1話 どうも、助手です
ホラ……あのお屋敷の……自称発明家で……
ああ、すごい変人って噂の……
奇人、変人、変態、あと犯罪者。
町内でこんな悪口が聞こえてきたら、だいたいボクのご主人様のことです。
今日だって自分の家の前を歩いただけで、近所の主婦から注目の的。
好奇心とか嫉妬だったらまだ救いもあるんですけど、どうやら本当に不審がられてるみたいで……。
あっ、生ゴミを見るみたいな目で見られてる。ウケる。
でもまあ、たとえフンコロガシを観察するような視線を注がれようと、自分を変えるご主人様じゃありません。
孤高──なんていったら聞こえがいいですが、要するに奇人変人でついでに犯罪者なんですあれは。
近所の奥様方は何ひとつ間違っちゃいないということですよ。
ニヤニヤして変態みたいな顔で門を開けるご主人様を、今日もボクは塀の上から見守っています。いや、見張ってるのほうが正しいですかね。
なんてったって、隙あらば自宅に爆弾とか仕掛けようとしますから。
自宅ですよ。自分の家ですよ。アクション映画の爆弾魔とかサスペンスドラマの愉快犯でも自宅に設置しませんよ。
ボクのご主人様である変態野郎……じゃなかった、『Dr.ヒラガ』は、
破壊が大好きな、とんでもない性癖の持ち主なんですよ。
まったく、もう。
***
松の木に飛び移って庭に降り、鯉が泳ぐ池を横切って、縁側からお屋敷にあがります。ボクのいつものルートです。
この家は先祖代々受け継がれる、立派な日本家屋なのです。ボロですけど。でも、侵入経路と爪を研げる柱がたくさんあるので、ボクはなかなか気に入ってます。
座布団に座ってソワソワ待っていると──
畳の上を走る音に続き、襖がバーンと開いてご主人様が帰ってきました。
「おかえりなさい、Dr.ヒラガ」
「助手よ! 今日の悪口はどうだった!?」
「変人(奇人を含む)が23回、変態が16回、犯罪者が5回、キテレツが2回ですかねぇ」
まあ、変態の16回中13回はボクが言ったんですけど。
足で耳の後ろを掻きながらそんなことをボソッとつぶやくと、いつものように不気味な笑い声が降ってきました。
「ふっふっふ、またこの町を爆破する理由が増えたな。ところで、褒め言葉はなかったのか?」
「ありませんねぇ。それが訊きたかったんですね。最初から正直に訊いてくださいよ」
この時代錯誤な和服を着たハイテンションな不審人物が、ボクのご主人様。
その名も『Dr.ヒラガ』です。
自称・平賀源内の隠された子孫。自称・発明家。自称・天才。
そして、近所の鼻つまみ者。悲しいかな、最後のだけは自称じゃないのです。
いつ洗ったのかわからない着物と羽織に、これまたいつ切ったのかわからないボサボサ頭。ぐるぐる模様の片眼鏡は指紋だらけです。
お風呂にもしばらく入ってませんね、この男は。ボクもついでに入れられたら嫌なので、風呂はまあいいんですけど。
もう20代も半ばを過ぎてるっていうのに、これじゃお嫁さんなんて来てくれるはずもありません。
ちゃんとしてれば、それなりに見れるんですよ、Dr.ヒラガは。
でもちゃんとすることは永遠になさそうなので、考えても無駄なのです。
だいたい、ドクターの問題は外見以上に、中身──つまり人間性にあるんですから。
「まあいい。今日も留守番ご苦労」
アゴの下を撫でられると、喉の奥が勝手にゴロゴロと鳴り始めました。
まったく、なんて不便な生態なのでしょうか。べつに気持ちいいわけでは……ゴロゴロ……ないんですけどゴロ。
ちなみにボクはDr.ヒラガの助手で、正体は人造人間なのです。だから知能はニンゲン並ですが、外装デザインはネコという生き物を模して造られています。
ボクの脳には膨大なデータベースが保存されていて、ネコについて生物学的な知識はあるのです。でも、お屋敷の外に出たことがないから本物のネコがどんなものかよく知りません。
まあ、鏡に映るボクのフォルムや仕草が死ぬほど可愛いので、おそらくとてつもなく可愛い生き物なのでしょう。
ドクターは『助手』で事足りるというので、名前はとくにありませんが……。
絶望的に他人とのコミュニケーション能力と共感能力が足りていないドクターの、重要なサポート役なのです。ゴロゴロ。