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手放す運命

忙しすぎて間が空いてしまった……涙

「あんたが、どうして……」

「私だよ。この岩の怪物だったのは。私も君と同じ《怪物(モンスター)》さ。社会に忌み嫌われ、一方的に処分対象にされた、哀しい化け物さ」

 奈良は肩をすくめて言った。

 だが大駒はまだ理解出来ていない様子で、

「じゃ、じゃあ宝華が言ってた、連続女性誘拐事件も……?」

「ああ、私だ。そうは見えないかね? でもね、残念ながら私も君と同じように、どうしようもない衝動に逆らえないんだ。私の場合は、純粋なコレクター衝動だがね」

「コレクター衝動?」

「ああ。私は綺麗な女性を見ると、それをどうしても手に入れたくなる。別にやましいことをしようと言うわけじゃない。ただ、コレクションしたいんだ。綺麗で美しいものを、自分の側に置いておきたい……だからそういった女性を見ると、どうにもその衝動が抑えられない。気がついたら私は岩の化け物になっていて、女性を誘拐していた……その行為がどうしても止められないんだ」

 奈良は自嘲的に笑って、再度肩をすくめた。

 だが大駒にはあまりに特殊な衝動すぎて、理解に時間が掛かった。

 それでもわかったことがある。奈良もまた、大駒と同じ《怪物(モンスター)》なのだ。

「〈少数派劇団(マイノリティ)〉の人間が私達のような悪い役割(ロール)の人間を早め早めに処分しようとする理由がわかるよ。初めはそうでなくても、〈逢魔ヶ時(おうまがとき)〉を迎えてしまえば、そんな理性あっという間に吹き飛ぶ。自分の悪しき衝動には逆らえない。君もそうだったろ?」

 大駒は慌てて視線を逸らした。

 この男は知っている。自分が破壊衝動を抑えられない、醜い化け物であることを。

「私達は生まれた瞬間から悪を宿命付けられていたんだ。それこそが役割(ロール)。哀しいものだね。自分の天性は映画監督だと思っていたのに、《怪物(モンスター)》だったなんて……」

「どうして、昨日宝華を狙ったんだ?」

「怪しまれたと思ったからさ。まさか君があの女を、私を狙っていた女を連れてくるとは夢にも思っていなかったからね……少し焦った。もしかしたら私の正体がバレたのではないかとね。だから完全に気付かれる前に殺しておきたかったのさ。正体がばれると、全てが終わってしまうからね……君たちを危険に晒すつもりはなかったんだ。信じてくれ。でもしかし、まさか君だけじゃなく、その子供まで〝異端者(マーベリック)〟だったとはね……それもとびっきりの希少種、《ワルキューレ》。まさか本当に存在したとは」

 奈良が興味津々の様子でノラを見つめるので、大駒はノラを隠すように後ろに下ろした。

「大丈夫だよ。奪いやしない。だって無理矢理引き離そうとすれば、その子は昨日のように力を出すんだろう? あんな神のような存在に、私は勝てる気がしない」

「じゃあ何しに来たんだよ?」

「だから、君に譲って欲しいのさ。その子を、黄磊くんの意志で、渡してほしい。そうすれば、その子も納得するだろう。力を暴走させることはない」

「なんで、こいつが必要なんだ?」

「知らないのか? 神の国の話を」

「そんなもん眉唾もんだろ!」

 ふるふる、と奈良は首を横に振った。

「あれはただの伝説じゃない。現実に存在する神のシステムだ」

「神の、システム……?」

「そう。我々に役割(ロール)を与えた神が、我々に唯一与えた、天命への拒否権だ。神の国へ行けば、そこでは役割(ロール)など関係ない。人はその縛りから解かれ、神に等しき存在となり、自由に生きることができる……つまり、私たちのような生まれながらに悪とされている人間が、それをなかったことにできるんだ。自分のやりたいことを、やりたいように、自由に生きられる。それは素晴らしい事だと思わないか?」

