ラッキースケベも力次第
ラッキースケベは必要です。
文化祭最終日も、いよいよ佳境を迎えていた。
陽は落ち、校内には生徒だけが残っている。そしてグラウンドの中心には大きなキャンプファイヤーが用意され、続々とその場に生徒達が集まっていた。
「よし行こうぜ!」
大駒もまた、ようやく最後の客を送り出し、お化け屋敷の仕事を終えた。クラスメイトらはそれとほぼ同時に一斉に走り出し、皆がグラウンドに向かっていく。
その中で大駒を誘う人間は一人もいなかった。そもそも労いの言葉すら貰っていない。
夜という時間は人の心を不安定にさせる。それ故ある種吊り橋効果のように、若い思春期の子供達は、その時間を共有するだけでどこか浮ついた気分を味わえるものだ。
だがしかしそのキャンプファイヤーは強制イベントではない。
大駒はようやく仕事を終えたと、昇降口とは反対方向へと歩き出した。
大正喫茶に置き去りにしてきてしまったノラの事が気に掛かる。メールを見ると、伊子から連絡が入っていた。彼女もまた仕事を終え、今は部室棟にいるのだという。
部活にも入っていないのに、こんな時間に部室棟に?
そう不思議に思いながらも、大駒は歩を早めて静かな部室棟へと向かった。
「お、ブランカじゃないか」
その時、部室棟から出てきた一人の男子生徒がそう言って大駒を呼び止めた。
「主役先輩」
「やあ。お化け屋敷ご苦労様だったな。俺も行ったんだが、その時お前はいなかった」
「す、すいませんっす。昼過ぎはちょっと外してたもんで……」
「なるほど。まあ休憩は必要だからな。俺としては迫力ある怪物に出会えなくて残念だったよ」
本当に残念そうな顔を見せる主役に、しかし大駒は少し苛立つのを感じた。
彼の話し方は、どこか上から目線に感じる。
それは紛れもない大駒の嫉妬によるものだったが、それを彼が自分で気付いて戒められる程大人ではない。
「あの、自分、急ぐんで」
大駒はそう言って逃げようとした。
「ああ、悪いな呼び止めて。ところでブランカ」
「……はい?」
やっと逃げれそうだったのに再度話しを戻され、大駒は渋々それに応対した。
ブランカという悪意に満ち満ちたあだ名もやめてほしい。
「何か、良いことでもあったのか?」
「え? どういう意味ですか?」
「いや、なんとなくだけど、昨日までの暗い雰囲気が無くなっているように感じてな。顔つきも少し、和らいだように感じる……気のせいかもしれないが」
「そ、そうっすかね? そう見えます?」
「ああ、うん」
そう言われて、大駒は心の中でガッツポーズを決めた。
忌み嫌われ恐れられていた自分の憎むべき粗悪なイメージが、少しだけではあるが、解消できている。それはもしかしなくても、あのホームレス少女、ノラと関わったからだろう。不器用なりに打ち解けようとがんばり、なるべく優しい自分を演じていたつもりだ。
その成果が早くも出た。
やはり自分のやり方は間違っていなかったのだ。
「じゃあ悪いな、呼び止めて。お前もグラウンドに来るんだろう? 楽しみに待ってるぞ」
主役は爽やかにそう言い残して、グラウンドの方へと去って行ってしまう。
「よし、よしよしよしっ! やってやるぞォ!」
一段とやる気が出てきた。
この調子で行けば、自分も主役にふさわしいと認めさせるのも、そう遠い話ではない。
大駒は一転、心を弾ませながら自分も部室棟へと進んでいった。
「えーっと、それであいつらはどこに居るんだ?」
辺りを見渡す。すると部室棟のある部屋だけ、灯りがついているのが見えた。水泳部だ。
そこに近づくと、中から話し声が聞こえてくる。
それは聞き覚えのある、伊子の声だ。どうやらノラもそこにいるようで、楽しそうな声が聞こえてくる。
大駒はその扉に手を掛けた。そして乗りに乗った勢いで、その鍵の掛かった扉を、躊躇う事無く強引に開け放った。もちろん鍵は掛かっていてそれは一定の抵抗を示したが、興奮状態の大駒にとって、鍵の抵抗など赤子の力に等しい。バキリ、という痛烈な音と共に、扉は鍵など掛けていなかったかのように開かれた。
「あれ、鍵掛かってたか……? まあいいか」
特に気にする様子もなく、大駒は視線を部室の中へと向ける。
そこには予想通り伊子とノラがいた。
だが彼女らはその身体に服をまとってはいなかった。ノラは髪を濡らした上裸の状態で、伊子に髪を拭いてもらっている。伊子は上下下着の状態で、ノラの髪を持っているタオルで拭いていた。
おそらく水泳部部室のシャワーを利用していたのだろう。
確かにノラは汚かった。それを見かねた伊子が、彼女を風呂へと入れてあげたのだろう。しかしどうせなら、と自分も一緒に入ったに違いない。そうしてシャワーを浴びてあがり、互いに身体を拭いて着替えを始めていた。
丁度その時、大駒が閉めていたはずの鍵を開けて、中に入ってきたのだ。
伊子は始め、何事かと唖然と大駒を見つめていた。
大駒は先ほどまで着物の奥に隠されていた白魚のような肌の伊子を、これまたガン見していた。案の定、鼻息が荒くなる。
「せ、先輩っ!」
バスタオルで身体を隠し、顔を真っ赤にして叫ぶ伊子。
ひどくリアルな反応を示した彼女の声に、大駒はようやく我に返ったのだった。