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怪物と幼女の特別美しくはない出会い

 のそりのそり。

 まるで闇夜を(うごめ)く大樹のように、大駒は道を歩いていた。七面倒な打ち上げから解放され、ようやく家路へとついたのだ。

 だが田舎から出てきて一人暮らしをしている大駒には、家に帰ったところで誰も待っていないため急いで帰る元気も湧かない。徒歩で二十分ほど掛かる家路を、大駒はゆっくりと歩いていた。

「はあ」

 何度目かわからないため息をつく。

 勢いで演劇部に入ったは良かったが、最近は自分の任される役が同じようなものばかりで辟易(へきえき)していた。怪物、化け物、妖怪、幽霊、動く城、動く岩、動く木、エトセトラ。

 そういった人間離れしたものばかりを演じさせられる。

 こんなガタイをした自分にしかできない、うってつけの役だとは思うが、しかし一人の青少年である大駒には、それが些か納得いかない。

 かといって一年前に停学騒動を起こしている自分が、それでも猛付(もうつく)のはからいで演劇部にいさせてもらえているのに、偉そうに役に関して言えるわけがない。そもそも主役(しゅえき)と猛付以外は、誰も好んで大駒と話そうとしないのだ。居て楽しいわけがない。

「俺、もう辞めようかなァ……」

 そう大駒が全てを諦めようとしていた時だった。

 大駒はいつもは通らない川沿いの道を通っていたのだが、そこに小さな公園を見つけた。滑り台とジャングルジムがある程度の公園なのだが、そこにはいくつもの段ボールハウスが並んでいて、帰る場所を失ったホームレスがたむろっているのが一目にわかる。

 今も大駒の通ってきた道々で、新聞を被せて眠るホームレスが何人もいた。

 寒そうだなァ、と他人事のように思っていたのだが、そのホームレスのたむろする公園から、若者の声が響いてくる。

 暗くて良く見えないが、持ち前の視力で大駒が目を凝らすと、公園の真ん中に中学生くらいの男子が三人いるのが見えた。こんな時間にここにいると言うことは、それなりの不良か何かかと思いスルーしようとしたが、しかし彼らは手に持った石か何かを投げているのがわかって足を止めた。


 彼らが石を投げている先、そこにいたのは一人の少女だった。


 少女は見るからには幼稚園くらいの女の子で、頭には汚らしい白のニット帽を被っている。ニット帽からはポンポンが出ているが、それは片方しかない。

 その少女が、少年たちの投げる石から逃げるように走り回っているではないか。少年たちは面白そうに笑いながら、的当てをするように小石を投げつけている。

 ついにその一個が少女の頭に当たった。少女はそれでも立ち止まらず、頭を抑えて逃げるように近くのジャングルジムの中へと入っていった。だが穴だらけのジャングルジムである。ある意味当てる難易度が上がって面白いと言わんばかりに、少年たちは笑いながら石を少女に投げ続けた。

