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短編

妹にズルイズルイと言われる姉の日常

作者: Rena


「お姉さまズルイですわあ~!」


 栗色の髪を巻いた私の妹が今日も職場で絡んでくる。



「あの麗しの公爵様に溺愛されているなんてズルイですわ!!」


 絹のレースのハンカチをんでとても悔しそうにしている。

 妹の言っている公爵様とはラルフレッド・ロイヤルのことだろう。

 彼の流れる銀の長髪と、深い蒼の切れ長の瞳が麗しいと王城中で有名だ。

 そしてここは職場の王城で、私は仕事中だ。

 カタカタと魔道具の石板にデータを入力しながらも私はため息をついた。


「そんなにうらやましいなら譲るわよ」


 私は別に彼にこだわっているわけでもない。彼が一方的に付きまとっているだけだ。


「そんなことを言って! ラルフレッド様はお姉さま以外に見向きもしないではありませんか!」


 妹は地団駄を踏んだ。さっさと持ち場に戻ってくれないかしら。

 私はタタタとデータを打ち込んだ。今日も定時に帰りたい。

 

「お姉さま……お昼休憩にもお仕事してるんですわね……引きますわ」

「私、残業するくらいなら昼をつぶすわ」


 おうち最高!


 妹は残念な子を見る目をして帰っていった。その視線そのままお返しするわ!


「サリナさん、いつも大変ですわね」


 隣の明るい茶髪のティナが声を掛けてきた。


「ええ、うちの妹がご迷惑おかけします」


 横を振り向くと私の赤茶色のショートヘアが揺れた。

 うちの妹はああ見えても根は素直なのだ。ただ、すこししつこいだけで。


「サリナ」


 ああ、今日もやってきた。


 背後を振り返ると噂の公爵様、ラルフレッド・ロイヤルが優美な微笑みをたたえて音もなく背後に忍び寄っていたのだ。


 彼の美麗な銀の長髪と、深い蒼の切れ長の瞳、甘い顔つきに私の隣のティナはその栗色の瞳をハートにした。


「今日も精が出るね。私は今日も君が元気で職場に来てくれる姿を見れて幸せだよ。君が一日中操作している魔道具になりたいくらいだ。ああ、お昼がサラダだけだなんて君の身体を作るのに少し不安が残るよ。私が弁当を作ってきた。これを食べて午後も無理をしないように。そうだ、君の好きな人気店のポイップクリームのたっぷり乗ったカフェラテの期間限定フレーバーを買ってきたから、これを飲むといい。じつはかなり並んだんだけどね、ああ、礼はいいよ。私がしたかっただけなのだから」


 無理やり押し付けられる。


 弁当箱をぱかりと開くと、几帳面に煮物と卵焼きと、ハンバーグとプチトマト、サラダが詰まっている。これは、手間暇がかかっている。


「……ありがとうございます」


「ああ、君の声を聴けるなんて、今日も仕事にきたかいがあったよ。今日はオレンジ色のピンで留めているのだね、君のチョコレートコスモスの髪色に映えてとても可愛らしいよ。君のみどり色の瞳もまるで春の萌えいずる若葉のようだ。君の存在が私の心をいつも元気にさせてくれるよ。ああ、飲み終わった空き容器は引き取るから捨てずにとっておいてくれるかな」


「いえ、捨てます」


 目の前の公爵様はこれでも敏腕の魔術師だ。王城の戦闘部隊の若きエース。

 この耳に毒なほどの色気のある低音ボイスと、目に毒なほどの麗しい姿、そして有能すぎる魔術に、資産家の公爵家。かなりの優良株だ。……こんな性格でさえなければ。


「この調子だと今日も五時三十分には終わりそうだね。その時間に私も都合をつけて切り上げるから待っていてくれないか?」


「いえ、帰ります」


 ラルフレッドはその甘いマスクを仕方がないなという表情で甘く微笑ませた。

 私の短い横髪をもてあそぶ。

 

「そんなわがままを言わないで。いそいで帰ってくるから」


 隣のティナが黄色い悲鳴を上げた。同じ部屋にいる女性中の視線が痛い。


 ちゅっ


 リップ音をたてて頬に一方的にキスを押し付けてラルフレッドはその銀の髪をなびかせて帰っていった。


 「はあ……今日も素敵……」


 ティナは口元を両手で覆って感動している。

 私は甘ったるいクリームの山盛り乗ったカフェラテを口に含み、カタカタと魔道具をたたいた。



 

 就業時間を知らせる鐘が鳴る。




 私は魔道具を停止させた。今日も全力で定時帰宅する。


 「サリナ」


 机の上を片付けていると背後から腰が砕けるほどの低音ボイスがかかる。

 振り返らなくてもわかる。壁の時計は五時三十分だ。随分と時間に厳しい。


「ああ、君に会いたくて会いたくて、つい魔術に力が入ってしまったよ。今までの最速記録で敵陣営を一掃できたから早上がりできたんだ。間に合ってよかった。さあ、一緒に帰ろう」


 ラルフレッドはちょっと眉を下げて私の机に片手をつく。

 私の退路を確実にふさぐ構えだ。

 さすがは敏腕の殲滅攻撃部隊。

 狙った獲物を逃すつもりもないということか。


「さあ、一緒に帰ろう」


 大事なことなので二回言ったようだった。


 


「お姉さまズルイですわあ~!」


 ラルフレッドに腰をがっちりホールドされて逃走を阻止されながら城内を歩く私を見て、今だ帰れずに受付で残業している妹が遠くでハンカチを噛みしめて嘆いている。



お読みいただきありがとうございました!

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