第一幕 変わりゆく変わらぬ日々
夏の昼下がり、相変わらず参拝客の来ない神社、雲ひとつない晴天、まさに絵に描いたような「平和な日常」ってやつだ。異変やら妖怪やらでそこら中を文字通り飛び回ってる身からすればこれ以上に楽なことはないな。ただ一つ、尋常じゃない暑さであることを除けば。
「あっついぜ〜…暑くて死ぬぜ〜…」
「まったく、そんなこと言ったって涼しくもならないんだからゴロゴロしてないであんたも掃除手伝ってくれる?」
縁側に腰掛けている私に境内の掃除をしている霊夢からの不機嫌そうな声が飛んできた。
確かにいくら暑いと愚痴をこぼしてもマシにはならない。そりゃそうだ、だがそれでも言っちゃうのが人間ってもんなんだぜ。と力説し反論したかったが持っている箒で襲われそうだったのでやめた。魔法使いが箒で殴られるなんてあまりにもマヌケだしな。さて、取り敢えずこれ以上追い詰められる前に話題を変えておくか。
「まぁまぁ、霊夢もそろそろ休憩したらいいんじゃないか? そういえば今日は髪下ろしてるんだな。なかなか似合ってるぜ。」
「はぁ、別に無理して褒めなくたっていいわよ。暑くて暑くて怒る気にもなれないんだし。」
ため息混じりにじろり。とした霊夢の視線が突き刺さる。私の浅はかな考えはお見通しってことか…
「べ、別に嘘は言ってないぞ?本当に似合ってるって思ったから言っただけだしそれに…」
「それに?」
「あぁ、えっと…そうだ、それより今日はどうして私を呼んだんだ?まさか本当に掃除を手伝えってわけでもないだろうし。」
「ちょっと神社で新しいことを始めようって思ったわけよ。それで人手が欲しかったの。あんたならなんやかんや手伝ってくれそうだし。」
というか掃除したって誰も来ないじゃないのよ〜っとボヤきながら家の中に入る霊夢に連れ添うように私も縁側を離れる。日光が当たらないだけでこんなにもマシになるとは。今日ばかりは吸血鬼の気持ちがわかる気がするな。
「それで新しいことってなんだ?出来れば私の魔法でなんとかなる範囲にして欲しいが。」
「うーん…私もイマイチ何をするのか分かってないのよね。だからついでにアドバイスでも貰えないかと思って呼んだんだけど。はいお茶。」
「おっ、どうも。まぁ話を聞くぶんには構わんけど…そんなに期待されても困るぜ?私は肉体労働専門なんだ。」
霊夢が持ってきた冷えたお茶を流し込むように飲みながらちゃぶ台を囲む。にとりから貰った冷蔵庫とかいう道具のおかげでいつでも飲み物を冷やしておけるらしいがこれはありがたい。今度河童どもにきゅうりでも持って行ってやるかなどとぼんやり考えていると霊夢が一枚の紙を持ち出してきた。
「肉体労働になるのかも分からないけどほら魔理沙、新聞のここ見てみなさいよ。」
霊夢が指差す方を紙を見ると「文々。新聞」の文字が目に入る。言わずと知れた自称清く正しい天狗が作っている世にも奇妙で浪漫溢れる新聞だ。それも号外らしい。ますます胡散臭くなってきたな。
「え〜となになに、「守矢神社、結婚式の受付を開始!歴史と荘厳さ溢れる秘境で一生に一度の特別なひとときを」ねぇ…いつの間に守矢と手を組んだんだ?あのブン屋天狗は。」
「問題はそこじゃないわよ。結婚式よ、結婚式!それも人間の!また何か企んでるんじゃないかしら…」
「まぁまぁ落ち着けよ…しかしあいつらがこんなこと始めるのも驚きだがそれが霊夢の言う新しいこととなんの関係があるんだ?」
興奮のあまり叫んだり落ち着いたりと面白いことになっている霊夢をなだめながら話を続ける。しかし結婚式か…
「関係も何もうちでもやるのよ。早苗のとこにできるんだからここでやれないわけがないでしょ?」
「相変わらず負けず嫌いだよなぁ、霊夢は。」
「ふふん、なんとでも言いなさい。いずれここは恋愛成就の神社として莫大な信仰と賽銭を得るのよ!」
