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怪物退治

 大駒は強く、初めて憎しみを持って宝華を睨みつけた。

 自分を怪物呼ばわりする、憎たらしい女を。

「俺が、何だって?」

「貴方は生まれながらにしてその身に《怪物(モンスター)》としての才能を植え付けられている。よく聞くでしょう? 天性の才能って言葉を。あれは本当。人間にはそれぞれ得手不得手というものが存在する。何の才能もないサラリーマンであること宿命付けられている人間が、一念発起して起業し社長になろうとしたって、それはお天道様が許さない。そのチャレンジは間違いなく失敗する。逆に言えば、人の上に立つものと定められている人間が、しがない平社員になったところで、そこは彼には狭すぎる。彼は間違いなくその中でも頭角を現し、すぐにその地位をあげていく。いいえ、あげていってしまうの……」

 それが宿命なのだから――宝華はそう言った。

「それが天が人に与えた役割(ロール)。人はその役割(ロール)に沿って生きることを定められている、そして貴方、黄磊(おうらい)大駒に定められた役割(ロール)が、《怪物(モンスター)》」

「違う! 俺は怪物なんかじゃない! 人間だ!」

「違わないわ。だってじゃあ普通の人間にマイクを握力で潰す事ができる? ジャングルジムが持ち上げられる? あれを見た人間全てが思ったはずよ。あれは怪物だ――って」

 大駒はわなわなと、その手に強く力を込めた。

 今にも爆発しそうな怒りを、だが自分を律するために抑えている。

 だがそれももう限界を迎えそうだった。

「私はこの世界に悪影響を及ぼす存在を、退治しに来たの。〝異端者(マーベリック)〟は千差万別。良い役割(ロール)もあれば、悪い役割(ロール)もある。それは偏に決められない事かもしれないけれど、でもこの世界には間違いなく悪と言える役割(ロール)が存在する。それは泥棒や殺人鬼といった《犯罪者(クリミナル)》や、人を脅かし呪い、死に至らしめる《妖怪(ゴースト)》。そして貴方のような根底にどうしようも拭えない破壊衝動を宿した、《怪物(モンスター)》……それらは属に《悪しき(ヴァイラン)》と呼ばれている」

「ゔぁいらん? 何わけわかんねェ事言ってんだ! 俺が怪物? 生まれながらにしての悪い者? 決めつけんな!」

「どうかしら。でも貴方は経験があるんじゃないかしら? どうしようもない破壊衝動に(さいな)まれて、我を忘れてしまった事を」

 そう言われて、即座に大駒の脳裏には一年前の出来事が過ぎった。

 我を忘れ暴れ回り、全てを破壊した、あの事件を。

「やはり思い当たる部分はあるようね。それが貴方の運命。与えられた、使命」

「だから……違うっつってんだろ!!」

 ゴウッ――と、大駒は跳んだ。

 その巨躯をものともせず、滑り台の上で立つ宝華に向かって、飛び上がった。

 そして強く拳を作り、それを思い切り振るった。

 ゴウンッッッ――と、金属を打つ激しく鈍い音がする。大駒の拳を見舞われた滑り台は、まるで紙粘土のように軽々しくひしゃげ、それで留まらず公園の端のフェンスまで吹き飛んだ。

「ほうら、だんだんメッキが剥がれてきた」

 大駒の背後から声がする。高くジャンプして大駒の攻撃を避けた宝華が、今度は自分で創り出した氷の足場に立ちながら、大駒を見下ろしていた。

 大駒はまるで獣のような目を、宝華に向ける。その顔はどこか雄々しく変化していて、恐ろしい。いつの間にか彼の腕を覆っていた氷は砕け散っていた。

 大駒は自分を見つめていたノラが、確かに怯えたように顔を変えたのを見た。

 まるでこの世のものではないものを見るように。

 怪物に恐怖する、子供のように。

 だが今の大駒はそれを見ても興奮が収まらなかった。身体の中心から無限に沸き立つ怒りと憎しみ。そしてそれに伴う破壊衝動が、大駒を支配している。

「ウ、ガアアアアッ!」

 もはやそれは人のそれではない、獣の叫びだ。

 大駒は再度空へと跳ねた。人間離れした跳躍力で、宙にいた宝華に襲いかかる。

「私は氷の魔術師。そこにある全ての水分を、氷結させる――【瞬間氷結(コフラリ)】!」

 そう叫んで宝華が本をかざすと、大きく開いた大駒の口内に、一瞬にして大きな氷の塊ができあがる。それは顎が外れそうな程に肥大し、大駒はその突然の出来事に慌てふためいたように地面に落下していった。人ならば死んでしまう高さから落下しても、大駒は全く無事な様子で、ジタバタと地面でもがいていた。

 そして思い切って口に力を込め、口内の大きな氷塊を砕いた。なんとか息ができるようになる。

「ようく見なさいな、自分の身体を」

 立ち上がった大駒に、宝華がそう投げかけた。

 大駒が恐る恐る自分の身体を見下ろすと、そこには大駒の着ていた制服はなかった。脱いだわけではない、おそらく破れたのだ。何故か肥大した、自身の筋肉によって。

「お、では……怪物じゃ、ない……!」

 言葉が上手く発せない。単純な事も、考えられなくなる。

 ただただ、溢れ出る破壊衝動だけが、大駒を立たせている。

「ほら、もう理性を保てなくなっている。でもそれが貴方。悪いのは誰でも無いわ。ただ運が悪かった……怨むなら神を怨みなさい。貴方を怪物に産んだ、神を」

「う……ぐゥ……!」

 大駒は暴走しそうになる自分をなんとか抑えようと、頭を抱えた。

「貴方はこの世界に悪影響でしかない。貴方が暴走して他の誰かを殺してしまう前に、私が止めてあげる」

 その時の宝華の表情は、どこか哀しげだった。

 悲痛な思いで大駒を処断するように。

 怪物とはいえ、人を殺すことを悔いているかのように。

 はたまた、目の前の哀れな生き物に、同情するかのように。

「う、が……」


 そんな目を、するな。


 俺は怪物なんかじゃない。

 俺は、悪い人間なんかじゃない。

 決めつけるな!

 大駒は鋭く爪の伸びた人ではない腕を高く掲げ、正面に降り立った宝華に襲いかかった。

 そしてそれは、宝華の可憐な体躯を引き裂いた――はずだった。

「ッ!?」

 だがそれはまるで氷塊を殴りつけたかのような感触と共に、砕け散った。

 大駒が殴りつけたそれは、宝華の形をした氷像だったのだ。

「哀れなる《悪しき(ヴァイラン)》に救済を――【氷天塔(タウ・コウラリエ)】」

 氷像を殴った大駒の腕が光った。

 それだけではない、砕け散った氷の破片それぞれが、強く光り始める。

 そして大駒を中心として、その光が一斉に天へと伸び上がった。

 まさに一瞬。

 一瞬のうちにその光は氷となり、まるで天へと昇る氷の塔のようになった。

 そしてその氷の塔の上、先端には、大駒が標本のように氷の中に埋まっている。

「醜い怪物も、氷中標本となれば美しい……でも、美しさとは(はかな)いものね」

 上空の大駒を見上げながら、パタン、と宝華は本を閉じた。

 それを合図に、天まで届く氷の塔が、一気に崩壊する。

 そして身体を解放された大駒は、気絶しているのか死んでいるのか、そのまま受け身一つとらずに、地面へとぐちゃりと衝突した。


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