初恋談義?
「ねえ、初恋っていくつの時だった?」
今の時間はお昼休み。早々にお弁当を食べ終わり(だって乙女のお弁当は小っちゃくてかわいいんだもの)ノンちゃんが持ってきた、スティック菓子を口に入れた時に、サナミンが言った。私とノンちゃんは顔を見合わせてから、う~んと考え込んだ。
「わたしは~、小3の時かな~」
ノンちゃんは懐かしそうに眼を細めて言った。
「その人って年上? それとも同級生?」
「ん~、内緒~」
「え~、教えてくれたっていいでしょう」
「それなら~、サナミンが~、先に~、教えてくれるなら~、言ってもいいよう~」
のんびり屋のノンちゃんの言葉にサナミンはニッコリと笑った。
「私はね、小1の時で相手は小6の人だったよ」
サナミンの言葉に目をパチクリとしてから、ノンちゃんは言った。
「どうしてえ~、そんなお兄さんに~」
「だって、かっこよかったのよ。私のお相手さんだったの。小1の私から見たら、すっごく大人に見えたんだよね。で、ノンちゃんは?」
サナミンはノンちゃんに笑顔で迫った。
「う~んと~、同級生だよ~。隣の席に~、なった子で~、私の~、このしゃべりかたを~、笑わなかったの~」
「へえ~、いいやつじゃん」
サナミンの言葉にノンちゃんも笑顔を浮かべた。そして二人の視線が私に向いた。
「それで、アズニャンは?」
二人の期待の視線が私に向いた。
「そのあだ名はやめてよね」
「え~、アズニャンってかわいいじゃん」
「そう~、そう~」
「どっかのアニメからっていうのが嫌」
「それなら私のこともサナミン呼びをやめてよね」
「さなみだからサナミンでいいでしょ」
「よくない! どうせならサナって呼んでほしい」
「え~、やだ」
「やだじゃなくて~!」
「ねえ~、話が~、ずれてるよ~」
「あっ! わざとね、アズニャン!」
サナミンとの言い合いで話題をそらしたと思ったのに、マイペースのノンちゃんには通じなかったようだ。サナミンは顔をズイッと近づけてきた。
「そんなに話したくないのかな~」
「そういうわけじゃないけど……」
視線をそらして言ったら、そらしたほうからノンちゃんの顔が近づいてきた。
「じゃあ~、聞かれたく~、ない人が~、いるとか~?」
「それもないけど……」
聞かれたくないわけではないけど……ないんだけど……隣のやつら、どっかに行ってくんないかな~。
◇
弁当だけじゃ足りなくて、いつものように購買でパンを買ってきて食べていたら、隣から「ねえ、初恋っていくつの時だった?」と、聞こえてきた。一緒に弁当を食っていた敦が、飲みかけていたお茶を吹き出しそうになり、何とか飲みこんでむせこんでいた。
樫木の問いに椎名が答えて、それを聞いた敦は複雑な表情を浮かべている。こいつが椎名に気があることはクラスのやつらにバレている。少し離れた席からも、生暖かい視線が敦に送られてきているけど、敦は気が付いていなかった。
「なあ~、敦は初恋っていつだったんだ」
空気を読まないことで有名な幸人が、サラリと敦にふってきた。
「は、初恋~?」
かわいそうに敦の声が裏返っている。隣から椎名がキョトンとした視線を向けてきた。それに気が付いた敦の顔は真っ赤になった。
「べ、別に誰だっていいだろう!」
「敦、誰じゃなくていつだったんだけど、俺が聞いたのは。でも、誰だったのかも教えてくれるんだ~」
幸人がニッコリと邪気の無い笑顔を向けている。敦は赤い顔のまま口を開けて固まってしまった。
「あっ、ちなみに俺は~、幼稚園の時でベタだけど先生だったよ」
さらりと付け加えられて、『お前が先に言えよ!』が使えなくなって、なおさら固まる敦。隣から「あるあるだね~」という声が聞こえてきて、椎名たちが頷きあっているのが目に入ってきた。それを見ていた敦が唇を引き結んでから、言った。
「俺は遅くて、ついこの間だったんだ」
「ついこの間って、高校に入ってからってこと?」
