10話 ご主人様、目的が迷走してます!
最強の破壊兵器・KJ001号の完成から、はや数週間。
今日もヒラガ家は賑やかなのです。
なにしろ朝から、数時間に渡って銃撃戦の音が響き続けてますし──
ここ、現代日本のとある首都近郊ですけど、紛争とか起こってたんでしたっけ?
「これが今月分の家計簿です。生活費圧迫中につき、来月から発明の原材料費は月3万円以内に抑えていただくようお願いいたします」
「3万だと!? サラリーマン夫のお小遣いか!? 昼は毎日牛丼(並)か!? 煙草は1日10本までで我慢しないといけないのか!? ええい、とにかく女房ヅラをするな!!」
Dr.ヒラガによって乱射される散弾銃。
KJ001号によって展開される防御装置。
銃弾はすべて壁や家具へ到達する前に無効化されているので、今のところ被害はなく家自体は無事ですが……。
あっ大変!
ちゃぶ台の上に置いてあった醤油差しまではシールドで守られてなかったようで、流れ弾が当たって割れてしまいました!
どう考えても醤油差しどころの騒ぎじゃない状況なんですが、KJ001号の絶対防御システムが優れすぎてて、なんかボクも麻痺してきちゃってるんですよね~。最近毎日こんな感じですし。
あーあ、ドクターの一張羅が醤油のシミだらけ。絶対落ちないやつじゃないですか、それ。
「くっ、ヒラガ家に先祖代々伝わる羽織が……。KJ001号、どうしてくれる!?」
わぁ、責任転嫁。
銃をぶっ放したのはアンタでしょうが。
今のを責めちゃ、さすがにKJ001号が可哀想です。
「情報処理中──。少々お待ちください」
ほらー、動作を停止して考えこんじゃいましたよ。
泣かしたら「泣ーかした」って歌ってやろ。
まあ彼女はAIだし、無表情で何考えてるかボクにもよくわかんない兵器ですけど……。
「フォルダ内の有効な対策を参照しました。ただちに実行いたします。──醤油のシミ抜きには重曹と食器用洗剤の併用が効果てきめんです」
あっ冷静にシミ抜き方法を検索してただけなんですね。
脳内データベースにおばあちゃんの知恵袋フォルダでもあるんですか?
***
ドクターは自分の部屋に引きこもって発明を始めましたし、KJ001号は台所で洗い物とお夕食の仕込みだそうです。
ようやく平和な平日が帰ってきましたよ。
まったく、これ以上ボクの心労を増やすのはやめてほしいのです。
KJ001号の絶対防御システムがあれば家への被害はほぼないとはいえ、騒音が迷惑なので、屋内銃撃戦は勘弁してください。
ただでさえドクターが不審だと評判悪いのに、クレームが来たらどうしてくれるんですか。このままじゃご近所トラブルへと発展待ったなしです。変人、変態、変質者に加えて『騒音おじさん』の称号を得てしまいますよ。
ちなみに我が家はドクター曰く、天才・平賀源内が密かに遺したというウン百年ものの日本家屋。
いろんな理由(主にドクターの発明と破壊)でしょっちゅう壊れるので改装は何度もしていますが、防音レベルは下の下。ちょっと家の前を通れば丸聞こえの筒抜けです。
プライバシー厳守の個人主義的な現代社会はどこへやら。ついでにいうと冬は寒いし夏は暑いし、すぐ蚊が入るのです。
ボク、あいつ嫌いなんですよね〜。耳元で飛ばれちゃ、おちおちお昼寝もできませんよ。
「くそう、破壊兵器のくせに家の中を好きにうろつきおって。いちいち目に入るのが気に入らん……」
家庭内パトロールついででドクターの部屋に寄ってみると、なにやら呪詛をブツブツ呟きながら新しい爆弾を造っている最中でした。
目に入るのが気に入らない?
ドクターのこじらせた趣味を詰め込んだっていうのに、外見が気に入らないんです? 金髪美女なのに?
「完璧すぎる」
あ、はい。
「完成品がウロウロしていると落ち着かん。完璧にできてしまった物ほど、即壊したくなるんだ。だのに、なんだあれは! 防御機能が優秀すぎてまったく壊せん!」
そりゃー、そういう目的で造ったんですし。
「しかも美人で飯は美味い。胸も無駄にでかい」
のろけかな?
うん、よかったじゃないですか。モテないなら自ら造る! 潔すぎて、ドクターは非モテの希望の星になれるのです。
「だが、それでこそ壊しがいがあるというものだ! どんな手を使ってでも破壊してやるぞ! 最強であるKJ001号を壊したとき、私はまた天才・平賀源内にまた一歩近づくのだ!! ふははははは」
……完全に、当初の目的から迷走してますよねぇ。
まあ、ボクもまだKJ001号を正式に認めたわけじゃありません。
無表情で、不愛想で、いつボクの立場を脅かしてくるか油断ならないですよ。
一度、探りを入れてもいいかもしれませんねぇ……。