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怪物の誕生

メリークリスマス!!!(怒)

「はァ」

 と、大駒は大きくため息をついた。

 今日は散々だった。まだ連日の暗い気分が抜けていないとはいえ、それでも一気に不運が舞い襲ってきたように、何をやってもうまくいかない。

 取り戻そうとすればするほど、空回りする。

 まるで少し前の自分に戻った気分だ。

「まあいいや。帰って寝よ」

 明日も早い。今日はさっさと帰って寝てしまおう。

「ただいま」

 そう言って扉を開ける。

 だが家の中には誰もいないことを思い出す。まだノラがいた時の癖が抜けない。

 カバンを放り投げ、そのまま布団に入り込む。

 そういえば宝華(ほうか)は何をしているのだろうか、と大駒はふと思った。あの後おそらくノラを追っていったのだろう。彼女たち〈少数派劇団(マイノリティ)〉にとっても、あの少女は稀少な存在なのだ。是が非でも手に入れたいはずだ。

 それは抹殺対象である大駒を放置してでも優先すべき任務なのだろう。

 だがおかげで自由に生活ができる。

 大駒は夢を叶えることができる。

 あの少女を手放してやはり良かったと考える。

「そうだ。俺ァ、これで良かったんだ」

 何度目だろうか。

 大駒は言い聞かせるようにそう言って、布団を深く被り直した。

「先輩、いらっしゃいますか?」

 その時、扉の外からそんな声が聞こえてくる。

 これは伊子の声だ。

 大駒は面倒だ、とそれを無視した。

「先輩。いないんですか? ノラちゃーん! おーい!」

 ガンゴンガン、と伊子は扉を叩いてくる。

「おーい! ノラちゃーん! おーい!」

「ああうるせぇなァ!!」

 堪らず大駒は扉を開けた。

 案の定そこには私服姿の伊子がいて、大駒を驚いたように見上げていた。

 厳格な家の娘らしい、清楚で淑やかな格好をしている。

「なんと! 先輩っ。やっぱりいましたっ。居留守使うなんてずるいですっ!」

「うるせぇ! もう俺に関わるなって言ったろ!」

「あ、あんまり叫ばないでくださいっ。隣の人に迷惑ですから!」

 そう言って伊子は大駒の身体を押し込むように家の中へと入ってくる。

 彼女は後ろ手に扉を閉めた。

「何しにきたんだよ、お前」

「怖いですよ先輩。そんなことより……あれ、ノラちゃんは?」

 部屋を見渡し、ようやくノラがいない事に気付いた伊子。

「あいつは……帰った」

「帰ったって?」

「そりゃ、お前、本当の家に決まってるだろ?」

「なんと。じゃあご家族が、見つかったんですか?」

「そうだ」

 伊子を納得させようと、大駒はまた嘘をつく。

「そう、なんですか……じゃあせっかく買ってきたお菓子も無駄になっちゃいましたね」

 伊子は持っていたスーパーの袋を掲げて見せた。そこには袋一杯のスナック菓子が詰められている。

 伊子はノラを随分と気に入っていたようなので、口調の割に哀しそうだった。

「先輩、食べます? せっかく買ったので。あ、お茶用意しますね。確か私がこの間買っておいた紅茶が……」

「勝手に触るな! なんだよお前、帰れよ!」

 厚かましく振る舞う伊子に、大駒が容赦無く怒鳴ると、伊子はさすがに萎縮したような態度を見せた。

「先輩、どうしたんですか……? この間から少し変ですよ?」

「俺はおかしくねぇよ」

「おかしいです。急に怒鳴ったり、私に関わるなとか言ったり」

 そう話しながら、伊子は紅茶の用意を進める。

 手慣れた手つきでカップを取り出し、お湯を沸かす。

「なんていうか、ノラちゃんがいた頃の先輩は、確かにずぼらで、がさつで、野蛮だったですけど、でもなんて言うんでしょう。前にはなかった柔らかさみたいなのがありました」

 ヤカンから音が鳴り出し、水が沸騰したことを告げる。

 伊子はそれを取ってゆっくりとティーバッグの入ったカップにお湯を注ぐ。

 するとほのかなお茶の香りが部屋に立ちこめる。

「よく笑うようになりましたし、人に優しくなりました」

「それは……俺がそうなろうとしてたからだ」

「え?」

「俺は自分のがさつな態度を矯正するために、あいつを利用したんだ。あんなガキにも気に入られるような優しい心があれば、俺も舞台の主役に抜擢(ばってき)されるんだと思ったから……だから優しくあろうとした。それだけだ。基本俺は嫌な奴だ」

