第九十話:磔刑鼠の処刑場
さて、やることは決まったのであとは行動と行きたいところなのだが問題は山積みである。
具体的に目下最優先でやらないといけないこと、それは……食料の確保である!
「いやな、本当は明日とか明後日あたりが決行日だったんや。だからそういった準備をこっそり進めてたんやけど、何があったか今日いきなり開始ってことになってなぁ。ほんま困るわ」
「上の人間の思いつきで下の人間が苦労するのはどこも同じだね~」
そう、避難した建物はそれなりに頑丈ではあるものの、備蓄がほとんど無いのだ。
これで人質に何かあったらどうするつもりだったんだろうね、ほんと。
というわけで、動ける人員である自分らが出てきたのであった。
「……今思ったんだけどさ、別に俺は来なくてよかったんじゃないかな?」
「何いうてんねん! あんさんが見張りをせんかったら裏切るかもしれへんで!?」
「それは言外に一緒に来ないと裏切るって意味だよね!?」
というわけで俺・无题もとい犬走・鈴黒・鈴銀の四名が食料調達チームとなったわけである。
あとはまぁ食料以外にもなんか道具とか色々と運ぶ予定である。
なんせ武器とかなんもない状態だしね!
素手でどうにかなるのはアクション映画のラストシーンだけである。
「武器といえば、コード・イエローラビットの人達が持ってるスタンバトンじゃやっぱ威力不足?」
「そもそも対人向けやからな、外来異種を相手にするにはちょいとキツイと思うで。それにワイらのジャケットあるやろ? これ絶縁処理されとってな、他の奴らに向けるなら肌が露出しとる首とか狙わなアカンで」
「……なんか最初から裏切りを想定してそういう武器を渡されてたんじゃって気がしてきたんだけど」
いやまぁ同士討ち防止のためかもしれないけどね。
「裏切りもなにも、ここまで知っとる奴らはおらんで? 作戦についても外来異種が脱走するから重要人物を守って救助にきた人らに引き渡せっちゅうくらいやで。まぁ相手は中国軍の軍服着たテロリストなんやけどな」
「それなら説得したら人質を簡単に解放してもらえるんじゃない!?」
キーカードを守ってるガーディアンもといビックリ超人はともかく、普通の人らは話し合いで解決できたら最高だ。
なんなら味方になって、俺の代わりに戦ってくれるかもしれない。
「常識的に考えてみぃ。こんな非常時に『実は世紀の大犯罪の片棒を担いどるんやで!』って言う奴がおっても信じんやろ?」
「確かに。しかもそれを言う奴の顔も胡散臭いし」
俺の場合は、まぁ色々なことがあってそういうのを受け入れやすくなったというのもあるし、あの涙を流した顔を嘘だと思いたくなかったのかもしれない。
いやまぁ今は結局胡散臭い顔になってるから、ちょっと裏切るかもって思ってるけどさ。
「そうそう、他の面子も知ってることといえば腕章についてやな」
犬走がそう言って俺の腕についている灰色の腕章を指差す。
なんかこれに大きな秘密でもあるのだろうか。
「浚う人間にも優先順位があってな、赤色は患者やから絶対に無傷で確保。本音は人質として一番使いやすいからや」
確か未来ちゃんは赤色の腕章だっけ。
そういう点では安全が確保されていると安心していいのかな。
「次に黄色の腕章、逃げたりしたら少しくらいの怪我はかまへんから捕まえろって言われとる。まぁ大事な金蔓もとい人質やからな」
「……灰色の腕章は?」
「どうでもええ、もとい死んでもええ人質。冗談抜きで本気で襲ってくるで」
つまりこうやって外にいるのがバレたら捕まるどころか殺される可能性もあるのか。
帰りたくなってきた、帰れないんだけど。
というか地上も地獄具合はわりと負けてない、誰か助けて。
そんなことを話しながら手頃な飲食店のバックヤードに入り、食料をかき集める。
「こらこら、あんちゃん。そんなの持っていってどうすんねん」
「だって、だって! 俺もなんか良いもの食べたいんだもん!」
冷蔵庫にあったフグを持ち帰ろうとしたのだが、犬走に止められてしまった。
「あんなぁ、せめてもうちょい日持ちするもん選べや。ほら、高級キャビアの缶詰とかどうや?」
「キャビアってイクラじゃん」
「ブチ殺すでほんま」
というか食ったことないから美味いのかどうか知らないし、それなら食べたことがあるフグの方がいい!
