第86話 ドヴェルグ連合国の旅11 勇者の国到着
レンチの町を出発して7日後、ケン達は朝日と共に起き出した。
ちなみにケン達がレンチの町を出発する時は街を挙げての見送りが行われた。
何しろ凶悪な山賊団を退治した勇者一行が勇者の国へと向かうのだ。
町の人達のテンションはケン達が引く位に上がっていた。
出発時刻が早朝にも関わらずレンチの町の殆どの人達が見送りに門まで押し寄せてきていた。
先頭に居るのは奴隷にされていた被害者達だ。
彼らは今はもう奴隷から開放され、涙を流してケン達に感謝を伝えている。
そして一番前でニックにしがみついて泣いているのはナナだ。
横にはペンも控えている。
助けてくれた大好きな牧師様が旅立ってしまうという事が理解できるのだろう。
彼女は必死にニックに縋り付いていた。
「やだー!!にっくちゃんいっちゃやだー!!」
「嫌だと言われてもなぁ、すまねぇなナナ。俺は行かなくちゃいけないんだ」
「やだやだやだー!なないっしょにいくー!」
「それは駄目だ。この旅は危険な旅なんだ。まだ子供であるナナは連れていけねぇよ」
ニックはまだ幼いナナの世話をこの街の炎の教会の司教様にお願いしていた。
司教様は快く応じて下さり、ギンペのペンと一緒にこの街の孤児院で預かって貰う事になっていたのだが、ニックが旅立つ時になると急に駄々をこね出したのだ。
ニックは「出て行け」と言われる事はあっても「行かないで」と言われた経験が無いので困ってしまった。そこにこの街の司教様がやって来てナナを諭したのだった。
「ナナ、ニックを困らせてはいけませんよ」
「しきょうさま!でもにっくちゃんがいっちゃうよ!」
「彼は行かねばならないのです。勇者殿と共に世界の為に戦う使命を帯びているのですから」
「やだよ!あぶないよ!にっくちゃんもゆうしゃさまもいっしょにくらそうよ!」
「彼らは私達の安全な暮らしを守るために活動して下さっているのです。その志を遮ってはいけません」
「ふぐ~・・・わかった!じゃあななもいっしょにいく!」
「貴方はまだ幼く、何の力もありません。今行っても足手まといになるだけですよ」
「どうすればにっくちゃんといっしょにいけるの?」
「そうですねぇ、少なくともこの町の兵士位には強くならねば駄目です。それまでは私の教会で暮らしなさい。いつかニック牧師や勇者ケン殿の力になれる位に強くなったなら同行を許可しましょう」
「わかった!にっくちゃんまっててね、ななすぐにつよくなるから!」
「おう分かったぜ!・・・司教様申し訳ありません、後の事は宜しくお願いします」
「はい、任せて下さい。炎が貴女と共にあらん事を」
そんな大騒ぎがあってからケン達はレンチの町を出発した。
ケン達マール国の勇者一行は始めて勇者らしい扱いを受けた事に感動しながら出発した。町に残った者達はその後姿を見えなくなるまで見送っていたのだった。
そんなことがあってから旅を続け今日は行程の最終日、予定では今日の昼前にはドヴェルグ連合国と勇者の国との国境に到着し、夕方には勇者の国の都「ウロタ」に到着する予定だ。
