102.ララウェス
泉。
流転するものの徴たる水の、たまり場所。
都市がまだ幽冥の森に覆われていた頃から、泉は、すくなからぬ崇拝をうけてきた。占いや願掛け、病を治す力があるとみなされるとき、それはふさわしき人格を宿しうる。泉に住まうなにものかは、地方の守り神となり、ときに地名の由来となった。
「湖」とならんで、あまねくふしぎを蔵しうるところ。現世と来世を境する「川」とちがうのは、とくに供物をささげられるとき、うけとめる願いの行き先が、より地続きの明日であることだ。
きょうび都市の「泉」にささげるのなら、コインや留め針、宝石がよいとされている。かつては剣や、生きた家畜が投げ入れられた。水面がうつす空色は、どれほど時を経ようとも、さほど変わらないはずだけれども――それがいま“剣気”で波紋をたてた。
ふたりも神子のいる“中庭”である。ゼンは一息であいだに立ちはさがると、「追っ手」の初撃を反射でいなしていた。それが異様に軽かった。軽すぎて、危険なほどだった。
――針……!
否や、一振りの細剣である。誤解なく、一千通りの刃物を試してきたし、身幅のある剣を扱っていた時期もあるが、細すぎるものは埒外である。むろん使い手に興味がわいた。
しなやかそうな長身をつつむ、青白仕立てで品のよい装束。夏の素材のケープをはおり、肩をブローチでとめている。カッと踏み鳴る戦長靴。赤い羽根飾りをのせた、つばひろ帽子のふちが持ちあがる。あらわれたのは満開の猫頭。路地をかげらす昼闇のためか、瞳孔がきゅっとすぼまった。ゼンの見立てはこうだ。
――主力、片手持ち“短の構え”。レベリ式対人剣名手。それもおそらくはこの土地の……。
細剣は次いで払い、突き、また突いた。ゼンはその場は退かず、いなし、かわして、おさえこんだ。
初撃が威嚇だとすれば、調べ、調べて、わずか殺気があった。いまはただ、刃をしずかにささえあう。鼓動がたっぷり三つ打つまで、たがいを見合う。
剛性を保っていた細剣は、とうとつにへにゃとおちこんだ。
あっ…!と、かすかにもらしたのは青の神子。なんでやめちゃうの、そんな子どもっぽさがある。うしろへ逃がしてから、まともに顔もみていない。ゼンはひと足さきに鞘を立てて、刃先を納めにかかっていた。ともかく大ごとにならねばよいが。
「市中での不法な抜剣、お詫びいたします。なにとぞお目こぼしください――」
しりうるかぎりの作法で低頭する。
「盾持ちの騎士様……」
装いに隠匿しているが、よほど間違いない。剣圧ではりつき浮き上がるさまは、ヴィクトルの胸元によくみてきた。
「若く善意のみなぎるお方。なにとぞお顔をお上げください」
猫頭の騎士もすみやかに細剣をおさめると、かつてみない優美な返礼をした。ケープを肘でおしひろげる。脚を引き、帽子は胸にあてる――先の老夫は彼を真似たのだ。ただし、あげたおもては至って真剣で。
「こちらこそだしぬけに失礼仕りました。切にご容赦いただきたい」
フランの方へも頭を下げて、それから背筋をぴんと伸ばしきる。
「我が輩は名をドゥーディカ・ナッシュベル。ご明察のとおり、都市付きの統括騎士に御座います」
左手はうしろ、右手は胸の帽子のまま、かかとは十二時十分前。以上たしかに礼を尽くすと、ドゥーディカは、きッ、と鋭く見定めた。フランの背のほうで、ちらちら輝く水面の青だ。仮面舞踏会の想像画から、そのまま飛び出してきたような、にぎやかな衣装の裾も隠しきれていない。
「お嬢様?」
息たっぷりに、低めの声で。気品ある猫の額には、怒りのバッテンがついている。
ー
ララウェスとだけ、青い神子は名乗るのだった。ドゥーディカにもっと怒られてしまうから、おいそれ家名は明かせぬとも。見える範囲でひとりきりとはいえ、統括騎士が、つまりエウロピア最高峰の護衛がつききりということは、推して知るべし家柄であろう――不服そうに唇をとがらせて、しょげた頭をおさえられていたとしてもだ。
