幼女を守るモンスター
「お疲れ様っすッ!」
建物がひび割れんばかりの大声で、黄磊大駒はそう叫んだ。
部活終わりに出た開口一番の挨拶だったのだが、そのあまりの大声に、同じ演劇部員らは耳を押さえて嫌悪な顔を作った。
「は、はは。いいねえ、ブランカ。お疲れさん!」
その中でも、一番汗をかいているであろう主役がそう言ってくれる。
皆は突然の大駒の変わりように拍子を抜かしているようだった。
「ほら! 皆も同じくらい声出せ声!」
次にそう言ったのは、顧問の猛付だ。彼女は大駒をフォローするようにそう言って、皆を鼓舞させる。
すると小さくではあるが、部員からちらほらと返事が返ってくる。
大駒はニッと笑って、タオルを首に掛けた。
「どうした。元気いいじゃないか、黄磊」
「え、そうっすか?」
「ああ。芝居にも生気が戻ってた。何か、自分なりの解決策を見つけたか?」
「ぬふふ。秘密っす!」
不敵に笑う大駒。あからさまに怪しい。
「でも見ててください! すぐに俺を主役とした劇をやらせてみせますから!」
「それなんだが黄磊」
「なんすか?」
「どうだ。私は一度お前を主演に据えた演劇を試してみてもいいと思ってる」
「え、マ、マジッすか!?」
ビリビリッ、と大駒は勢い余って持っていたタオルを引きちぎった。
興奮のあまりだ。悪気はない。
「あ、ああ。そうすればお前も見えてくるものがあると思う。自分に何が足りないかがな。お前の成長をおもんぱかれば、やってみて損はない。それをずっと思ってたんだが、今日のお前を見て決意したよ。どうだ黄磊、一度やってみるか?」
猛付の眼差しは真剣だ。冗談を言っているわけではないだろう。
そしてまた、この巨漢、黄磊大駒は冗談が通じる相手でないことは、周知の事実だ。
「いいじゃないですか、それ。俺も賛成ですよ」
猛付の提案に、主役が賛同する。
「なあ皆、いいよな?」
主役が全員に促すと、周囲は互いの顔を見合わせ、便乗するように賛同の声を漏らした。
主役が白だと言えば、黒も白なのだ。
「や、やるっす! 俺、主役やってみたいっす!!」
あまりの興奮した叫びに、叫ばれた猛付の髪は鼻息でなびき、耳を押さえた。
「よし。じゃあその予定で脚本から作り上げる。覚悟しておけ。主演は生半可じゃないぞ」
「うっす!!」
大駒は満面の笑みで、そう返事をした。
○ ○ ○
「やった、やったぞ……主役だ。俺が主役の舞台だ!」
いつになく心を弾ませながら、大駒は家路を歩いていた。
大駒の脳裏には、既に舞台の中心で脚光を浴び、黄色い声援を受ける姿が浮かび上がっている。その時どんなポーズを取ろうか、何と言おうか、はたまた可愛い女子からアプローチを受けたらどうしようか……そんな所まで妄想は進んでいた。
単純な男である。
「それもこれもノラのおかげだ。今日は奮発して美味しいもん食わせてやんねえとな!」
実際はほとんど何もしていないのだが。ただ偶然に事が上手く転んだだけなのだが。そんなこと単細胞の大駒には関係がない。
そう決めて大駒が川沿いの公園に差し掛かった時だった。
いつもは誰もいないその場所に、小さな人だかりができていた。
「何だ?」
そう思って近づくと、彼らの見つめる先に、大きなカメラを担いだ人間と、その周りに二、三人の男が立っているのが目に入った。
「な、何してんだ?」
「撮影だってよ。最近噂のホームレス少女ってのをテレビが取り上げるんだって」
野次馬の一人がそう言い、大駒は眉をひそめる。
確かにカメラの先には、いつものようにジャングルジムの真ん中で怯えたように固まるノラの姿があった。それをまるでパンダでも撮影するかのように、撮影スタッフは遠巻きに見つめている。マイクを持った中年ほどの男がなんとかノラにインタビューを取ろうと話し掛けているが、ノラは怯えて一向に口を開こうとはしなかった。下を向いている。
「ちょ、おい!」
それを見かねた大駒は動き出した。野次馬を押しのけ、そして制止しようとするスタッフを押しのける。
そのまま公園の中心へと歩み出した。
「な、なんだい君は……ってうわっ!」
案の定、大駒の接近に気付いたマイクを持った男が、彼を見上げて驚きの声をあげる。
大駒は威圧するように彼らを見下ろし、
「お前ら、何してんだ? ノラが怯えてるだろ」
「き、君こそなんだい? 私達は正式な許可を得てここで撮影をしている。あ、もしかして君はその子の知り合いか何かかい? もしかして家族、とか?」
今度は大駒にマイクとカメラが向けられる。
大駒はマイク、カメラを交互に見つめた後、なんと差し出されたマイクを手に取り、それを握り潰した。ヘッドフォンを付けていた音響スタッフが爆音に顔をしかめた。
「うわっ!」
まさかの出来事に、インタビュアーは悲鳴を上げて後ずさった。
マイクを片手で握りつぶせる握力なんて、普通はありえない。
「これ以上おかしな真似すんだったら、これじゃあ済まねえぞ! 帰れ!」
「ま、待って! 落ち着いて! これ、これ生放送!」
「ん? 生?」
大駒はその大きな顔をカメラへと近づけた。
