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堅実勇者  作者: 髭付きだるま
最終章 勇者廃業、そして行商人として生きていく
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第92話 目覚めの時

それから暫く経ったある日の夜、ケンは目を覚ました。


目を覚ましたケンは咄嗟に自分は死んでいるものだと思った。

何故ならケンが居るのは液体の中であり、目の前にある窓からは痩せ細ったハナが見えたからだ。


ハナは酷い状態だった。

艶のある髪はボサボサになり、体はガリガリだ。

見た感じだと体重が10kg以上減っている様に見える。

目の下には濃い隈があり、相当疲れているのかウツラウツラと船を漕いでいる。



そしてケンはハナの周囲に目を向けた。

薄暗い室内は清潔で良く整えられている。

光の具合で判別しにくいが、室内は白い。

よく見るとポスターが張ってある。

そこには『医務室のご利用について』と書かれていた。


そこでケンは今いる場所がウロタの中の医務室の中であり、どうやら自分はカプセルに入れられているようだと判断した。

『死んでいない限りどんな傷であろうとも治すことが出来る』と言われているあのカプセルであるが、ケンは何故自分がここに入っているのか分からなかった。


確か自分はお城で国王陛下に勇者に任命され、ハナ達と一緒にマール国から勇者の国まで旅をして、ウロタに到着して行商人見習いを卒業した後は、勇者の集いの為の準備をしていた筈だ。


そして残り3日となった日にハナやアニキと一緒に船内を探検して事まで思い出して、ケンはそれから後の記憶が無いことに気がついた。

翌日に行われる筈だったオリエンタル帝国やルネッサンス共和国の勇者達との食事会や肝心の勇者の集いに関しての記憶がまるで無い。


今現在カプセルの中に居るということは恐らく船内を探検している最中か、その後で何かが起こり、自分は大怪我をして記憶が飛んでいるという状況なのだろう。


ケンはそのように判断し、カプセルから外に出ようと試みた。

しかしこのカプセル、よく見ると内部からは操作できないようになっている様だ。

そもそもこの中は液体で満たされている。

液体で満たされているのに溺れもせずに呼吸が出来るという状況だ。

呼吸が出来るので死にはしないが、声を出しても届かない。

かと言ってカプセルを叩くのも躊躇われる。


千年前に初代勇者様が召喚した船に召喚当初から設置されていたというこのカプセルは、現代の技術では再現不可能な代物らしい。

そもそもこの『呼吸が出来る水』自体が物凄い物なのだ。

だからもし壊してしまったら元に戻すことは出来ないのだ。

ケンは結局外側から操作して貰おうと考え、ハナが起きるまで待つことにした。



とは言えその時は割とすぐに訪れた。

ソレナとハスが医務室に入室してきたのである。


「ハナ様お夜食をお持ちしました、っとどうやらお休みのようですね」

「無理もないな、あれからずっと付きっきりでケンの側から離れんのだ。起きるまでは寝かせておこう」

「そうですね。しかしハナ様がこれ程までにお心を痛めるとは、私はケン殿について誤解していたのかもしれません」

「誤解も何も、お2人は別に付き合っていた訳でも恋人だった訳でもないぞ。

自覚していなかった恋心をケンの死で認識してしまったのだろうな」

「おいたわしい……ケン殿が目覚めればハナ様も再び元気を取り戻すでしょうに」

「そうだな。おいケン、お前を守れなかった私が言うべき言葉では無いのだろうが、どうか早く目覚めてくれないか」



そう言ってソレナがカプセルに視線を向ける。

その視線の先にはカプセルの中で手を降っているケンが見えた。


そしてソレナは一瞬硬直し、すぐに再起動するとカプセルに張り付いた。



「ケン!おい無事か?目が覚めたのか?答えろ!」


ソレナは凄まじい剣幕でケンに向かって言葉をぶつける。

しかしケンにはその言葉は届かない。

カプセル本体か、液体かは知らないが、音の伝達を阻害しているようだ。


よってケンは動く体を使ってジェスチャーを試みる。

耳に手を当て、口の前で腕を交差し、声が聴こえないことをアピールした。


ソレナは最初、ケンが巫山戯ているのかと思っていたが、ハスにカプセルの機能について説明され、こちらの言葉が届いていないと認識するとケンに話しかけるのを止めた。


そしてソレナとハスはカプセルのある部屋を出て、近くにある医務室のナースセンターへと向かっていった。そこには夜間の緊急診療に対応するために数名の看護婦と医師が待機しており、ケンが目覚めた事を告げられた彼らはすぐさまケンの元へとやって来た。