「それは……」

 大駒には奈良の言う事を笑って飛ばすことなどできはしなかった。

 もし自分の《怪物(モンスター)》という役割(ロール)が解かれ、破壊衝動などに(さいな)まれない、そんな人生が送れれば、それは大駒にとって素晴らしいことだ。

 だからそれを夢見る奈良を、笑えはしない。

「私はね、〈ブラックシアター〉という組織に属している。〈少数派劇団(マイノリティ)〉に対抗する、悪の軍団だ……ふふっ、言っていて自分でもおかしいと思うが」

 自嘲するように、奈良は鼻をならした。

 悪の集団、などと本気で言っている人間がいることに困惑する。

「でもそれは確かに存在する。私は自分が《怪物(モンスター)》になった時、その組織に誘われた。私はすぐに了承した。何故なら自分を守るために、仲間が必要だったから。悪の軍団というだけあって、決して気持ちの良い集団ではないがね。だがやはり同じ境遇の仲間がいるというのは、それだけで嬉しいものさ」

 同じ、仲間。

 それを大駒は想像もしたことがなかったが、それは確かに嬉しいだろう。

 こんな悩みを持った人間が他にも。それは会ってみたい。

「私達の組織には、ある目的がある。それが神の国へ行くことだ。神の国へ行って自分の呪われた役割(ロール)を解き、くそったれな運命を与えた神に仕返しをする……それが私達の目的。生きる意味……だから私は、その子が欲しいのだよ。神の国へと続く鍵である、《ワルキューレ》の少女を」

 奈良はその手を差し出した。

 それ見て、ノラは怯えるように大駒の足を抱きしめた。

「そんな小さな子供を一人で抱えて、それで〈少数派劇団(マイノリティ)〉からの攻撃を耐えるのは、至難の業だろう? もう君自身も、限界を感じているんじゃないかな? それ故、さっき刑事にその子を渡そうとした」

「それは、こいつに幸せになって欲しかったからだ! 自分が嫌になったわけじゃ、ねぇ……」

 どうしてか、尻すぼみになる大駒の言葉。

「じゃあここで私と戦って守るかな? そのボロボロの身体で?」

「……でも」

「君には、夢があるんじゃないのか?」

 大駒の言葉に被せるように、奈良は言った。大駒が顔を上げる。

「怪物としてじゃない、一人の人間として、主役を演じてみたい。そうじゃなかったのかい? そしてそれはもう目の前まで来ている。部活動の練習も始まり、そして今週末には私の映画の撮影も始まる……それは誰もが認める、主演俳優だ。スターだ」

 奈良は大駒を追い詰めるように少しずつ声を大にしていく。

「嫌なんだろう? そんな自分が? だから変えたい。舞台の真ん中に立つような人間になりたい。その夢はもうそこまで来てる。そんな中で、君はその夢を捨てるのか? 勿体ない。勿体ないにも程がある」

「……で、でもよ」

「大丈夫だ。君はまだ〈逢魔ヶ時〉を迎えていない。本当の〝異端者(マーベリック)〟にはなっていないんだ」

「そ、そうなのか?」

「ああ。まだ君は最後のところで踏ん張っている。〈逢魔ヶ時〉を迎えれば、そんな落ち着いてはいられないはずだ。だからその状況なら、まだ引き返せる」

「引き返す……?」

「そうだ。〈少数派劇団(マイノリティ)〉の女は、〈逢魔ヶ時〉は避けられないと言っていただろ? あれは真っ赤な嘘だ。奴らが体良く《悪しき者(ヴァイラン)》を処分するためにつく嘘だ。〈逢魔ヶ時〉は避けられる。君はまだ引き返せるんだ」

「どうやって?」

 すがるように大駒は尋ねた。

 その時自分の身体が少し前に出ていたことを、大駒は気付いていない。

「できるだけ興奮しないように、破壊衝動が出てこないような環境で過ごすんだ。そうすれば喉元まで上がってきていた衝動が、徐々に下がっていく。君は今までの破壊衝動が嘘のように、晴れた気分になるだろう。そうなれば君はただの人さ。他の誰とも変わらない。今は少し張り詰めているだけなんだ」