画面一杯に大駒の顔が納められる。
「皆、見てる。暴れる、君、大変、オーケー?」
「俺は外人じゃねえ!」
「ひぃッ!」
少し凄むと、相手はノラと同じように身体を縮こませる。
するとインタビュアーは側にいたスタッフから新しいマイクを受け取りカメラを見て、
「皆さんご覧になられたでしょうか? 正体不明のホームレス少女を追ってきた我々は、なんとその少女を守る怪物と出会ってしまいました。なんという事でしょう、事態は一層複雑怪奇なものへとなってまいりました」
予想外の大駒の登場をも、なんとか視聴率に繋げようと、職人魂でインタビュアーは視聴者を煽る。
だがその物言いが、大駒には我慢がならなかった。
「……俺は、怪物じゃねえ」
「え? 何か言いましたか? 皆さん耳を澄ませてお聞きください! どうぞ!」
「俺は怪物じゃねえって言ってんだよォッ!」
ドウン――と、大駒は地面を蹴った。
ただそれだけの事で、地面が揺れる。大気が震え、撮影スタッフから野次馬まで、全員が尻餅をついた。
「た、たたたたたた、大変です! 怪物が、暴れ出しました!」
「馬鹿にすんなボケェッ!」
大駒は挑発を続けるインタビュアーを捕まえようと手を伸ばした。だが彼はちょこまかと動き回り、身を守るためにジャングルジムの上へと昇った。
それを大駒も昇って追いかける――と思いきや、大駒はそのままジャングルジムを両手で掴んだ。
「うるァァァァァッ!!」
怒りに任せ、大駒は全身の筋肉をフルに使い、そして計り知れない程の重量があるジャングルジムを、持ち上げた。
そう、持ち上げたのだ。素手で。
地面に埋められていた部分までもが持ち上がり、大きなジャングルジムはインタビュアーを乗せた状態で宙に浮き上がる。
野次馬からも悲鳴があがる。誰もが目の前のあり得ない光景に、言葉を失っていた。
「ば、化け物だっ!」
誰かが言った。野次馬の中の誰かだろう。
だがしかし、そんなもの誰だって良かった。
大駒はジャングルジムを持ち上げたまま野次馬の方へと視線を向け、
「見世物じゃねえぞォ!」
そう叫んで、ジャングルジムを投げつけた。
蜘蛛の子を散らすように野次馬は落下地点から逃げ出し、そこに落下したジャングルジムは、爆音を響かせて一、二度転がった。
「うがァァッ!! おめえらもだァ! いつまでカメラ撮ってんだァ!!」
今度はカメラマンに視線を向け、近寄ってそのカメラをガシリとつかみ上げた。そして今度は両手でそれを挟み、カメラを圧し潰してみせる。
「今度は誰だァ!!」
それを引き金に、沈黙していた観衆は、一斉に声を上げて逃げ出した。
撮影スタッフもいよいよやばいと思ったのか、一目散に近くに止めてあったバンに乗り込み、車を発進させる。
一気に静まり帰った公園に大駒は頭を冷静にし、そして自分がやってしまった現状を見渡して、愕然とする。
また、やってしまった。
これはあの、一年前、停学になった時と同じだ。
他愛も無い事で怒り、そして我を抑えられなくなり暴走、気がつけば周囲のものを全て、破壊してしまっている。
紛れもない、怪物だった。
大駒は自分の手を見下ろした。人であるはずの自分が、どうしてこんな怪物染みた事をしてしまうのか、それが理解できない。
しかし肩を落とす大駒の、ズボンの裾が引っ張られる。見下ろすと、ノラが大駒の服を掴んで、見上げていた。そこには恐怖など無く、ただ悲しむように見上げている。
ノラは大駒の足にしがみつき、彼の身体をロッククライミングのように駆け上がった。そうして大駒の顔と同じ高さまで顔を持って行き、なんとその小さな唇を大駒の頬に押し当てた。
「なっ、お、お前……」
「ビッグマン!」
少女はおそらく自分を励ましてくれている。
落ち込む自分を見かねて、優しくキスをしてくれたのだ。元気を出せ、と。
大駒は少女のその優しさにうたれ、暗く落ち込む自分を振り飛ばし、ポケットに突っ込んであったビッグマンマスクを取り出し被った。
「ビッグマン! フハハっ!」
「ふははぁ!」
大駒と一緒に、ノラも笑った。
まるで今ようやく、二人は打ち解けたように。
互いの暗い思考を吹き飛ばしあうかのように。
大声で笑い続けた。
「はあ……」
そしてその後、反動のように大駒は大きく肩を落とした。
喜怒哀楽の激しい男である。
「まぁたやっちまった……せっかく良い感じだったのになァ……」
「だい、じょぶ?」
大駒の肩の上に乗っかったノラが、おぼつかない言葉遣いでそう言った。
「お、お前やっと喋ったな。ようやく俺に心を開いてくれたか? がははっ」
「がはは!」
「さて、これからどうしようか。ここにいたらまたあのカメラ持った奴らが来るだろうし……」
「どこにも行かないわ」
「あ?」
大駒の声に答えたのは、もちろんノラ――ではない。
彼女はそんな通った声はしていないし、そもそも片言程度にしかまだ喋れない年頃だ。
じゃあその声は誰なのか。大駒は声のした公園の入り口を見据えた。
そこに立っていたのは、一人の見知らぬ女子高生だった。