そして彼らが部屋に戻ると、そこではハナが今正にカプセルを外側から操作して、ケンを外に出そうとしていた。

それを見た当直の医師はすぐさまハナを羽交い締めにした。


「いけません王女殿下!今外に出すのは危険です!」

「でもケンが!ケンが目を覚ましたのよ!早く外に出してあげないと!」

「勇者ケンは長い間カプセル内で治療を受けているのです!長期間行動していない人間は筋力も骨も衰えます!不用意にカプセルから出すのは危険なのです、新たな怪我をしかねません。ここは堪えて下さい!」

「いやー!離して!ケンと話をさせて!」


暴れるハナを医師と看護婦が必死に押さえつける。

途中からソレナとハスも加わり、ハナは部屋の隅の椅子に強制的に座らされたのだった。


そうしてハナがカプセルから離れ、医師がカプセルの状態に異常がないかと確認し、問題なしと判断してから医師はケンの前に紙を掲げた。


そこには


【この文字が読めますか?】


と書かれていたので、ケンは頷いた。

その後は、【自分の名前が分かりますか】や【痛い所はありませんか?】といった質問が続き、最終的に【あなたは大怪我を負ってカプセルで治療中です。明日また来ますので、今夜は取り敢えず寝て下さい】と説明され、医師はハナ達を連れて部屋の外へと出ていったので、ケンは再び眠りに付くことにした。




そうして暴れるハナを取り押さえたまま、別室に移動してから、医師は説明を開始した。


「状況は理解しました。勇者ケンの意識は戻っており、意思の疎通も可能です。明日、改めて各種検査をした後、カプセルから出すかどうかを判断します」

「その説明だと出せない可能性もあるのですか?」


質問したのはハスだ。ハナはまだ暴れていて、ソレナはハナを抑えるのに手一杯だ。


「ええ、一見外傷は全て治っているように見えますが、体の内部に傷が残っている場合も考えられます。カプセルから出した瞬間に傷の痛みがぶり返して死んでしまっては元も子もありませんからね、検査は慎重に行います」

「了解しました。ハナ様、お聞きになりましたね、明日まで待って、お医者さんの判断を仰ぎましょう」

「ふうぅぅ……分かったわ。申し訳ありません先生。ご迷惑をお掛けしました」

「お気になさらずに。大事な人が死に掛けたのなら皆同じ反応をしますから」

「先生、それは違う。ケンは一度死んだのです」

「ソレナ!」

「ううぅぅ……。ひっ!ぐす……」

「ああぁ!申し訳ありませんハナ様!大丈夫です!スミレさんが生き返らせてくれたのです!今は生きてます!すぐに良くなってまた一緒に行商の旅が出来ますよ!」


ソレナは必死でハナを慰めている。

医師は『例えカプセルから出られても、相当の日数をリハビリに費やさなければならないから、すぐには旅に出られないですよ』とは言わなかった。空気が読める男なのである。


とにかくその日はハナ達は一旦宿に戻ることになった。

ハナはケンと一緒に居たいと願ったが、またカプセルを不正に操作される危険性があるため医師の許可が降りず、明日全員で来るまでカプセルの部屋には入室禁止措置が取られてしまったのだった。





そして翌日、ケンが入っているカプセルの部屋の中には見知った顔が何人か訪れていた。

昨日も居たハナにソレナにハスに加え、番頭のサッカやナッカ大使、更にはオリエンタル帝国とルネッサンス共和国の大使までケンに会うために医務室を尋ねてきた。


彼らは目覚めたケンの顔を見て安堵の息を漏らすと、揃ってケンに話し掛けて来た。しかしケンはカプセル内に居る為に言葉が届かない。彼らは医師から渡された言葉が書かれたボードを掲げて、ケンと意思疎通を行った。