「俺が……戻れる……?」

 まるで光を掴んだ気分だった。

 闇雲にもがいていた自分に、一筋の光が差した、そんな気分。

 一気に希望とやる気が湧いてくる。そしてその光を照らしてくれたのは、まさかの岩の怪物だった。

「でもあいつらは、俺を殺そうとするんだ」

「なら自分がもう暴れないんだと証明してやればいい。事実《悪しき者(ヴァイラン)》の中でも、自分の有用性を示して処分を逃れた人間は大勢いる。要は社会的脅威にならなければいいんだ。君にはできる。君は自分を抑えられる。そうだろ?」 

 だって君は、誰もが羨む主人公なのだから――と、奈良は続けた。

「一緒に映画を撮ろう! 最高の、熱くなれるヒーロー映画を! 君に化け物役なんて似合わない!」

「監督……」

「私は君を応援したい。私に出来なかった事を、君には成し遂げてほしい。こんな身体で、まともに人生を送れるわけがないんだ」

 奈良が自分の腕を差し出すと、その腕から隆起するように岩が飛び出てくる。そしてそれはあっという間に彼の腕を覆い尽くし、岩の鎧を創り出す。

「こんな風になってほしくない。君には平和に、人として生きて欲しいんだ……黄磊くん。だからその子を、譲ってくれ」

「……」

「君はよく頑張った。もういいじゃないか。面倒な存在は手放して、映画に舞台に集中しなさい。そうすれば、きっと明るい将来が見えてくる」

 敵にしては優しい、優しすぎる言葉だった。

 そしてそれは傷ついた大駒の心に、心地良いほどに染み渡った。

 いや、敵じゃない。彼は仲間だ。

 大駒を思う、一人の仲間。そして彼の言う事は、全てが正論だ。

 大駒はしばし悩んだように固まったあと、足にしがみつくノラを摘まみ上げ、それを奈良へと差し出した。

「ぐえっ! やっ!」

 しかしそれにノラが抵抗するように暴れる。

 ジタバタと、大駒に手を伸ばそうとする。だがそれは届かない。

「やっ! だいく! やっ! ……ぐずっ……だいぐぅ! やだぁ!」

 涙と鼻水を不細工に畳みに落とし、ノラは叫ぶ。

 しかし大駒はそれを見ていられないと、顔をそっぽに向けた。

「うるせェんだよ!」

 と、大駒が叫んだ。その怒号にノラが言葉を止める。

「俺はお前が始めから大っ嫌いなんだよ! うるさいし! 我が儘だし! お前のせいで変な奴らに殺されかけるし! ただ自分のために利用してただけだっつーの! 勘違いすんな! もう嫌なんだよ! あっちいけ!」

「だい、ぐ……?」

「泣くな! めんどくさい! 俺はなァ、自分の事だけで精一杯なんだよ! お前の面倒までみられるか! あほ!」

 大駒の叫びに、ノラは涙目で沈黙した。

 彼の言葉を理解したのか、泣きわめくのを止め、鼻をすすった。

 そのままノラは抵抗なく奈良の手に渡される。

「……いいのかい?」

 奈良が尋ねた。顔を背ける大駒に。

「いい。でも約束してくれ、こいつを絶対に幸せにしてやってくれ」

「ああ」

「ラーメン好きだから、食べさせてやってくれ」

「ああ、もちろんだ。私と君はこれからも人間として付き合っていくのだからね。この子の様子は逐一伝えてあげよう」

「いい。俺はそいつのこと、忘れるから。全部忘れたいから、だから伝えなくていい」

「……そうかい。わかったよ」

 そう言って奈良は大駒に背を向けた。

 そして玄関を出た辺りで立ち止まり、

「最後に一つ。もし君が生きるのに困って、怪物として生きていく事を決めたら、あのスタジオに来なさい。その時は、〈ブラックシアター〉に歓迎するよ」

 大駒は返事をしなかった。

 静かに、初めからそこにいなかったかのように、奈良はその場を去ったのだった。

 ノラを連れて。


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