こういうところに卸されてるやつなら無毒化されてるから大丈夫なはず。
まぁ毒見は犬走にやらせるから毒があろうとなかろうとどっちでもいいのだが。
「ほな台車にドンドン積んでいくで。ほら、そこいつまでも未練がましく眺めとらんで手伝いや」
「うぇーい……。でもこんな一気に持ってく必要ある? 足りなくなったらまた取りにくればいいと思うんだけど」
「阿呆、ウチらが準備できてへんかったんやで? 他の奴らも食料足りとらんやろ。下手すると奪い合いが発生するで」
あー、それはまずいな。
閉鎖空間だから食べ物は外から入ってこないから限られてるからまるで有り物を巡ってバトルロイヤルだ。
最後の一人になるまで出られないとかがルールじゃなくてよかった。
ただし今現在、絶賛時間に追われている中で物資を確保しなければならない状況という。
補給物資が空から落ちてくれば……駄目だ、奪い合いからの殺し合いが起きる未来しか見えない。
人類はもっとお互いに愛し合ってくれ!
いやまぁ愛故に人を傷つけるとかもあるけどね、俺には全く関係ないからいいや。
「そういえばさ、食料はともかく電気は大丈夫なの?」
「ああ、それは心配いらへんで。ここ海底やのに道にマンホールあったやろ? あそこにケーブルが通っとってな―――」
そんなことを話しながら台車に食料が入ったダンボールを積んでいると、遠くから悲鳴のような声が聞こえた。
それも一つだけではなく複数だ。
咄嗟に体勢を低くして、調理場にあった包丁を手に取る。
鈴黒と鈴銀は床に伏せ、犬走はすでにスタンバトンを構えて周囲を警戒していた。
「声の種類が少ない……一方的な展開みたいやな。で、どうする?」
断続的に聞こえてくる悲鳴を聞きながら犬走が尋ねる。
"どうする"というのは今の内に逃げるのか、それとも様子を見に行くかという意味だろう。
「……本音で言えば今すぐアジトに戻りたい」
「つまり行くっちゅうことかぁ」
危険なのは百も承知だし、野次馬根性で見に行くとか絶対にろくでもない結果になるのも分かるよ!?
だけど危険な外来異種だったらどういうやつなのかを先に知れば有利に事を運べる。
それに襲われてるのが知り合いという可能性も考えられる。
結論、助けるかどうかはさておき見に行かなきゃいけない。
「あぁ~……キーカード持ってる三人の誰かがやられてくれればいいのに」
「ムリやって。そもそもワイらが束になっても勝てるかわからへん相手やぞ」
だよね。
というかあの人らも食料を必要としてるんだから、下手するとかち合うかもしれないのか。
それなら益々確認に行かないと。
そうして荷物をその場に置いておいて、渋々悲鳴のあった場所へと向かった。
近づくにつれて大きな衝撃や爆発音も聞こえてきたが、それもすぐに静かになった。
大きな交差点に差し掛かると、何台もの車が横転しており、いくつかは火の手も上がっていた。
「これまた随分と悪趣味なバーベキュー会場……」
人の焼ける臭いに辟易としながらも周囲を見渡す。
車から出ている火の側には、まるでモズの早贄のように人が串刺しになっており、まるで炙っているようだった。
「こ~れ~は~……また厄介なやつやな、"磔刑鼠"や」
ん~どこかで聞いたことがあるような、ないような……。
あっ、天月さんが酔ったときに言ってたやつか!
体毛が錐になったり刃になったりするらしいのだが、今の惨状を見るに錐どころか槍だ。
しかも上半分がなくなってる車もあるので、切れ味も抜群である。
じっと眺めているほど暇でもないので周囲を軽く見ていたら、後ろからえずくような声が聞こえた。
何かあったのかと思って振り返ると妹の鈴銀が青ざめた顔をして口元を抑えていた。
「え、なに? もしかして毒とかもあったりする!?」
「あんさんは、ほんまになぁ……。ほーれ、大丈夫やで鈴銀。ゆっくり落ち着いて口で呼吸するんや」
そう言って犬走が顔色を悪くした鈴黒と鈴銀の背中を優しくさする。
なるほど、こうやって女性を毒牙にかけてきたわけか!
