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魔女なので一応着せておきました

「ちょ、ちょっと待って……大きくないかしら?」

「んなことねぇよ。これが普通の大きさだ」

「嘘よ。だってこんなの、口に入んない……んっ」

 拒む宝華(ほうか)を無視し、大駒はその大きなそれを彼女の口にねじ込んだ。

「……あひゅい。んっ……無理、それ以上入らな……けほっこほっ!」

「だ、大丈夫か? 喉当たったか?」

「もうっ急かさないでよ!」

「しょうがねえだろ? 俺だって初めてなんだから……」

 大駒は慌てて大きなそれを口から取り出した。

「ん!」

「お、何だ? ノラも欲しいか? じゃあ口開けろ」

「ちょっ、貴方、そんな小さな子にそんな大きいの、無理に決まってるじゃない!」

「大丈夫だっつーの。な、ノラ。昨日もいっぱい食べたもんな、野菜」

「ん!」

 パクリ、とノラは大駒から差し出されたスプーン大のにんじんを、ぺろりと食べてしまう。美味しそうにもぐもぐと咀嚼(そしゃく)し、ゴクリと飲み込んだ。

「ほら、次お前」

「お前って言わないで。宝華よ。宝華比美(ひみ)

「魔術師の宝華比美、か……じゃあお前のあだ名は放火魔だな。がははっ!」

「笑えないわよ!」

 大駒を叩こうとした彼女だったが、しかし自分が何も着ていない事を思い出し、思いとどまる。被っている布団から出るわけにはいかない。

 それゆえこうして大駒にご飯を食べさせてもらっているわけだ。

「いいからもう少し小さくしてよ」

「うるさいお嬢様だ……ほらよ」

「ゆっくりね? 熱いんだから……ん、あら、美味しい」

 ただのにんじんなのに、口に入れた瞬間、濃厚な甘さが口いっぱいに広がった。

 それは一瞬で宝華を(とりこ)にし、次の一口が欲しくなる。

「でもやっぱり面倒ね。ねえ、何か着替えとかないの?」

「俺のパジャマとかくらいならあるけどよ、大きすぎて着れないぜ?」

「やっぱりそうよね……」

「お、でも待てよ」

 何かを思い出したように、大駒は部屋にあった押し入れへと近づいて行った。勢いよくふすまを開け、中を漁り出す。

「俺演劇部なんだけどさ、一人暮らしって事で、部室に置けない衣装とかを家に持って帰らされたりするんだ。そんで確かここに、前劇でやった女性ものの衣装が……お、あったあった」

「本当!? 早く貸してちょうだい!」

 要求する宝華に、大駒はわかったわかったと、慌ててその衣装を取り出し渡した。

 大駒は宝華に背を向けながら、ノラにカレーを食べさせて着替えを待つことにした。


 数分後――。

「ねぇ」

「はい」

「これって、何の衣装かしら?」

「拘束衣です」

 現在、宝華は何故か白い拘束衣を着装していた。

 白く分厚い生地に、口元だけ出るように設計された、凶悪犯用の拘束衣だ。腕の部分は身体の後方でクロスされるように伸び、両腕が離れないように何本かのベルトで縛ってある。足は元々両足を突っ込む寝袋のようになっており、自由に動かせない。

「よね。だって私、前見えないもの」

「ですよね」

「ですよね、じゃないわ。シュール過ぎない? どうしてこんなものがあるの? 何の劇よ、これ」

「女の凶悪犯が出てくる舞台劇で、終始その衣装を着た主人公の死刑囚が、一人語りをするんだ」

「それ、面白い?」

「……正直、全然」

「でしょうね。高校生がやるにはニッチ過ぎるわ。ていうか貴方まさか私がこれを着ると思わなかったんでしょ?」

「は、はい」

「でも着てやったわ。貴方の思惑をくつがえしてやりたかったから。ざまあ見なさい!」

 口元以外全てを拘束衣に隠され、顔も見えない宝華の姿は、あまりにシュールだった。

 さすがの大駒も何と声を掛ければいいかわからず、ツッコミもできない。

「でももういいわ。貴方の困った顔が見れたから。見えないけど。でも感じ取れたわ。これでわかったら、これ以上くだらない事はしないことね!」

 何故か凛と言い放つ全身拘束衣の女に、大駒は唖然とするしかなかった。

「着替えるわ。次はちゃんとしたのを用意しておいて」

「お、おう。確かちょっと前にやったお姫様の衣装があるんだけど、それにするか? ちょっと派手だけど……」

「お、お姫様? な、なによ、ちゃんとしたのがあるんじゃない。まぁコスプレは趣味じゃないけど、でもこの際仕方が無いわよね。甘んじてそのお姫様のドレスを着てあげるわ。じゃあこれ着替えるから、あっち向いてて」

