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ヴァーヴス・ストラグル【MAGNET MACROLINKにて公式連載中!】  作者: 天晶耀
第一部 アンチェインド・アーツ編
19/29

// 16 覚悟の意味

「ユニッ!?」


 そこには、アルデバランの首に小さな三角形の牙を食い込ませ、全身を限界まで縮めながら張り付く純白の幼獣の姿があった。

 その姿を見て、僕は理解した。ユニは左右へ避けたわけでもバックステップで退いたわけでもなく、アルデバランの突進に合わせて敢えて一歩踏み込み、アルデバラン自身の身体に張り付くことによって斧の一撃を回避していたのだ。


 小回りの利かないパワータイプは、攻撃の寸前に軌道を変えることが得意ではない。だからこそ一撃の範囲を広くしようとリンク・アクションなどを駆使して威力をブーストするわけだが、攻撃の寸前に自分の腕の間をかいくぐって首元に噛みつかれるとは、さすがの真紅の猛牛も、そしてゴズ氏も想定外の事だっただろう。

 子猫と外国人プロレスラーほどにまで開いた圧倒的な体格差が為せる、神業的な回避と反撃。ユニはそれを、自らの判断によって為したというのか。


 この数分の間に何回も味わった驚愕が、再び僕の意識を駆け巡る。開始直後のカンフー映画のような挑発、廃ビルの上階でアルデバランの投擲斧を尻尾を使って回避した機転。そして、たった今見た反撃の一撃。


 やはりユニには、僕の知らない『特別な何か』が……――――。


 頭の奥からそんな言葉が浮かんだ時、めちゃくちゃに振り回していたアルデバランのキャッチャーミットのような掌が、ついにユニの胴体をむんずと捉えた。真紅の巨牛は首に食らいつくユニをそのまま乱暴に引き剥がすと、まるで投石器のように太腕を振り上げて、フィールドの反対側――――つまり僕の方へと力任せに放り投げた。


「うおわわッ……たッ……!!」


 丸まったまま宙を滑るユニの姿はさながら白い綿あめのようだったが、しかしアルデバランの馬鹿力によって投擲されたせいで、本物の大砲と見紛うような猛烈な速度で僕へと飛来してくる。


 ストラグルのフィールド範囲に、デザイナー用のスタンドスペースは含まれてていたっけ……などと動転する思考の隅で考えつつ、僕はもうすぐ目の前にまで迫った白い相棒のフサフサした被毛エフェクトへと意識を集中させた。


 そして、


「ふぎッ……!!」


 間抜けな声を漏らしながら、僕は額辺りに電気ショックのような衝撃が発生するのを感じていた。


 いや、それは実際の痛みではなく、思い込みによって発生した衝撃が脳を介して皮膚表面に流れた、いわゆるプラシーボ効果の拡大版のようなNineph(ニンフ)着用者特有の現象なのだが、現実と遜色ないほどリアルな3Dモデルとして描画されているユニが高速で突っ込んでくる光景と同時に味わえば、それはもう仮想ではなく現実の痛みと同じことだった。


「てて……おい、無事かユニ……?」


 衝撃の走ったおでこを摩りながら、僕はズレた眼鏡をかけ直して腕に抱えたユニへと視線を落とした。


「ミュウウ……」


 スケーリングされたユニはいつもの家猫サイズからやや大きく柴犬ほどのサイズにまで拡大されていたが、MRモデルなので重みは感じず、腕力には自信のない文科系な僕でも楽に抱えられた。

 ユニは僕の腕の中でじれったく鳴きながら、なんだか怒ったような、もしくは拗ねたようなじとーっとした視線を返してくる。Arts(アーツ)として完成した一週間前よりもずっと表情豊かになった気がするユニだが、この不満を訴えるような表情は初めて見るパターンだった。


「ど、どうしたんだよユニ…………でっ!」


 問いかけると、それだけで意味が分かったらしいユニは短い首を前後に振って、突然僕の鼻先へと渾身のヘッドバッドを食らわせてきた。ヘッドセットにカバーされていない鼻先には衝撃が発生することはないはずだが、ユニの狭いおでこが鼻っ柱に激突した瞬間、目から火花が出たのかと思うほどのショックが顔の前面に生まれた気がした。


「なっ……にすんだよ!」


 唐突な相棒の逆襲に抗議の声を上げると、ユニは先ほどのジト目とは打って変わって、いつもの星空のような瞳を僕の方へと向けていた。ただし、その表情はいつもの不思議がるようなそれとは違い、強い覚悟と決心に満ちたような勇敢さが浮かんでいた。


 まるで、「自分を信じてくれ」とでも訴えているように。


 記憶の奥底で、何かがちくちくと瞬く。

 僕は、この表情を――――どこかで――――、




『――――信じてあげて下さいね、彼のこと』



『――――彼の言葉にも、耳を傾けてみると良いと思いますよ』




 頭の中で、先刻出会ったイヴという少女の言葉がリピートされる。


 相棒(ユニ)を、信じる。あの時は、その意味が解らなかった。

 なぜなら、僕はすでにユニの事を頼りにしているし、連携がうまくいかなかったとはいえ、間違いなくこれまでで一番の相棒だと信じていたからだ。これ以上、どう信じてやればいいのか?彼女の言葉を聞いたとき、とっさに思ったのはそれだった。