「人が串刺しになって、さらに焼かれとるんやで? こういう反応せぇへんと逆におかしいで」
「いやまぁこんな仕事してたら見慣れるもんでしょ」
ヒトモドキを頭から潰したり、強力な酸で溶けたり、複数の猿になぶられて失血死したり、甲種に踏み潰されたり、神様の使徒って呼ばれてるやつが暴れて巻き込まれたり、俺なんかを庇って撃たれたり、牛みてぇのに轢かれたり、喉を切り刻まれたり、全身が植物になったり、生きたまま食われたり―――。
「ワイはまだしも、なんであんたがそんなもん見慣れとんねん」
犬走がわりとガチなトーンでそう言ってきた。
なんでって言われても、なんでだろうね?
「……"外来異種瀬戸際対応の会"の会長だから?」
「ワイの知っとるボランティアの定義がおかしなってしまうわ」
まぁ実際は秘密部隊みたいなもんだからね。
そんなところにいたらまぁ慣れるもんだよ、慣れたくなかったけど。
そして車がパチパチと燃える音で気付けなかった。
背後にまで迫っていた、大きな影を。
背筋から何かが這い上がった。
「走れやぁ!」
犬走の声で弾かれたように全員がその場から走り逃げた。
幸い車が遮蔽物になったおかげで距離を離すことができたが、後ろから何かが迫る音が近づいてくる。
好奇心に負けて少しだけ後ろを見る。
ハリネズミのようなものを想像していたが全く違った。
まるで狼のような毛並みでありながら、所々が刃物のような反りをしている。
そして大きさは確かに二メートルほどだが、それは全長とかそういうのだと思ってた。
違った、こちらに向かって走るその姿の状態で俺と同じくらいの大きさだった!
「何が鼠だよ! あの脚の短さくらいしか鼠要素ないじゃん!」
「あれを相手に随分と余裕がありますなぁ! 死体見慣れてる人ならあれの相手も慣れてんやないか!?」
「ばっきゃろぅ! 初見で初めましてサヨウナラだよ!」
しかも仕事道具も何もない状態でだ!
いやまぁ持ってても誤差だと思うけどね。
「あかん伏せろ!」
"磔刑鼠"が水を払うかのように身体を振ると、いくつかの細い毛がまるで矢のように飛んで来た。
声に反応して咄嗟に伏せたのだが、それでも左肩に一針刺さってしまった。
「いっでぇ! やべぇこれ死ぬの!?」
「あぁん!? 安心せぇ、ちょっと上っ面が貫通しただけや! ほいこれお土産にしぃや!」
犬走が走りながら左肩に刺さった長い針を抜いて手渡してきた。
よし、これでこちらに武器が手に入った!
「死ねぃ鼠風情がッ!」
助走をつけたままジャンプし、そのまま振り返ってやつの針を顔面に投げつける。
しかし投げた針は鼠の毛に邪魔されて刺さらず、そのまま地面に落ちてしまった。
攻撃されたことに怒ったのか、鼠はさらに荒ぶり毛の刃で周囲を切り刻みながら加速してきた。
「嘘つき! 嘘つき! あれなんでも刺さるって聞いてたのに!」
「矢を投げたところで刺さらんのと同じや! それより次の道で一旦分かれるで!」
そうして左右に分かれた道に来たので左側に向かう。
しかし、他三人は右側を選んでいた。
「オイィ!? こっち一人なんですけどぉ!!」
「知らんわ! いいから逃げぇ!」
やべぇこのまま"磔刑鼠"がこっちに来たら完璧に詰みだ!
と思っていたら、あっちは獲物が多い右側の道を選んだようだった。
ふぅ~助かった。
まぁあっちは三人いるしなんとかなるか、じゃあ帰ろう!
……で、アジトはどっち?
