学園編4
朝、教室へ入った俺を見るクラスメートの目はこれまで以上に冷たいものだった。
「トッド君、良くこれたね」
「あれだけキース様に打ちのされておいて、平気な顔でやって来れるその精神力だけは見習いたいね」
そんなクラスメートの視線を敏感に感じ取ったのか、意気揚々と絡んでくるキースとその取り巻きに、余計に頭が重くなってくる。
「魔法もダメ、剣もダメじゃ、アルメリア卿の跡を継ぐには役者不足かもしれないね」
「うるさいな、ほっとけ」
「アルメリア卿も頭が痛いだろうなぁ。一人息子がこんな有様じゃ」
「お前こそ、俺に勝てたくらいで良い気になるなよ」
負け犬の遠吠えここに極まれり。
話を早く切り上げたいあまりにもダサい発言をしてしまったが、幸い周りにはこの不毛なやりとりに聞き耳を立てている者などいなかった。
そうこうしているうちにハンナも教室にやってきて、いつも通り隣の席につく。
するとキースはもうこちらに興味をなくして、今日も元気にナンパをかますのだった。
この国の男性には脳が下半身を支配する者と、下半身が脳を支配する者に大別されるという話を聞いたことがあるが、キースの場合は明らかに後者なのだろう。
俺は出来るだけ前者でありたいと常々思っている。
「ハンナさん、今日こそは俺に付き合ってもらうよ?」
ともかくまあ、前日にボコボコにされた身としては、キースの邪魔しないよう、できる限り風景と化してやり過ごすしかなかった。
ハンナはと言うと目すら合わせずどこか遠くを見るような表情をしている。
「そんなに言うなら、今度は私と勝負する?」
「君と?いくらなんでも冗談だろう?」
「さあね……私、自分より弱い男は嫌いなの」
真っすぐこちらを見て言わなくても良いと思う。
わかってるよ、このヤロウ。
「……わかった、そこまで言うなら、試合してやろう」
目を合わせないハンナに対して苛立ちを抑えるようにして、キースは提案を承諾した。
「おい、キース本気か?相手は女だぞ!?」
取り巻きの方が取り乱すが、少しも前言を撤回する気はないらしい。
「なぁに、少しばかり痛い目に合わせればすぐいう事を聞くようになるさ。この際、たっぷり可愛がってやればいい……」
そう言ってにやけ顔を浮かべるキースを見て、これまで見たどの人間よりも悪役顔がうまいと感心してしまうのだった。
かくして、ハンナとキースの決闘は、お昼過ぎに正式に行われる運びとなった。
キースの腕は昨日闘った俺から言わせてみても見事なものだった。長い手足を生かした剣捌きを体格差のあるハンナが受けきれるとはとても思えなかった。
ただ、ハンナのあの自信ありげな挑発と、アリントン卿の指南を受けていた、という事実を聞いてしまったため、実はもしかすると、という気持ちも芽生えている。
そんなことを知る由もない観客の大半は、このときキースの勝利を疑うものなどいなかっただろう。
そして大方の予想は覆されることになる。
先に仕掛けたのはキースだった。
ハンナの剣が届かない距離から、左右上下、あらゆる死角から連撃を繰り出していく。
ハンナは防戦一方で、なんとか連撃を捌ききるので精一杯といった様子だった。
「守っているだけじゃ、勝てないよ。そら!もう少しスピードを上げようか」
キースは連撃の速度を一段、加速する。ギリギリで防戦していたハンナも剣圧に耐えられずジリジリと後退していく。
キースは余裕をにじませながら、徐々にハンナを追い詰めていく。
「これなら、昨日のトッド君とあまり変わらないなぁ。避けていた分、彼の方が上手かな?」
その瞬間だった、先程までキースの連撃の渦中に閉じ込められていたはずのハンナの姿がキースの視界から、いやその様子を見守っていた全ての者の前から消え去ったのだ。
「えっ?」
「だれが、トッドより弱いって?」
気付けばキースの喉元には剣先が突き付けられていた。
「え?」
誰もがハンナの動きを追うことはできていなかった。そして目の前で起きた光景を誰もが信じられないという目でみていた。
「これで終わりにする?まだ、本気じゃないんでしょ?」
安い挑発だが、キースを激高させるには十分だった。
「上等だ、やってやろうじゃないか!傷物になっても後悔するなよっ……!」
再び対面した二人は静かににらみ合い、そして、またしてもキースが先制をかける。
今度は先程とは比べものにならない速さから連撃が繰り出される。が、頭に血が上っているせいか、その連撃はひどく単調になっているようだ。
ハンナは余裕のある表情でその連撃を一つ一つ適格に受け止める。そして、防御の姿勢を利用して体を反転させると、勢いそのままにキースの剣を叩き落とした。
「確かに、早いし長いけど……雑ね」
そうして、キースの喉元に再び剣先が突き付けられた。
激高していたはずのキースの顔は青白く、信じられないものを見たという表情をしていた。
「ば、化物め」
それは精一杯の皮肉だろう。それほどまでのハンナの剣捌きは常軌を逸していた。
昔の彼女を知る、俺でさえ、驚嘆する以外になかったのだから、それを知らない他の者からすれば、まさに化物、としか表現しようがあるまい。
「弱すぎる。あなたでは私の剣の錆になるだけだわ」
膝から砕け堕ちるキースを認めて教官はジャッジを下した。
「勝者!ハンナ・ウォーターハウス!」
状況が呑み込めずにいた観客たちもそれを受けて、次第に歓声を上げた。
「ハンナ様、なんてお強いの!私あれほど華麗な剣は初めてみましたわ!」
「キース様もだらしがないわね。私はハンナ様に守ってもらいたいわ」
歓声の殆どが黄色い声で、男たちはみな一様に蒼白な顔をしているだけだった。
同性として彼らの気持ちは痛いほどに分かる。まさか自分より強そうなのが女がいるとは思ってもみなかったのだろう。
この日以来彼女の周りから男の影は消え、百合の花が咲きそうな空間が広がったことは言うまでもない。