見栄っ張り見栄蔵
嫌々言うことを聞かされてる女の子って良い
「いやぁ待っていたよ、黄磊くん。さあ入って」
街の中心から少し離れた場所に、西映と呼ばれる映画制作プロダクションが存在する。
撮影所も兼ねているためスタジオなども隣接されていて広く作られているこの会社の、事務所棟。その企画部と書かれた一室に、大駒は訪れていた。
彼の訪問を待ちかねていたように、ご機嫌に奈良貞徳が彼を部屋の中へと導く。
今日は彼の、大駒を主演とした映画の顔合わせ兼打ち合わせだった。
「うっす! よろしくお願いしまっす!」
一礼して部屋に入ると、奈良の他にも、先日と同じスーツを着た矢部というプロデューサーもそこにいた。彼もまた、大駒に頭を下げ返してくれる。
「おお威勢がいいねぇ。その粋だよ。じゃあそっちのソファに座って……って、あれ? 黄磊くん、彼女は?」
奈良はそう言って大駒の後ろに付いて部屋に入ってきた女を指さした。
本日呼んでいるのは大駒だけであり、他の訪問者はいないはずだ。
「あ、ああこいつっすか?」
大駒はどこか得意気な顔でそう言って、隣に座った女――宝華比美の肩を抱き寄せた。
彼女は五雛女学院の制服ではなく、今は私服を着用している。淡い青のブラウスに、下はぎりぎりまで脚を見せたミニスカートだ。
「こいつは俺のナオンですよ。着いてきたいってうるさいもんで。一度映画撮影スタジオを見たいって。子供でしょ? 遊びじゃないって言ったんですけどねェ。すいません、迷惑でしたか?」
「そ、そうなのかい? まぁ君がいいなら私達は別に構わないんだが……」
そう言って奈良は、大駒の隣で決して喜ばしくない顔をしている宝華を見下ろした。
見るからに嫌々着いてきているようにしか見えない。
だが大駒はノリノリだった。
「まァあ? 主演俳優なら女の一人や二人、こうやっていて当たり前ですからァ? でも女がいるってのも考え物ですよォ。ほんと、こうしてどこまでも付き添ってきやがる」
大駒は宝華の肩を持ったまま、ユラユラと揺らした。
「さ、さすがだね、黄磊くん。その歳でもうスターの風格か。瞠目させられるよ。それで、じゃあその間にいる、子供は?」
今度は大駒と宝華、その間にいる白いニット帽の少女――ノラを見た。
「あれ、あれれェ? 気づきましたァ? じゃあしょうがないっすね! 紹介します、こいつ、俺たちの子供っす」
「こ、子供ぉ? それはそれは……知らなかったよ。高校生でもう子持ちかい。若いのに大変だねぇ……確かによく見ればご両親に良く似て……るのかな?」
全然似てない。奈良はそう思った。
「いやァ、正直これからって人間に出したくないスキャンダルっすけどね! でもまァ? 男として家族を守らなきゃいけない義務的なものがある的な? だからまあ映画の主演が決まった時に話し合って、三人で頑張っていこうって事になったんですよォ。な、ノラ?」
「ん!」
おそらく意味をわかっていないノラが、それでも元気よく返事をする。
その目に見つめられると、奈良は深く追求するのが悪い気がして、口を噤んだ。
「ま、まあいいよ。まさか家族同伴だとは思わなかったが、問題はない。それじゃあ本題に進もうかね。どうだ、こんな狭苦しいところじゃなく、君が撮影するスタジオなどを見回りながら説明しようか」
そう言って奈良はソファから立ち上がり、大駒らを連れて部屋を出た。
奈良と挟むように、大駒らの後ろにプロデューサーの矢部がついてくる。
「お手洗いとかは大丈夫かな? 外に出ると行ける機会が少ないんだ」
「え、はい大丈夫っすよ。行きましょう行きましょう!」
「奥さんやお子さんは?」
「ああこいつらなら大丈夫っす! ここに来る前に行かせてますから! なあ、比美?」
だが宝華の顔は相変わらずの不機嫌で、大駒の言葉を無視した。
「そうか。それじゃあこのまま向かうとするよ。少し遠いが我慢してくれ」
「うっす!」
奈良は後ろで手を組みながら、ゆっくりと前を歩いていく。その時、奈良が前を向いたのを見計らって、宝華が大駒の太ももを後ろから思い切り摘まみ上げた。
「いっ――!」
大駒は突然の痛みに声を上げかけるが、それを堪える。
その代わり宝華を強く睨んだ。
「何すんだよ!」
「あらごめんなさい、あ・な・た」
「何だよその顔!」
「これが嬉しい顔に見える? 交換条件として私に嫁を演じろと言うから何事かと思ったら……ただの見栄を張りたかっただけじゃない。くだらない」
「く、くだらなくねぇだろ? お前、いち主演俳優として、そういったところはきちんとしてるんだってアピールしとかねぇと、舐められるじゃねぇか」
