取り戻した日常
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「本当に、申し訳ございませんでしたァッ!!」
黄磊大駒は土下座していた。
その巨躯を存分に振り落として、床へと頭をこすりつけた。
「先日は練習中に無断で勝手に帰ってしまって、申し訳ございませんでした!! 煮るなり焼くなり好きにしてくだせぇッ! なんならここで腹切って詫びても――」
「あーいい、いい! やめろ! 掃除がめんどくさいだろっ!」
少し理由がおかしいとは思うが、そう言って大駒を制止したのは猛付だ。その横では演劇部部長の主役も困惑気味に立っている。
そこは演劇部の臨時部室。今日部活動が始まって部室に入ってきた大駒が開口一番に謝罪をして、土下座したのだ。
そのいきなりの行動に、猛付を含め部員全体が唖然と口を固めた。
大駒は先日の部室棟が倒壊した事件の時の事を謝っているのだ。あくまでその時勝手に家に帰っていたという嘘の話ではあったが。
「でも俺……」
「わかってるよ、ブランカ。悪かったな、お前を疑って。俺たちもあんな事があってピリピリしてたんだ。そんでその時そこに居なかったお前を、あんな怪物と思い込んで決めつけてた。お前は違うって言ってたのに……ずっと気にしてたんだろ?」
主役が優しくそう言って大駒の肩に手を置いた。
「しかし我ながら馬鹿だったと思うよ。でかいってだけでお前と思い込むなんてな。はははっ」
「は、ははははっ、そ、そうっすよ先輩! 酷いっすよォ!」
「悪い悪い! きっとあれはゴリラか何かだったんだよな。うん、なあ皆?」
主役が言って振り返ると、部員達は口々に喋り出した。
そうだよね、とか。今思えば幻覚だったんじゃないか、とか。ゴリラって言うよりは、イエティじゃね、とか。なんだよ俺もおかしいと思ってたんだよ、とか。
なんとも流されやすい人たちである。
まるでスイッチを切り替えたように大駒の疑いが晴れていく。
「はいはーい! 私語終了ー!」
そんな部員を、猛付が大声で制した。
部員は一斉に喋るのを止める。
「だから部室棟倒壊に関しては、老朽化による自然倒壊だって警察も言ってる。あの屋根から落ちてきたのは、あれだ、そうだ、ゴリラだ。ゴリラが屋根の上を歩いていたら老朽化した屋根が崩れて落ちてきたんだ。今あり得ないと思ったろ? だが怪物が建物を倒壊させたなんて話よりよっぽど現実味がある。そうだろ」
そう言うと皆は、微妙な顔をしていたが、この演劇部において猛付の言うことは絶対なのである。だからそれに部員が反論することはなかった。
「そんじゃあ練習始めるぞ! 全員いつも通り並べ! お前もだ黄磊! 勝手にサボったのを認めるんなら、相応の仕打ちは受けてもらうぞ!」
「は、はい!」
大駒は慌てて立ち上がり、皆と同じように横一列に並んだ。
「それじゃあ今日も一日よろしくお願いしますっ! 礼っ!」
「はァ」
大きくため息をついた。それは何も暗い気持ちからではない。ただ単純に、疲れただけだ。あの後、猛付のしごきに近い練習は夜遅くまで続き、さすがの大駒も泣き言を言いたくなった。
「あ、先輩っ」
おんぼろアパートに着いたところで、前方から声を掛けられる。
南都伊子だ。
相変わらずの眩しい笑顔で大駒に近づいてくる。
「お、お前……こんなとこで何してんだ?」
「なんとっ! 先輩を待ってたんですよっ」
「でももう暗いぞ? お前んち門限厳しいんじゃないのか?」
「先輩、私ももう子供じゃないんですから……これくらいの不良行為はしますよ。といってもすぐ近くに車を待たせてるんですけどねっ」
「それで、用事は?」
「ノラちゃん、戻ってきたんですねっ」
「……」
大駒はそこから見える自分の部屋を見上げた。電気が点いている。
「先輩がいるかなあと思って行ったら、玄関を開けてくれたのがノラちゃんで。びっくりしましたよっ」
「あ、ああ……なんかあいつの親な、揃って海外勤務みたいで……それでこう、また行くから預かってくれーって。困っちゃうよな、ほんと!」
がはは、と誤魔化すように笑う大駒。
「そうなんですか? お忙しい人なんですね」
「そうそう。だから親の実家に預けてたらしいんだけど、逃げ出しちゃったみたいで……」
「まあ、だからあんなところでホームレスを?」
コクコク、と大駒は頷いて見せた。
それを本当に信用したように、伊子は表情を変化させた。なんとも信じやすいというか、騙しやすい子である。大駒は少し彼女が心配になった。
「えーと、それで、何だ。何か用だったんだろ?」
「いえ、お顔を拝見したかっただけなんですっ。元気になったかなーって。でも元気そうで良かったですっ」
「そうか。悪いな、心配かけて……あーなんだ。うち上がってくか? お茶くらいだったら出すぞ? お前の買ったやつだけど……」
「ふふっ。なんだか先輩らしくないですね。可愛い。でもやめときます。そろそろ帰らなくてはいけないですし、何より先客がいらっしゃるみたいなのでっ」
「……先客?」
「とても綺麗な方でしたよ。スレンダーで魅力的で……あの制服は五雛女学院でした」
ああ宝華か、と大駒は納得する。
あの女なら合い鍵無しに勝手に家に入り込んでいるだろう。ノラも警戒心を持たないはずだ。
「先輩、あんな方といつの間にお知り合いになられたんですか?」
何故だろう。
にこにこ笑っているはずなのに、どことなく伊子の表情が、硬い。というより怖い。
まるで刑事に詰問されている気分だ。
「先輩、あんな綺麗な方といつのまに仲良くなられたんですか? 合い鍵を渡し合うほどに。親密に」
「え、えーっと……あれだ。ノラの姉貴なんだ」
「お姉さんですか? でもお姉さんがいたらノラちゃんも一緒に住めばいいじゃないですか? どうして先輩が預かるんですかっ?」
少しの話の矛盾を突くように、伊子は大駒に詰め寄ってくる。
これは一つのミスも許されない。
「え、え? あ、あれだよ! 義理のお姉さん、なんだ。だから今は全く別の家庭で育ってて、こないだのテレビを見て心配になって駆けつけてくれた、的な?」
「的な?」
「じゃない。そうなんだ。それしかあり得ないんだ!」
うんうん、と無理矢理納得させようと、大駒は力技に出る。
それを怪しむ目で睨み付けていた伊子だったが、諦めたように顔を離し、
「まあ先輩がそういうなら信じます。それじゃあ私、本当に急ぐので、帰りますねっ」
そう言って伊子はやっと大駒に背を向けてくれる。
「じゃあ先輩、またっ」
また、と言うことは、まだまだ彼女は自分に付きまとう気なのだろうか……大駒はため息をついた。偶然助けただけでここまで慕われるのは、それはもちろん悪い気はしないが、だが彼女のためを思うと、申し訳なく思う。