「おい、何してんだお前ら」

「なっ、何だよてめえ」

 話し掛けた大駒に、その中学生達はあからさまに驚いた。

 だっていきなり話し掛けられ、振り返ったら二メートル級の男が見下ろしていたのだ。それでも負けじと威圧し返そうとしたのは、むしろ褒めるべきだろう。

 その中学生達は、思っていたようなやんちゃそうな学生ではなく、見るからにガリ勉な、塾帰りのような子供たちだった。

「だから何してんだ。あの子、可哀相だろうが」

「は? 何? 正義のヒーローってか? はははっ!」

「今時流行らないよ、正義の味方なんて」

「言ってもわかんないよ。こんな脳筋野郎なんてさ」

 彼らは知恵の付いた思春期の子供らしく、嫌みったらしく大駒を挑発する。

「あァ?」

 普通なら子供相手に聞き流すべきところを、しかし大駒は厳めしい表情を作っていっそう中学生たちを睨み下ろした。

 大駒は感情に正直な人間だ。むかついたらむかついた顔をする。そういう人間だ。

 単純とも言うが。

「な、なんだよ! いいだろ別に! あいつはホームレスなんだ! 社会のゴミだぜ? 俺たちが駆除してやってんだろ?」

「ホームレス? あんな子供がホームレスなわけねえだろ!」

「知らないのかよ? この辺りじゃ有名だぜ? ホームレス少女って……」

「ホームレス、少女ぉ?」

 大駒は眉をひそめて大きく首を傾げた。

 ただそれだけなのに、中学生らは小さく悲鳴を上げて、身を震え上がらせた。

 まるで巨人と小人だ。

「だからおっさんには関係ないだろ! ホ、ホームレスなんて人権も何も無いんだからな! これは国民の総意だぞ! 国民栄誉賞を貰ってもいいくらいだ!」

「あァン?」

 さらに凄んで、大駒は少年たちを睨み付けた。

「お前ら、それマジで言ってんのか? 何もしてねえ子供に石投げつけて、それで国民栄誉賞だァ? 馬鹿か?」

 がしり、と大駒は側にあった木製のベンチを、なんと片手で持ち上げた。

 そしてそれを頭の上まで持って行き、バリバリ、と握力だけで握り潰そうとする。

「ばばば、化け物!?」

「け、警察に訴えるぞ!」

「うちの父ちゃんは公務員だぞ!」

「だから何だァ? 公務員でも職種によるだろォが!」

 ブオン――と、大駒はそのままそのベンチを高く上空まで投げた。

 するとそれはまるでゴムボールのように飛び上がり、そして真っ直ぐ確かな重みを持って落ちてくる。大きな音と共にそれは地面に突き刺さり、ベンチは大破する。

「か、怪物だァ!!」

 まるでアメリカンアニメーションのように、中学生らは足を竜巻型にして走り去っていった。

「ったく最近のガキは……ああ……駄目だ、またやっちまった」

 目の前の大破したベンチを見下ろしながら、大駒は申し訳なさそうに頭を掻いた。

 ここが夜の公園でよかった。昼間の人目に付くところだったら、大惨事になっていてもおかしくない。また停学処分にでもなりかねない。

「こういうとこだよなァ、先生が言ってたのって……はぁ、帰ろ」

 自己嫌悪に陥りそそくさと家に帰ろうとする大駒。

 だが大駒はそこでぴたりと足を止めた。

 下を向く彼の視界に、先ほどのニット帽の少女がいて、こちらを見上げていたからだ。

「なんだお前ぇ……。もう悪い奴はいねえから、家帰れ」

 そう言い残して去ろうとする。

 だが彼の大きなズボンの裾を、その幼女はがしりと掴んだ。

「んあ? おい、離せよ」

 だが少女は大駒を見上げて離さない。

「おい、聞こえてるか? 離せよ」

 足を振ってみても、少女は一向に手を離そうとはしない。足と一緒にぶらぶらと揺れるだけだ。

 大駒は(しび)れを切らして少女をつまみ上げた。そして確かな威圧を持って睨み付け、

「離さねえと食っちまうぞ!」

「ぐえっ! ビッグマン!」

 しかし大駒の威圧攻撃を、少女は嬉しそうに指をさしてそう言った。

 大駒はぽかりと口を開ける。

「び、びっぐまん?」

「ビッグマン!」

「はあ? 俺はビッグマンじゃねえぞ。身体はビッグだけどな……」

 首根っこを掴まれて摘まみ上げられている少女は、二メートル級の怪物を目の前にして、しかし終始嬉しそうな表情をこぼす。

 大駒にはそれがどうにも不思議だった。誰にでも怖がられる容姿をしているのに。同年代の部活仲間ですら、怯えて避けるというのに。

 すると少女はジタバタと暴れ出す。大駒がそれを見て彼女を手放すと、少女は着地して走り出し、近くの段ボールハウスの一室へと潜り込んだ。

 そしてすぐにそこから出てくる。少女がその手に握っていたのは、マスクだった。マスクと言っても風邪の際に使用する白いマスクではなく、プロレスラーが被るような、フルフェイスのマスク。

