学園編1
「そこまで!勝者、キース・ウエストランド!」
試合の終了を告げる、審判が下った。
成り行きを見ていた観客からは勝者へ称賛の声が贈られる。
「さすがキース様!名家のご長男だけあって見事な剣の腕だ」
「あぁ魔法の腕も大したものだったが、剣の腕も見事なものだ」
「それに比べて……」
そして……それと同じように敗者には侮蔑の言葉が贈られる。
「あれが王の右手……アルメスト家の長男?」
「魔法もからっきしだし、ありゃ駄目だな」
「ダグラス様は優秀な方ですが……やはり、平民の血ということですね」
好き勝手な事をいう野次馬に嫌気がさすが、すでに体は言う事を聞かず、伏せっていては反論の一言すら叶わなかった。
父、ダグラスはこのオリオール王国において平民から成り上がり、遂には王の右腕となった偉大な英雄だ。
しかしながら、既得権益を有する貴族階級の選民意識は根強く、平民上がりの父に対して批判的な意見が多いことも事実だった。
そんなところに剣も魔法もまともに扱えない、無能な息子がいるとなれば彼らの恰好の餌食となるのは至極当たり前のことだろう。
ちなみについ先日行われた魔法の試験で俺は一切の適正がなく、落第の印をつけられたばかりである。
この世界には4つの元素、火、水、風、土を司る魔素があり、大体どの人間もどれかしかの魔素を使う才能が眠っている。
俺には一応、火の魔素を操る才能があることまではわかったのだが、それでも起こせるのはマッチの火程度。
魔法の試験では鉄鍋で料理が出来る程度の火力が出せなければ、最低の単位すらもらえないのである。
そんな感じでちょうど、こいつ無能なのでは?疑惑がかかっていたところに、この体たらくなので、晴れて本当に無能だという事が証明されてしまったのである。
「すまないね、トッド君。君がこんなに弱いとは……てっきりアルメスト卿のご子息だけあって、もう少し強いのかと思っていたよ。余程手加減するべきだったね」
顔は見えないが、その声色からキースが喜々とした表情が瞼の裏に浮かぶようだった。彼は非常に素直な男だ。嫌味すら包み隠そうとはしないところは正直少しうらやましいと思う程だ。
「血というものは残酷なものだな。これだけ才能に差が生まれるんだから」
前言撤回。やっぱりちょっと皮肉が過ぎるかもしれない。
「大丈夫か?」
倒れ伏したままの俺に向かって審判を務めていた教官が声をかけてくるが、手を持ち上げて問題なしのサインを送るだけで精一杯だった。
しばらくしてキースや観客は室内へと切り上げていったのか、先程までの喧騒はなくなっていった。
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何故こんなことになってしまったかというと、事の発端は幼馴染の一言だった。
ハンナ・レベッカ・ウォーターハウスはウォーターハウス家の長女で、端正な顔立ちはもとより、腰まで伸びた美しいブロンドの髪と、キリリとした赤い瞳で男女を問わず絶大な人気を誇っていた。
そこに加えて、彼女の家柄、ウォーターハウス家は代々この国の軍部を支える名家の一つでもあるのだから、最早死角なし、という感じだろう。
そんな彼女にはしつこく付きまとう男も多く、キースもその中の一人だった。
今日も今日とてキースにナンパされていたハンナは、いい加減しつこいと思ったのだろう、キースに対してこんな一言を突き付けてしまう。
「まずはトッドに勝てたら考えてあげる」
何故、彼女が俺の名前をわざわざ出したのかは分からないが、仮に幼馴染の誼だとしたら本当にいい迷惑だった。
怒ったキースは植物のようにそのやりとりを眺めていた無害な俺に向かって決闘をふっかけてきたのである。
魔法師養成機関ゼフィランサス。この国唯一の魔法師を養成し、通称”学園”と呼ばれるこの機関では生徒同士の決闘が認められている。
それは、今やこの機関が単なる魔法師の養成にとどまらず、武術、学問も含めた包括的な教育機関として成り立っており、この国の多くの貴族の子供達が学園へとやってくるのと密接にかかわっている。
貴族文化の中では互いの争いごとを代理人の決闘で決める事も多く、その流れを受けて、生徒同士の争いごとを当人同士の決闘によって解決することを認めたのだ。
しかしながら、あくまで教育機関の立場である以上、かならず決闘には立会人として教官が同行し、試合の勝敗は教官が判定するといった独自のルールは設けられていた。
そして、基本的には決闘は余程の理由がなければ申し込まれた側が断る事はできない。
結果として、勝ち目のない決闘試合への参加を嫌々強制させられた上に、ボコボコにやられてしまったというわけである。
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倒れ伏せたまま何十分くらいたっただろうか。
「大丈夫?」
聞き馴染みのある声が頭上からかかった。
体を少し動かしてみると先程までの痛みは残っているが、動けない程ではないくらいには回復していた。
「ふぅー……」
大きく息を吐いて体を起こすと、声の主の方に向き直った。
「派手にやられたね」
「派手、というよりは無様に、ね」
ハンナは躊躇なく棘のある言葉を返してくる。
「誰のせいだと?」
「何よ、この前の魔法試験の汚名を返上させてあげようと思ったのに」
「おかげで汚名挽回できました!ありがとうございます!」
有難迷惑も良いところだったが、まぁ善意でやってくれた事ならば、これ以上責めることはできない。
「こんなところに居て良いのか?残念ながら俺の地位は地に落ちたぞ」
貴族社会で成り上がるのは大変だが、落ちぶれるのは簡単だ。悪評が立てば、すぐにはつまはじきにされる。
醜態をさらした俺と一緒に居るところを見られても、百害あって一利なし、だろう。
「そんなこと、何か関係があるの?」
事もなげに言うが、それはこいつが世情に疎いか、あまり関心がないだけだろう。
普通、貴族というものは世間からの評判を最も大事にするものだ。
「ねぇ、トッド。もしかしてまだあの時のことを引きずっているの?」
そのくせ、こういう事には鋭いのだから嫌になる。
だけど、俺はこいつにだけは嘘をつき続けるのだ。
「……そういう訳じゃない。俺が、弱いだけだ」