「おふたりを斯様に悪質ないたずらに巻き込んでしまいましたこと、ひとえに我が輩の不徳の致すところで御座います……」
「……ごめんなさい」
なんのこれしき怪我もない、誤解もないならさいわいだ。
「《あら、ドゥー!》」「なにがしか形あるお詫びを致します――」
どうぞお構いなく。
「《話のわかるお方たちだわ!》」「……少々お時間をいただいても?」
もちろん。
「《それもわたくしと同じ年くらい!》」
「《お嬢様、こちらへいらしなさい……》」
「《あのふたり!あのふたりとならいいでしょう!?》
「《言葉が足りぬ模様ですな、此度ばかり見極めかねたのですぞ》」
泉を隔して展開する、”執事”と”姫”のやりとりは、なかなか激しいものであった。ドゥーディカはたびかさなる危険や嘆かわしさを説いて聞かせる。ララウェスは巡り合いだと言って譲らず、わがまま節を炸裂させる。
言葉がいり混じるものだから、勝手におぎなう想像になるけれども。
なんの嫌気がさしたのか、おおきなお屋敷なりお城なりから、今日も脱け出したおてんば娘。それなりの軽快さで路地裏をゆく足取りや、尻をぬぐう者の反応からして、一度や二度のことではない。
ララウェスは出会いがしらの何者であれ、お世話係のドゥーディカの、足止めをしてほしかったのである。
きっと自由を希求して。
奇しくもここには”願いの泉”がある。脱走が繰り返されるうち、ほんとうの危ない目に遭う者もいたろうが、先の「助けて」は、どこもいたずらなんかではなく、彼女の心の奥底からもれでた、ほんとうの「助けて」だったのかもしれない――フランとひそかに推し測ったところである。
「困ったね……?」
「ええ、困りました……」
ここには同じく四人だけだ。
「僕たち、どこから来たんだっけかな!」
観光客なら致し方があるまい、都市の裏路地は蜘蛛の巣のように張り巡らされている。
「ドゥー、きいた!?わたくしたちが助けてあげなくっちゃ!」
ララウェスは、ばっちりとした青いひとみをかがやかせた。 かげりあるこの”中庭”においても、まるで真昼にきらめく水面のように。
「どこへでも案内してさしあげる!」
—-
「するとまったくの門前払いを?」
「ええ、あとの知らせを待つ次第です」
「お分かりになりますかな、対応した門兵の名は」
「北方系の方で、たしか……」
「ファル・ミン?」
「そうです、騎士団長ミン。詰め所におられるとは驚きました」
「ふむむ!たぶんに御足労をおかけして、まことに遺憾なことであります……」
「ささいなゆき違いでしょう、時が解決してくれますよ」
ララウェスが身分を隠してくれたおかげで、こちらもはばかるところはない。奇遇なことで――我らは某人の”盾”を返却しに来た、シルヴェストリ旗下の使者・代理人である。こたび”賢狼の裾”の政変をうけて、晴れて表舞台に立てるようになったのだ――おおきな嘘は言わない。いまの商隊はダンコヨーテ公からも公認の身分なのだし。ドゥーディカもそのようにとりあってくれた。
「いやはや、あまりある忍びのなさ!どうかこの一件、我が輩に持ち帰らせていただきたい。是が非でも道を拓きましょうぞ」
主城の門前払いについてである。書状の開示も拒まれたのは、つい午前中の出来事だった。見えない政治もあろうかと、こじあけようとはしなかったけれど。
「もちろん祝祭まではいるのでしょう!?」
神子ふたりが前を歩いている。階段を、のぼりくだりする入り組んだ路地で、軒並みのざらざらした壁や、誰かの玄関のはちうえが橙に明るい。しきりに振り向くララウェスは、ドゥーディカに合図したいようだ。「そのつもりですよ」とこたえたフランの腕に、実の妹のような元気っぷりで抱きつくと、ぴょんぴょんとびはねたりもした。
ふたり並んでちょうどの道だから、すきを見て前後を入れ替える。
(もちそうですか……?)
