月曜日
お盆前最後の部活動、演劇部の私たちは秋の文化祭に向けて、練習に励んでいた。
人数は少ないながらも、私たちの演劇部は人気がある。顧問の先生は、美術教師でもある野瀬先生。彼女は、大学時代に演劇サークルにはいって賞をとったこともあるそうで、私たちの練習をよく見てくれた。
しかし、私は演劇部が軌道に乗っているのは、先生のお陰だけではないと思う。
幼稚園の頃からの親友佳奈子の脚本のよさからも来ているのだろう。
日ごろから読書に勤しんでいるだけあって、佳奈子の文章力はとても素晴らしい。あまり本を読まない私でも分かりやすく、読みやすい作品となっている。
賢い親友が少し自慢だった。
「佳奈子はお盆どこかいくの? 」
部活終了後、昇降口で上履きから外履きに変えていた佳奈子に訊ねた。
「北海道のおばあちゃんちに行くよ」
「いいなー」
「花ちゃんは? 」
二人で昇降口を出ようとしたとき、後ろから佳奈子を貶す声が聞こえた。
「大馬鹿な子。大場佳奈子」
振り返ると、同じクラスのお調子者があっかんべーをしているところだった。
佳奈子の名前をバカにしたその声に腹が立ちどなり返す。
「花ちゃんが怒鳴ることなかったのに」
佳奈子は決して馬鹿ではない。むしろ頭は良い。定期テストの順位もいつも一桁をとっているし、県下の有名女子大学への進学もほぼ決まっていると言っていい。自慢の親友だ。
からかわれる理由があるとすれば、その性格。
昔からよく言えばのんびりとした性格で争い事は好まず、痛みにも疎い。
小学生の頃行われたドッチボール大会で顔面にボールを当てられたときも、なきもわめきもせずに仁王立ちした姿を見た当時の担任は武蔵坊弁慶のようだ。と感嘆の声をあげた。
佳奈子は痛みに強いのではない。我慢強いだけなのだ。時間をおいてからあのときは痛かった、あのとき男の子に言われた言葉は傷ついたと、思い返し泣き出す。
家も近所でいつも帰り道を共にしていた私はそんな親友の姿を哀れに感じ、つい、佳奈子に助け船を出してしまう。
先程のお調子者も、佳奈子が言い返さないのを知っていて、おもしろがっているのだろう。
高校二年生にもなって、幼稚園児のような男子の姿に頭が痛くなった。
お調子者の姿を見て、私の頭を悩ます存在を思い返した。
「私は今年もおうちで姪っこのお世話だよ」
「月姫ちゃん? 」
佳奈子の言葉に力なく頷く。
校門を出て、左に曲がるのがいつもの帰り道なのだが、佳奈子が神社によろうといったので右に曲がった。遠回りになるが、それでもお互いの家にはつく。
神社に行きたいという理由は分かる。
高校近くの神社は2年前、とある映画のロケ地になった。その3年前に流行った恋愛小説が原作で、確かラストシーンで神社の入り口である、長くて急な大階段を登るヒロインに、当時人気のあったイケメン俳優演じる主人公が告白して終わっていた。
『涙無くしては見られない』
『衝撃のラストにあなたは耐えられるか』
といった煽り文句がつけられた映画は、その年のヒット作になり、映画が公開されてしばらくの間は、私たちの住む小さな町は観光客で溢れかえっていた。
今でも当時程ではないが、ロケ地目当てにやって来る人は少なくない。
しかし、佳奈子がこの神社に立ち寄りたい理由はロケ地だからではない。
神社に昔から伝わる怪談話に感銘をうけ、勝手にパワースポットにしているのである。
佳奈子は怪談がとても好きなのだ。
怪談嫌いの私にとって、そこだけは佳奈子とわかり会うことはできない。
一段一段気を付けて、登る。一番下の段から見上げると、首が痛くなってしまうほど急な階段は小さな子供や高齢者はいつも辛そうにしている。観光地にもなっているのだから、緩やかな坂でも作ればいいのに。
佳奈子はなれたもので、どんどん登っていってしまった。
怪談に関してのみは、佳奈子に恨み節を吐いてしまう。
佳奈子のせいで、高校生になっても登るのに時間がかかるようになってしまったのに、のんきな奴め。
ここの神社はよく願い事が叶うと言われている。
