学園編9
あのウィッチを倒した日以来、俺の体は変調をきたしていた。
数日、高熱にうなされたかと思えば、ある日にケロっと治っていたり、とにかく安定しないのだ。
そのため学園へ登校できない日々が続いていて、かれこれ2週間は休んでいることになる。
学園ではもっぱら俺が自分の無能さを恥じて辞めてしまったのでは?という噂が流れ始めているらしい。
時折、あまり親交のない級友が部屋を訪ねてくると思ったらそういうことか……。
「うーん、今日も良い体調だ!」
二日連続で体調が良くなることは初めてだったため、朝から妙にテンションが上がってしまっていた。
人間、何気ない日常を取り戻すことが一番嬉しいものである。
学園は全寮制なので、朝食は決まった時間に食べるのだが、風邪っぴきの俺は、この2週間、みんなが登校した後にこっそりおかゆなどをもらっていた。
久しぶりにがやがやとした食堂で食べる朝ごはん……何て幸せなんだろう。
「あれ?トッドじゃないか?もう体調は良いのか?」
俺が朝食のスープに手を伸ばしたとき、アンディが朝食のトレーを持って向かいの席に腰を下ろした。
アンディはクラスこそ違えど、同じポンコツ同士の誼で仲良くなった、俺の学園唯一の友達と言える存在だ。
学園を休んでいる間は主にアンディから学園の情報をもらっていた。
「しかし、2週間も風邪だなんて、聞いたことないよ。呪われてるんじゃない?」
冗談だと思うが、アンデッドを討伐した後だっただけに笑えない冗談だった。
「そうだ、ロバート王子の話、聞いた?」
「ん?何それ?」
ロバート王子はこの国の第一王子だ。昔、何度か顔を合わせてことがあるが、なんというか、怖いもの知らず、という言葉がぴったりのやつだ。
年は俺達と同じで学園にも通っているはずだが、特例が認められて、既に2学年に進級している。
「そろそろ、本格的に『勇者招来の儀』を行うかもしれないって噂」
「あぁ……」
ヨーラシア大陸ではそれこそオリオールが王国として成立する以前から、異世界から勇者を召喚するという儀式が行われている。
それはまだ、以前は魔王と呼ばれる存在がこの大陸を支配していたことも大きな要因だが、召喚された勇者が、新たな技術をもたらし、大陸全土の発展に寄与するとされてきたからだ。
だが、200年前、そのときに召喚された勇者たちは魔王を討伐したは良いが、その報酬を巡って争いあい、挙げ句、各国を散々荒らしまわったあとで自分の世界へ帰っていってしまったのだという。
それ以来、勇者を召喚する、という儀式は禁忌とされ、どの国も行わなくなってしまった。
そんな古の儀式にすがらなければいけない程、オリオールの状況は逼迫してているという事なのだろう。
大体、聞くところによると、ゴルティコバとの戦は負け続きで北方の領土は随分と刈り取られたらしいので、それも無理もないのかもしれない。
「なんだよ、反応薄いな。見てみたくないか?勇者?」
「うーん……微妙」
「微妙ってなんだよ」
「大体、俺達の世界を他の誰かに救ってもらおうって、そもそもの考え方が嫌いだから」
「トッドって変なところで真面目だよね」
「そうじゃない。例えばアンディがどこかこことは別の世界に行ったとして、救いたいと思うか?」
「僕にはそこまでの力はないからなぁ」
「力のあるなしじゃないよ。帰る場所があるのに、自分とは無関係の事に首を突っ込みたがるお人好しがどれだけいるかな?って話」
「それは……うーん、そういわれると微妙かも」
アンディは何となく納得したようだ。
もし、仮にロバート王子が儀式を実行に移すとしたら、他の国が黙ってはいないだろう。
そんなリスクを承知で国王が許可するのも考えづらいような気がして、そのことはそこまでで考えるのをやめた。
「アンディ、誰かと飯食うのってうまいな」
**********
2週間ぶりに教室のドアを開けると、級友たちの視線が休む前に比べると幾分、温かくなっているような気がした。
それは、もはや俺が軽蔑する対象ではなく、悲哀の精神で接すべき対象になってしまったのではないかと、と勝手に分析していた。
「あれ?トッド君、辞めたんじゃなかったんだね?」
だけど、この男は相変わらずである。
朝教室にきてキースに絡まれるのは、最早、俺の日課なのだろうか。
っていうか、こいつ俺の事好きか?
「おはよう、キース。相変わらず格好いいね」
「お、おう……」
務めてさわやかに返すと、キースは若干ひきつった笑顔でそれ以上、言葉を返してくることはなかった。
キース対策はもうばっちりかもしれない。
俺が教室へ入った後、一瞬ひそひそ話が流行になりかけたが、今や元の喧騒を取り戻し、皆一様に世間話に花を咲かせている。
「おはよう。トッド」
「おはよう」
隣の席の幼馴染との挨拶が無性に懐かしいものだった。
それもそのはず、寮は男子寮は女子禁制、女子寮はその逆なので、こうして顔を合わせるのも久しぶりだ。
「もう体は大丈夫なの?でね、この間、ロイさんと魔物退治に行ったんだけどね、ついにロイさんに討伐数で勝てることができたの!そしたらロイさんなんて言ったと思う?あとは女性としての魅力があれば、申し分ないんだけど……って。ひどくない?そりゃ、確かにロイさんは綺麗だし、胸も……私より大きいし、勝てないのは分かってるんだけどさ」
どうどうどうどう。
やばい全く話が入ってこない。この人今なんのお話してるの?
狩りに行って、それで、ロイに勝ったらおっぱいが大きくなったって話?
あまりのマシンガントークに俺は頭が真っ白になってしまった。
「ハンナ、はしゃぎすぎ」
ハンナの後ろに立っていた女生徒がその頭を小突いた。
えーと……そうだ、確かレッドグレイヴのところのお嬢様だ。確か、ラフィとか言ったっけか。
「ごめんね、トッド君。ハンナったらあなたが休んでる間、ずーっとあなたの話ばっかりしてたもんだから爆発しちゃったみたい」
「ちょっとラフィ、黙ってようか?」
ハンナは片手でラフィの頬を鷲掴みにすると、その口をふさいだ。
なんだ、俺の話ばっかり、って、こいつも俺の事好きか?
「あ、やばい!そろそろ着替えないと!中間試験始まっちゃうよ」
見るといつの間にか、さっきまでこの教室にいたはずの級友が誰一人としていなくなっている。
ラフィとハンナも急いで鞄をしまい、すぐにでも教室を出ようとするが、俺は微動だにできず固まってしまった。
あの……中間試験……とは?何ですか……?誰ですか……?