 心なしか嬉しそうである。

 大駒はそれを感じながらもやれやれ、と再び彼女に背を向けた。

 だが背後から音がしない。不思議に思っていると、宝華が小さな声で言った。

「手伝って」

 大駒は渋々了承した。


 さらに(のち)――。

「ねえ」

「はい」

「お姫様、って言ったわよね?」

「はい」

「お姫様って言ったら、普通綺麗で豪奢なふわっふわしたドレスだと思うじゃない? 白雪姫的な」

「そ、そうっすね」

「でも見てこれ。十二単(じゅうにひとえ)。うける」

 一切うけていない無表情で、宝華は大駒を見上げていた。

 彼女は今、純和風のドレス、十二単を身にまとっている。

 カラフルな色調でまとめられたそれは、折り紙のように綺麗に床に流れている。

 しかしながら、とても重そうだ。

「まあ確かに、お姫様って言ったらお姫様なのかな。ジャパニーズシンデレラ、的な? だから正直着る事自体に抵抗はないわ。むしろ嬉しいくらい。とても素敵な着物ね」

「うちの衣装スタッフって、結構凝ってるんだよ。さっきの拘束衣も手作りなんだ」

「頑張りすぎよ」

 唾を吐くように宝華は言った。

「ていうかこれなんちゃってじゃなくて、マジもんの十二単じゃない。十二枚も多いわよ。おかげで一時間も掛かったわ。着るのに」

「ですよね」

 時計の針は確かに一周回っていた。

「だから、ですよね、じゃないの。私がどうしてこれを律儀に着たかわかる? 言ってみなさい野蛮人」

「お、俺の思惑をくつがえしたかった、から?」

「ええそうよ。その通り。びっくりしたでしょ? まさか本当に一時間も掛けて十二枚の着物をせっせと着るとは思ってなかったでしょ? さすがにこれは着ないだろう、とか思ったんでしょ?」

「思いました」

「甘かったわね! 私だってやる時はやるのよ!」

 どうしてだろうか。涙目でそう叫ぶ宝華を、大駒はもの凄く愛おしく思った。

 それと同じくらいに、こいつ馬鹿だなあ、と思った。

「で、でも可愛いぞ? なんつーか、似合ってる!」

「知ってる! 自分でも鏡見てそう思ったわ! でも重いのよこれ! 動けないっ!」

 何とも言えない気分になった、黄磊(おうらい)大駒、十七歳。

「今度こそちゃんとした着替えを持ってきて! 前振りじゃないわよ!? いいわね! 前振りじゃないからねッ!?」

「う、うっす!」

 宝華の必死な様子に圧倒され、大駒は付き人のようにそそくさと行動を開始した。


 そしてさらにさらに(のち)――。

「う、うちにある衣装では、これが一番まとも、かな?」

 残された女ものの衣装から、大駒なりにまともな物を選び出し、宝華に渡した。

「これで、まとも? 確かに動きやすくなったわ。でもこれは何?」

 宝華は黒いワンピースを着ている。ウエストの細くない、身体のラインが隠れるタイプのものだ。そしてその頭には赤いリボンが巻かれ、手には箒を持っている。

「魔女だよ魔女。ほら、あんたにはピッタリかな、と思って……」

「随分古典的な魔女のイメージを押し付けられたみたいだけど、でもまあそれは良しとするわ。イメージ的にはピッタリよ……でも貴方、これサイズがピッタリじゃ無いわ」

 もじもじと、宝華は異様に短いワンピースの裾を抑えていた。

 少し身体を上に伸ばせば、下着が見えてしまいそうだ。

「子供の魔女の設定だから、小さく作ってあるんだ……それも嫌か?」

「ほ、他には何かないの?」

「ん~後はナース服とかキャビントアテンダントとかセーラー服とかかなァ?」

「貴方それ、本当に舞台衣装でしょうね?」

「当たり前だろ? 何言ってんだ……あ、体操服もあるぞ? ブルマの」

「い、いいわよこれでっ!」

 どれにしたって恥ずかしい。

 そう考えが至り、宝華は諦めて床に座った。


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