それだけなら、可愛らしい話なのだが、まだ話は続く。
信心の弱いものが、この大階段を転げ落ちると異世界に連れていかれるというものだった。
家を出た姉に小学生の頃、大泣きでそれを教えると、そんなの怪談じゃないじゃないか。と大笑いされてしまった。
そしてその代わりと言わんばかりに、姉は三割増しに脚色を加えた怖い話を夜中ずっと聞かせた。今思えば、高校生が小学生を大泣きさせている様はいじめているようにしかみえない。
姉から受けた仕打ちを思い出した私は、当時の怒りを思い出し、残りの階段を力強く登ってやった。姉のことはその時から苦手だった。
神社は田舎にあるにも関わらず、しっかりとした作りをしている。右側には社務所、左側には絵馬掛所がある。絵馬掛所の側に積まれた金属のパイプを避け、他の人の願いをちらりと見てみる。『大学に合格しますように』『病気が治りますように』といった願いに来年はさすがに、神頼みしてみようかという気持ちになった。
景気よく砂利の音をならし、境内に近づく。
佳奈子が両手を合わせて目を閉じ何かをお願いしていた。
佳奈子にならってわたしも賽銭を入れて手をあわせる。
今の願いはただ一つ。今年のお盆休みが私にとって素晴らしいものになりますよーに!!
佳奈子と別れたあとの足取りは重かった。
今日から家にあの悪魔がやってくる。
姉の娘の月姫。四歳児だ。姉も義兄も甘やかして育ててようで、とんでもないわがまま娘になっている。「この子はわたしたちのお姫様」姪が誕生したさいに姉が言った言葉だ。
愛し気に初めての子供を抱く姿に私たちも感動した。
『月姫』は姉がつけた名前だ。
姉の名は雪。私は花。
両親は、四季折々の美しい景色を表す言葉『雪月花』から私たちの名をつけた。
二人姉妹で『月』がいない理由は、苗字が『月宮』だからだ。
姉は結婚して苗字も変わったため、残りの『月』の字と、『姫』をくっつけて、自分の子供の名前にした。
生まれた当初はとてもかわいく感じていた。片鱗が伺え出したのは月姫が二歳のこと。
月姫の誕生日は我が家で盛大にお祝いした。
母からもらったピンク色のドレスを着て、私が百円均一で購入した子供用の王冠を頭に被り、月姫はご満悦だった。
義兄の両親は都合がつかなかったそうだが、プレゼントだけは両親それぞれから贈られたらしい。もちろん私の父も、月姫の母である姉も父である義兄も、それぞれ一つずつプレゼントを贈っている。
翌日、休みだったこともあり、私たち家族は近くのショッピングモールへ出かけた。
月姫は前を通った玩具店全てに足を踏み入れ、これが欲しいとねだりまくった。
昨日自分のために大人がプレゼントを用意してくれたことから、自分は何でも買ってもらえるお姫様とでも思っているような印象だった。
もちろん大人達は、プレゼントは昨日贈ったのだから、今日は何も買わない。
それを察知した月姫は、とんでもない大音量で泣き出し、私たちを困らせた。もっとも、私の母が何より困っていたのは、姉が月姫を注意する素振りすら見せなかったことであるが。
「怒るなんて、旧時代的じゃない? わたしはこの子を自由に育てたいの」
店員まで駆けつけるほど騒ぎになったのに、この人は何を言っているのだろうか。
結局私の父が小さなお菓子を買ってやり、その場は何とかおさまった。
しかし、月姫は学んでしまったのだ。泣きわめけば自分の望みが叶うと。
門の前に姉の乗る軽自動車の姿が見えないことに安堵したわたしは、玄関の戸を元気に開けた。
目の前をみて、愕然とする。
玄関に4歳児の履くピンク色のキャラクター靴が置いてあったからである。急いでかけ上がると、母がソファーで項垂れていた。母の顔、手足には幼児向けアニメの女の子がかかれたシールが貼られている。すでに洗礼にあったようだ。
母の周りに奴の姿がない。
もしやと思い、2階の様子を探る。物音がする。まさか、私の部屋に入っているのではあるまいな…。
