学園編3
寮で夕飯も済ませた後、父の屋敷を訪ねた。
父は王の右腕となってから王城の傍に屋敷を構えることを許されていた。
アルメリア領は王都からほど近いとは言え、実質政務や軍務の最高責任者となっている父にとってはそこに帰る時間すら惜しいのだろう。
ただ、地方にも頻繁に飛び回っており、傍目から見ても殺人的なスケジュールをこなしている父が、今日屋敷にいるかどうかは賭けだった。
幸い、執務室にいるとメイドの一人から聞き、早速、そちらへ向かう。
「父上、話があるのですが……」
ノックをしてから扉を開けると、父は手前の椅子に腰かけ、奥には一人の男性が座っていた。
どうやら来客に合わせてしまったようで、返事を待たずに入ってしまったことは大きな失態だった。
「トッド、ご客人だ、今は控えてくれ」
父の声には若干の怒気が含まれていた。
気が重くなるが、仕方がない、後で出直そう。
「申し訳ありません……失礼しました」
そう言って一度開いてしまった扉を再び閉じようとしたとき、奥の方から声がかかった。
「ちょっとお待ちを!……もしや噂に聞くアルメスト卿のご子息ですか?」
声の主は、丁寧に装飾の施された衣装を身にまとい、この国では珍しい黒髪を短くそろえていた。
顔も端正で男の俺から見てもイケメンと呼ばれる類だろうということは分かった。
――しかし、噂とは何の噂だろうか……まさか学園での体たらくが既に父のような高官達のところにまで届いているのだろうか。
そう思うと背筋に冷たい汗が伝わるものがあった。
「……如何にも、私がトッド・ウィリアム・アルメストです」
閉じかけたドアを再び開き、深々と一礼した。父の客人は大体が政府の要職につくような人物だ。これ以上失礼を重ねるわけにもいかない。
「おぉ!これは、お目にかかれて幸栄です。私はギルバート・デ・アリントンと申します」
アリントン卿の名前は耳にしたことがあった、近衛軍の副長を務めているような人物だ。近衛軍は王の直轄部隊ということもあって、この国随一の実力を誇る。
近衛軍団長を務めるスーシェ卿は殆ど現場の指揮から離れているという話もあり、実質的にはアリントン卿がこの国で最強の戦士だと目されている。
「お初お目にかかります。アリントン卿の噂はかねがね……」
束の間、品定めをするようにこちらを眺めていたアリントン卿は、次に納得したように首肯した。
「これは噂に違わぬお人のようですね、アルメスト卿」
「……いや、これは少し問題を抱えていてなぁ」
父はあの日以来、まともに剣が振るえなくなっている事も勿論知っている。魔法には疎い父のことだ、問題とはやはりそのことを差しているのだろう。
「その、問題のことでお話したかったのですが……」
客人の前で長々と話をするのは失礼にあたるが、まぁこれぐらいは伝えておいて損はあるまい。
「ん?あぁ……」
聞いていないのではないかと思う程、適当な相槌を打たれたと思ったが、父は思いがけない提案をした。
「そうだ、アリントン卿、少しばかりこやつの面倒を見てくれんか?」
「私が……ですか?」
「あぁ、セドリックの娘も指南したのお主であれば、適任ではないかと思ってな」
ハンナがアリントン卿の指南を受けていたのは初耳だった。
しかし、そのことを置いておくとしても、流石に今のへっぽこ状態のまま、最強の戦士の指南を受けるというのは腰が引ける。
「父上、あまり無茶を言っては……」
「……わかりました。私の指南は少々手荒ですが、問題ありませんか?」
「はっはっは!全く問題なし!よろしく頼む」
当人の意思を介しない不愉快な大人達の相談は、かくして決定してしまった。
だが、ハンナと交わした約束もある。腹をくくるしかないようだ。
「早速、明日の学園が終わりましたら、王城に来ていただけますか?」
「明日!?」
流石に性急すぎる、いや、こちらとしてはありがたい限りだが、いかんせん、心の準備がなぁ。
「トッド殿が抱える問題、とやらはよくわかりませんが、早く解決したいのでは?」
端正な顔立ちからウインクを送られ少しだけドキッとしてしまうが、どこまで見透かされているのか、少し不安になるような気もした。
「よろしく、お願いします……」
もはや承諾する以外の選択肢は用意されていなかった。