第百三十二話:虚飾の愛情
そして一時間後、ようやくこの騒動は静まった。
「納得できねぇよ……!」
静まったというか、子供たちが犬走やエレノア、他スタッフさんが作ったクッキーの匂いにつられて食堂に集まっただけなのだが。
「一番納得できないのがお前がさっさと抜け出してたことだよ!」
一人頑張ってたのが馬鹿みたいじゃん!
「まぁ子供相手ならやっぱ菓子で釣るのが一番やしな」
流石は子供時代に拉致されたやつだ、経験もあるおかげで説得力がある。
いやまぁシャレにならないから言わないけどね。
「というかなんかカレー臭くない? クッキーの一つにカレー味でも混ぜたの?」
「あぁ、ちゃうで。ルーシーはんに頼まれてな、一緒にカレー作っとったんや」
そこで何故ルーシーが―――と思っていたら当の本人が大きな車椅子を押しながら食堂に入ってきた。
車椅子には沢山の点滴が備え付けられており、それに座っている髪が全体的に長い子は虚ろな顔をしている。
「あー、イレブンおねーちゃーん! クッキーあるよー!」
「トゥエルブもいる、めずらしー」
「トゥエルブ、今日は食べられる日? クッキーいる?」
凄い、まるでスターを囲むファンのように子供達がルーシーに群がっていく。
「イレブン呼びはもう止めろ。それと今日はまだトゥエルブは食べられない、代わりにエレノアに食わせてやれ」
ルーシーはぶっきらぼうながらも、群がる子供に対して手馴れた対応をしている。
ここの卒業生というのは伊達ではないらしい。
そんな子供達の表情とは裏腹に、周囲のスタッフさんの表情は何か切羽詰ったものになっている。
自分がやらかした時、似たような顔をブンさんがしてたけどアレよりも真剣な感じなところを見ると、不発弾のような何かがあるらしい。
女性のスタッフさんがルーシーとトゥエルブと呼ばれた人物に駆け寄る。
「ルーシー、トゥエルブと仲が良かったのは分かるけどいきなり部屋から連れ出しちゃダメじゃない」
「仲が良い? ハンッ、五年も一緒にいて話したのが十回もないのにどうやって仲良くなれんだよ」
ふてぶてしく、それでいて刺々しい態度をルーシーは隠そうともせずに表に出す。
そちらに意識がいっている内に、他のスタッフ達が子供達の手を引いて部屋の外へと連れ出してしまった。
「でもね、トゥエルブは意識があるだけでC粒子を撒布する危険な力を持ってるの。だから―――」
「だから薬漬けにして、一ヶ月に一日しか起きられないようにするのが正しいってか?」
ルーシーがまだ夢うつつといった感じのトゥエルブの顎を持ち、その顔を女性スタッフさんの方に向けると、気まずそうに顔を逸らされた。
「アタシの一年が、こいつにとっちゃたっだの十二日間だ。分かるか? アタシとこいつが出会って五年が経ったが、こいつとっちゃ二ヶ月程度の付き合いでしかないんだよ」
「それは……その、可哀想だけど―――」
「ハッ! そんなことパズルの一ピースほども思っちゃいねぇだろ」
女性スタッフの発言を聞き、ルーシーが嗤う。
「いなくなったナインについても知ってるぜ。あいつの血液を利用して、吸えば血が凝固するガスを作ろうとした。けど子供を軍事利用したくないって理由で上層部が却下したが……実際は量産化の目途が立たないだけだった」
「それ、は―――」
「お前らの優しさも、何もかもが嘘と間違いだらけだ」
その吐き捨てるようでいて、何かを諦めきれないかのような吐露を―――。
「嘘だと……ダメなんですカ?」
エレノアが拾った。
「ワタシは今まで何度も失敗と間違いをおかしてきまシタ。けど、その失敗と間違いだらけの中で救われた人もイマス、ワタシも救われたコトがありマス。……間違ってたら、それはなくなるんデスか?……イイじゃないデスか間違っていても、ソレで誰かが救われたのであれば」
間違ってもいい……昔、エレノアに言った言葉だ。
失敗と、間違いと、後悔だらけの人生だが今までやってきたことは消えたりしない。
そしてそれは善行や救いにも当てはまるということだろう。
確かにここのスタッフは打算があって子供達に優しくしていたのかもしれない。
だけど人間なんだ、打算だけの優しさであんなにも子供と仲良くできるはずもない。
だから欺瞞だらけの優しさであっても、それで救われた子供もきっといるはずだろう。
「過去に救われたのなら、今はどうでもいいってか? ハッ、両親に愛されてテキサスで自由を満喫してた奴が、親に捨てられて自由すらも奪われたアタシらに説教かよ」
だがその言葉もルーシーには届かない。
今まで生きてきた方法も立場も、環境すらも違いすぎるのだ、当たり前だ。
だからルーシーに言葉が届けられる人物といえば、同じくらいに不幸な境遇の持ち主くらいだろう。
「行け、お前の出番だ」
というわけで小声で犬走に投げる。
肝心の本人はメチャクチャ嫌そうな顔をしているが、諦めてルーシーの方へと向き直った。
「不幸自慢なら負けへんで? ワイは子供の頃に拉致されて二十年海外で死ぬか生きるかの現場で強制労働させられとった。ちなみに一緒に拉致された仲間は全員死んだし、今も中国から追っ手がかかっとる状態や!」
中国からの追っ手っていうか、あれ個人勢じゃない?
主語を大きくすると後々面倒になるよ?
……いや、脅威度的には個人勢の方が大きいんだけどさ。
国よりも怖い個人ってなんだよ。
「アタシは産まれる前からもう力があったせいで、母親が産もうとする力を熱量に変換したせいで火傷で死んで父親も自殺した。トゥエルブは母親の腹の中で高濃度のC粒子を出したせいで人の形じゃなくなった。……まだやるか?」
「あ、すまん。なんでもないわ」
徹底的に、完膚なきまでに敗北した。
やばいな、あれに勝てる奴は知らないぞ。
部屋の空気が最悪なまでに静かで重苦しいものになってしまったが、そこで始めてトゥエルブが声を出した。
「ルーシー……ねえちゃん……カレー、まだ……?」
まだ幼いながらも、かすれたような声である。
彼が何歳かは知らないが、人生のほとんどを寝ているせいで彼は下手をするとこの中で一番の年下なのかもしれない。
トゥエルブの質問を受けてルーシーが犬走に強い視線を送る。
そういえば一緒にカレーを作ってと言ってたけど、彼に食べさせるつもりなのか。
「あー、ディナータイムまでは煮込まなアカンからもうちょい我慢してぇや」
「だそうだ、それまで他の奴らと遊んで時間でも潰すか」
そう言ってルーシーはトゥエルブの車椅子を押して部屋から出て行こうとする。
「……感謝はしてる。けど、これ以上余計なおせっかいを焼くつもりなら、火傷させんぞ」
そう言葉を残して、ルーシーは出て行った。
「……あんさんの不幸話の方がよかったんっちゃうん?」
「いや~、俺ぁ別にそこまで不幸じゃないし」
互いに苦虫を噛み潰したような顔をしながら、口直しとして残ったクッキ-を口に入れた。