駆け足で階段をのぼり、自室のドアを勢いよく開けると、そこには奴―月姫の姿があった。
姉によく似た顔でにかっと笑う。
まだ細い髪はアンバランスなツインテールになっていた。
月姫の手にあったのは、私が見つけた指輪。
「これもらうね! 」
頂戴でも、もらってもいい? でもない。
もらうことは当然という態度に、怒りが沸き上がる。
「月姫! その前に言うことがあるよね? 」
「ないよ」
「勝手に部屋に入らないでって私いつも言ってるよね? 」
「うん」
「なにしてるの? 」
月姫は怒られることに慣れていない。指輪を大切そうに持ち、私の横を通りすぎて行こうとする。
「勝手に人のものとるんじゃないの! 」
力ずくで月姫の手から指輪を取り上げた。
「それ!! るなの!! 」
「月姫のじゃないでしょ! 」
目の前にいる大人が自分の思いどおりにならないと分かると、月姫は大声で喚いた。
目から涙がでていないぞ。
「ただいま~」
月姫と睨み合っていると、玄関から姉の声。それに反応して、月姫は玄関へ駆けていった。
「まま~」
「月姫~。良い子にしてた? 」
「うん」
月姫に続いて玄関へと向かうと、安いドラマのような親子の感動の対面に鉢合わせた。
「何が良い子よ。お姉ちゃん、月姫ったら、また私の部屋に勝手に入ったんだよ! しかも、この指輪持っていこうとするしさ! 」
月姫への怒りを姉にぶつける。
私が持っていた指輪を見て、姉は驚いた。
「あー。それ、わたしがあんたにあげた奴じゃん。なつかしー」
姉は靴を脱ぐと、月姫を抱き上げ私に尋ねた。
「母さん、いる? 」
「居間で月姫の被害を受けてるよ」
「あっちゃー……やっぱりやっちゃったかー……」
姉の言い方はどこか他人事だ。娘が自分勝手なら、その母も同じだな。
「あ、そうそう。花、悪いんだけど……。一週間月姫のお世話お願いね」
死亡宣告をうけたかのようなそんな気持ちだった。
母と二人、キッチンで溜息をつく。
姉はサービス業をしている。夏休みなんてなかなか取れない職種だが、まだ小さな子供がいる姉を気遣った姉の職場の主任がお盆休みを毎年くれる。
しかし、今年は姉の職場のお盆休みと長期改装工事が完全に被ってしまった。
姉の職場の面々は、人手の足りない別会社の応援に駆り出されることになったため、いつもはお盆休みをもらえる姉であっても、他の店舗ではそう簡単にはいかないだろうと思われていたのだが、主任や他の職員たちとの連携もあり何とかなったようだ。
本当に姉は職場に恵まれている。私も将来はそんな良い職場につきたいものだ。
だが、悲劇はここから始まる。その主任が階段を踏み外して足を骨折してしまったという連絡がきた。
ギリギリでシフトをまわしているため、一人でもかけるわけにはいかない。姉は主任に変わりお盆休みを返上することになったのだ。
ここまでなら、お世話になっている主任に対して、義理堅い女だと好印象なのだが…。
主任がいくことになっていた別会社の場所が問題だった。ここから新幹線で二時間程の距離にある場所。寝泊りするための場所は確保されていたが、小さな子供を連れて行くことは難しい。月姫をお盆休みの間、姉抜きで預かることになってしまったのだ。
これは悲劇の始まりに過ぎなかった。月姫を引きはがして、仕事に出かけた姉を見送ったすぐあと、家の電話が鳴った。
義兄からだった。義兄はこのとき、長期出張に行っていた。帰宅日は今日だったため、出張先からそのまま我が家にやってくる予定だったのだ。最寄り駅についたら一度連絡を入れると前もって聞いていたため、その連絡かと思っていたのだが。
出張先でトラブルがあり、そのトラブル解決のために出張が一週間ほど伸びることになってしまったいう詫びの連絡だったのだ。
放心状態で受話器を置くと、泣き喚く月姫を抱いた母が期待の眼で見つめる。
しかしその顔は、義兄からの悲報を聞くと一気に青ざめてしまった。
悪魔月姫はさんざん泣き喚いたあと、疲れ果てて昼寝をしている。
