超越者(オウサム)
毎日投稿もなかなか大変です、、、
ようやく服を着れたものの、気を抜けばパンツが見えてしまいそうで、落ち着かない。今日は見られても大丈夫な下着ではないのだから。
「ありがとう。とりあえずこれで我慢するわ」
宝華は納得行っていない様子で座り、カレーを食べ始める。
しかし随分時間が経ってしまったからか、少し冷たい。
「野菜は美味しいけど他は酷いわね。カレー作るの初めて?」
「おう。でも食えたらなんでも同じだろ」
「貴方は食生活まで野蛮なのね……ところでその子」
と、宝華は大駒の上に乗るノラを見た。
ノラは疲れたのか、少しうとうとと眠そうだ。
「本当に知り合いじゃないの? 貴方は」
「んあ? ノラか? 違うよ。こいつはただのホームレスだ」
「でも普通に考えてそんな小さな子がホームレスなんてあり得ないわ。テレビでは一月ほど前からあの公園にいたって言ってたけれど……」
「なんでだろうな」
大駒が大きく首を傾げると、ノラも一緒に首を傾げる。
「でももしかすると、その子の役割が関係しているのかもしれないわね」
「役割……それだ。お前、何ものなんだ? どうして俺を殺そうとする?」
大駒の質問に、宝華は迷うように視線を下へと向ける。
そしてしばらく考えるように目を細め、
「そうね……助けてもらった恩もあるし、少し話しましょうか。私と、そして貴方たちを取り巻く哀しい現実の話を」
そう言って宝華はスプーンを置いた。
「まず改めて自己紹介ね。私は〈少数派劇団〉の一人、宝華比美。貴方の通う九鳴高校の隣にある五雛女学院の三年よ」
「五雛ってあのお嬢様学校だろ? 凄いなァ……それで、その〈少数派劇団〉って言うのは何だ?」
「私の所属する国際組織の事よ。詳しくは話せない。ただその構成員の全ては、役割に目覚めた〝異端者〟で構成されているわ……私のように」
「み、皆お前みたいに魔法を使うのか?」
「いいえ、違うわ。あれは私の役割が《魔術師》だったからよ。役割が異なる〝異端者〟は、各々に見合った能力を持っているわ。例えば《騎士》という役割を持つ人間は、その通り、騎士のように剣と盾で戦うし、《呪術師》という役割は、相手を呪うという能力を持っている……もちろんそれは例としてであって、例外はたくさんあるけれど」
大駒は自身の拳を見下ろした。
彼女曰く、大駒の役割は《怪物》だ。そして大駒は怪物らしく、その拳で暴れ回っていた。その時の大駒はまるで自分の身体じゃないように変化していた。それを大駒は確かに憶えている。
「そんなのが、世の中にたくさんいるのか?」
「そう。一般人の知らないところで、こういった異端の力を持つ人間は確かに存在する。でもそう言った力を持ってしまった〝異端者〟たちは、その力の使い道を誤ることが往々にしてある……それらと内密に接触して力の使い道を教えて〈少数派劇団〉に勧誘したり、時にはそれらを処分するのが、私達の仕事。これらはただの警官では処理しきれないからね。人には人が。〝異端者〟には〝異端者〟が責任を持って対処する。そういった理念の元に結成された組織なのよ、〈少数派劇団〉は。ちなみにこれは先進国の主導の下に成り立った、歴とした国際機関よ。これは政府も承認している」
「で、でもよ。じゃあどうして俺を処分しようとするんだ? 俺は別に人を殺した事もないし、ちゃんと力の使い道を憶えれば……」
「でも貴方にはどうしようもない破壊衝動がある。そうでしょ?」
大駒は言葉を詰まらせた。
「役割は、大きく分けて三種類に分類される。それは先に説明した通り、《善なる者》と《悪しき者》。そして例外として《超越者》が存在する。私達〈少数派劇団〉の構成員の全ては、その《善なる者》で構成されているわ。《魔術師》や《騎士》、他にも《錬金師》や《守護者》などが存在する。もちろん《警察官》なんかもこっち。こういった社会的に善玉として見なされる役割の事を、《善なる者》として一括りにしているの。《スポーツ選手》や《会社員》などの一般的な職種もそうね。それらは〝異端者〟とは言わないけれど」
突然連呼される横文字に、大駒は必死に付いていこうと頭をフル回転させる。
だが元々無いような脳みそだ。大駒は横文字の意味を考える事を諦めた。
ちなみにノラは、早々に諦めたのか大駒の上で眠っている。
