ほんとマーベリック
以前書いた『ユビキタス』と同時期に書いた、アナザー幼女作品です。
非常にわかりやすく読みやすい展開なので、楽しんでいただければ幸いです。
全ての人間には天から与えられた〝役割〟が存在する――。
政治家、科学者、宇宙飛行士、医者、教師、映画監督、お笑い芸人、タレント、小説家、批評家、料理人、経営者、アイドル、カメラマン、スポーツ選手、エトセトラ。
それらこの世界に存在する全ての仕事が、〝役割〟として生まれた瞬間から神様に定められている。
人はそれを、運命、宿命、天性、などと呼んだ。
しかしそれら一般的な〝役割〟以外にも、この世界には知られていない隠れた〝役割〟が確かに存在する。
ここに今、一人の少女がいる。
黒髪を靡かせながら走っている。右手には分厚い本が握られていて、それは開いている。
「逃がさない――【瞬間氷結】!」
女が奇妙な呪文を唱えると、本が淡く光り、彼女の周囲からツララのようなものが現われる。
彼女の〝役割〟は《魔術師》だ。
この世界では決して表には出ない、隠された役割。彼女はそんな異なる能力を扱う。
《魔術師》である彼女によって生成され無数のツララは、一斉に飛んでいき、一本の太い木の幹に当たった。幹を削られた大木は自然と音を立てて傾き、倒れた。
その倒れた木から、何かが落ちた。
「見つけたわよ、連続女性誘拐犯。その女の人を、離しなさい」
鋭い目つきの女はさらにその目を細くさせて、その落ちた目の前の物を睨んだ。
それは岩だ。
いや、違う。岩のような、動く何かだ。全身に岩の鎧を纏った化け物だ。
その化け物はわきに何かを抱えている。人だ。若い女性を抱えている。
岩の化け物はゆっくりと振り返り、その身体から大量の石つぶてを機関銃のように射出した。女は目の前に氷の盾を生成し、それらを防いだ。
そんな化け物にも〝役割〟は存在する。
それが――《怪物》だ。
「ほんとマーベリック。小賢しい化け物め……やはり貴方たちは社会を乱す悪!」
鬱陶しそうにそう言って、女は再度本を前に掲げた。
「【鼠氷】!」
女が別の呪文を唱えると、今度は彼女の足下の地面が凍り付いた。そしてそれは地を走る鼠のように動き出し、岩の怪物の足に届いた。すると岩の怪物の両足が、凍り付く。
脛の辺りまで凍りつかされ、怪物は身動きが取れなくなった。
「観念なさい。貴方が今まで誘拐してきた二人の女性、それにその女性。計三人への誘拐及び誘拐未遂はもはや消せない罪よ、《悪しき者》。〈少数派劇団〉の名の下に、ここで私が処分してあげる」
悪女のように女はその細い唇を動かした。
そしてその唇をほのかに振るわせ、
「【双頭氷龍】――」
小さく彼女が唱えると、彼女の背後から、二対の龍が現われる。氷でできた龍の彫刻だ。ただそれが彫刻と違うのは、それはまるで生きた大蛇のように、動き出したことだ。
氷龍は、大きく口を開けて岩の怪物へと襲いかかった。
だがそれが当たる直前、岩の怪物が自身の足下の地面を容赦無く殴り飛ばした。地面がえぐれ、怪物の足を縛っていた氷も吹き飛ぶ。自由になった怪物はぎりぎりのところでそれを避けた。
舞う砂埃と突然の獲物の消失に、二頭の氷龍は左右から互いに衝突し、砕け散る。それがさらに風を巻き起こし、辺りの視界は一気に悪くなる。
ようやく視界が見え始め、女が前を見据える。
そこにはもはや怪物の姿はなかった。荒れた地面だけが残されている。
「……くっ! あと少しのところで……!」
女は悔しそうに地団駄を踏んだ。
だがそれでも見失った標的を追って、前へと走り出し、女の姿も闇夜へと消えていった。
人ならざる姿の者と、人ならざる術を扱う者。
世界にはこうした異能の力を扱う人間が確かに存在して、それらは社会の裏でひっそりと争っている。
方や正義として。
方や悪として。
こうした人ならざる異能のものを知る者は、彼らをこう呼んだ。
〝異端者〟――と。