みに時間が要った。しばし顔を見合わせた後、それぞれひぇ!とかうっ、とか音をあげて、紛いの筒を取り落とした。

 吹いている。読めない強風が吹いている。油断ならない。あれが銃だ。人攫いたちの手から離れ、謎の商人がみせびらかす武器。狙いがしかも、良さそうであるから悪い。助けが来た、と状況にすぐさま思えるほど、豊かな暮らしを送ってこなかったのが、ゼンだ。

 御許ではずっと簡単だった。敵か味方か容易であった。悪さを仕掛けてくるのが敵だ。遠ざけるのが一番だった。何かをもたらしてくれるのは、貴重な味方だ。エマ、老商人、おばば、そしてフランがそうだ。

 人攫いたちは、みな敵である。奪おうとする。道を阻む。逃げるか倒すかしてやる気でいる。

 では新たな大男を、どう分別する。

 人攫いから銃を奪いはして、必ずしも味方を意味しない。獲った手柄の横取りを狙う動物も山にはいる。まさに「狩人」を惑わすだけ、狐ではないか。安心できない。狐の正体が、商人など被り、おそろしい武器を持つ、戦士であればなおさらだ。そこで。

「なぁ、そこの少年!」

「……僕?」

 狐に語りかけられる自分など、夢にも見ない。驚きのあまり飛び上がらずにすんだのは、男がくれる異様な視線に、まったく敵意がなかったからだ。ない、と理解していてなおも、銃からは目を離せないでいるが。もしもに己が駆けるなら、刃が届くまで弾丸はいくつ飛ばされるだろう、番える速さから必死に考えている。

 大男は、ずっと穏やかな口調だった。

「ああ、君のことだとも!俺は間違っちゃいないよな、君は、ひとりの戦士だね?しかも戦士は戦士でも、剣を持つから、剣士と知れる……なら!小さくたって、やるんだろう?」

「え……」

 九人と一頭の空間を、商人はたった一人で統べている。動くなと。意のままに雷を落とせる者が喋るのに、口を割り込んだり、身じろぎするのを誰もが恐れていた。

「だからさ少年、ちょいとお願いだ。後ろの半分を任せてもいいかな?俺は葉っぱまみれの方を生け捕りにしなきゃならなくて……すると全部をいっぺんに相手じゃ、手も焼きそうだ」

「『お願い』……?銃で、僕たち動けない」

「ああいやいや!動くな、はろくでなしどもに言ったのさ、君らにコイツは向けないよ」

「……商人は、僕らの味方でいてくれるの」

「そう有りたい、ってだけじゃあ心配かい?だったら……そうだ!これに答えてくれたらはっきりするよ、"汝が振るう力は何として振るわれる"?」

「……善きものとして?」「あ――」

「はははっ。なら約束しよう、俺は君たちの味方でいるとも。じゃ、任せたよ!」

 どうしてだろう少年は、銃に背を向けていた。商人が喋る。虚ろでないとわかる気がする。信用に足るか?まだわからない。男は味方か?まだわからない。なにせ銃とは恐るべきだ。そして、あの大男は()()()()()()()()()()。だがしかし、向けているのだ背を。聴いている。大男が前へ、踏みだす第一歩。浴びせてくる、その目の覚めるような視線は、なんだ。

「フラン、前で何かあったら教えて」

「は、はいっ」

 少年は戦士で剣士で、守手であった。気をあらためている。為せる最大限を為す。対峙している、"村人の群れ"。距離が開けていた。轟きにおののき後ずさったのだ。群れはひそひそ話を、だいぶしている。

(お、おい、どうすんだよ!)

(今のうち俺らはずらかろうっ)

(馬鹿言うな!むこうに銃がなきゃ怖かねぇ、しかもこっちゃガキさ)

(だ、だよな、逃げたらアイツらにどやされる……!)

(急所はよせよっ、ガキの殺しぁまっぴらだ)

 三人組で、態度はこそこそ。ゼンに思わす、ナルガズトーワだ。ちょうどいい、それぞれ、しるしを特に持たないのをナル、横にぶ厚いのをガズ、ひょろ長いのをトーワと呼ぼう。大人とするだけ、ぴったりだ。

 ナルガズトーワは、剣を帯びている。ナルが抜剣。ガズトーワは担いだ弓を握り、番えまで終えようとしている。小さな剣士が、駆け出した。

「あっ」「うお」

 ガズトーワ、どちらも思わず具合の放ち方だった。一の矢が地を穿つ。二の矢も敏捷に当たりはしないだろう。

 ところで。 

 ゼンは村の三人組が好きではない。けれど、三人組がいてよかったこともある。彼らのおかげで、一対三がわりと得意になった。守るものを控えた一対三は、速さと位置取りが肝心だ。

