第90話 ある勇者の死
最終章開始です。
章としては短いです。
ケンとハナが行商人見習いから卒業したその後、2人の新米行商人は昨日も訪れたマール国の大使館を訪れていた。
2人は本日ギイから卒業し、一人前の行商人と認められたのだ。これからは師匠の支持を仰ぐこと無く行商人としての人生を歩んでいかねばならない。
しかし同時にケンは勇者であり、ハナは王女なのである。
ギイから卒業の許可が降りた今、まずは9日後に迫っている勇者の集いに向けて準備を進める事が第一だと考えたのだ。
因みにヘイはギイと共に商会の仕事があると支店内に残っており、ノウやホッコ他マール国の兵士や騎士は午後に合流予定だ。
ケン達の行商人の卒業がどれだけ掛かるのか分からなかったので、午後に大使館で合流する予定だったのである。しかし感動的だった卒業ではあったが、時間的には大した事はなかった。
故に2人は護衛をしていたソレナとホドの4人で大使館を訪れたのである。
大使館内ではナッカ大使とマエノ大使が引き継ぎの準備の為に忙しく動いていた。
しかし2人は嫌な顔一つせずケンとハナに対応してくれた。
それもその筈、これから始まる勇者の集いはマール国にとっても一大事であり、実際に活動するのはケンとその仲間達なのである。
大使館員の仕事はケン達のバックアップだ。ナッカ大使もマエノ大使も揃って気合を入れていた。
「まずはお2人共、2年に及ぶ行商人の修行、お疲れ様でございました」
大使館の奥、昨日も通された応接室でナッカ大使が2人を労ってくれる。
彼は旅の最中ケンとハナが行商に如何に真摯に取り組んでいたのかを良く見ていたので言葉には重みがある。
それに2人がキチンと稼ぐことが出来る程の行商人であるという事はマール国の勇者としては非常に大きい。先日の山賊退治の報酬の内の25%を活動資金として残しているとは言え、勇者として使う分としては余りに心許無い金額だ。
かと言って貧乏な本国の援助はこれ以上は望めないのが現状である。
地力で活動資金を稼がねばならないという状況下では、勇者が行商人という状況は決して悪い話ではないのである。
「ありがとうございます。旅の最中は何かとご迷惑をお掛けした事をお詫びしますよ」
「とんでもありません。本国からの援助が望めない現状、地力で稼ぐことが出来るお2人には頑張って貰わねばなりませんから。勇者としても、王女としても、行商人としてもです」
「正にそれですよ、シカーク王国に入国する際には勇者として認めて貰えず危うく捕まる所だったじゃないですか。勇者の集いの後はナッカ大使も同行されないのですから正直心配なのです」
「それについては問題ありません。勇者の集いに参加した勇者達の特徴を記した『勇者一覧』という冊子が、勇者の集い終了後に作られ、全ての国境と各国の町や城に配布される事になっているのです」
「『勇者一覧』ですか?」
「ええ、各国が勇者としての活動を妨げず支援する為の制度です。これに登録されれば例え私が居なくても国境の警備兵に捕まりかけるような事はなくなるでしょう。何よりお2人はギイ商会の正式な行商人と認められたのですから、それがあるだけでも基本フリーパスになりますよ」
「それもどうなんでしょうか」
ナッカ大使とケン達は笑いあった。
しかしマエノ大使は苦笑いだ。
ケンが勇者として認められず国境で捕まりかけたという話は今始めて聞いたのだ。
昨日ケン達が挨拶に来た後に、打ち上げをするからと言ってナッカ大使以下、大使館の交代要員達及びマール国の兵士も騎士も王子すらも一緒に出て行ってしまったので旅の話を聞くのは今回が始めてなのである。
マエノ大使は『これは一度一通り今回の旅の話を聞いておかねばならないな』と考え、ケン達に話しかけようとした。
しかし丁度そのタイミングで大使館に来客があった。
