侍でござる
寒くなってきましたーー!!乗り切りましょーー!!
部室棟の二階からは正面に林が見える。見ているだけで気分が浄化されてしまうその風景に、疲れた演劇部員はよくここで気分を整える。
「はァ」
あの件に関して言えば、少なくとも大駒は何もしていない。
宝華と岩の怪物が人外の力で争いあっただけである。
強いて言えばノラがラーメン店を吹き飛ばしたのだが、それもこれもあの岩の怪物のせいだし、大駒のせいではこれっぽっちもない。
だが――だからといって、自分が何一つ隠す必要のない潔白かと言われれば、そうとも言い切れない。彼らに自分は深く関わっているし、自分はあの怪物と同じ存在……らしいし。そもそもそんな馬鹿げた世界と関わる大駒を、誰も笑って受け入れてくれるわけがない。
「先輩!」
欄干に持たれるようにして休んでいた大駒に、下から声が掛けられる。
下からこちらに向かって手を振るのは、後輩女子の南都伊子だった。彼女は大駒を呼んでいるようだったので、渋々大駒は階段を降りて下へと向かった。
「どうした?」
「丁度良かった、休憩中だったんですねっ」
「まあ……それで? お前がこんなとこ来るなんて珍しいな」
酷く鬱陶しそうに、大駒は伊子に対応する。
「いえいえ。ただ先輩に頼まれた通り合い鍵を使ってノラちゃんの様子を見に行ったんですけど……」
いつの間にか自分が頼んだ事になっていた。面倒なのでいちいち訂正しないが。
「ノラちゃんなんだか元気が無い様子でした。落ち込んでいるというか、寂しがっていると言うか……それで気になって相談しに来たんです」
「……そうか。悪いな、世話掛けて」
「いえ、そんな。私がやりたくてやってることですし」
「でもそれは気にしなくていいよ。あいつちょっと甘えん坊なんだ。気に入らないとすぐ駄々こねるから……ちょっとはああやって自立心を育てた方がいいんだよ」
「そんな……でもノラちゃんはまだ子供ですよ? 今は甘えたい時期じゃないですか。親から捨てられたならなおさら、今は近くに人がいてほしいんだと思います」
「じゃあ俺に部活サボってあいつの面倒見ろって言うのか?」
大駒は少し威圧するように伊子へと視線を向ける。
その様子に伊子は少し悲しむように瞳を揺らがせた。
「そ、そんな事言ってませんっ」
「俺にはな、やることがたくさんあるんだ! 主演舞台も今日から練習始まったし、映画の撮影も控えてる! 一番大事な時期なんだ! 俺は暴れるだけの怪物じゃないって証明するために手を抜けないんだ!」
「わかってます! ちょっと落ち着いてください! 私は伝えるべきだと思って来ただけなんです。ノラちゃんがそういう状態だって知っておいて欲しくて。怒らせたのならすいません……そうですよね、大事な時期ですもんね」
伊子は申し訳なさそうに視線を下げた。
「でもそれならそれで、考えた方がいいかもしれません。私も放課後、少しの間しか面倒見られませんし、先輩はこれから忙しいから家に帰るのも夜になる……だからやっぱり、これからの事を真剣に考えるべきです」
「真剣に?」
「はい。例えばノラちゃんのご両親を探すとか、例えば警察や施設に預けるだとか……言いたくないですけど、ノラちゃんは結局見知らぬ他人の子供です。このまま先輩の家で勝手に育て続けるなんてできないですし」
「……」
確かにそうだな――と、大駒が伊子の意見に同意しようとした時だった。
「その南蛮人すら恐れおののく巨大な体躯、黄磊大駒殿とお見受けする」
ザクザク、と土を踏みしめながら、誰かが近づいてくる。
それは侍だった。
侍、などとこの時代にあまりにそぐわない存在を、さも当たり前のように描写してしまう程に、その男はあからさまに侍の格好をしていた。
後ろで縛った長い髪。地味な色で構成された着物。裾はボロボロに破れている。そして口元の無精髭。なによりその男が腰に携えた一本の刀が、その男が侍であると示している。
「何だ、お前?」
一見、変質者にしか見えないその男に、大駒は尋ねた。
「ふむ。拙者、山南十鶴郎と申す」
不気味な古くさい言葉遣いでそう言って、山南は丁寧に頭を下げた。
「その山南さんが何の用だ? ここは学校だぞ?」
「その通り。拙者も勝手に他人の敷地に入る事は拒まれたが、些か御上からの急を要する命令とあらば、致し方が無い」
「御上の、命令?」
「こう言えばわかっていただけるかな? 私は〈少数派劇団〉の者でござる」
「ッ!?」
最近何度も耳にした単語だ。
大駒がそれを忘れるわけがない。忘れられるわけがない。
大駒は慌てて全身に緊張を巡らせ、構えた。眉間に皺を寄せ、山南を睨み付ける。
その様子を、第三者である伊子は理解できないように不思議に眺めている。
「宝華の、仲間か?」
「左様。ただ宝華殿は先日の怪我で動けなくなってしまったため、拙者が代理に参った次第でござる」
「じゃ、じゃああんたも、〝異端者〟なのか?」
「続けて左様でござる。拙者は《善なる者》に属する《騎士》。その中でも特定種である《サムライ》の役割を天より与えられている、正真正銘の〝異端者〟でござる」
「それでそのアホみたいな格好してんのか」
「やはり天から与えられた人生の使命でござるからな。まずは身なり、そして言葉遣いから成りきらねばならぬ。そうすることで身も引き締まるというもの」
ござるござると、大駒にはこの男がとても滑稽に見えてくる。
顔もどこかへらへらしていて、締まりが無い。
大駒は自然と警戒心を解いた。
「で、その《サムライ》の山南さんが、ここに何しに来たんだ? ああそうか、宝華の代わりって事は、俺を護衛してくれるのか?」
「うむ。もちろん当初はその予定でござったが、しかし昨夜御上からその方針を変更すると沙汰があった」
「変更? 何だよ、じゃあこれからどうなるんだ? 俺は一体ど――」
一瞬だった――。
大駒が瞬きをした瞬間、数メートルは先にいた山南が、消えた。
そして気がついた時には、大駒は首筋に痛みを感じていた。
「……え……」
ブシュッ――と、間欠泉のように首筋から血しぶきが噴き散る。
「《ワルキューレ》の少女が見ていぬ場所で、黄磊大駒を至急始末せよ。それが御上からの命令でござる」
チャキン――と、いつの間にか大駒の背後にいた山南がそう言って、刀を鞘に収めた。




