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パパとママ

お読みいただきありがとうございました。

あなたは天使です。

伊子と別れとりあえず帰ろうと、大駒は音を立てて階段を昇り、自分の部屋の扉を開けた。

「だいく!」

 すると玄関の前で、ノラが大駒を待っていた。手にはビッグマンのフィギュアが握られている。新しくなっている。また買ってもらったのだろうか。

「あら、お帰りなさい。野蛮人」

 そして案の定、部屋の中心で優雅に座っている女がいた。宝華(ほうか)比美だ。

 彼女はちゃぶ台に肘をつきながら、

「何よその顔。私がいちゃまずい? あ、さっきの彼女に勘違いされたかしら?」

「だから彼女じゃねェよ……あいつは俺に助けて貰った事があるからそれを恩に感じてるだけ」

「ふぅん。ほんと野蛮人ね」

 わけのわからぬ事を言って一人納得する宝華。

 彼女はその細い唇に紅茶を運んだ。

「それで、今日は何の用だ? 俺、疲れてるんだけど」

「決まってるじゃない、私は貴方の監視役よ? 貴方の毎日の状況変化をレポートにまとめて上に送らなきゃいけないのだから。それがなければ貴方は即処分よ? 殺処分。嫌でしょ?」

 実はあの後、〈逢魔ヶ時(おうまがとき)〉を迎えた大駒を処分するという話になったのだが、それを宝華が上に話をして止めてくれた。

 理由としては、大駒は〈逢魔ヶ時〉を迎えても、無用な殺生を犯すとは言えないという事。つまり社会的害悪になり得ると証明できていないこと。

 また、彼は《悪しき者(ヴァイラン)》でありながら、同じ仲間である《悪しき者(ヴァイラン)》の奈良貞徳を倒している。その功績は無視できないものであり、故に大駒が社会、及び〈少数派劇団(マイノリティ)〉にとって有益な存在になり得る可能性を示したこと。

 そして決定打となったのは、ノラの存在である。

 《ワルキューレ》である彼女に、唯一心を許されていると言っても過言ではない大駒を処分する事で、彼女の誤った覚醒を促し、またそれにより彼女が〈少数派劇団(マイノリティ)〉にとって不必要な脅威になってしまう事を恐れたからだ。

 つまり、まだ自分を律する事ができない少女が、大駒の消失によってどのような行動を見せるかわからないから、ということ。

 それらの理由を鑑み、宝華の組織は大駒をとりあえずの観察対象とした。もちろんそれは提案した宝華自身による日々の対象の観察及び、その報告を条件にして、だが。

 大駒はそれをまるで事務処理のように聞かされたが、宝華が相当必死に上に説得してくれたのであろうことは、大駒にも理解できた。

「何よ。そんな睨まないで。子供できるでしょ」

「で、ででできるかよ!」

 フゥ、ハァ、と興奮したように立ち上がる大駒。

「何想像してるのよ……気持ち悪い」

 宝華は身を隠すように身体をよじらせた。

「それで、その後どう? 身体に変化は?」

「ん~ねぇな。特にいつもと変わらねェ。特別破壊衝動みたいなのもないし……ただ興奮すると、髪が逆立つ」

「まあそのくらいなら問題ないわ。常に下敷きでも持って誤魔化しなさい。ほら見てください、スーパーサイヤ人っすよ! とか」

「俺は小学生か! 大丈夫だよ、部活中とかはタオルを巻くようにしてる。学校の間は……俺はそもそも友達とかもいねェから、喋る相手もいないし、俺と関わろうとする人間もいないから、興奮もしねェ」

「……ごめんなさい、変な事聞いて」

「憐れむなよ!」

 必要以上に暗くなる宝華に、大駒は叫んだ。

「まあ貴方は常に危険な状態であることは理解しておいて。スイッチを入れれば即座に爆発する爆弾だと。常に導火線に火を近づけている状態なのだから、多少のミスが大事故を招く……そうなれば私も貴方を擁護しきれない」