この隙に夕飯の支度をしてしまおう。今日のメニューは生姜焼きだ。ビニール袋に生姜と醤油と味醂をいれて揉みこむ。下味をつける時間がめんどくさいのと、洗い物を増やしたくない母がいつもそうしているのだ。母はサラダのためのレタスを一枚ずつちぎる。その腕には幼い子供の歯形がいくつもついていた。先ほど姉がいなくなったとき、月姫が抵抗して何度も噛みついたのだ。
「明日には、お父さんも帰ってくるから……この辛さは少なくなるはずだから……。耐えるのよ」
父は今、新幹線の距離にある父方の祖母の家にいっている。少し前に祖母が入院することになってしまったのだ。祖父はすでに他界しているし、父は一人っ子。祖母の世話をやく者がいないため、祖母の入院期間、父は祖母の世話のために帰省していた。明日、祖母が退院することが決まり、父は帰ってくる。二人で月姫の相手をするのと、三人で月姫の相手をするのではまるで違う。明日帰ってくることも喜ばしいが、できたら今日帰ってほしいと心から願った。
また家の電話が鳴る。
一度水道で手を洗うと、母は急ぎ足で受話器をとった。電話の音で月姫が起きては大変だ。
「あら、お義母さん」
電話は祖母からだったようだ。ひとしきり頷いたあと、小さく悲鳴を上げて電話を切る。手がかすかに震えている。
「お父さんが倒れたって……。」
母の話によると、祖母の退院準備をしていたところ突然病院で倒れたらしい。母は私に家のことを頼むとだけ言い残し、走って駅へと向かった。
父のことが心配だったが、母がいなくなってから私の窮地に気づく。
悪魔と私この家に二人っきりになってしまったのだ。
佳奈子には悪いが、あの神社にご利益はないのではないかと思う。
このお盆休みが素晴らしいものになる気がしない。
三時間ほどたち、母から電話が来た。父は大したことなく、ただの疲れと栄養不足だと診断されたようだ。大事をとって祖母と同じ病院に少し入院するらしい。問題は祖母のほうだ。父が倒れたという心労で、入院期間が延びてしまった。母は父と祖母の世話で帰ってこれないそうだ。
ハンバーグが良かったとぐずる月姫に生姜焼きを食べさせ、嫌がる月姫をお風呂に入れた。姉がもってきた月姫の好きなアニメDVDを見させている間、佳奈子に電話を掛けた。
『それで、今、月姫ちゃんと二人っきりってわけか……』
電話の向こうの佳奈子が同情しているのが分かる。他人の不幸を決して笑わないのは佳奈子のいいところだ。
「お義兄さんも、今のところ仕事のめどが立ちそうなのは金曜日だったいってるし……。お祖母ちゃんとお父さんの退院も金曜日になるからお母さんたちが帰ってくるのもその後……。お姉ちゃんもピンチヒッターしてる会社のセールが終わるのは金曜日だからそれまで帰ってこれないって……」
『今日が月曜日だから……あと四日か』
「先が長いよ~。佳奈子、助けて」
『助けてあげたいけど……もう北海道だからねえ。お土産買ってくるからね』
佳奈子に愚痴を聞いてもらう。直接言えないのが辛い。世界には私と月姫の二人しかいないみたいだ。
「花! るな魔法少女になるよ!! 魔法少女るなになるの。魔法のステッキ買ってよ」
DVDを見ていた月姫が突然叫びだす。どうやら、見ていたDVDにうつっていた魔法少女に感銘を受けたらしい。
「月姫! 今電話中なの! 静かにテレビ見てて」
一旦電話から耳を離して注意する。静かになったのを確認すると、佳奈子に一言詫びを入れて、会話を続けた。
『かわいいね。月姫ちゃん。魔法少女になりたいなんてさ。私も小さい時そんなこと思ってたなあ』
「佳奈子らしいね。……っていうか、やっぱあの神社、願い叶わないよ」
『え? 』
「私、今日あの神社で“お盆休みが私にとって素晴らしいものになりますように”って祈ったんだよ。今のところ素晴らしいどころか、不幸のどん底」
『これから良くなるかもしれないよ』
「そういえば、佳奈子は何をお願いしてたの? 随分熱心だったけど」
『内緒だよ』
電話の向こうで、ふふっと微笑む佳奈子が見えたような気がした。