「そうだったんですね。どうりでらしくないなぁって思ったんですよ。ふふ」

「な、何がおかしいんだよ」

 伊子は大駒、そして自分の前に紅茶の入ったカップを置き、自分も同じように座った。

「いえいえ。おかしくありませんよ。微笑ましいなぁって思って。先輩も、可愛いとこあるんですねっ」

 屈託無く笑う伊子に、大駒は徐々に溜飲を下げていく。

 この少女にはいくら怒鳴りつけても、サンドバックに殴りつけているような、そんな無意味感を覚えてしまう。

「可愛くねえ。なんだよそれ」

「そんな事ないですっ。先輩は身体は大きいですけど、心は私達と何ら変わりない、普通の人なんですっ。私は一年前に先輩に助けてもらったときのこと、忘れたことがありません。あの時皆さんは先輩の事、怖いって思ったのかもしれませんけど、私は純粋に感動したんです」

 伊子はそう言ってその眩しいまでの瞳を大駒に向けてくる。

「この人は、なんて凄い人なんだろうって。誰もが嫌がる中、自分が前に出て彼らを止めた。あんな事したら、自分がマズイ状況に追い込まれるのは明白なのに。せっかくの劇が、台無しになってしまうのに。先輩は皆の代わりに、彼らを退治してくれました」

「……違う。俺は、そんな良い人間じゃねえ」

 大駒は自暴自棄になったように、静かな声で呟くように言った。

「ただ怒りに限界が来ただけで……自分を抑えられなくて、暴れただけなんだ……俺は、そういうどうしようもない人間なんだ」

「知ってますよ。そんなこと」

「え?」

 驚いたように大駒は顔を上げる。

「先輩はすぐに怒るし、すぐに手を出しちゃう。興奮して物を壊すし、どんな些細な事にも我慢できない、駄目人間ですっ。まさに劇中の怪物そのものですっ」

 そこまで言うかと思ったが、大駒は何も言い返せず、彼女の言葉に耳を傾けた。

「でも先輩は、誰も傷つけませんでした」

「……?」

「あの三人以外、他に誰にも手を出しませんでした。舞台セットや椅子を壊したりはしましたけど、他の人は傷つけていません。ちゃんとあの三人を退治して、それで拳を納めました」

 伊子は笑っている。

 こんな怪物に向かって、怯える事無く笑ってくれている。

「皆さんが噂する通り、先輩は怪物染みています。身体は大きいし、すぐ物を壊すし。でも先輩は無闇矢鱈(むやみやたら)と関係無い人を傷つけたりしない、心優しい怪物です。例え怒って我を忘れたって、ちゃんと拳を向ける相手をはき違えない、そんな立派な人間なんですよ」


 だったら怪物だっていいじゃないですか――伊子はそう言った。


 そんな言葉を聞ける時がくるなんて思いもしていなかった。

 怪物で、良い?

「私、先輩の怪物役、大好きですよっ! もちろん今度の主演舞台も楽しみですけど、また怪物役をやってくれる先輩を見たいですっ。うがーって。ふふっ」

 喋り疲れたのか、伊子は紅茶をゆったりとした仕草で口に運んだ。

 上品で、見取れてしまうような姿だ。

「……ごめん。今日は、そろそろ帰ってくれるか?」

 だが大駒は、小さな声でそう言った。

「はい? あ、ごめんなさい、長居しちゃって……すぐ帰りますねっ」

 伊子は慌てて身支度を済ませ、立ち上がった。

 そして玄関で靴を履き、

「あの、先輩」

「なんだ?」

「ノラちゃんはいなくなっちゃいましたけど、また遊びにきてもいいですかっ?」

「なんもねェぞ?」

「構いませんっ」

「……勝手にしろ」

「はいっ。そうしますっ」

 冷たい大駒の返事に、伊子はそれでも終始明るい表情を崩さなかった。

 伊子が家を出て行く。

 静かになった部屋で、大駒はのっそりと立ち上がった。

 そして押し入れの中にしまっていた段ボールの一つを取り出し、その中をゴソゴソと漁りだした。

 中からはノラが遊んでいた玩具などが出てくる。大駒は思い出をそこにしまい込んでいた。次のゴミの日に出そうと思っていた。

 そしてその段ボールの底から、あるものを取り出し、立ち上がった。

 それは汚れの目立つ、ビックマンの変身マスクだ。

 『獣人王アガバム』の敵役。そのマスク。

 大駒はそれを頭に被った。

 そして腰に手を当てて、高く胸を張った。

 そうして大駒は叫んだのだ。


「ビッグマン!」

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