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はじまりはじまり

「うがァァ!!」

 見た事も無い程に大きな怪物が叫んだ。

 全長2メートルはありそうなその体躯に、全身毛むくじゃらの皮膚。爪は触れただけで身体を貫かれそうな程鋭く、牙は鉄をもかみ砕きそうだ。

「きゃぁぁっ!」

 未知なる化け物に叫ばれた華奢な女は、怯えるようにその身を縮こめた。豪奢なドレスを着ている。西洋の姫か何かだろう。

 姫は顔を恐怖で固め、目からは涙をこぼし始めた。

 その震えるか弱き姫に、怪物は叫びながら容赦無く襲いかかる。

「待て!」

 しかし、その時一筋の光が瞬いた。

 そして怪物の上空から、白いタキシードを着た男が、舞い降りる。

「ツメルスク王!」

「無事でしたか、姫!」

 姫のピンチに駆けつけた煌びやかな容姿を持ったツメルスク王は、その手に持ったレイピアを怪物の顔面へと突き刺した。

「グァァァッ!!」

 レイピアに目を貫かれた怪物はうめき声を上げながらその場を逃げるように去って行く。

「見たか深林の脅威め! 我が顔を憶えよ! 我が声を憶えよ! そしてそれを恐れ、二度と我が国に、我が姫に近づくな!」

 王は声高々にそう言い放って、レイピアを腰へとしまいなおした。

 そしてくるりと振り返る。

「ツメルスク王」

「姫……」

 言葉は要らない、と王と姫は互いに見つめ合い、そして誰もいぬ深い深い森の奥で、静かにその唇を重ね合わせた――。

 

     ○   ○   ○


 拍手が鳴り響いた。

 それとほぼ同時に、舞台の緞帳(どんちょう)が下ろされ、客席と舞台との視界が(さえぎ)られていく。

『以上をもちまして、演劇部による〈ツメルスク王〉の公演を終わります』

 体育館に設置されたスピーカーからそんなアナウンスが響き、拍手は一層増していく。

 今日はここ九鳴(くめい)高校の文化祭だ。

 現在体育館では、数々の受賞歴を誇る名門演劇部による演劇〈ツメルスク王〉が行われ、それは盛大な拍手と共に終わりを迎えた。名のある演劇部の迫力ある芝居に、これだけのために集まった観客たちは皆感動に満ちあふれた表情を緞帳の下りた舞台へと向けている。

 午前の軽音部やその他お遊戯部の時にはまばらだった客席はいっぱいに埋まり、文化祭におけるこの演劇部の演目がどれほどに注目を集めていたかを(うかが)える。


「はあ」

 客席とは打って変わって舞台裏。

 その脇の階段を降りた狭く暗い空間で、一人の男が疲れたようにため息を吐いた。

 その驚くような巨体の男は、顔に付いた毛むくじゃらの特殊メイクをベリベリと()がし、それを地面に投げた。

 その少年――黄磊(おうらい)大駒(だいく)はそのまま体中の特殊メイクを脱ぎ捨て、ジャージ姿に戻った。

 しかし獣のような身体を失っても、少年の身体は高校二年生とは思えぬ程に大きく、それこそ本当に怪物染みていた。ゴリラとか、雪男とか、そんなくらいに。

「よう、お疲れさん、ブランカ!」

 大駒のいた舞台脇の薄暗い場所に、白いタキシードを着た男子が顔を覗かせ、汗を額に滲ませながらそう言った。ブランカとは有名な格闘ゲームに登場する筋骨隆々の野生児で、大駒のあだ名である。

「あ、うっす。主役(しゅえき)先輩も、お疲れさんっす」

 先ほどまで同じ舞台に立っていた先輩に、大駒はぺこりと頭を下げた。

 主役(しゅえき)主役(しゅやく)を演じる。これぞ運命というものか。

「おう。最高の舞台だったな! お前はまさに怪物だった! 俺は震えたね!」

 清々しいまでに爽やかに主役(しゅえき)が言うと、大駒は気恥ずかしそうに頭をぽりぽりと()いた。

 だが褒められているのにもかかわらず、大駒はどこかその顔に陰を落としている。

「おっと、緞帳が上がる。最後の挨拶だ。ブランカも来いよ!」

「え、いや、俺……俺はやめとくっす。怪物役なんで」

「どうした? そんなの関係ないだろ? ほら、早く!」

「ほら先輩! 早く真ん中に立たないと!」

 手を差し伸べる主役(しゅえき)に、後ろから現われたドレスを着た、それこそ姫と呼びたくなるような美少女が、彼の腕を掴んで舞台の真ん中まで引っ張っていく。

 彼女は一瞬そこにいる大駒に目をやり、しかし彼の存在を無視するように去って行った。

 緞帳が上がり、未だ残っていた観客は、舞台にずらりと並んだ演者たちに向かって、再度大きな拍手を送った。演劇部の面々はそれに対し深々と頭を下げて礼を返した。

 それを舞台の端から見つめた後、大駒はそのまま体育館を後にした。


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