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白と黒、時々朱色。  作者: 十六夜製薬
2/2

第2幕 その従者、瀟洒につき。


人は自らの手から離れて初めてその宝の価値を認識する。刺激はないが平和な日常、運命を変えるほどの希望もない代わりにどん底へ叩き落される絶望もない生活。

その全てが当たり前に存在すると思えること自体が幸せであると認識できる人間はそう多くはない。

つまり何が言いたいかといえば退屈な時間すらも本来はかけがえのないものだと説きたいわけだが…


「うん。流石に暇すぎないか?この神社。」

そう問いかけたところで応える相手はいない。せいぜい鳥か虫が鳴くくらいだ。勢いで霊夢が里へ出かけてる間の留守番を引き受けてしまったはいいが本当に誰も来ないな、ここは。

やれやれ。味が出なくなるほどこの平和を噛み締めたところで状況が良くなるわけでもない。今の私にできることは棚から引っ張り出した煎餅とお茶をお供に卓袱台の上に広げられた新聞を読むことくらいだ。それも胡散臭い天狗の新聞を。

誇大広告から捏造に偏向報道まで何でもござれな新聞だが最近はやけに恋愛沙汰が多い。前は妖精同士、今回は河童と厄神か…しかし一体どこに需要があるんだ?生憎私は世俗に疎いからな。

などと一人で苦笑しながら新聞をめくる。

「しかしまぁ、これなら私にも書かせてほしいくらいだな。キノコを使ったかんたん魔術のレシピとか役に立つんじゃないか?」

「あら、そうかしら?一般のご家庭が魔術に興味があるとは思えないけれど?」

誰にも聞こえていない筈の戯言に対して山彦のように声が返ってくる。流石に驚き外から聞こえる声の方へ顔を向ける。

「うわっ!?って、咲夜…?」

「えぇ、瀟洒なメイド、十六夜咲夜ですわ。」

実に意外な声の主は釈明をする気もない緩い口調で、しかし凛とした声でそう応える。わざわざ向き直りスカートの裾を持ち上げ、軽く跪くように挨拶までしてくる程だ。確かカーテシーとか言うんだっけか。そして当たり前のように家の中へ入り込んだ咲夜が私の向かいに座り、一人で持つには重そうな鞄をその横に置く。

「しかしまぁ、霊夢に用事があるんならタイミングが悪かったな。ついさっき里の方へ出かけた所だ。」

「あら。それは残念ね…また明日出直そうかしら?」

「まぁまぁ待て待て。今は私が留守番を任されてるんだ。話してくれれば伝言くらいはしてやるぜ?」

立ち上がろうとする咲夜の肩を掴みゆっくり座らせる。予想外とはいえ貴重な客人だ。早々返してなるものか。と言うかそうしないと私が暇なんだ。

「そう?なら伝言というか、渡して欲しいものがあるのだけれど。」

座り直した、というかわたしに無理やり座らされた咲夜が呟きながら鞄を漁り透明な袋を取り出す。中身は…肉の塊か?血が滴っている。

「ええっと、咲夜。これは?」

「見ての通り、肉よ。味の方はまだ私も分かりませんわ。」

「いやいや、そうじゃなくてだな。何の肉なのかを聞いてるんだが?」

「お嬢様が戯れで狩ってきたものよ。館にはまだ余っているし腐らせるのも勿体無いから霊夢におすそ分けしようと思って持ってきたのだけど…」

「まさか…まさかじゃないだろうな?」

「うふふ、冗談よ。少なくとも人間じゃないわ。でもまぁ…夜雀あたりはあり得そうよね。」

「やれやれ…吸血鬼のメイドが言うんじゃ洒落にならないだろ…」

咲夜に私が本当に肝を冷やしたことを悟られないうちに釘を刺しておく。咲夜自身は嫌いではないしむしろ友人としては好きなんだが時々こう、真顔でとんでもない冗談を言うのは勘弁してほしい。普段からふわふわしてるやつだから本気なのか見分けがつかなくて困るからな。