幸人がコテンと首を傾けて聞いてきた。そんなかわいいポーズをしながらも、買ってきたソーセージドッグをムグムグと食べている。
あっ、このソーセージドッグというのは、うちの高校の購買の名物で魚肉ソーセージにパン粉をつけて揚げて、千切りキャベツと共にコッペパンに挟んでいるというものだ。揚げたてのソーセージは特製の少し甘いソースにたっぷりとつけてから、少し網の上でソースをなじませるように余分なソース切りをしてから挟むのだ。
これは毎日争奪戦で手に入れることが出来たやつは、ラッキーなことが起こるといわくが出来たほどだった。だけど、あまりに加熱してしまいケガ人が出る事態となったので、学校側から争奪戦禁止令が出た。代わりに各クラスで1名が買える形式に変わってしまったのさ。朝、教室に来るとみんな来た順に棒を引く。それに1~40まで数字が振られているんだ。3時間目の休み時間に今日の当たり番号を放送されるから、当たった奴は昼休みにその棒を持って買いに行くことになる。クラスの中にはパンがいらない奴もいるから、その場合はそいつと交渉……。
って、どうでもいいか。そんなことは。幸人の言葉に敦はまずいことを言ったという顔をした。だけど、幸人はムグムグとソーセージドッグを食べ続けた。最後まで食べきって、ついでにチューと紙パックのリンゴジュースを飲み切った。クシャと潰して袋へと片付ける幸人に敦は突っ掛かるように言った。
「なんだよ。からかわないのかよ、幸人」
「へっ? なんで? 初恋がいつかなんて人それぞれだろう」
幸人がまたきょとんとした顔をして、敦に言った。幸人の言葉を聞いたクラスのやつらが、ざわざわと話し出した。それぞれ「ねえ、いつだったの?」「もしかしてまだ?」などと言っているのが聞こえてくる。あっちでもこっちでも初恋談義に花を咲かせていた。
「そんで、大翔は?」
幸人が俺に訊いてきた。途端にクラス内のざわめきが静かになった。現金なやつらに俺の眉間に力が入る。
「別にいつだっていいだろう」
「いつだってねえ~。いつからって言えないくらいの付き合いだからか?」
「そんなわけあるか! というか、誰のことを想定してんだよ。勝手に決めつけんな!」
睨みつけながら言ったら、幸人は隣に話しかけた。
「勝手にってひどいよな~、雪村。お向かいさんの幼馴染みなのにな~」
「前江田~! 幼馴染みだからって初恋相手を決めつけないでくれる!」
あずさが幸人のことを睨みつけている。眉間にくっきりと縦しわが寄って、かわいい顔が台無しだ。
「あんれ~、違うの? 名前で呼び合う恋人同士なのに?」
また、幸人がコテンと首を傾けた。
『違うからー! 付き合ってねえ(ない)わー』
あずさと言葉が被り、お互いに睨み合う。
「ちょっと大翔、マネしないでくれる」
「それはこっちの台詞だっつってんだろ、あずさ」
ギッと視線に力を籠める。
「大体さ、幼馴染みという言い方にも、文句があるのよね」
「おおっ、それは同意見だよ。幼稚園だって小学校だって、中学までも一緒じゃねえのに、なんで幼馴染み扱いなんだよ。せいぜいが知り合い程度だろ」
「大翔に言われたくないけど、その程度よ」
フンとお互いに横を向いた。
◇
あ~、もう嫌になっちゃう。
食事を終えて廊下寄りの自分の席に戻って、ため息を吐き出しそうになって何とかこらえる。
サナミンの追及を逃れることが出来てホッとしたけど、本当のことなんて言えるわけがない。
私の初恋は3歳の時。というか、自覚をしたのが3歳の時だった。
大翔とは生まれる前からの付き合いだ。私の家と大翔の家は道を挟んで向かい合わせなの。だからお互いにお腹の中にいる時からの付き合いになるのよね。母親同士も仲が良くて、しょっちゅう行き来をしていたらしいのよ。
それが幼稚園に入って、大翔がいないことに気が付いた。大翔のお母さんは大翔が幼稚園に入ると共に、仕事に復帰。大翔が入った幼稚園はおばさんの職場に近いところだったの。そこにしたのは、おばさんの実家のそばでもあることが一因だったと、あとで知ったわ。