後ろに戻ったフランに心配されて、ゼンはこっそりたしかめた。漉くとつやつやで真っ黒な髪、特製の髪染めは落ちていない――今日のところはまず平気そう――神妙にうなずいて、ただし。
(水にだけ、不意に濡れないように)
神子の”徴”を覆い隠すものは、どうしてかずっと落ちやすい。
比して見るララウェスの後ろ姿の、すがすがしいまでの隠し立てなさよ。
お嬢様だからゆるされる、波がかった豪奢な青い長髪を、大きなリボンが装飾している。
青い色とは、水面の色だ。あお、と言葉の数だけあおい。フランの灯したひとふさの「火の色」が、ひとことであらわしきれないように。
――……どちらが窮屈でないだろう。
ゼンには知れない神子心である。とうのフランといえば、もはや尻尾にみとれていた。燕尾服の谷に生えるドゥーディカのしっぽだ。意外にふとくてかわいらしい、それが右にゆら、左にゆらら……。いっしょに眺めにかかっていて、ぎくりとする。
「此度は実にお騒がせいたしました、かさねて……」
気づけば市場通りに出る頃だ。ドゥーディカはうしろを顧みたのだが、きゅうな喧騒に声はのまれた。
「いいでしょう?もうちょっと!ほんの”瑞の広場”だけでも……!」
しかしララウェスの声は大きい。ドゥーディカの袖にすがって、何事かあきらめていない。手ずから都市の案内を、フランに請け負っていたのであった。
誰かが呼んだ。
「《お嬢様ー!》」「《やっときなすった、とってありますよ!》」「《ご機嫌うるわしゅう!》」
市場で生きる人々だ。八百屋、魚屋、花屋に何屋に、棚はどれももうしまいかけだが。彼らに向かってララウェスは愛嬌たっぷりに腕をふりまくると、駆けだしてよいかをドゥーディカに目で問うた。
”瑞の広場”とやら目前であった。興味があると伝えると、外周にそびえた時計塔を、ドゥーディカはうかがうらしい。高層建築――たしか五十メル頭上の針は、ここから見上げてさえ大きい。ガッコン、またひとつ時を鳴らす。
「……舞踏のお稽古には間に合いませんな」
ララウェスは路地のはざまから飛び出した。彼女のわがままのみならず、我らも瀬踏みにかなったということだろう。
「ご厚意まこと痛みいります」
ドゥーディカは驕り図りをつゆ見せず、帽子のつばを傾けるのだった。
祝祭をひかえて、明るい都市はまして浮かれているようだった。鳩でさえ広場を歩き回るのに、満足げに胸をはっている。
「清澄回廊はもうご覧になって?ペリルとルデムよ、ご覧にならないはずないわ!」
ララウェスの言わんとするところ、それらは都市と密接な川の名前だ。
「マーテルニルからヴェナマーレ、プルモをめぐってアオルター……水路の運行の八割には、トウェイン財団がかかわっているの!」
とても覚えてはいられない。それでよいのだとドゥーディカはいう。
「宿から最寄りの『色』さえわかれば、結構なことにございます――”金”!やはりお目が高い、もっとも過ごしやすいところを選ばれましたな」
かたやおおきな噴水が、時計塔とならんで名物だというこの”瑞の広場”、もはやひとつの町ほどの広さであるうえに、並みいる人が人だかりだから、肝心のしるしがみえてこない。祝祭の中心地にして最終目的地にあたり、その「だし」もこちらで調整中だという。
どこでも話題のさる祝祭とやら、いかようなお祭りなのであろうか?
