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学園編2

5年程前まで、ハンナと俺は殆ど毎日のように一緒に遊び歩いていた。

その頃、ハンナは何故か剣の稽古にドはまりしており、俺は幾度となく彼女の稽古の訓練に付き合わされていたのだ。


その時はまだ彼女の方が背も高く、俺は負けっぱなしの日々を送っていた。


そんな俺が一度だけ彼女に勝てた日がある。


その日は快晴だったが、前日の酷い雨の影響で地面は柔らかく、至る所に水たまりが出来ており、外で走り回るには適していない日だった。




「こんにちは!」


「あら、ハンナ様、いらっしゃいませ。トッド様はすぐお呼びしますね」


ハンナの声は良く通った。2階の自室で勉強に励んでいても聞こえる程だったので、わざわざメイドが呼びに来る前に客間へと赴いた。


「今日は剣の稽古をしましょう」


「えーまたー?」


剣の稽古の頻度は日に日にまし、この頃は3日のうち2日は剣の稽古という調子だった。

流石に辟易としていた俺は非難の声を上げたが、彼女が俺の意見を聞いてくれる日なんて1日たりともなかった。


結局稽古場へと連行された俺は、渋々、彼女の相手を務めるしかなかった。


一足一刀の間合いをとり、ハンナと相対する。いつもやられている俺だが、先に動くのはいつも俺の方だった。


「ていやー!」


「くっ……」


俺の初撃をハンナはやっとという感じで受け止める。

いつもなら、すかさず反撃を受けるところだ。それが受け止めるので精一杯という反応に少し面食らってしまい、そのまま追撃することは叶わず、すぐに体勢を立て直されてしまう。



その後、何度か打ち込むがハンナは変わらず防戦一方で、俺は終始優勢にことを進めていた。


ここで彼女の変調に気付くことが出来れば、救われていたのかもしれないが、当時の俺は自分が強くなったのだと勘違いをし、調子に乗ってしまった。


「どおりゃー!」


どうせ受け止められるからと、脇腹をめがけて剣を全力で振り下した瞬間だった。


目に映ったハンナは、虚ろな表情のまま、既に剣をその手につかんでいなかったのだ。

だが、まさに振り下ろさんとする両腕を止めることはできず、俺の剣はハンナの脇腹へとまともに直撃した。


「カハッ……」


ハンナは数刻して血を吐きながら地面へ倒れ込んだ。

あまりの事態に状況を飲み込めず、俺はただただその場で泣きわめく事しかできなかった。


泣き声に気付いたメイド達が修練所にやってくると、倒れたハンナを見て大慌てで救護室へと運んで行った。

救護室へ運ばれたハンナはかなりの高熱だったそうだ。


俺の振るった剣は何本かの骨にひびを入れたようだが、後遺症を残すような大事には至らなかったのは不幸中の幸いだろう。


この夜、母と父にこっぴどく叱られ、後日ウォーターハウス家に正式に謝罪を行くこととなった。


ハンナの父、セドリックは全く怒る様子もなく、寧ろ娘が迷惑をかけてすまないとまで謝ってきた。

復調したハンナ自身もまた、大ごとにしてしまってすみませんと苦笑いを浮かべるだけだったのだ。


自分勝手な言い方になるが、それがまた、当時の俺にとっては苦痛で、せめて彼女や彼女の両親が責めてくれればいっそ楽だったのかもしれないと今にして思うことがある。



それから彼女と少しだけ距離を取るようになった。


以前ほど遊ぶ事もなくなったし、剣の稽古に関してはそれ以来、彼女とはただの一度も行ったことはない。



そして今でもなお、剣を人に向けて振るおうとすると、そのときの、虚ろな表情のハンナに対して打ち込んだ剣の感触がフラッシュバックして、寸でのところでは何もできないのだ。



だけど、そんなのは言い訳だ。

それも含めて俺の弱さであることに変わりはなかった。


本当のことを言ったところで、きっとこいつは自分の責任を勝手に背負ってしまうのだろうから。


「私のこと、馬鹿にしてるの?」


じっとこちらを見つめながら、少し怒ったような口調だった。


「どれだけ、トッドと一緒にいたと思ってるの?あんなものじゃないことは私が一番よく知ってる」


一番よく知ってるか……どれだけ自信があるんだ、そんなことに。

そもそも知っているのは5年前の俺だろう。


「買い被りすぎだ」


そう返すのが精一杯だった。


「大体、トッドは昔から嘘が下手だから……」


寂しそうにつぶやく彼女に言い返す言葉は今度こそ見つからなかった。



「決めた!」


ハンナはおもむろに立ち上がると、真っすぐとした瞳で見つめてきた。そうして腰に備え付けた短刀をおもむろに引き抜くと、もう片方の手で後ろ髪をまとめ採り、手にした短剣で1/3程をざっくりと切り裂いたのだった。


「なっ!」


突然の幼馴染の凶行に俺はただただ唖然とするほかなかった。髪の毛は女の命と等価であるとされている。

それを1/3と言えど無邪気に切り裂くのは、命を削る愚行に等しい。


「何してんだお前!」


「私にだって責任はある。トッドの痛み程じゃないだろうけど……私だけ何もなし、じゃフェアじゃないわ」


何をそう考えたらそんな結論に至るんだ。昔からこいつは考える事がちょっと短絡的すぎる。これは俺が背負うべき責で、ハンナに落ち度など何もないのだ。


「いや、だからって髪を切ることないだろ」


「髪くらいなんでもないわよ」


そう言って、彼女はポケットから髪留めを取り出すと、後ろ手に髪を1つに束ねた。


「これなら、そんなに変じゃないでしょ?」


「いや、まぁ可愛いけど」


髪をおろしていたときの雰囲気とはまた違い、彼女の活発さを前面に出したような可憐さを醸し出していた。


「……ありがと」


ハンナははにかみながら、耳を赤くして俯いてしまった。


ハンナはなんでもない、と言ったが、手入れの行き届いたあの長い髪を思い出すと、それが嘘であることは明白であった。



嘘をつくのが下手なのはお互い様だな。


ハンナの行動は驚いたが、内心では嬉しかった。そしてひどく申し訳がなかった。

俺も前に進まなければいけない。


「もう少しだけ待っててくれるか?」


そう言ったとき、ハンナの顔にようやくいつもの明るさが戻った気がした。


「うん!」

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