「失礼、私はドヴェルグ連合国のレンチの町で領主をしている者ですが、こちらに勇者ケン殿かナッカ大使は居られるでしょうか?」
そう話し掛けて来たのは妙齢のドワーフの女性であった。
受付をしていた大使館員は勿論ドワーフが女性上位の社会である事を知っている。
ついでに言えば、勇者の国の近くにある4大強国の町の領主とは年に数回、勇者の国で行われる各国の大使と近隣の領主を招いたパーティーで遠目にだが見掛けたこともある。
よって彼はすぐさま彼女の来訪をマエノ大使とナッカ大使に告げ、彼女はすぐさま奥の応接室に通された。
そして運ばれてきたお茶を飲み一息ついた後、彼女はナッカ大使と勇者ケンに頭を下げて来たのだった。
「まずはお2人共改めてお礼申し上げます。先程我が国の大使館にも事の次第を報告し、現在山賊に捕まっていた被害者達の出身国と交渉の場を設ける手筈を整えている所です。なお彼らは現在この街の宿泊エリアで我が国の兵士達と同じ宿に泊まって貰っておりますのでご安心下さい」
「それは良かった、全員無事に入国出来たのですね」
「ええ、思ったより時間が掛かりましたがどうにか入国の許可は取れました。しかし全員の入国審査が終了したのが昨日の日暮れ後であり、結局国境を超えた所でもう一泊野営をしまして。ウロタ到着は今朝になってしまったのです」
「無事に入国されたのならば何よりですよ。彼らの調子は如何ですか?」
「全員旅の疲れはありますが、それ以上の問題はありません。中には早速船内の探索に出発した者も居るくらいです」
「ああ、良いですねぇ。正直俺も色々と見て回りたいですよ」
「まぁ仮に何かあったとしてもこの船にはあの有名な『医務室』がありますからね。彼らの安全に関しては我が国の威信にかけて保証させて頂きます」
「どうか宜しくお願い致します」
そう言ってケンとナッカ大使と領主は笑い合う。
それを見ているハナや護衛をしているソレナやホドも同じ表情だ。
マエノ大使だけ蚊帳の外である。
彼はナッカ大使に説明を求め、ここで初めてケン達が山賊を退治した話とケンが単独で賞金首にされていた山賊を倒したことを聞かされたのである。
「山賊赤錆団ですか!?あの凶悪な山賊団を勇者ケン殿が退治したと?」
「いえ違います。俺は山賊退治を決定して、最後に山賊の首領を倒しただけです。最初の襲撃では旦那とスミレとホドだけで殆ど倒していましたし、次の襲撃では兵士や冒険者の皆さんが大活躍でしたよ」
「襲撃で一番活躍したのはシンやったけどな」
「後ギンですね。2人が山賊の隙を作ってくれたお陰で楽に勝てたんですよ」
「ごめんなさい。私、役立たずだったわ・・・」
「同じくです。ですが次こそはお役に立てるよう頑張ります!」
「2人共無理はアカンで。ケンもやけど人間相手の戦闘は始めてやったんやろ?頑張り過ぎずに余裕を持って行動するのが生き延びるコツやで。ギイはんも言うとったやろ」
「そうね、気をつけるわ」
「頑張り過ぎないように頑張ります」
「あの、申し訳ありません。出来れば最初から説明して貰えませんでしょうか」
いつもの様に勝手に身内だけで盛り上がるケン達をマエノ大使が引き止めて話を聞き出す。
それを聞いたマエノ大使は驚いた。
山賊に襲撃され、それを撃退。
そして山賊を逆に襲撃し、壊滅させる。
名のある賞金首を仕留めて、奴隷にされていた被害者達を救出し、山賊が溜め込んでいた財宝も手に入れ、レンチの町では英雄扱いとは。
幾ら昨日到着したばかりとは言えこれは先に報告しておいて貰いたかったとマエノ大使はナッカ大使をジロリと睨んでしまった。
「申し訳ありません。既に金銭交渉も済んでいる話でしたので、午後にここで再集合した際にお話するつもりだったのですよ」
「それにしたって・・・いえ失礼。確かに時間もありませんでしたからな、仕方ないでしょう。ですが午後には是非、今回の旅の最初から最後までをお聞かせ下さい」
「勿論そのつもりですよ」