「はい。巷間では祝祭とみなされておりますが、本義は祖霊を祀るもの、つまり死者たちのためのものである、と――いやはや、我が輩のこれとて浅知恵です」
「イヤよね!お菓子の妖精のおまつりならよかったのに」
一行は人々の流れにのりながら、ララウェスのあとをなんとなくついて行っている。どこを目指しているのかは知れない。
「あなたがたは、どんなところだと思う?」
あの世、って。彼女は何度でも振り向いた。
「ルルはおどかすの。そこは、まったく音のない忘却の世界だろうって」
祭りの当日、ララウェスには家の役目があるという。あまり多くは語りたがらず、広場が混みすぎだとさとったあとは、最寄りの水路をみおろせる、堤の道まで導いてくれた。細かなレンガをしきつめた舗装に、植物のような意匠の鉄柵、むかいにみえる、はんぶん水につかった階段。もはや意外に思わないが、あたり清浄な自然のにおいで満ちている。まるで未開の森の深奥かのような。
舟影は、たまたまどれもちいさかった。そういえばまだ舟歌をきかない。
「あら、それならよくってよ!」
代わりに喜ばせようと思ったのだろう、ララウェスは遊歩道をなぞりゆきながら、とうとつにうたって踊りだす。これがおどろくほどはなやかで、うまい。
♪鏡のごとく澄み渡る ラ・プルモの水に
まちがいっこない 日時計に
小舟がかなでる 舟歌ですって
それが世間の人らのユートレムなのね
でも、でもね ぜんっぜん ものたりないわ
わたくしがもっとおしえてさしあげる!
はたして稽古もいらぬのではないか、だからこその成果であろうか。彼女はおあつらえの衣装を兼ねてそなえており、出し物と思って衆目がつどった。即興と伝統の継ぎ目は、あまりに自然でわからなかった。
♪「紫」水の湊を船いずり 向こうは「蒼」き天の羽根
「橙」を灯したる 「白」き刃先は
「琥珀」を鏡して 「金」へと波した
「銀」の河岸から「翠」を渡す
「紅」きは夕陽をのむ血潮
かくて
黄昏の矢よ、真心を射よ
射抜かるる常に 「瑞」ありし――
さらに盛り上がる兆しをみせたそのとき、まさに頭上を鳴りわたるものがある。
「ゴーンとはウマがあわないわ!」
”瑞”の時計塔の愛称であった。街路樹にさえぎられながらも、まだてっぺんが見えている。
十五分ごとに鳴るのが彼の仕事だ。のみならず今は正時であって、四方八方の鐘も鳴るから、ゴーンひとりの咎ではない――聴衆がふくめた笑いと喝采をおくると、ララウェスはすぐにんまりしてきて「ありがとう、愛しているわ」をふりまいた。
かたやドゥーディカは周囲、できてしまったちいさな人垣に、用心深く目を走らせながら。
「そろそろお暇せねばなりません」
ララウェスはまたしぶい顔をした。ちょうど近くにあらわれていた、おおきな日時計の黒い盤は、傾きかけの陽で濡れている。
「黄昏にはずいぶんはやいのに!」
なるほど日時計は正確だし、いつまでたっても聞ける歌声だ。けれど、このままでは堤まで人波であふれてしまうよ?――さとしたところララウェスは、ふんす、とまんざらでもないふうに、率先して帰路についたのだった。
市内ではたびたび、暗紺色の制服姿をみかけていた。都市警察官である。
「サー・ナッシュベル!」
彼らは従来の騎士団に代わって、より大衆的な業務をおこなうという。いままたされた敬礼とて、一度っきりのことではない。
つばのかたそうな帽子にしわのないズボン、ぴかぴかの靴、切って貼ったように同じ姿の彼ら、取り回しのよさそうな警棒と片手剣を帯びている。巡邏はだいたい二人一組だ。
「ただいまお時間よろしいでしょうか……!」
「乱痴気の刃傷沙汰にて、関与した一名が某御家名を名乗っており……」
じかに目にせずともわかる、ドゥーディカはきっと猫のひとみをほそめた。どこから湧き出したものであろう、もはや彼の穏やかながら威厳あるめざしからは、ただならぬ信頼を勝ち得ており、うしろへ注がれたのもそれであった。
「少々、この場を離れても……?」
「行ったらいいわ!わたくしは剣をおもちゃにはしないもの!」
それで請け負いましたと、我らもいった。
裏切るつもりとて到底ないものの――ほんの一、二分、彼が振り向けば目の届くところで、立ち話を任された、という意味に過ぎない。だからこそ困ったものである。
(……今のうち、あちらをみにゆかない?)