「そしてそれら善玉とは反対に、《悪しき者》として分類されている役割が存在する。それは貴方の《怪物》や《呪術師》。そして一般的なものなら《殺人鬼》のようなあからさまに社会にとっての悪玉である存在ね。私達はそれらのような社会を脅かすであろう存在を、正義の名の下に排除している。悪が人々を傷つける前に」
じろり、と宝華はその鋭い目で大駒を睨んだ。
「昨夜、あの生放送が放映された際、貴方の超人的な力を見て、〈少数派劇団〉は貴方を〝異端者〟だと認識した。そしてその役割が《悪しき者》であるとも。それ故、一番貴方に近かった私に指令が入ったのよ。今すぐ貴方を処分しろ――って」
宝華はあっさりと言った。
まるで雑誌をゴミの日に出して処分しろ、と言わんばかりに。
「そんな……でも悪だとか犯罪者だとかって……そんなの才能とかで決まるもんじゃねえだろ?」
「いいえ、決まるわ。犯罪者は犯罪者としての才能に恵まれている。根っからの殺人、破壊衝動が、彼らを犯罪者に仕立て上げるのよ……恐ろしいことにね」
「じゃあ今刑務所で捕まってる犯罪者が、皆そういう役割だったっていうのかよ? そんな単純に人間ってのは分けられないだろ!」
熱くなる大駒に、しかし宝華は冷めたような目を向けて、
「そう、単純には分けられない。人は千差万別よ。例えば《殺人鬼》としての素質を持っていても、そうならない人間もいるし、《殺人鬼》の素質は無いのに人を殺してしまう人間だっている。そして《善なる者》分類されるはずの人間が、闇に道を踏み外すことだって、十二分にありえる……実際そう言った人間は多く存在する。分類はあくまで便宜的なものにすぎないわ」
ぼりぼりぼり。大駒はむしゃくしゃするように、頭を強く掻いた。
「わけわかんねえよ。じゃあどうして俺が一方的に殺されるんだ? 俺は何も悪いことはしてない。素質は、確かに悪いものかも知れねえけど……でも現実俺は犯罪を犯してなんていない。悪い者に染まる気なんてない!」
大駒は声を大にして立ち上がった。
徐々に興奮してきてしまっているのを、自分でも気づき始める。
「それは貴方が、まだ〈逢魔ヶ時〉を迎えていないからよ」
「……〈逢魔ヶ時〉?」
「そう。人には確かに天性の役割というものがある。でもその役割に気付いてそれを全うできる人間なんて、そうはいない。皆自分に合わないと思いながらも、それでも今の仕事を続けている。世の中なんてそんなものでしょう?」
嫌々朝早く起きて会社に出向き、走りたくないのにグラウンドを走り、書きたくもないのに文字を書く。人とはそういうものだ。社会とは、そういうものだ。
「だから自分の宿命付けられた役割に出会い、それをまっとうする人間は奇跡に近い。でも人が自分の天性である才能に出会い役割に目覚めた瞬間、その才は一気に花を開く。それがいわゆる天才、というやつね。本を読むのが趣味だった私が《魔術師》という役割に目覚めた瞬間から、呪文を扱えるようになったように」
そしてその才に目覚める瞬間を〈逢魔ヶ時〉と呼ぶ。
宝華はそう教えてくれた。
「貴方はまだその役割に目覚める一歩手前にいる状態。能力が覚醒しつつある段階。だから理性を保てている……でも、貴方が〈逢魔ヶ時〉を迎えた時、その当たり前の理性が、吹き飛ぶ」
「……」
「目の前の物を片っ端から破壊し、愛した相手さえも蹂躙し、そして血肉に飢えた化け物となる……それが、《怪物》。私は以前にも貴方と同じ役割の人間を見た事があるけれど、誰もが自分を抑えきれなかった。その溢れ出る破壊衝動に飲まれ、名実ともに怪物へと成り下がっていった」
「そ……そんなのなってみないとわかんねえだろ? そもそも俺がその〈逢魔ヶ時〉っていうのを迎えるかもわかんねえのに」
「いいえ、貴方は確実に近い将来〈逢魔が時〉を迎える。その片鱗は昨夜、見せたでしょう? 普通の人間に、例えそれが2メートルを越す巨体であっても、ジャングルジムを持ち上げたり鉄製の遊具を殴り飛ばしたりできないわ」
「でもだからって俺が理性を失うとは限らねぇだろ? 人は千差万別、なんだから」
「その通り。でもだからって、今にも爆発しそうな爆弾を、貴方は放っておける?」
「え……?」
大駒は意味がわからないと、唖然と口を固めた。
「統計で見れば、〈逢魔ヶ時〉を迎えた〝異端者〟の中で、《悪しき者》に分類される人間は、九十七パーセントの確立で社会的犯罪を犯している。これは絶望的な数字と思わない? 設置された爆弾がそこにあるけれど、接触の不具合か何かで爆発しない確率……それにかけて貴方は何もしないでそれを見過ごすことができる? できないわよね。常識的に」