「……わかってる」

 そうは言われてもそういうトラブルというのは、いつも予期せぬところから舞い込むものだ。注意していても対処できない場合もある。

「だいく! ビッグマン!」

 肩にまたがったノラが大駒にマスクを掲げて要求する。

 大駒はそれを被り、いつものようにポーズを取ってビッグマンと叫んだ。

 それだけでノラは嬉しそうにきゃっきゃとはしゃいだ。

「一番不安なのは、〈ブラックシアター〉ね。彼らは《ワルキューレ》であるノラちゃんを必ず狙ってくる」

「……」

 その話をされると、つい奈良の顔が浮かんでしまい、大駒は口を閉ざした。

 確かに彼は怪物で、大駒の敵ではあったが、どこか憎めない人間だった。

 彼は本気で大駒を思い、そして映画の事を思っていた。そう思えてならない。

「そうなった場合、必然貴方も狙われるわ。そもそも〈ブラックシアター〉の人間を一人倒してしまっているからね。復讐の意味もある……それにしても引っかかるのは、あの奈良という男は、どうして事務所にノラちゃんを置いておいたのかしら。貴方から奪って、私があの男を見つけるまで、優に二、三日の時間はあった……それだけあればノラちゃんを仲間に引き渡すことはできたはず……渡せない事情があったのかしら? だとしたらそれは何……?」

「多分、俺を待ってたんだと思う」

 思考する宝華に、答えを教えるように大駒は言った。

 答えと言っても、あくまで大駒の想像、だが。

「貴方を? どうして?」

 案の定宝華は疑問を呈す。

「奈良監督は、自分が怪物であることを悔やんでた。人を殺してしまうことを、罪に感じてた。でもそれがどうしようもない事も、理解してた……だからこそ、そうなる前の俺に言ってくれた。絶対に〈逢魔ヶ時〉を迎えるなって。自分のようにはなるなって」

「……そうだったの。確かに悪の割に、理路整然としたところがあったものね。客観的にものを見る力はあった」

役割(ロール)なんてもんがなけりゃ、あの人は真っ当な人間なんだよ。あくまで〈少数派劇団(マイノリティ)〉のような存在から自分を守るために悪い組織に入っていただけで……だからきっと、ノラを奪っていった事に、罪悪感を感じてたんだと思う。ノラが泣いて嫌がったから……あの人は、そういう人だ……と思う」

「と思う、ばかりじゃない」

 呆れたように言って、宝華は窓の外を見上げた。

「まあそれはいいわ。終わった事だし」

 宝華は用が済んだのか、立ち上がり帰り支度を始める。

「そう言えば主演舞台、どうなったの? 映画と同じで中止になった?」

「え? ああ、一応続けてやらせてもらえる事になったんだ。でも主役(しゅえき)先輩とのダブル主演にしてもらった……やっぱ一人だと自信ねぇし」

「あら、随分殊勝になったじゃない。やっと自分の程度を理解できたと言う事ね。良い成長よ。そのまま誠実で謙虚な人間でいなさい」

「うるせェ」

「あとノラちゃんの事だけど」

 宝華は靴を履きながらそう言って振り返った。ピンクのワンピースがひらりと揺れる。

「こっちで調べてみた結果、一月ほど前にあの公園にその子を捨てに来た男がいたそうよ」

「だ、誰なんだ?」

「さあ。まだそこまでは掴めていない。ただ目撃者の話によれば、まだ若い、大学生くらいの男だったそうよ。見た目も普通で特に生活に困ってる様子はなさそうだったと」

「……じゃあなんだ、どういうことだ?」

 大駒が首を傾げると、合わせてノラも首を傾げた。

「もしかしたら若い男女が早まって子供を産み、ある程度までは育てたけれど、何らかの事情があって育てられなくなった……という可能性が一番妥当かしらね」

「何で早まって子供を産んじまうんだ?」

「なっ、何でって貴方……それくらいわかるでしょ? 私に言わさないで!」

 顔を真っ赤にして怒る宝華。

だが大駒は本当にわからないといった感じでさらに首を傾げていく。

 大駒は、良くも悪くも物知らずなのだ。

「とにかく。ノラちゃんの親は自分の意志でその子を捨てたということ。ということは捜すにも一苦労だということよ。自ら名乗り出ないのだからね」

「そうか……お前、捨てられたのか?」

 上を見上げる。だがノラは何を言われているかよくわからない様子で、手に持ったスナック菓子を大駒の上で食べていた。ボロボロと食べかすが落ちるのを、大駒は特に気にしていない。