「ララウェス、いけないよ!」
時機をみて駆け出してしまわれるとは。
「サー・ナッシュベル!」「ドゥーディカさん……!」
目前をゆく人、また人ばかりで、あの落ち着き払った返答は期待できない。すぐそこで鐘もなるせいだ。広場から広い路地へとさしかかり、青い後ろ姿はさらに細い路地へと滑り込んでいった。
「夏のうち、大きな地震があったでしょう?」ずんずん行ってしまいながら、彼女はのんきなものであった。「近づいちゃならない、ってドゥ―がいうものだから、つい!」
“瑞の広場”からして北西の、ほんの一本裏通り、そのはずである。
空気がよどんでいる。
人気は一挙に失せてしまい、みかける人らしき動きといえば、まるで亡霊のような影。
馬具を中途半端につけた、不機嫌そうな馬がいたりする。おもてでは馬糞受けが義務付けられているのに、それもない。こちらをやたらと気にする、首をすぼめた男が、いそいそと引いていった。
「ここまで来るのはわたくしもはじめて……」
ララウェスの言わんとするところがわかる。景観そのものは、泉のあったあの”中庭”などと、さほど変わらぬはずなのに、それぞれまったくの異世界だ。
さびれた通りもひらけたあたり、一等立派な建物がある。連絡所かと思われた。が、木板を釘でうちつけて、正面玄関を封鎖されている。脇には、ごみのふきだまった細い路地。奥をかげらす廃材は、構造物から意図せずつきだすがままであり、倒壊の危険をしらせている。
(お恵みを……)
振り向いたのはゼンだけであった。通りのむかいはじ、路地のくぼみで、力なく差し出されるのが、施しの椀であることにも気づいた。
(《こいつの餌もないんです》)
ござにあぐらをかいた男の横で、あばらの浮いた犬が眠っている。おそらくは、ねむっている。
別に言葉がわからなくとも――鐘が鳴った。
「ララウェス?よければ時計塔の中も紹介してよ」
ええ、いいわ!もっと早くおっしゃってくだされば……ふきだまりを覗き込んでいたララウェスは、いっときはげしく目を輝かせ、それから。
「おかわいそうに、きっと冒険者の方だわ……」
奔放そうに見えて、彼女にも見えているものがある。
当代エウロピアで傭兵行為は禁止されている。
いっぽう魔物に対しての雇われが冒険者だ。
戦争へ参加する雇われとして、なにがちがうのか?