「……だから、俺を殺すのか? 暴れ出す、前に……」
「ようやく理解してもらえて良かったわ。説明した甲斐があったと言うものよ」
そう言って宝華はゆっくりと自分のカバンへと手を伸ばし、そこに手を入れた。中に入れてある本を取り出し、大駒を呪文で殺そうと。
だが、カバンの中には本が入っていなかった。宝華が焦りの表情を浮かべる。
「あれ、どうして? まさか公園に落としてきたの?」
「違うよ。あれは、危なさそうだったから、隠した。お前あれで俺を殺そうとしてたからな」
「どこにやったの?」
「教えるわけねェだろ……はァ」
大駒は力を無くしたように床へとへたり込んだ。
「なんだよそれ……わけわかんねェ……じゃあ、こいつの、ノラの役割ってなんなんだ?」
力なく、大駒は尋ねた。宝華は大駒の頭へ目をやった。
「彼女はおそらく分類の三つ目、《超越者》に属する《神》。その中でも特定種と呼ばれる《ワルキューレ》よ。あの神々しい翼、そして私の魔術なんて紙切れのように打ち破る圧倒的な光術……伝聞でしか知らないけれど、あれは確かに《ワルキューレ》だった」
「《ワルキューレ》……それは、凄いのか? 良いのか? 悪いのか?」
「良いも悪いも無いの。だってそれらは超越者なんだもの。《神》や《天使》、《悪魔》や《英雄》なんていう人間の上を行く存在なんだから、人間の単純な判断で善悪は決められない。そもそも善悪なんてないのかもしれない。それが《超越者》。〝異端者〟の中でも異端。それこそ存在するかしないかの、極稀な存在と言えるわ」
「お前、そんな凄かったんだな」
大駒は頭の上で涎を垂らしながら眠るノラを見やった。
こんなか弱い幼女が、神?
何かの間違いだと思いたくなる。
「凄いのと同時、危険な存在でもあるわ。まだ理性の働かない幼い年頃だからこそ、力を持てあます。貴方の死を勘違いして暴走した時、その子は一瞬であの公園を消し炭にした。これ以上の危険ってある?」
「じゃあお前らは、こいつも殺すって言うのか?」
だが宝華は首を横に振った。
「その子は私なんかが自己判断でどうこうして良い存在じゃない。もっと上の役人が、熟考に熟考を重ねてどうするべきか結論を下すわ。少なくともそれまでは何もないでしょうし、おそらく下される判断も、その子が理性を持つ歳まで待つといった慎重なものになるでしょうね。下手に手を出して暴れられたら困るから」
「そうか……じゃあ無闇矢鱈と殺される、なんて事はないんだな?」
「ええ、約束するわ」
それを確認し、大駒はほっとしたように顔を和ませた。
それ以上大駒は何も話さず、眠っているノラを可愛がるように手で触っていた。
「貴方、言わないのね?」
「何がだ?」
「殺さないでくれーとか」
宝華は大駒を懐疑的な目で見つめている。
だがそこに敵意のようなものはなかった。
「なんつーか実感湧かねェんだよ。いきなり俺がなんだ? 悪い者だとか、本物の怪物だとか言われても、ピンと来ねェし、危機感も湧かねェ」
「そう。私は貴方への恩義と、そして人としての最低限の礼儀として、貴方にこうして説明した。殺される方にも知る権利はあると思うから……そして今は力が出せないから、貴方を襲う気もない」
「どうして俺に説明したんだ? それを聞いたら、俺は自分の身を守るためにお前を襲うかもしれねぇぞ」
「私には他にも大勢仲間がいる。正直私なんて組織の端くれ。もっともっと上はいるわ。もし私が役目を果たせなくても、次の刺客が貴方を狙うでしょう。だから貴方が私一人を殺したところで、何の意味もないから……それと」
「……それと?」
「今の貴方は、そんなことをしないだろうと確信できたから。少なくとも〈逢魔ヶ時〉を迎える時まで、私は貴方を信じるわ。ありがとう、カレー美味しかった」
らしくなく落ち込んで見える大駒への、宝華なりの気遣いだった。
いきなり貴方は悪ですと言われ、それを受け入れさせられ、殺されるとまで言われたのだ。さすがの大駒も凹んでいるのだろう。それは容易に見て取れる。
彼女にとって、もはや大駒はただの抹殺対象には見えなかった。
これだけ話し、これだけ関わってしまっては、人としての情も湧く。
「なあ」
大駒が小さく声を掛けた。
「何?」
「……俺は本当に怪物にしかなれねぇのかなァ……」
その質問に、宝華は何も答えられなかった。




