第八十一話:飲み会アフター
自然公園で使った花火を回収した後にフィフス・ブルームの本社に同行する。
ちなみに部外者なので待合室までしか入れない。
銃器とか置いてあるから仕方がない、ウチのビルも保管庫はガッチガチにしてるし。
しばらく待っていると、ビシっとしたスーツを着ているフィフス・ブルームの社長である天津さんが入口から入ってきた。
「やぁ、こんばんは荒野くん。ウチの仕事を手伝ってくれたんだってね」
「今の俺はフトシです、仕事は減りましたけど面倒事は増えました」
三十発の花火のゴミを探すのには苦労した。
今度からはロケット花火に糸をくくりつけて、どこに飛んだか分かるようにしておこう。
「フ、フトシ……? まぁそれはさておき、少ないけど手伝ってくれた御礼だ」
そう言って手渡された封筒の中には数万円が入っていた。
「もしかして、移籍金ですか!?」
「違う、そういうのじゃない。というかキミを引き取るのはちょっと問題が……」
ハハハ、問題ならちょっとどころか大分ありますよ。
なにせ今話題沸騰どころか圧力鍋で蓋をして揺れてるレベルですからね。
「色々と大変な時期だろうけど、それで今回のメンバーと一緒に食事でもするといい。それと、次から何かするなら事前に連絡をしてくれ」
「分かりました、連絡したら何してもいいんですね!」
「それだと事後報告になる……無茶なことはしなくていいんだ、無理なものは無理だと判断するのも仕事だよ」
そう言って天津さんは軽く苦笑いをしてビルの奥へと去っていった。
無理なものは無理だと判断かぁ~……中々に難しいものである。
というか富山の生物災害のときにもう無理なものを無理やり押し通してたしな。
あそこで諦めたらどうなってたんだろ?
あとイラクとロシア。
………まぁ考えたところで何か解決するわけでもないし別にいっか!
その後、着替えなどを終えて帰宅する二課のメンバーを誘って飲み会……ではなく、お薦めされたバーにやってきた。
ちなみに鳴神くんはまだお仕事らしい、駆除がメインの一課は大変だなぁ。
「すげぇ! ダーツとかビリヤードがある!」
「フトシさんはこういうの初めてですか?」
「斧とナイフ投げるところなら来たことありますけど、こういうのは初めてっすね」
「お、斧とナイフを投げるところのほうが珍しいんじゃ……」
まぁあっちのお店は投げるのがメインで、食べたり飲んだりするのがオマケというか、酒飲みながら斧投げるとか危険だと思うんだ。
取り敢えず料金については天津社長から貰っていたこともあり、自分が負担することに。
おかげで普段は食べられないメニューを頼めるといって片っ端から注文されたのだが、これ足りなかったら自腹になるんだろうか……。
まぁ外来異種の体液まみれにしたわけだし、別にいいんだけどさ。
それから自分は一時間くらいずっとビリヤードをやっていた。
決して領収書に追加されていく金額を抑えるためではない。
五連敗くらいした頃、フィフス・ブルームの女の人が声をかけてきた。
「すいません、フトシさん。ちょっと天月さんのところに……」
俺はもうフトシの呪縛から逃れられないのだろうか。
「天月さんがどうしたの?」
「いつもは貴腐ワインとフルーツを頼んでたんですけど、今日はカルーアミルクに挑戦してみようって……」
貴腐ワインってなんだろ、男同士が絡み合ってるラベルでも貼られてるんだろうか。
だけどカルーアミルクなら分かる、甘くて飲みやすいからジュースみたいにグビグビいけるやつだ。
ただし度数はあるからガブ飲みしたら一気に酔いつぶれるけど。
流石に心配になって様子を見に行ってみると、しっかりと背筋を伸ばした天月さんが見えた。
あれなら大丈夫そう……いや、真っ直ぐすぎるぞあれ。
まるで座禅している修行僧のようだ。
「し…失礼。さぞや名のある高僧とお見受け致しましたが、如何か?」
恐る恐る語りかけてみると、今まで見たことがないくらいに上機嫌な顔をしていた。
うん、これは酔ってる。
「ふとしさん、ふとしさん。きょーは中国で見つかった外来異種がいましたよね。やっぱりこれからも海外の外来異種が増えてくると思うんです」
天月さんがスマホを取り出しながらこちらに語りかけてくるので向き直り、一緒に飲んでいた人に冷たい水を持ってくるようハンドサインを送る。
「たとえば"磔刑鼠"(たっけいそ)! 全長二メートルという身体の大きさもさることながら、その体毛は一本で錐に、束ねれば刃になると言われてる危険な外来異種です!」
「あー、天月さんは外来異種に詳しくて仕事意識が高いねぇ~!」
「……ぜんぜんです。私はただ、当たり前をなんとかしたくて、このお仕事をしてるだけですから」
そう言って何か飲むものを探し出したので、急いで持ってきてもらった水を手渡すと、グイっと飲み干してしまった。
「――――当たり前のように勉強して、当たり前のように習い事をする。ずっとそれが続くことが怖かったんです」
「えっと、無理やりやらされて嫌だったってこと?」
「いえ、苦しいわけではなかったんですが、嬉しいことでもなかったんです。ただ、喜怒哀楽のほとんどのない人生をこれからずっと歩くのかと思って」
一呼吸置いて、天月さんが再び言葉を紡ぎ出した。
「……外来異種が現れて五十年。私達にとってはそれが当たり前で、そうじゃない世界を知りません。だから―――もしも、外来異種が日常にいない世界にできれば、それは私の当たり前しか存在しない人生もなくなるんじゃないかって思ったんです」
外来異種がいない世界……?