小学校と中学校は、何の因果か大翔と学区が分かれることになったの。確かに町名もうちは緑が丘で、大翔のところは中野新田だったけどさ。お互いの学校までの距離は同じくらいだったから、毎朝家を出る時に顔を合わせたけど、すぐに背中合わせに歩き出すことになったわ。
だから幼馴染みというほど、大翔のことは知らない。
午後の授業が終わり掃除当番でもないから、今日はこのまま帰れるはずだった。が、私は呼び出しを受けている。面倒だけど、行かなきゃならない。
「アズニャン~、帰ろう~」
「ごめん。少し用があるんだ」
ノンちゃんがカバンを持ってそばに来た。それに済まないと思いながら言ったら、ノンちゃんは心得たように笑った。
「待ってようか~?」
「ううん。先に帰ってて」
「そう~? わかった~。じゃあね~、アズニャン~」
ノンちゃんが教室を出ていくのを見送ってから、私も教室をあとにした。私が向かったのは体育館。今日からテストまで部活が休みの為、体育館は開いていない。入り口を過ぎて横に曲がると、一人の男子が待っていた。
教室に戻りカバンを持って昇降口へ。靴を履き替えて外に出たところで「よう」と声をかけられた。
「大翔! なんでいるのよ」
「いちゃあ、悪いかよ」
頬をポリポリと掻きながら大翔がそばに来た。
「用が済んだんなら帰るぞ」
そう言って私の右手を掴むと歩き出した。
「ちょっと、大翔」
抗議の声をあげたけど、大翔は無視して歩いていく。少し速く歩くから、私は引きずられるように小走りでついていった。追い抜かれたクラスメイトが目を丸くしてこちらを見ていた。これじゃあ、明日はクラス中から注目の的になってしまうだろう。
気が付くと家のそばまで来ていた。いい加減手を離せと言おうと思ったら、大翔の歩みが急にゆっくりになった。それと共に大翔が握り方を変えてきた。私は前を見て理由が分かったから、何も言わずにぎゅっと大翔の手を握った。
「あら、お帰りなさい。あずさ、大翔君」
「ただいま、姉さん」
「こんちわっす、みずほさん」
「お帰り、あずさちゃん、大翔君」
「こんにちは、槙人さん」
姉とその恋人が玄関前に立っていた。たぶん私達の姿が見えたから、待っていたのだろう。二人の視線がほほえましそうに私達のことを見つめてきた。
「今日は早いのね」
「もうすぐテストだから、部活がないのよ」
「そうか~、そんな時期か」
姉と恋人が懐かしそうに眼を細めている。大翔が手に力を入れた。
「そういうわけなんで、これから家で勉強するから、あずさを借りますね」
そのまま向かいの大翔の家へと引っ張られていったのよ。
◇
あずさがチラチラと俺のことを見てくる。気遣ってくれるのはうれしいけど、俺はそれどころじゃなくなっていた。うちの玄関を開けた俺はそこに並んでいた靴に、失敗したと思ったんだ。
案の定ドアが開いた音を聞きつけて、あいつが顔を出した。
「お帰り、大翔。あずさもいらっしゃい」
「お、おじゃまします、賢也さん」
「兄貴、あずさとテスト勉するから」
靴を脱いでそのまま上がったら、あずさに手を離されそうになり、慌てて手に力を入れた。一瞬あずさが睨んできたけど、俺の手はそのままにしゃがんで左手だけで靴を揃えていた。あずさが立ち上がったのを見て、手を引いて俺の部屋へと行った。
部屋に入って、そこであずさの手を離した。あずさはそのまま気が抜けた様に、ぺたんと座り込んだ。膝立ちで進んでローテーブルのそばにより、カバンから数学の教科書とノートを取り出してから、ハア~と息を吐き出してテーブルに突っ伏した。
「お~い、あずさ。じゃ~ま!」
「うっさいな~。大翔が私を部屋に連れ込んだんでしょうが」
「おい。誰かに訊かれたら誤解を受けるような言い方はしないでくんねえか」
「本当のことでしょう。ああ~」
あずさが切ない声を出した時に、
コンコン
ドアを叩く音がした。
「はい」