 しかし、今なら、彼女の言葉の意味が解る気がする。


 いや、正確には、たった今ユニのおかげで解ったという方が正しい。そしてそれは、かなり危険でリスキーでピーキーな賭けだ。



 僕は胸の内でイヴと、そしてユニの意図するところを理解して、一瞬躊躇(ためら)った。

 なぜならそれは、僕のような駆け出しのデザイナーではなく、公式ランキング上位のハイランカーが長い訓練と対戦を重ねて初めて実戦で試すことができる、超が付くほどの高等テク……そして、諸刃の剣なのだ。


 要するに――――デザイナーが指示を出し、Arts(アーツ)がそれを実行するというストラグルのセオリーの真逆。



Arts(ユニ)に対戦の全てを任せて、デザイナー()はサポートに徹する』、ということだ。



 できるのか……?僕とユニに?

 これまでの練習試合では、対戦相手の攻撃の中に自分から突っ込んでいくほど無鉄砲な戦い方をするユニに、対戦の全てを任せてしまうのがはたして正しいのか……?


 逡巡して目を泳がせる僕に、しかしユニはまっすぐな視線を送り続けていた。いくつもの銀河を閉じ込めたような光を湛える大きな瞳が、一切のブレなくその意思を訴えてくる。



 その瞳と目を合わせた瞬間、僕はふと、記憶の奥にちらついていた瞬きの正体に気付いた。



「……そっか」


 小さく呟いてから、僕は抱えていたユニをスタンドスペースの上に降ろし、目の前に直径1m半ほどの円を描いた。円の内側はすぐに眩いライトエフェクトで満たされ、フィールド隅のディメンションゲートへと繋がる。


 視界の中央には、場外活動制限のタイムカウンターが表示され残り【10秒】を数えていた。


「いけ、ユニ」


 その一言だけで全てが伝わったように、ユニは一瞬だけ僕に目配せしてから、目の前にポッカリと空いた即席の(ゲート)へと一息に飛び込んだ。するとすぐにフィールド端のディメンションゲートから僕の純白の相棒が勢いよく飛び出し、空中で二、三回宙返りしてからデッドエンド・フィールドの荒れた大地へと軽やかに着地した。


 アルデバランにやられたかと思われた小さなArts(アーツ)の再登場に、体育館内のギャラリーから熱狂した叫びが発せられる。その歓声を耳の半分で聞きながら、僕は視界の中央に表示されたタイムカウンターが【3秒】を数えてから消滅したのを確認し、一度大きく息を吸ってからふーっと長めに吐き出して心を落ち着けた。



 ユニの真剣な眼差しと表情に、僕は気付かされた。ずっと忘れていた、あんな顔。

 きっとユーリか、あるいはツバサなら…………僕よりも僕を近くで見てきた二人なら、もっと早くに気付いていたかもしれない。


 ユニのあの表情は、5年前の――――全力で創作を楽しんでいた頃の僕がここ一番で浮かべていた、新作に挑む時の表情そっくりだった。



 それでわかった。

 ユニは僕の意識から、創作欲から生まれたもう一人の僕。


 そして、既存のアーキタイプ・チップではなく、心核補正無しの旧型チップによって心の内側の純粋な願いを抽出して組み上げられた、『僕が戻りたいと願う、あの頃の僕の姿』なのだ。


 そうわかってしまえば、ユニのあの無鉄砲な戦い方も、対戦相手への挑戦的な仕草も腑に落ちる。

 あれは、イラスト投稿サイトのランキングでライバルたちと上位を争っていた頃の、自分は無敵だとさえ思っていた幼い僕そのものだった。自分より上手い線や塗りを描くデザイナーをとことん研究して技術を取り込み、自分の絵へと昇華させてはランキングを追い抜き、さらに追い越されるを繰り返していた、一番創作を楽しんでいた時の自分の戦い方。


 そりゃあ、今の慎重な僕の戦い方に合わないはずだ。すぐにでも対戦相手とデッドヒートを繰り広げたいユニにとっては、イヴが言っていた通り、さぞ窮屈で回りくどい戦法だっただろう。


「わかったよ…………もう、迷わない。僕も、覚悟を決めるよ」


 フィールドの中央へと駆け、すでに冷静さを取り戻したアルデバランの正面へと立つユニをスタンドスペースから見守りながら、僕はヘッドセットへ向けて呟いた。


 そうだ。誰かを信じるということは、『覚悟を決める』ということだ。

 信じる誰かに全てを委ね、その先へと共に進む覚悟を、自分の心に強く刻みつけることなのだ。


 白い幼獣と真紅の巨牛が、乾いた荒野を挟んで静かに向かい合う。濃縮した空気がビリビリと震え、会場を包む緊張感がピークに達する。


 ここから先は、一瞬たりとも集中を途切れさせることは許されない。ユニの速度に少しでも遅れをとったら、それがそのままユニの死へと繋がるのだから。


 右手のスタイラスペンをぎゅっときつく握り、意識をユニと、視界に投影された白いARアートボードへと集中させ――――、




「――――いけぇッ!ユニッ!!」




 信じると決めた相棒(じぶん)へ、僕はありったけの闘志を込めて絶叫した。


 フィールドの中央で、真っ白な獣と真っ赤な獣が、全くの同時に地面を蹴りつけた。

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