 つまり、たとえ当たらずとも見逃せない。二の矢がこのまま耳を掠めるなら、フランやエマに及ぶかもしれない。

 弾丸のあとの弓矢とは、ずいぶんのんきに飛ぶものだ。

「ふっ」

 銅の刃が働いた。矢じりを叩くのに(かね)を鳴らしている。

「すばしっこいぞっこの!」

 ナルが応じる"鋼の構え"、ゼンも同じく"鋼の構え"。違いがあるなら刃と図体。研がれた鋼となまくらの銅、そして大人と子どもであった。

 力任せはならなかった。牽制をゼンは軽くいなす。ナルはすかさず二振り目だ。剣の心得がここで見える。流れがあり、次の一撃には腰が入る。

 ゼンは見切っている。素早さにかまけても避けられただろう。しかし選ばない。大人をあえて利用する。斬り下ろしには切っ先を交えた。(つば)まで滑らせ、懐へ入る。鋼の刃が落ちていく。乗っているのは銅の刃だ。つもりの有無に関わらない。なにせ操り、操られ、ナルの切っ先が土にめり込んだ。大人は無理な前のめり、頭の位置が子どもより低い。

「ぶっ!」

 鋭く、ゼンは蹴り上げた。顎だ。ナルは口から血しぶいた。足元おぼつかず伏せるだろう。(つか)を握れたとて起きられまい。ゼンはとっくに走っている。トーワへむけて()く走っている。

「おいっ」

「ちょっ、待て!」

 弓をかなぐり捨てトーワが抜剣。出遅れたのはガズの方だ。狙いを澄ましていたせいだ。「射線」の意義がわかるだろうか。ゼンにはわかった。(ナル)があったから、敵はためらった。剣を抜くのはしばしトーワだけ。ゼンは、一対三がわりと得意である。

 一息に距離が詰まっていた。一振り、トーワも遅くない。されど意識的より、咄嗟の一撃。身軽は受けずに避けている、あえては必要なくなった。弓で狙う者はもういなかった。

 かぶりが過ぎる咄嗟の剣を、横目にゼンは振り上げている。銅刃の腹で、目掛けたのは股間だ。力強かった。

 倒れゆくトーワ。急所を抱えてうめくより、後頭を柄で打たれるのがはやかった。

 始終をガズは目撃している。大の大人が、ふたりも沈んだ。息をのむ間に、まずいまずい、動転に引き抜くから悪い。刃がいまだに鞘の中だ。 

「なれない道具は、ない方がいいよ」

「あ……?」

 喉笛に銅刃を突きつけられて、ようやくガズは気がつけた。借りた道具をあやまったのだ。帯びた革鞘が裂けている。刃が妙にのぞいている。つっかえ抜けずに当然だった。質を問わずに切っ先が、ちくりと喉に触れている。違ったはずの数も大小も、もはや、意味をなしてはいなかった。

「こ、降参だ、降参する!」

「そう……」

 潔さと挙げられる手をみてゼンは、刃をわずかに引いている。先だって「降参する」は決着を合図したのだ。敵は戦意を失ったかと。しかし、ここは御許の外であって、今は儀式の外である。

 少年が、伸びたナルトーワをちらと窺うから、ガズは敵意をちらつかせ――今なら剣を抜きなおせる!――たくらんだだろう。実らなかった。


「ん――」「あ"!?」「ゼン!」


 飛び退いたのは少年だけだった。

「んごぉ!」「がっ!」

 ゼンは目端に敵意をみたとも。フランの声を背に聴きもした。けれど退いた理由は別にあった。死角から何か飛んでくる、避けねば、とわかったのだ。

 何かを今知る、"右腕"であった。勢いよく降ってはガズとくんずほぐれつのよう。転がって、転がって、しまいには動かなくなった。

 飛び方と呻きからして無論、本意で舞った"右腕"ではあるまい。では"狩人の群れ"で一等の大柄を、枯れ葉のごとく吹けたのは誰か。

「やるじゃないか剣士の少年!さては、全部が相手でも余裕だったかな?」

 他にいない、特等の大男にして商人である。あたり立っている最後の大人だ。砂まみれに払うよう手を打って彼は、

「どうだい一つ!ここで手合わせでも」

「えっ」

「なんて、冗談さ!」

 歯を見せ(ほが)らか、笑うのであった。


"Nice Night For A Walk ,eh?"(散歩にゃいい夜だ、えぇ?) ――不運なチンピラ『ターミネーター(1984)』

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