 少女はそれを大駒に差し出し、再度「ビッグマン!」と叫んだ。

「あァ? これってお前、そうだ、朝のヒーロードラマの敵キャラのマスクじゃねえか。そういやァビッグマンって名前だっけか」

 思い出す。確かにあの敵役は大駒と同じような筋肉質の大柄な男だった。

 おそらく体型が似ていたから、自分がそう見えたのだろう。

 見ると少女は今か今かと、大駒を羨望の眼差しで見上げている。

「なんだお前、これ、着けて欲しいのか?」

 コクコク、と少女は頷いた。

「やだよ恥ずかしい。それにこれ汚えしよ……ていうか俺、帰るんだった。悪いな」

 しかし大駒は少女の希望に答えるつもりなどなく、そのマスクを地面へと投げ捨てて、踵を返した。

 公園を出て、振り返る。

 そこにはまだあの少女がいて、ビッグマンのマスクを寂しげに見下ろしている。

 その様子を見て、大駒の脳裏に猛付の言葉が走った。

 自分に足りないのは、忍耐力だ。すぐに怒らない、自分を律することができる、忍耐力。

 そして王子様を演じるためには優雅さが必要になる。主役(しゅえき)のような、誰にも好かれる、誰にでも優しい、そんな愛想の良さが必要になる。

 もしあんな小さな子供に好かれる、心優しい男になれれば。そしてそれを猛付にアピールできれば……舞台の主演も夢じゃない。

 大駒の単純な思考回路がそう結論を導き出し、思いついたように再度踵を返して少女の元へと戻った。

「お、おい!」

 若干大きめの声に、少女はビクリと身体を驚かせた。

 大駒は乱暴にそのマスクを取り上げ、くんくんと匂って顔をしかめる。

 変な臭いがする。それに泥だらけで、汚い。

 大駒はそれをつまんで自分の太ももへと何度も叩き付け、汚れを吹き飛ばした。

 そして意を決して、それを頭に被った。

「ビ、ビッグマン!」

 知識程度で知っているビッグマンという存在を自分なりに真似て、ポージングを取ってみる。

 大駒が恐る恐る少女に視線を下ろすと、少女は口をぽかりと開けて、大駒に羨望の眼差しを向けている。

「ぬ、ぬはははは!」

 適当に高々に笑って見せ、両手を腰にやる。

 するとさらに少女の顔が嬉しそうに変化していく。

 大駒は気分が乗って、少女を高く持ち上げた。少女は普通の子供のように大きく笑いはしなかったが、しかし楽しそうに顔をほころばせている。

「ぐえっぐえっ!」

「なんだそりゃあ。変な喜び方すんだな」

 なんだ、俺にだってやればできるじゃないか。大駒はそう悟る。

「よーし、行くぞォ!」

 一旦少女を地面すれすれまで持って行き、そのまま上空へと思い切り投げる。

「……あ」

 調子に乗った大駒の遠慮のない放り投げに、小さな少女は見る見る小さくなって行き、上空へと消えていく。

 大駒は今更それがやり過ぎた事に気がつき、慌てだす。

「え、お、こ、こっちか? え、あっちか?」

 まだ少女は空の旅から帰ってこない。少しずつ少しずつ、見えてくる。

 そして重力に従って落っこちてきた少女を、大駒はなんとかスライディングキャッチする。少女は無事なようで、しかしあまりの体験に魂が抜けたように唖然としていた。

 しかし無事生きていた事に、ほっと胸を撫で下ろす。

 うるり――と、遅れて魂の戻ってきた少女の瞳が、歪んだ。


 その日、暗い暗い公園に、小さな少女の泣き声が響き渡った。


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