レンチの町から勇者の国までの道のりは2種類に分けられた。レンチの町から3日目辺りまではドヴェルグ連合国内と同じく一面の荒野が広がっていたが、4日目以降は平原の中に大小様々な湖が点在する景色が続いていたのだ。
勇者の国までの街道はその湖の間を通行する形で作られており、グネグネと蛇行しながらも続いている。
途中には村もある。この付近の村々はドヴェルグ連合国内の他の村とは違い、漁業が盛んだ。この辺りでは淡水魚が当たり前のように取れるため、途中の村で魚を買い、昼も夜も魚祭りが開催された。
荒野の景色に飽き飽きしていたケン達はどこかマール国にも似たその長閑な景色に癒やされながら先へと進んでいた。
「まぁこの湖が出来た理由を聞けば、そんな感情も吹き飛ぶのだがな」
ノウはそんな事を言いながら皮肉な顔をして道を進んでいる。
ケンは馬上のノウのそんな呟きを聞き取り、どういう事なのかと聞いた。
「ケン、お前は初代勇者の物語を覚えているか?」
「忘れる訳がありませんよ。召喚された異世界の戦士が勇者として祭り上げられて、魔王を倒した後は用済みだからって殺害されそうになり、返り討ちにして大昔の馬鹿な連中を殺して回ったってやつでしょう」
「随分大雑把だがその通りだ。そして最終的に勇者は討ち取られ、勇者を討ち取った場所に勇者の国が作られた訳だ。ここまでは良いな?」
「問題ないです」
「その時の勇者相手の戦いは熾烈を極めたらしくてな。勇者の国が作られた場所やその周辺は大変な被害を被ったそうだ」
「はぁ、それで?」
「そして当時の戦士達は今とは違い凄まじい力を持っていたらしい。それが当時の発達した魔法によるものか、今とは比べ物にならない程の性能を持っていたという魔道具によるものかは知らないがな。剣で大地を割り、槍で海を開き、唱える魔法は天候を変化させ、大怪我も大病も全て治せる程の治癒魔法や薬が有ったとのことだ」
「え~とつまり?」
「その当時の戦士たちが総力を結集して初代勇者を仕留めようとすれば、当然の事だが周囲の被害も甚大な物になるという事だ。何でもこの周辺は元々は一面の草原地帯だったそうだ。湖となっている部分は当時の戦の爪痕らしいぞ」
話を聞いたケンや周囲に居た者達は戦慄した。
一面の草原地帯を湖だらけの景色に変えるなど、そんな事が出来るなんて神か悪魔か。
そしてそこまでやらなければ仕留められなかった初代勇者とはどれ程の強者だったのか。
ケン達は恐る恐る周囲を見回した。
そこには先程と変わらない長閑な景色が広がっている。
しかし当時の惨劇を想像し、つい先日の山賊退治の光景を思い出し、ケンは景色を純粋に楽しめなくなってしまったのだった。
そんなこんなで移動して、今日は最終日、7日目の朝だ。
ケンと同じく朝日で目が覚めて起きてくる者もいれば、見張りとして元から起きていた者、そして朝に弱くて起きられない者も居る。
しかし集団行動の為には起こさねばならないので、鍋をガンガン叩いて寝坊助達を叩き起こし、朝食の準備に取り掛かった。
とは言えケン達は特にすることはない。
何故なら今回の行程にはレンチの町の領主とそのお供に大量の兵士が同伴しており、道中の様々な雑事は全て彼らが対応してくれているからだ。
彼らは何故ケン達と共に旅をしているのか?