騎士とも異なる「英雄」たちを、人々はありがたがるけれど、つまり彼らも傭兵で、都合よく使い捨てられて気の毒だ。
夏のごとき秋の暮れであった。つるべ落としに日はかげる。ララウェスはぽつぽつ語るあいだ、釘付けになって離れようとしない。このあたり光源もとぼしかった。
左は悪徳、右は美徳。決めつけて引っぺがすことは容易だが。
「あ!」
通りの南側を見張っていたフランが明るい声を上げた。
「こんなところで偶然ですね!」
白いランタンに導かれて、何某かがやってくる。夜闇をやぶってもう近い。
「おお、近道しようと迷っちまった!」
「こんばんは?おや、素敵なリボンのお友達だねぇ」
「はい、こちらララウェスちゃんです!」
なにも怯えることはない、”商隊”の馬車主夫妻である。明かすとララウェスの関心は一気にひきよせられたようで、なんとなく歩き出していた。
ハウプトマンにむかっては。
「あなた、小さいのにすごく大きいわ!?」
今度ジニーにむかっては。
「長いお耳に素敵な肌ね!」
はっきりと言う。似たようなことを思ったものだ。
「すごく明るいランタンだわ!そちらは魔道具なのかしら――?」
ゼンは魔術師たちに先を任せ、すべて見通せるうしろに立った。
(坊主?)
隣についたハウプトマンは、革のジャケットの内側で、腰帯に手をかけている。
(おそらく平気です)
現況についての連絡だった。解決すべき憂いはあるけれど、悪意に付け狙われてはいない。「気づけばこんなに遠くまで……宿の夕食を逃すかな?」
「ははぁ、小舟の道をあずかり知らずか!」ハウプトマンはうまくのってきた。「ありゃえらく快適だぞ」
「すぐなんだからね。帰りはあやかろう」ジニーはにこにことふりむいた。暗い路地を抜けた先の広場は、いつのまにやら閑散としており、輸入品の街路灯が煌々としていた。
あたりでおまわりさんをつかまえて、ドゥーディカとをつないでもらう――都市の交番ともなれば”呼び戻し鈴”がある――すっとんできた彼も、気が気でなかったろうに、腰を低くしておのれの不手際を詫びるばかりだ。
謝罪比べをすましたあとは、ついでとばかり、主城の門前払い云々についてを、大人同士の話として預ける。このほうがずっと自然だろう。
また会えると再確認したララウェスはひとり喜び、ドゥーディカにすかさずたしなめられる。正体ではなく、もろもろの軽率さについて。
もはや彼女の家名がなんであるかなど――。
そしてここからは、左様なありえるべくしてある話と、並行してあった裏話。
「怖いお話をしちゃったかしら……」
“商隊”こそ、歴史にとって使い捨てのコマ、その当事者たちである、と、ララウェスは自力で結びつけたのだった。
つまり戦争におびえているのだと。
もっともだ。
「ゼン。あなたが気にしたあの鐘を、ぜひ見せて差し上げたいわ。フラン、あなたにはあの銀色のお花畑を……」
ララウェスは帰り道すがら、そしてドゥーディカをまつあいだ、連想して聞かせたのである。
”何でもできる男”の逸話について。
かつてジガヴェスタ最北の地に、その大鐘はあった。戦後にドラッドネルトから返却された今では、主城のふもとたる”紫の広場”の塔から、すこしいびつな音色を響かせている。ただの旅人ではおがめはしない――さる”男”が刻んだという、無数の拳の跡までは。
導きたがるララウェスとはいえ、祝祭が終わるまではむずかしかろう。なんでもお役目で忙しいそうだから。
「おいでなさい、お嬢様!」
夜と街路灯を浴びるドゥーディカの呼び声に、ララウェスははっとした。まだ白く明るい交番のなかにいた。夜回り組の警官たちが先に出た。
間が稼げたのをいいことに、ララウェスは早口で。
(絶対内緒にすると誓える?)
なにかをこたえようとするより前に。
(“水瓶”に伝わる防衛機構、当代はわたくしがそのカギなのよ)
“北方森林”から出でて、都市が一面に広がるまで、ずっと疑問に思えていた。
“無二の水瓶”には防壁がない。
噂ほのめかしでは知りえていた。
相応の代替策がある。
しかし。
「だから心配なさらないで!いざってときはわたくしがお守りするんだから!」
ララウェスは明るい夜闇へ飛び出した。”商隊”の経験知に頼らせてもらえば、その先に絶対などというものはない。どれほど強力に照らせども。見通せる気になるだけで。




