プロローグ
≪You Arts lose...≫
敗北の屈辱感をいっそう煽り立てるような重低音のジングルとともに、短く、そして決定的な一文がシャープな字体で視界の中央に表示された。
拡張現実のホロウィンドウのずっと向こう側で、トカゲの頭をもった竜人が凶悪そうな蛮刀を、目の前のマネキンじみた細くて簡素なデザインの騎士の肩口にめり込ませ、胴体を斜めに両断しているところが見えた。七色の派手なビジュアルエフェクトを撒き散らしながら、騎士の上半身はずるりと滑り落ち、一瞬の後に光と共に爆散する。
なんてことはない、見慣れた光景。慣れすぎて、悔しさよりも「ああ、またか」って虚脱感の方が先行するような、どうしようもない敗北。
これがただの複合現実ゲームで、数秒前に無残な死に方をした騎士型キャラクターもゲーム会社の3Dモデラーが組んだただの商品だったら、こんな何もかも失うような虚しさと、自分への深い失望を感じなくても、よかったのだろうか。
「ウィーナー!デザイナーネーム≪ろっきー≫のArts、≪ザースラ≫アァッ!!」
レフェリーA.Iのひょうきんな電子音声が試合のリザルトを高らかに宣言すると、20m四方のフィールドを隙間なく取り囲んでいた観客たちが一斉に拳を振り上げ、声を上げる。指笛を吹き鳴らし、手を叩き、フィールドの反対側で飛び跳ねて喜ぶ小学生と思しき男の子のデザイナーに賞賛の言葉を投げかける。
「ヴァーヴス・ストラグル出張大会ィ、ゲームセンター≪ビビッド≫杯予選第二回戦、勝者はァー……≪ろっきー≫だあアアァ!」
レフェリーA.Iの声に煽り立てられた観客たちが、いっそう大きな歓声を上げた。
その光景を、僕はどこか遠くの出来事のように、ひどく客観的にぼんやりと眺めていた。
対戦相手の竜人型Artsは、僕の騎士型Artsと比べると作品の精巧さで勝る部分はなかった。塗りは甘くて質感が出ていないし、線も太さがバラバラで四肢や体格のバランスも悪い。メディアコンバートの補正機能に頼りっぱなしなのがよくわかる。
でもそれは経験の差であり、7年近くも筆を握ってきた僕と、まだ小学校低学年であろう彼とでは作品のクオリティに差が出るのは当然だから、威張るようなことじゃない。
それに、この対戦型複合現実e-スポーツ《ヴァーヴス・ストラグル》の勝敗には、Artsのディテールよりも重要なものがある。
人間の大脳辺縁系より発せられた快感、快楽から生み出された人工知能搭載型汎用3Dモデル《Arts》と、それを描き出す創造者。
デザイナーの脳をもとにArtsは生み出される。ゆえに、Artsの強さを決めるのはデザイナーが自らの内側に秘める確固たる【自分】、そして作品に込めた【想い】なのだ。
だから、対戦で僕が負けた理由は作品のクオリティなんかじゃなくて、もっとデザイナーとして――――いや、クリエイターとしての根本的な部分。
作品を、信じることができなかったから。