「大翔君、お茶とお菓子を持ってきたよ」
「ありがとうございます、美佳さん。というか、すみません」
「いいの、いいの。気にしないで。今から頭を使うのなら、糖分は必要よ。じゃあ、頑張ってね、あずさちゃんも」
美佳さんが出て行ったあとあずさのことをみたら、膝を抱えるように座り直していた。涙をこらえるような顔をして口を尖らせている。
「ずるい」
小さな桜色の唇から不満の声が漏れた。俺は隣に移動してあずさの手を、さっきと同じように指を絡ませるように握った。
「ずるい、ずるい。なんで5歳も離れているのよ」
「そうだよな。こんなに近くにいるのに、年下だからって見てくんねえもんな」
俺の言葉にあずさも手に力を入れてきた。
「賢也さんのバカ! 何が美佳さんに一目ぼれしたよ。お姉ちゃんに仲介役を頼むことないじゃない」
「槙人さんも酷いよな。みずほさんに会いたいがために、兄貴んところに来てたんだぜ」
あずさとお互いに兄貴とみずほさんへの不満を言い合った。
そう。クラスのやつらは誤解しているけど、俺たちの初恋は俺たちじゃない。あずさは俺の5歳上の兄、賢也で、俺はあずさの4歳上の姉のみずほさんが初恋相手だ。
兄貴たちはそれぞれの親友と恋人になって、楽しい大学生ライフを過ごしているんだ。それを見せつけられる俺たちの身にもなってほしい。
俺たちは同士としてお互いの恋を応援していた。小学校の卒業の日に告白もした。だけどそれは、妹、弟として憧れていると受け取られて終わってしまったんだけど……。
ひとしきり不満を口に出して気持ちが落ち着いたのか、あずさはお茶を一口飲んだ。右手をつかまれているからか、少し動きにくそうにしていたけど。
「ところでよ、あずさ」
「うん? なに、大翔」
「そろそろさ、本気でつき合わないか、俺たち」
そう言ったら手を離そうとするから、俺はもう一度手に力をいれた。横目で見ると赤くなったあずさの顔が見えた。
「バッカじゃないの。今日、付き合ってない宣言をしたばかりでしょう。どんな顔して明日みんなの前に出れるのよ!」
「俺の猛攻に根負けしたとか?」
「そんな要素がいままでのどこにあったのよ~!」
「そんじゃあ、あずさが他の男に告白されて気が付いたとか?」
「それも無理あるよね。私だけじゃなくて大翔も、高校に入ってから何人に告白されたと思っているのよ!」
あずさは膝に埋めるようにして顔を隠したけど、耳が赤いのまでは隠せてない。
「じゃあ、これだな。シスコンのみずほさんから番犬としてそばにいろって命令された!」
プッ
あずさが小さく噴き出した。そのあとクスクスと笑っている。
「どんだけ姉さんに弱いのよ」
「まあ、惚れた弱みってやつか?」
「でも……」
「あとさ、俺と付き合うメリットじゃないけど、初恋が叶った気分にはなれるぞ」
「普通そこはデメリットじゃないの? 同じ顔だから付き合うだなんて」
呆れ口調であずさが言ったけど、言うほど嫌がっていないのはわかっている。もう一押しかと、口を開こうとした、その時に、
コトッ
小さな音だったけど、部屋の外から聞こえてきた。思わずあずさと見つめ合う。大きく見開かれた後、いたずらを思いついたかのように目を細めて笑ってきた。俺も頷くと口を開いた。
「じゃあさ、約束するよ。あずさとずっと一緒にいるって」
「約束って、口だけじゃ信用できないわ」
「それなら、『約束のキス』をしようか」
「約束のキス……うん、いいよ」
頬を赤く染めて伏し目がちになったあずさ。長いまつげが瞳に影を落としている。あずさの手を引き寄せて、そっと触れ合わせた。
「あずさ、真っ赤になってかわいい。もう一度していい」
「バカ……」
もう一度触れ合わせたあと、あずさが言った。
「ねえ、キスだけじゃなくて、もう一段上の約束が欲しいな」
「いいのか?」
「うん、して。あっ、違うね。しよう」
あずさが手に力をいれた。
ガチャ
「ダメ~! あずさにはまだ早いの~!」