しまった、あっちこっち走り続けたせいで完璧に迷ったぞ。
取り敢えず他の外来異種が寄ってくる前に適当に道を走っていると、また事故現場に戻ってきてしまった。
そのまま通り過ぎてもよかったのだが、死体を炙られたままにするのもあれなので、全員から針を抜いて少し離れた場所に固めて置いておいた。
さて……思いがけず武器になりそうな針を見つけたがこれを投げたところで跳ね返されるのがオチだ。
そういえば"束ねれば刃になる"って言われてたけど、別に集めても鋭い針だよな。
何かしたら刃物になるのかもしれないが、その条件が分からない。
っていうか車の出火に囲まれてるせいでクソ熱い!
軽く手で汗を拭うと持っていた針の先端が縮み、他の針と結合したように見えた。
もしやと思いそれを地面に当てて軽く引くと、コンクリートの地面が斬れた。
なるほど、つまり水分が必要なのか。
けど針で串刺しにされていたやつがまとまらなかったということは、血では駄目ということだ。
だからといって自分の汗だけでこれを刃に加工でできるほど汗っかきではないし、これでそのまま切りかかったところであちらは刃の毛皮だ、通らない可能性も考えられる。
そうなると……とにかく水だ、先ずは水を確保しないといけない。
周囲の建物から拝借しようかと思ったが、どこもシャッターで閉まっているので入れない。
となると、他の水を手に入れるには……確か水を操る新世代の鈴銀がペットボトルの水を持っていたはずだ。
だけど普通に合流したら自分まで追われることになる。
壊れたマンホールが目に入った、これだ!
「うおおおおおい! スケコマシ! 返事してくれえええぇぇ!!」
「誰がスケコマシやねえぇぇん! こっちゃオスに追っかけられてんねんでえぇ!?」
自分の居場所を報せるように大声をあげると返事があった。
声が届かない場所にまで逃げられてたらどうしようもなかったが、これならなんとかなりそうだ。
「なんとかする方法があるから事故現場に戻ってきてくれえぇぇ! ついでに死体を目印にした壊れたマンホールがあるから! そこにありったけの水を入れてくれえええぇぇ!」
「ほんまやなああぁ!? 信じたで! 信じたからなあぁぁ!!」
よし、あとは先ほど集めた死体を分かりやすく配置して壊れたマンホールの中に入る。
ちょっと冷えてるがまぁ我慢できる範囲だ。
しばらくして、複数の足音が近づいてきたので準備する。
「こっちこっち! このマンホールを跳び越して逃げて!」
「なんかよぉ分からんが頼んだでッ!」
そう言って最初に犬走がマンホールの上を飛び越える。
次に姉妹が飛び越え、その際に水の塊が頭上に落ちてきた。
最悪ペットボトルごと落とされるかと思ったが、一番良い方法で水がやってきた。
俺は手に持っていた針の束に水をしみこませると、まるで最初から一つのものだったかのように一つに固まり、鋭い刃物へと変貌した。
そして丁度大きな足音がこっちへやってきたので、タイミングを合わせて刃をマンホールから出すとタイミングよく"磔刑鼠"の腹部に刺さり、そのまま走り抜けたせいで腹が真っ二つに裂けてしまった。
ハリネズミのお腹が安全であるように、こいつの腹もまた刃の毛で守られていなかったということだ。
"磔刑鼠"は勢いよく地面を転がったあとにしばらく痙攣していたが、すぐに動かなくなってしまった。
「おぉ、大金星やんけ! やったな―――」
犬走がはしゃぎながらマンホールに近づいてきてこちらに手を差し出そうとしたのだが、すぐに引っ込めてしまった。
「おいどうした、早く手を貸してくれよ。英雄の帰還だぞ」
「いや……その……そいつは、ちょう(少し)きついなって」
そう、マンホールの中から"磔刑鼠"の腹を掻っ捌いたことで、返り血が頭上から降り注ぎ、俺は全身が大変なことになっていた。
もちろんレンタルした高級スーツもである。
「なぁ、勝利のハグしようやぁ。俺達、仲間だろう?」
「すまんな、今日限りでコンビ解散や。一人で強く生きてくれ」
やはりこの男は信用ならなかった。
この顔は裏切る奴の顔なのだ。




