8話 おおざっぱにインプットされてしまったみたいです
早朝からお屋敷に響く、ボクの嫌いな音。
掃除機はうるさいし、吸われそうになるから苦手なのです。
ご主人様のDr.ヒラガはもちろん日常的に掃除なんかしません。床にインスタントコーヒーにぶち撒けてしまったとき、しかたなくかけてたくらいです。
ですが、KJ001号がうちに来てからというもの毎日ですよ。あっちは美女型だから、キャラ被りがなさそうで安心してたっていうのに。
ボクはネコ型ホムンクルスの『助手』です。
中身はニンゲン並に賢いですが、生態はほぼ普通のネコなので大きい音は嫌なんです!
Dr.ヒラガが造った最強の破壊兵器だかなんだか知りませんが、断固として抗議しますからね!!
***
廊下に行くと、金髪のロングヘアーをひっつめのお団子にした割烹着姿のKJ001号がいました。フネさんスタイルの金髪美女とは、なかなかマニアックですよね。
ん? 腕に直接掃除機が装着されてる……!?
うちの吸引力が変わらないやつより威力すごいと思ったら、アタッチメントだあれ!
「KJ001号! なんで掃除機なんかかけるんですか!」
「助手さん、おはようございます。掃除機は床板だけですのでご安心ください。畳は傷まないようきちんとホウキを使い、頑固な汚れはクエン酸を少量溶かした水で雑巾を固く絞って叩きこむように除去しています」
いやいや、決して掃除方法の指摘をしてるわけじゃありません!
姑ですか、ボクは。
「そうじゃなくて~。まだ朝なのに、うるさいのです!」
「申し訳ありません。では、スケジュールを微調整いたします。適切な時間帯を提示してください」
「ボクが寝てない時間にしてほしいのですよ! 日中はほとんどお昼寝してますけどね!」
「床掃除のあとは布団を干しますので、日光照射が2時間以上可能な範囲でお願いいたします」
「むむむ……ひなたぼっこタイムが……」
あ、そんなことより、大変なことに気づいてしまいました。
敬語! 敬語キャラ被りです!
うちにはドクターとボクとKJ001号しかいないのに、とりわけ大事な口調部分が早くも被るなんて!
やっぱりボクのアイデンティティを脅かす存在なんじゃ……!?
「威嚇……! こんなときは威嚇です。フーッ!!」
「こちらの助手さん専用座布団ですが、湿っていたので押し洗いして干しておきました。それから、台所に1本残っていたニャオちゅ~るです。賞味期限が切れてしまう前にどうぞ」
「好きィ!!」
もぐもぐ。もぐペロ。
……はっ!?
ニャオちゅ~るを食べていたと思われる五分間ほど記憶がありません。
恐るべし、KJ001号。
このボクを籠絡しようとするなんて!
「あ、危なかった……。いやいや、そもそもですよ。なんで起動してからずっと、掃除ばっかりしてるんですか? 破壊兵器の仕事は地球の爆破とかそういうのじゃないんですか? そりゃあ、実際されたらされたで困りますけど」
「わたくしの基本的な役割は『掃除』とプログラムされています。エラーではありません」
「んん? もしかして……」
Dr.ヒラガはたしか、「カップルやら地球やらをまとめて掃除してやる」とか言いながら、KJ001号を造ったはずだと思うんですけど。
まさか……。
あのひと天才のくせにおおざっぱですから、かなりざっくりインプットしてしまったんでしょうか。
結果、『掃除』の命令だけ残ったと。
言葉の妙というのですかね。使われたのが『排除』や『始末』のような不穏なワードじゃなくてよかったですね。
でも、ハイテクをふんだんに使用した最強兵器がお掃除ロボットで終わってしまうなんて……。
それじゃ、ただのルンパですよ!
「わたくしは自己判断による学習が許可されています。既存のデータベースとDr.ヒラガの蔵書を参照し、掃除の他にも新たな技能を習得するつもりです」
ああ、そういえば。
ドクターの知能や技術を上回る兵器にするため、学習機能をとくに強化してるんでしたっけ。
「新たな技能……。ツッコミはボクの専売特許だからダメですよ?」
「保存領域には上限があります。『ツッコミ』は不要の技能と判断しました」
「失礼な! ツッコミ役に謝れ!! ……や、これ以上キャラが被っては困るのでまあいいでしょう。で、何を習得するんです?」
「お料理です」
「お料理!!」
ルンパを超えて、いよいよフネさんへ進化しそうです。
「睡眠バイオリズムをスキャニングで可視化した結果、Dr.ヒラガが起床するまであと1時間30分ほどです。時間内に味覚、栄養、コストの問題をクリアした朝ごはんを作ることを目標とします」
朝ごはんとな……!?
毎日カロリーメイトで栄養取ってる気になってるドクターには朗報です。ただ、偏屈なので勝手なことをしたら怒るかもしれませんねぇ。
まあボクとしては、掃除機の音が止んだからなんでもいいのです。
座布団もふかふかになったことだし、縁側で二度寝するとしましょうか。