「誰が舐めるって言うのよ。童貞。それに映画だなんて言うからどれほどのものかと思ったら、ミニシアターで上映されるだけのB級映画じゃない。あの監督ももう潮時とか言われてる落ち目の監督だし」
「馬鹿、映画は映画だろ? 充分凄えじゃねえか」
「だからって貴方の奥さん役なんて、まっぴらごめんよ。屈辱」
「じゃあ帰れよ。でもいいんだな? 帰ってこの本捨てちまうぞ?」
大駒はカバンの中から宝華の本をちらりと見せて脅す。
「ちっ。いいわよ、付き合うわよ。でもこれっきりよ。終わったら絶対返しなさいよね!」
「ん? どうかしたかい?」
二人のコソコソ話が大きくなり、それが聞こえた奈良が、振り返る。
それに対し大駒は作り笑顔を向けて「なんでもないです」と言った。
「ここから外に出るんだ。そして撮影スタジオはこっち。今回の撮影では主に②番スタジオを使用する。ほら、そこにあるだろう」
奈良が指を差した方向には、大きく数字の書かれた体育館のような建物が、ずらりといくつも並んでいる。それぞれにとてつもなく大きなシャッターがついていて、いかにもここから撮影に使う大道具を運び入れます、といった感じだ。
その中でも②と書かれた建物の中へと入っていく。
中に入り、三人は一斉に上を見上げた。
「うお~」
と、大駒とノラが口を開けた。
そこは体育館よりも高さのあるとてつもなく広い空間で、しかしそこには何も無く、実際以上の広さを感じさせる。
「今は何もないがね、ここにその時その時のシーンに合わせたセットを組んで、撮影機材を運び、映画を撮る。君たちが観るテレビや映画のシーンの半分くらいはこういった場所で撮られている。最近はCGなんかが増えて、数も少なくなったが」
「お、俺のは、どんなセットを使うんすか?」
「ふむ、今回は昭和を舞台にしようと思っているんだ。君は昭和の時代に青春を送る苦学生だ。お金がないからね、主人公はいつも白のタンクトップを着て、頭は丸坊主だ」
「え……ま、丸坊主っすか?」
「剃るのは嫌かい? まあ君にそこまでしろというのも酷な話かな。いいよ、カツラで行こう」
「どうもっす。あの、あと白のタンクトップは決定ですか? なんてうか、ちょっとダサイ、ような、的な?」
生意気にズケズケと意見する大駒。
それを奈良は気前よく聞き入れ、
「そうかい。じゃあその辺りも後で君を交えて考えよう」
そう言ってくれる。
奈良の大きな心に、何故か宝華がほっと胸を撫で下ろした。
「まぁここでは君の部屋のシーンとか、学校、その他室内シーンと、巨大な東京の街のジオラマを用意しようと思っている。怪獣ものじゃないけどね、個人的にそういうのが好きなんだ。CGじゃない、巨大なジオラマを撮影することで、迫力ある絵になる。極めつけは百分の一サイズの東京タワーだ。それをここにどんと設置する。凄いよぉ、これは。もの凄くリアリティのある画になることは間違いない!」
興奮したように、奈良はそう語る。
彼にはもう画が見ているのだろうか、片目を瞑って両手でカメラを作り、嬉しそうにそれを右へ左へ動かしている。
この人は本当に映画が好きなんだな、と大駒は思った。
生粋の映画監督だ。
だからこそ、成功させたい。そう強く感じた。
「……と、すまないね、興奮してしまって。でもようやく撮りたい画が撮れるんだ。待ち遠しいよ、私は。頑張ろうな、黄磊くん。私は君に期待してるんだ」
「う、うっす! 俺、絶対頑張りまっす!」
軽く考えていた大駒に、初めて緊張感が走る。
これは生半可な仕事ではないぞ、と自分に言い聞かせる。
「それじゃあもう少し本格的な話に入ろうか。でもその前にどうだい? 今放送しているヒーロードラマの撮影現場を見に行かないか? 少しは参考になると思うんだが」
「それって、『獣人王アガバム』?」
「ああ。すぐそこのスタジオで撮ってるんだ」
大駒はノラを見た。
するとノラも『獣人王アバガム』という単語に敏感に反応したらしく、その目をキラキラとさせて、叫んだ。
「ビッグマン!」
「おっ、お嬢ちゃんよく知ってるねェ。はは、好きかい? ビッグマン」
コクコク、とノラは激しく首を盾に振る。
「じゃあ是非見に行こう。ビッグマンも来てるよ」
「うっす! ほら宝――じゃねえや、比美! お前も来いよ」
気がつけば少し離れた場所で立っている宝華に、大駒がそう声を掛ける。
だが宝華は視線を余所にやった状態で腕を組み、
「ごめんなさい。私ちょっと気分が悪いから、ここで休みたいの。後から行くわ」
「お? そうか? じゃあちゃんと着いてこいよ!」
大駒は特に宝華の言動を疑う様子もなく、スタジオの外へと走り去っていった。