それはあの夕食会の後の交渉時に遡る。
「では支払額はこの通りでお願いします」
「分かりました。感謝します勇者殿」
「ケンで結構ですよ」
「感謝しますケン殿」
夕食会の後の交渉の最後、ケンとレンチの町の領主は固い握手を交わしていた。
数時間に及んだ交渉であったが、双方納得の行く形で収まった。後は書面をしたためて終了だ。
ケン達は予想外の大金にホクホク顔だし、領主も予想外の安さにホクホク顔だ。
ケン達からすればこれは臨時収入だ。元々は今後の旅の安全を考えて実行した山賊退治だったので、金銭の事は正直二の次であった。
そして領主としては臨時支出だ。山賊退治に金を払わない訳にはいかないし、捕まっていた自国民を買い戻さない訳にも行かない。略奪品の買取額は奪還を望んでいる者達から金額を回収すれば良いが、山賊退治の報酬と国民の買い取りは担当している領主の仕事だ。
これは本来自分の領地に居る山賊や盗賊への対処はその地の領主が行うのが筋だという常識がこの世界にあるからである。領主軍が討伐していればそもそも金を払う必要すら無かったのだからという考えだ。
だからレンチの町の領主は勇者ケンの慈悲に感謝したのだ。
山賊退治の報酬は規定通り、そして国民の買い取りは格安で引き受けてくれた。
お陰で当初見積もっていた金額よりもかなり安く纏まったのである。
ケンからすれば別に慈悲があった訳ではない。
山賊退治の報酬に関しては行商人として適正価格を重視しただけであるし、
国民の買い取りに関しては、「この分野は安く済ませた方が印象が良くなる」というアドバイスをギイ達から貰ったのでその通りにしただけだ。
人間を金銭で売買するという事に拒否感があったのも事実ではあるが。
その代わり略奪品に関しては値を吊り上げた。
結果として当初の想定よりも臨時収入の額が増えたためにケン達からすれば大満足の交渉となったのである。
そして交渉が終わった後、ふと思い出した事があったので、ケンは領主に話しかけた。
「すいません、一つ思い出した事が有るのですが、今聞いても大丈夫ですか?」
「問題ありませんわケン殿。如何されましたか?」
「今回そちらが買い取る奴隷にされていた人達についてです。ドヴェルグ連合国の住人以外の人達はどうされる予定なのですか?」
そう、山賊赤錆団に捉えられ奴隷にされていた人達の中には、ドワーフ以外の住民も存在したのだ。
彼らの出身地は、オリエンタル帝国だったり、ルネッサンス共和国だったりしたので、その扱いについてケンは気になったのである。
「そうですねぇ。彼らはこの国の者ではありませんから我が国が金銭を支払って購入する理由はありません。この場合は他国と連絡を取り、それぞれの国と交渉して買い取って貰うべきだと思いますよ」
「つまりそれまでは我々が彼らの面倒を見るべきだと?」
「そうなります。勿論彼らは奴隷にされていた訳ですから、奴隷商人に売ってしまっても良いのですが、ケン殿はそうはなさらないでしょう?」
「そうですね、それはやりたくありません」
「ならば話は簡単です。ケン殿はこれから勇者の国へと向かう訳ですからそこまで彼らも連れて行けば良いのです。あそこならば各国の大使館もありますし、これから各国の勇者も集まってきます。そこで彼らを引き渡せば良いのですよ」
レンチの町の領主はそう提案してきた。そして彼女も状況の説明の為に勇者の国へと向かわねばならないので一緒に行く事になり、我が国の国民を安く譲ってくれた礼として、道中の一切の面倒を見てくれることになったのだ。
だからここにはケン達マール国勇者一行の他に、レンチの町の領主とお供の兵士達、それと山賊に捉えられていた者達の中でドヴェルグ連合国の住民以外の者達も居る。
彼らはレンチの町で傷の手当を受け、清潔な衣服を支給して貰い、十分な食事を取って、たっぷりの休息を取った後、レンチの町の領主にこう告げられた。
「これからあなた達を救った勇者殿が勇者の国へと旅立ちます。あなた達は我が国の国民ではないので、未だ身分は奴隷のまま、勇者殿の持ち物扱いとなっていますのであなた達も共に旅立ちます。しかし勇者様はあなた達を奴隷として扱うことも売り飛ばすこともせず、勇者の国において、出身国の者達に引き渡すつもりであるとの事です。もしどうしても国に帰りたくないという者が居ればこの場で開放することも考えているとの事ですが、あなた達はどうしたいですか?」