人の気も知らずに笑い続ける咲夜がふと卓袱台の上に開きっぱなしの新聞に目を下げる。そこには例の「号外」も置かれたままだった。

「あら?この神社にも届いてたのねぇ、それ。」

「ん?あぁ…霊夢が騒いでたやつか。最もこれじゃ号外ってよりただのビラな気もするがね。」

「うちにも放り込まれていたわ。お嬢様の目に入る前に処理しておいたけど。」

「はは、あいつに見せたら間違いなく「咲夜!うちでもやるわよ!」って言い出すだろうからな。賢明な判断だと思うぜ。」

「ふぅん、えらく自信満々ね?まるで魔理沙が本当に見たように。」

「生憎こっちにもお前の主人とそっくりな負けず嫌いがいるからな、大体の考えは想像がつくんだよ。というか絶賛巻き込まれ中なんだが。」

「この神社ってそういうご利益あるのかしらね?霊夢のことだから何も考えてないんでしょうけど。ところで魔理沙?」

そう呼びかけられ顔を見る。さっきまでとは違いどことなく真面目な顔つきだ。


「ん、どうした?」

「貴女自身はどうなのかしらって。結婚したい人というか、好きな人は居るの?」

「はい?」

飛んできた質問の意味が分からずに固まってしまう。

いや、違うな。意味はわかるんだが…その、答えが全く出てこなかった。

「言葉通りの意味よ。別に深い意味はないわ。ただ好奇心とでも言えばいいのかしらね?」

「勘弁してくれよ…うーん、考えたこともないからどう答えればいいのかも分からん。色恋沙汰は嫌いじゃないが私には縁遠いからなぁ。」

「ふーん。つまり魔理沙はまだ恋を知らないと。ふむふむ。」

咲夜が座ったまま滲み寄り私の横に来る。軽く腕が触れ合う程の距離だ。


「急にどうしたんだ…っ…?」


問い詰める前に咲夜の右手、その細い指が私の唇に重なる。ただそれだけのことなのにまるで魔法でもかけられたかのように押し黙ってしまう。


「言ったでしょう?深い意味はないわ。ただ、貴女がまだ何も知らないのなら、誰かを愛したことがないのなら、私がその「初めて」を頂いちゃおうかなって。」


咲夜が耳元でそう甘く囁き左手で私の右手を握り指を絡める。体が火照り、自分の鼓動が早くなるのを感じる。普段ならこの程度の拘束など簡単に振りほどける筈なのだが指先から伝わる肌の温もり、動かれる度に微かに漂う咲夜の匂いに全身の力が奪われる。


「咲夜…やめっ…」

「だーめ。だって貴女は別に誰を好きなわけでもない。なら私が魔理沙の隣に立つ権利だってあるはずでしょう?」

「くっ…そ、そんなこと急に言われたって…」


右手が唇から離され私の左手も絡め取られ、そのまま体重をかけられてゆっくりと仰向けに押し倒される。

咲夜の髪が垂れ下がり汗を浮かべる私の頬を撫で、そのくすぐったさについ体が跳ねる。

だが未だに私は状況を理解できていない。今感じるこの動悸、咲夜の蒼く輝く瞳を見る度に来る背中に指を這わされるような感覚。それが親しい仲の人間に迫られたことによる恐怖からなのか、或いはもっと別の「何か」によって引き起こされた物なのかすら分からない。私は恋なんて考えたことがないし、考えるつもりもなかったんだ。なのに気がつけばそれを問い詰められ、組み敷かれている。そう思うと頭が溶かされたみたいに何も考えられなくなり、顔を寄せながら見つめてくる咲夜の方へと私も近づいていく。

あぁ、そうか、いっそこのまま流れてしまえばいいのかな。どうせ私は恋を知らない普通の人間なのだから。

「ねぇ魔理沙、私は悪人ではないわ。」


いや、違う。


「だから人のものを奪ったりはしないわ。でも…」


知らないんじゃない。知ろうとしなかった。


「良い人でもないの。だからもし無垢で汚れのない宝物が落ちていたとしたら」


認めてしまうことが怖い。今の幸せを崩すのが怖い。だから目を背け続けていた。


「自分の色に染め上げてしまいたくなるの。」


それでも私は、「あいつ」の事をずっと前から-


「でも残念。今の貴女にはそうは出来ないみたいねぇ。」

唇と唇が触れる間際、咲夜が私から離れ立ち上がる。

まるでさっきまでの事などなかったかのように澄ました顔をしながら。

「やれやれ、ここまでしないと自分の本人にも気付けないなんて鈍すぎるわね。同情しちゃうくらいに。」

「いやいやどういうことだよ…襲って来たかと思えば急に落ち着いたり、もしかして私の方がおかしいのか?暑さにやられてたのか?妖怪の仕業か?」

乱れたメイド服を整え帰る支度をする咲夜に質問を浴びせかける。しかしあんなことをされたが不思議と恐怖も嫌悪感もない。むしろ心のどこかが軽くなった気すらする。だからこそ理解が追いつかないんだが。

「えぇ。でもどちらかと言えば私の方が暑さにやられたのかしらね。ごめんなさい魔理沙。でも急に冷めちゃったのよ。」


「だって、貴女は私がどれだけ心を掴もうとしてもずっと違う人のことを想い続けていたのだから。」


咲夜は振り返りながらそう言い残し、部屋を去る。追いかけようとした時には既に神社から出ていった後だった。

押し倒された時に咲夜に言われた言葉、見つめられた瞳、そして私自身から溢れて来た感情がフラッシュバックしてくる。あいつのああいう所は未だに苦手だ。無茶苦茶を言っているようで自分も知らないような心の奥底まで入り込んでくるような、どこまでも真っ直ぐで鋭いナイフのようなあいつが。ああくそ、どうすりゃ良いんだ私は。

自分の胸中すら把握できず騒つく心をぐっと抑える。


とりあえずだ、今はこの文字通り置き土産の肉塊をどう調理するかを考えるしかない。

前に霊夢に留守を任された時は割と遅く帰ってきたから今回も夕飯の支度を急ぐ必要はないのだが寛ごうにも妙に落ち着かない。だから私は調理場に立つ。こうすれば時間も経つし少しは気も紛れるだろうからな。

よし、今晩は鍋にしよう。今日みたいな暑い日にこんなもの!と霊夢にどやされるかもしれないがそこはまぁ、スタミナをつける為とでも言っておけばいいだろう。

しかしこの肉…見た感じは新鮮みたいだが咲夜が話していたのを鵜呑みにすればレミリアが狩ってきたらしい代物だ。妖怪の肉って可能性も十分にあり得る。まぁ食べても死にはしないだろうと思いつつ肉と、自分で予め持って来ておいた野菜やら茸を切っていく。

他に誰も居ない家の中に食材を切る音だけが響き、それが余計に静寂を際立たせる。


「あいつ、早く帰ってこないかな…」


一人が嫌なわけではない。

ただそれでも、その時だけはどうしようもなく寂しくて『あいつ』の帰りを待ちわびてたんだ。















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