「随分な自信だことで。それで具体的に結婚式って何をするんだ?私もよく知らないんだが…」
「……魔理沙。」
「ん?」
「それを聞きたくて貴女を呼んだのよ。」
「ははっ、そいつは大仕事だ…。」
これならいっそ異変解決の方が楽だろうと今頃になって実感した。まぁ、霊夢のやる気には答えてやりたいところだが何分経験もなければ想像もつかない。こればっかりは手探りでやるしかないだろう。そう思っているとふと浮かんだ疑問。それを口にしてみる。
「ところでだ、霊夢。」
「ん?いいアイデアでも浮かんだ?」
そう冗談めかして聞き返して来た霊夢はちゃぶ台から離れ立ち上がっていた。そして暑さに負け下ろしていた髪を結びいつも通りの見慣れた姿へと戻る。
「ああいや、アイデアってわけでもないんだが。その…霊夢自身は結婚とか考えたことあるのか?」
「はぁ?私がするかってこと?さぁねぇ。少なくとも今はそんなつもりも予定はないけど。」
素っ頓狂な声を上げながら呆れたように私の質問に答える霊夢。いや確かに我ながら柄じゃないことを言った気もするがそこまで驚くことか?とぼやく私を横目に支度を整える辺りは最早流石というほかないが。
「とりあえず恋愛成就の信仰大作戦は後で考えるとして、ちょっと出かけるわよ。小鈴ちゃんのところに本も返しとかなきゃだしね。どこかの魔法使いさんと違って私は律儀だもの。」
「うぐ、私だって借りてるだけだぞ?あくまで無期限貸出ってだけで。」
「ふーん?今度咲夜に訴えでも出して貰おうかしら。そうなったら貴女ももう終わり。大人しく白状したらどうだね?」
霊夢が手を口の前に持って来たかと思えば煙草を吸うかのように振る舞い、わざとらしく高圧的な口調で私に問いかける。大方読んでる本にでも影響されたのだろう。
「なるほど、今度は推理小説にでもハマってるのか?意外なもんだ。」
「確かに本はあまり読まなかったけどそんなに意外かしら?面白いわよ。アガサクリスQの小説。」
「いや、本っていうか…ははは!霊夢が推理って!普段やってることと真逆じゃないか!!って痛い痛い!」
「これは正義の鉄槌よ!観念しなさい!」
あまりのギャップに堪え切らなくなった笑いが頭上へと落とされる重く鈍い拳骨で叩き潰される。そういう所が推理だとか論理とかけ離れてるんだが…これ以上殴られるのは勘弁だ。言わぬが仏言わぬが仏。
「それじゃあ出かけてくるから留守は頼んだわよ。棚のお煎餅なら食べてていいから。」
「はい、任されましたよっと。ところで霊夢。こんな暑い日は酒でも飲んでリフレッシュしたくないか?」
「それもそうね。あんたがご飯でも作ってくれたら尚のこといいんだけど?」
「各々役割は決まりってことか。なんならついでに巫女も私がやっといてやろうか?」
「あんたじゃ巫山戯てるって笑われるのがオチよ。じゃあまた後でね。」
身支度を整え軽口を叩きながら縁側から外に出て神社の境内から外へつながる石段を下る霊夢を見えなくなるまで見送る。さて、流れで留守番を引き受けてしまったわけだがどうしようか。いや恐らく慌てふためくことにはならないとは思うが、むしろ逆だな。夕食を作るにしても日が暮れるまではだいぶ時間がある。その間に忙しくでもなってくれれば楽なんだけどな…
さっきとは打って変わって静まり返った縁側でそうぼんやりと考えながら仰向けに寝転がる。
「しかし結婚って単語を霊夢の口から聞くことになるとはな…」
誰に向けて言うわけでもない独り言が蝉の鳴き声で掻き消される。それはまるで自分自身に語りかけるようでもあり、心の片隅の「何か」が私に呼びかけるようでもあった。
なんか書きたくなったから書きました。
魔理沙ちゃんって男勝りなのに乙女なのがマジ可愛いよねって言いたいんだじぇ…