まったく想像できないスケールの話である。
なにせそれで人が怪我をしたり、死んだり、不幸になったりするのが当然なのだ。
もしも外来異種が存在しない世界だったら……俺は無職だったりするんだろうか。
「切っ掛けは新世代としての力です、これがあれば何とかできるんじゃないかって。まぁ両親には凄く反対されたんですけどね。だけど、天津社長の説得と鳴神くんのおかげでこうやって働けるんです。だから、私にとっては、あの二人こそが―――」
頭をフラフラさせていた天月さんの言葉はそこで止まり、ゆっくりと机に突っ伏してしまった。
「よーし、主役がお休みなので今日はここまで! 皆、明日は仕事だから二次会はしないように!」
そう言って店員さんに言って領収書を切ってもらう。
……うん、自腹の分は軽傷だ!
もしも全額自腹だったかと思うと脂汗が止まらない。
そして、ここからが俺の本当の目的である。
「うふふふ、帰りますよ天月さん。ほら、立てますか?」
「ええ、だい、じょうぶです」
駄目みたいですね。
ここで天月さんを背負ったり、あまつさえお姫様抱っこなんかしようものなら鳴神くんが自分で逆鱗を剥がして殺りにくる。
なので、一緒に飲んでいた人に頼んで、肩を貸すような形で店の外に出てタクシーに乗る。
さぁ今日のお宿に向かうとしよう!
「……なにしてんですか」
「見ての通り、介抱」
それから約三十分後、自分達は高級マンションにある鳴神くんの部屋の前で待機していた。
一緒に来てくれたフィフス・ブルームの人は気まずそうな顔をし、それに対して鳴神くんの顔は驚き一色であった。
「連絡しても返事がないから何かあったのかと思えば……何しにきたんですか!?」
「だから介抱だって。あー、キミの彼女さんが酔ってるからキミのお部屋で休ませてあげようって思ったのになー! 天月さんとキミの二人が得するよう計らった俺の優しさを信じてくれないだなんてなー!」
ちなみに優しさは半分だけである。
もう半分はドサクサに紛れて俺も泊めてもらおうという魂胆だ。
だって研究所怖いもん、絶対に寝てる隙になんかされるって!
なにせ良心と人間性を捧げてるマッドの住処だもん。
「いや、助けるも何も牧さんって凄いお嬢様なんですよ?」
「ん? それは知ってるけど―――」
「つまりですね……ほら、実家からのお出迎えが……」
鳴神くんがマンションの下を見るので、自分達も一緒に覗く。
黒塗りの車が五台ほど停まり、中からぞろぞろとスーツを着た屈強な人達が出てきた。
「……まぁまぁ、取り敢えずね、お部屋で休ませた方がいいと思うんだ」
「そ……そりゃあ、このままってわけにもいきませんから、いいですけど……」
そう言って鳴神くんが指紋認証で扉を開けてくれたので、中に入る。
取り敢えずずっと自分が天月さんを支えてるわけにもいかないので、片側を鳴神くんに任せる。
三人が奥に進む後ろで二人分の靴を持って自分も中に入る。
広いリビングに大きなソファー、他にも色々な家具が置かれており、一人暮らしとは思えないほど飾り立てられた一室であった。
「さて、牧さんはソファーに寝かせるとして……あの数、多分ご両親も来てるみたいだよなぁ。なんて説明しよう」
「まぁまぁ! ご両親への早めの挨拶だと思ってね!」
鳴神くんが頭を悩ませている間に、俺はここまで付き添ってくれた隊員さんに靴を渡す。
ベランダに出て周囲を見渡すと、ちょうどいいアーチがあった。
「いや、そもそも荒野さんが説明して……すみません、何してるんですか?」
「え? いや、お邪魔だから帰ろうかなって。じゃあお休み!」
ベランダで靴を履いた俺は、柵を乗り越えて下にあるアーチに飛び移った。
鳴神くんの部屋が二階でよかった、三階とかだったら命を賭ける必要があった。
自分が飛び移ったのを見て、一緒にいた隊員さんがどうしようかと悩んでいたが、扉からの呼び出し音が聞こえて意を決したようだった。
「あの、お幸せにッ!」
そう言って彼女もこちらへ飛んできたので、手を貸して引っ張り、無事着地に成功した。
「あのっ、ちょっと!?」
鳴神くんがベランダから身を乗り出してくるが、流石に天月さんを放っておいてここまでは来られまい!
「えっとね、天月さんは今日ちょっとお仕事が大変で、天津社長から飲み代貰って、皆で飲みに行ったら、カルーアミルクを飲みすぎて寝てるだけだから、とにかく大丈夫だから。じゃ、そういうことで」
言いたいことだけ言って、俺と隊員さんはアーチの柱を伝って下へと降り、そのまま脱兎の如く闇夜の中へと逃げ出した。
さて……鳴神くんの部屋に泊まれなかったわけだけど、どこで泊まろう。