「まあノラちゃんの様子を見る限り、そんな愛すべき親でもなかったのでしょうね……それにノラちゃんの出生はわからなくたって問題ないわ。彼女のその稀少な能力を必要とする組織はいくらでもある。私達だって、彼女が自己判断できるようになれば、正式に組織に加入してもらうつもりだから。そうなれば一人で充分生きていけるだけのお金も稼げるし」

「……」

 確かにそうかもしれないが、だがしかしそれでいいのだろうか、と大駒は疑問する。

 やはり子供というものは、どんな親であれ側にいるべきだと思う。

 自分も親に愛されて生きて、幸せだったからなおさら。

 もちろんそうでない親子もいるのは承知しているが、ノラが虐待を受けていたなどという様子は微塵も感じられない。

 きっとノラを愛していたが、やむなく捨てたのだろう。そう思いたい。

「じゃあ私は帰るわ。言っとくけどお菓子はそれくらいにして。ノラちゃんは子供なんだから、身体に悪いものばかり食べさせては駄目よ。あの南都(なんと)伊子って子が大量にお菓子持ってくるけど、止めさせて。今日持ってきたものは、戸棚の上に隠しておいたわ。ノラちゃんが勝手に取らないように。あと貴方が休日の時だけれど、できれば外で遊ばせてあげて。運動は大事よ。絶対に。全ての健康の源なんだから。あとそれと――」

「わかったよ。お前は長く家を空ける母親か」

 大駒にツッコまれて宝華はしまったと口を固めた。

「だ、誰が母親よ!」

 と宝華が顔を赤くして叫ぶと、彼女の制服の肩の部分を、ノラが掴んだ。

 ノラは大駒の上から、純粋な眼差しで宝華を見つめる。

 まるで帰ってほしくないとねだるように。

「ごめんね、ノラちゃん。また明日来るわ。だから手を離し――」


「まま」


 ――と、ノラからその二文字が飛び出た。

 宝華は顔を固める。

「え?」

「まま」

 どうやら宝華は、母親認定をされてしまったらしい。ノラはその手を離そうとしない。

 そして今度は視線を大駒に向け、「ぱぱ」と言った。

「ちょ――」

 宝華は反射的に怒鳴ろうとしたが、しかし相手は何の悪気もない小さな子供。

宝華はノラのために、否定したい自分を抑え込んだ。

 だが――

「そうかそうか、ノラ。俺と宝華に、結婚して欲しいか……え、弟がほしいって?」

「調子のんなッ!」

 ふにゃけた顔で言う大駒に、宝華は本を取り出して呪文を唱えた。

 すると不細工に空いた大駒の口の中に氷塊が生成され、大駒は口をあんぐりさせて後方へと転んだ。

「あ、明日も来るから、部屋はちゃんと掃除しときなさい!」

 バタン、と扉を思い切り閉めて去って行く宝華。

カンカン、と階段を踏む音が聞こえてくる。

 大駒は必死に口内の氷塊をかみ砕き、ようやく息ができた。

「あ、あいつ……危ねぇ……」

「だいく」

 仰向けに倒れた大駒の腹の上で座っているノラが言った。

「おなか、へった」

「じゃあ何か食うか。カレーか?」

「らーめん」

「……ラーメンかァ……それは多分、宝華に怒られるなァ……」

「らーめん」

「ん~」

「らーめん!」

「わかったわかった。その代わり、ママには絶対内緒だぞ?」

 大駒の言葉に、ノラはにっと笑った。

 それを見て、大駒もにっと笑い返した。

 こうして大駒とノラは、夜の街へと繰り出した。

 階段を降りる大駒の足取りは、その体重の割に、軽やかだった。

ついったーはじめました。

@E_cla_ss

よければお友達なってください。多分延々観た映画の感想呟いてる気がします。面白い映画教えてくれると跳ねて喜びます。

あと、言ってくだされば他のなろう小説なども読みに行きたいです。

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