彼らと出会ったケンは違和感を感じた。昨日ハナを見た時は余りのやつれ具合に驚いたが、他の人達はどう見ても急に年を取ったように見えるのだ。


そうしてケンの目覚めを確認した彼らが帰って行った後は、医務室の医師や看護師が総出でケンの体調をチェックしていった。


とは言えこの作業、実は一人でも可能なのだ。

何故医務室の全員が集合しているのかと言えば、カプセルが使われる機会が滅多に無いため、研修も兼ねてケンの体調チェックを行っているのである。


通常なら早く終るこの作業を説明しながら行った結果、終わったのは日が暮れる寸前であった。結果は良好。

勇者権の傷はキレイに治り、カプセルから出しても何も問題無しと判断された。



よって医師はカプセルを操作して、カプセル内の治療液を抜き初め、胸の高さまで抜き終わったら一旦停止。カプセルの上部を開いて、そこからケンの体をカプセルから抜き出した。全部抜いてしまうと、弱った足腰では怪我をする可能性があるからである。


カプセルから出てきたケンは言葉を喋ろうとした。

口の中から音は出た。しかしそれは言葉にはならなかった。

口から出てきたのは『ヒュー、ハー』と言った音だけであったのだ。


それを聞いた医師は「カプセルから出た直後は上手く言葉は喋れないので、無理に喋らにように」とケンに告げ、ケンの体を濡れたタオルで拭き取り、寝間着に着替えさせると移動できるベッドに乗せて、そのまま個室へと移動していった。



そして個室に移動してすぐに、サッカとハナとナッカ大使が部屋に入ってきた。

そこで一同は医師からこれからの予定を聞かされた。



「ケン殿、そしてマール国の皆様、まずはお疲れ様でございました。カプセル内での検査の結果、ケン殿の怪我は完治。古傷も含めて完璧に治っております」


この一言で全員に安堵の表情が浮かぶ。

しかし次に続く言葉に一同は難しい顔をした。


「とは言え丸3年もの間、カプセル内で治療を受けていた為に体力、筋力、そして全身の骨格が非常に脆くなっております。よってこれからはリハビリに専念して頂きます。まず通常の食事が出来るようになるまでに1ヶ月、ベッドから起き上がれるようになるまでに半年、歩行訓練に丸一年は見て貰いたい。退院出来るまではこれから更に2年間は必要となります。勿論個人差はありますが」

「先生、それでは行商人としての活動は……」

「それはこれからのリハビリ次第ですね。一気に治すことは不可能ですからゆっくり治療を続けて行けば、最終的には再び行商人として活動することも出来るでしょう」

「分かりました」


全員嬉しそうな顔をしている。

2年間は掛かるとは言え退院して再び歩けるようになれば御の字だ。

何しろ3年前にケンは目の前で死んでしまったのだ。

行きているだけでも奇跡なのだから、これ以上求めるのは野暮というものだろう。


そしてケンは『カプセルの中で3年間も治療を受けていた』と聞かされて衝撃を受けていた。どうやら状況は想像以上に深刻だったらしい。ケンは話を聞こうとしたが、口からはまともに言葉が出てこない。医師はケンの様子を見て一つアドバイスをしてきた。


「ケン殿、質問、疑問等沢山あるでしょうが、今は体を元に戻すことに専念して下さい。取り敢えず1ヶ月経って、普通の食事が取れるようになりましたら今回あなたの身に起こった事を説明させて頂きます」


「皆様もケン殿に聞かれたとしても、内容は一切答えないで下さい。体は治っても心に受けた衝撃と言うものは早々治るものではありません。またカプセルに入らなければならなくなったら大変ですからね」


その言葉にケンは頷き、ハナ達は揃って「分かりました」と答えた。


こうして甲板の上での死亡から3年後後、マール国の勇者だった行商人ケンは何とか生き返ってきたのだった。無事にと着けられないのが難点ではあるが。

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