歪な女体像
残された宝華は大駒を見送って、スタジオ内に誰もいなくなったのを確認し、スタジオの隅っこに置いてある小道具が並ぶ中にあった三体の等身大の石像へと歩み寄った。
様々なポージングをした石像が、三体横に並んでいる。
しかしそのどれもに、顔がない。
いや、顔はあるのだが、美しく曲線美を忠実に再現されている胴体と違い、顔だけはまるで目玉おやじのように大きく歪な球体になっている。
「石の、像……?」
触れる。
それはもちろん石のように冷たく、生気を感じさせない。
だがその石像に、宝華は確かな違和感を憶えた。
「この石……」
宝華の追っていた、岩の怪物のものと似ている。質感や色合いが。
「どうかしましたか?」
その時、突然背後から声がして、宝華は慌てて振り返った。
そこにいたのは奈良と付き添っていたスーツ姿の男だ。聞いた話では今回の映画のプロデューサーだという。三十代ほどの男。
プロデューサーの男はにこやかな笑顔で宝華を見ていた。
「どうかしましたか、こんなところで」
「え、ええ。ちょっと休んでいたら、この石像がとても綺麗で惹かれてしまいまして……」
「ああこれですか。最近使った大道具でしてね、これも奈良監督の作品に使われてたんですよ。あの人はこういったものに非常にこだわりますから」
「へえ……これは、誰が?」
「もちろん大道具スタッフでしょう」
「……でしょう?」
「詳しい事は聞いてませんけど、まあここのスタッフならこれくらい作ってくれますよ。結構業界でも評判でね、これ。女性の像なんでしょうが、あえてその顔を曖昧にすることで、その肉体のエロスが一際立っている……芸術の粋に達していますよ」
男はその手で石像の顔の部分を摩るように触った。
宝華はそれをジッと見つめる。
「あなたは黄磊くんの奥さん、でしたね」
「ええ、まぁ。一応。哀しいことに」
「素晴らしい人を旦那さんにできて、良かったですね。あんなたくましい身体、努力じゃどうにもなりませんから……奈良さんが惚れたのも理解できます」
「ありがとう。あの人に言っておきます」
「でもあなたも興味本位でここに来るのはこれっきりにした方がいいですよ。もし怪我でもしたら、危ないですから……よくあるんです、撮影所で大事故って。亡くなった人も多いですし」
「……そうですね、気をつけます」
「では行きましょうか、ここ、鍵を掛けなければいけないので」
「ええ」
宝華は警戒するようにスーツ姿の男を見つめ、彼の後ろをついてスタジオの外へと出た。
「じゃあ僕はこれで。いい映画にしましょう」
そして男は一礼してにこやかにその場を去って行く。
妙に張りのない、不思議な雰囲気の男だった。
その男の背を見送り、宝華は反転して大駒の元へと向かったのだった。