その言葉に奴隷にされていた者達は一斉に「家に帰りたい」と叫んだ。
領主は頷くと、彼らに旅支度の為の荷物を分け与え、道中の護衛や食事は全て自分が責任を持つ事を告げた。どうしてそこまでしてくれるのかという質問には、「慈悲深い勇者殿へのせめてもの恩返しです」と答えたのである。
彼らは深く感激し、家に帰ったら勇者ケンの英雄譚を語り継いでいこうと深く決心したのであった。
しかしそんな事になっているとは露程も考えていないケンからすれば、奴隷にされていた人達が文句も言わずに付いて来てくれているのを見て、「まだ捕まっていた頃の心の傷が癒えて無いのだろうな」と考えてしまうのだった。
その為、休憩する度にケンは彼らを一人一人見て回り声を掛けて行った。
その為彼らはより深く勇者ケンの慈悲を心に刻んだのであった。
そんな裏事情があった道中もそろそろ終了だ。レンチの町の領主がせめてもの礼にと途中の村に寄る度に食料品を買いまくっていたお陰で今迄よりも豪勢だった朝食を食べ終わり、ケン達は勇者の国との国境へと向かう。
そして出発して数時間後、ケン達一行の前に巨大な湖が姿を見せ始めた。
それは近づけば近づく程大きさが分からなくなる程の巨大湖だ。
予め聞いていなければ海だと言われても信じただろう。そしてその巨大湖の先、湖の中に薄っすらと建物が見え始めた。しかしその建物の全景を見ることもなく、ケン達は遂にドヴェルグ連合国と勇者の国の国境に到着した。
そこは湖のほとりに建つ建物であった。建物の奥には湖の中へと向かって行く多くの船やボートが見える。見た目は湖のほとりで観光客相手に遊覧船の斡旋をしている、土産物屋も兼ねている建物っぽいこれが、国境にある出入国管理場だ。
そう、この大陸の中央にある勇者の国とは、この大陸の中央にある巨大な湖「ダマヤ湖」の中に存在しているのである。
周囲を完全に水に囲まれたこの国は、出入国の為にとにかくこの広い湖を渡らなければならない。よって街道の端で入国を許可された者達はそれぞれの懐具合に合わせて船やボートに乗り、勇者の国を目指すのである。
「まぁ国と言ってはいるが、正式には湖の中に町が一つあるだけだ。そこが勇者の国唯一の町で同時に首都である「ウロタ」だ。そこが我々の最終目的地だな」
「面倒臭いですねぇ。勇者の町では駄目だったのでしょうか?」
「町ではどこかの国に属さねばならないと難癖を付けられる可能性もあるからな。例え小さくても「国」を名乗っておけば対等に扱わざるを得ないだろうという理屈だと思うぞ」
入国の為に列に並んでいるケンとギイの会話だ。
順番待ちをしている訳ではなく、一人一人の入国審査が厳しいのだ。
国土が狭いのに入国希望者が多いこの国は、下手に人を入れ過ぎると直ぐにパンクしてしまうから、入国には一定の制限が設けられている。
だから入国審査そのものが厳しくなるが、ケン達は勇者特権でスムーズに入れる。ならば何故順番待ちが発生しているのかと言えば、ケン達一行の他に領主一行と、奴隷にされていた者達がおり、彼らの対応に手間取っている為である。
一応早馬を使って事前に連絡は入れていたらしいが、やはり全ての審査が終了するまでには時間が掛かる。ケン達は『しょうがないから待つしか無いな』と考えていたのだが、領主は『迷惑を掛けている』と考えたようで、先に入国してくれと言ってきた。
「申し訳ありません。予想よりも時間が掛かりそうなので、ケン殿一行は先に入国していて下さい」
「宜しいのですか?日程に余裕はありますからこのまま待っていても構いませんが」
「それでは私達が心苦しいのです。遅くても明日の午前中には入国出来る筈ですので、入国後こちらから連絡を致します。どうか先に向かって下さい」
「分かりました。ではマール国の大使館かギイ商会のウロタ支店に連絡を下さい。どちらかに連絡を下されば私の所まで話が通じる筈ですから」
「了解致しました」
そういう話になったのでケン達は先に入国することになった。
入国審査官に勇者である証明をしてから勇者の国へと入る。
今回は一緒に隣町の領主が来ていたのでスムーズに手続きが完了した。
ケン達マール国勇者一行は遂に勇者の国へと到着した。
そして一行はこの場の船の中で全員同時に乗れる中型船をチャーターし、揃って勇者の国の首都ウロタへと向かって行ったのであった。