「その、申し訳ありません。時間を置いて訪れるべきだったでしょうか?」
「いえいえ!これはこちらの報告ミスの話ですから領主殿はお気になさらず!」
「そうですか、ありがとうございます」
結局レンチの町の領主はその後暫くして大使館を退出していった。
これから本国の大使と話し合い、各国大使に話を通して最終的に彼らを無事に出身国に渡すよう取り計らってくれるらしい。
マエノ大使は彼女の予想外の対応の良さに驚いていたが、ナッカ大使からケンが見受け金を大分安く抑えたと聞いて納得した。山賊を退治し、尚且つ捕まっていた自国民を安く融通して貰えば態度も良くなるだろう。
マエノ大使は勇者ケンの評価を大幅に上げたのだった。
結局彼女が来たことで時刻は昼近くになってしまったので、大使館員達は弁当を広げ、ケン達も食堂エリアに向かった。
彼らが用意していた弁当は、宿泊エリアや商店街で毎日販売されている代物らしい。毎日外食では出費が嵩むが、この町というかこの船の中では自炊は出来ないからワザワザ外に出るしか方法が無い。
しかしそれでは時間が勿体無いし、自炊出来る場所自体が限られているため、弁当が販売されているのだ。
安くて、旨くて、量もあるという何処かで聞いたことがあるフレーズの弁当が一番人気らしい。ケン達は明日からは節約のため弁当を購入しようと決めたのだった。
そして午後、大使館に昨日も集まったマール国の勇者一行が勢揃いした。
ここで改めてマエノ大使はケンが勇者のなった発端であるハナとケンの行商生活とセンターの村防衛戦の詳細について話を聞いた。
そして続けて、城での表彰式での国王陛下の突然の蛮行とその後の国内情勢を聞き、ケン達の3ヶ月半の旅の内容を詳細に聞いていった。
中でもシンがギンペの抱擁を受けたという話と、山賊退治の話は琴線に触れたのかかなり熱心に聞いていた。
結局全ての話を聞き終わった頃にはすっかり日も暮れていたのでその日はそのまま解散となった。
帰りしなマエノ大使が「これは予想外に良い勇者なのではないだろうか?」と呟いていたのは、部屋を最後に出たナッカ大使だけが聞いていたのだった。
それから2日後、オリエンタル帝国とルネッサンス共和国の大使がそれぞれマール国大使館を訪れ、勇者ケンとその一行に対して自国民を救ってくれたことに対して感謝の意を伝えてきた。
ナッカ大使とマエノ大使が応対をし、呼ばれて大使館まで来たケン達に対して、それぞれの国の大使は心からのお礼を述べたのであった。
彼らもマール国が行商人を勇者に任命したという話は既に仕入れていた。
しかし大した事ないだろうと考えていたその行商人勇者が、まぐれとは言え有名な賞金首を仕留めたと聞いて顔を見に来たのだ。
見た目は正に行商人だ。しかし確かに並よりも鍛えているようだし、何より大使館員達の接し方が『棚ぼた』や『まぐれ』で勇者になった者に対するものとは明らかに違っている。大国ともなるとそういった理由で勇者に任命される人物も少なからず居るのである。
これは予想外にダークホースになる可能性も有るかもしれないなと彼らは考えた。
そんな事は露知らず、ケンは大使達に応対し、彼らから自国の勇者達の話を聞いていた。
それによるとオリエンタル帝国も、ルネッサンス共和国も、勇者の集いの2日前位に勇者が到着する予定になっているとの事だ。
尤もケン達の様に全員揃ってウロタに来る所は稀らしい。
何しろここはいくら広いと言っても収納人数には限りがある。
その為20~30人位の側近のみが勇者の集いに参加するのが恒例らしい。
ケン達マール国一行は全員合わせても25人だから何も問題が無かったのである。
各国の勇者集結する勇者の集いまで後7日。ケンはその日を楽しみにしていた。
しかしケンが勇者の集いに参加する事は無かった。
勇者の集いが開催される3日前、ある勇者が船内で死亡するという事件が発生したのである。