「大翔、それ以上はまだ早い!」
ドアを開けてみずほさんと兄貴がなだれ込んできた。その後ろに、止めきれなかった感じの槙人さんと美佳さんの姿も見えた。
部屋に入ってきたみずほさんと兄貴は、俺たちのことをポカンと見つめている。久しぶりに兄貴の間抜け面をみれて、俺は気分がいい。
「何をしているの?」
みずほさんが俺たちの方を指さして聞いてきた。
「何って、『約束のキス』よ。お姉ちゃんが教えてくれたじゃない」
「えっ? あれ? えっ? ええっ!」
慌てているみずほさんを無視して、俺たちは握り合わせた手を顔の前に持ち上げて、親指同士を触れ合わせた。
あれは3歳の時だったと思う。俺と同じ幼稚園じゃないと知ったあずさが、幼稚園に行きたくないと泣いて毎朝困らせていた時に、みずほさんが教えていたものだ。手を握り合わせて親指同士をくっつけると、いまは離れていてもあとで一緒にいられると教えていた。だから幼稚園の間は毎朝、あずさとこの約束をしてから出かけるのが日課になったんだ。
あの頃のあずさはひどい人見知りで、いつもみずほさんの陰に隠れているような子だった。だから幼稚園なんて未知なる世界に、俺がいるだろうと安心していたのだ。結局、あずさは途中から入ってきた椎名と仲良くなったことで、行きたくないということは少なくなっていった。
「じゃあ、もう一段上の約束ってどうするんだい」
槙人さんが興味津々という顔で聞いてきた。俺はあずさの手を離して小指を絡ませた。
「もちろん指切りですよ。やだなー、純真さを失くした大人って」
ことさら冷たい視線を兄貴にむける。
「爛れた大人にはなりたくないわね」
隣であずさも冷たい視線をみずほさんに向けていた。兄貴もみずほさんも小さくなって、反論もなし。というか、いい加減弟、妹離れをしろよな!
槙人さんと美佳さんに連れられて二人は俺の部屋から、出て行った。それを見送ったあずさがおもむろに横に置いてあったクッションをつかんで抱きしめた。俺もそばにあったタオルをつかんだ。
そして……
俺たちは、タオルとクッションに声を吸い取らせるようにしながら、大笑いをしたのだった。
姉が部屋を出て行ったあと、大翔と共に大笑いをした。
本当にいい加減にしてほしい。姉は私のことがかわいくて仕方がないと、公言している人だ。私に悪い虫がつかないように、友達に頼み込んでいたくらいに。
高校も大翔に命じて私と同じ高校にさせたくらいだもの。私のことを心配してくれるのはわかるけど、たまにうっとうしくなる。
そして何を思ったのか、最近は私と大翔をくっつけようとしているのよ。変な男に引っかかるよりは大翔と恋人になってくれた方が安心だとでも、考えたのだろう。
けど、私の気持ちを無視のその行動に、私達は反発しているの。
「で、どうする、あずさ。付き合うのか、付き合わないのか」
「う~ん、そうねえ……」
私は少し考えた。
大翔のことは嫌いじゃない。初恋相手の賢也さんが、私と同い年になって一緒に成長している、と錯覚するくらいに似ていることは嫌だけど。
大翔もたぶん同じ気持ちだろう。私も姉をそのまま小っちゃくしたみたいと、よく言われていたから。
「やっぱり、現状維持で!」
「わかった。そんじゃあ、明日はいつものようにお目付け役として、家まで送り届けたと話すだな」
「そうね。また派手に言い合いをすればいいわよね」
◇
あずさが納得したように言って、これでこの事は終わりとばかりに教科書を広げて、ノートに向かいだした。
あずさは知らない。
あの言い合いも、恋人同士の痴話げんかだと思われていることを。
あずさがツンを発揮して、素直になれないと思われていることも。
だんだんみずほさんのように色っぽくなってきたあずさ。
いや、みずほさんより色っぽいあずさ。
上目づかいで見つめられて、襲わない俺、グッジョブ!
兄貴たちの目がうるさいから、高校の間はおとなしくしているけど、その後は覚悟していろよ。
な、あずさ!