第79話 ドヴェルグ連合国の旅4 殺人経験
襲ってきた山賊を撃退した後、ケン達は事後処理に追われた。
モンスターを倒した時と同じく死体を一箇所に集めて焼く。こうしないと病気が発生したり、死体がアンデット化して新たなモンスターになったりするのだ。
また、生き残っていた山賊は装備を全て剥ぎ取られロープで縛られて碌に治療もされないままに道の片隅に転がされていた。ちなみに生き残りはスミレが担当した側のみにしかいなかった。旦那側の山賊は文字通り全滅していたのである。
そうしてとりあえず一息付いて落ち着いた後にスミレがとんでもない事を言い出した。
「ギイに旦那、提案があるんだけど聞いてくれるかい?」
「ほう、珍しいな何かね?」
「ハナ様や勇者殿、それにソレナとうちの兵士の内の何人かに山賊を殺させようと思ってるんだけどどう思う?」
「なっ!?」
「ちょっとスミレ!突然何を言い出すのよ!」
その余りに予想外の提案にケン達は驚いた。
そして師匠であるギイや旦那から即座に否定の言葉が出てこなかったことにも驚いた。
そしてスミレはその場にいる全員を見回して一つの質問をした。
「この中で人を殺したことが無い奴は手を挙げな」
するとケンを始めとしてハナにソレナ、そして兵士や冒険者からも手を挙げる者が現れた。
勿論その中には大使館の職員や他の職人・行商人、それにシン、レンゲにハチも含まれていた。
ちなみにその中で戦闘に加わっていた者は総勢十名にも及ぶ。
彼らに対してスミレは更に質問をする。
「じゃあもう一つ、ついさっきの山賊との戦いで体が震えた奴は手を挙げな」
すると全員が手を挙げた。「つまりそういう事だよ」とスミレは説明する。
「あんた達は今までモンスター相手にしか戦った事がない。だからさっきの山賊との戦いでは満足に戦えなかった。「人殺し」の経験が無かったからだ。勿論人を殺すことは基本的には御法度さ。だけどさっきみたいにこちらを殺そうとしてくる奴らに関しては別だ。この世界は残酷なんだ、殺らなきゃ殺られちまう。マール国は比較的安全な国だったけど、他の国はそうじゃない。これから勇者ケンに付いて行って世界を巡ったなら必ず人を殺す事になる。間違いなくね。だから今の内に経験を積んどかせようと思ったのさ」
「でもスミレ、人を殺していても体の震えはあるものでしょう?」
「というかホッコ!お前は一体何時どこで人を殺していたのだ!?」
ハナが遠回しに「人殺しはしたくない」というのと同時に、ソレナはホッコに詰め寄った。先程の最初の質問でホッコは手を挙げていなかったのだ。つまり弟はいつの間にか人を殺していたのである。
「姉貴落ち着いて!教える!教えるから!」
「そういえばあんたもノウ王子も騎士の内4人も同じように震えていたね。ああ、「死刑囚殺し」をしたんだね」
「流石だな。その通りだ」
「死刑囚殺し?」
死刑囚殺しとはマール国で行われている騎士になるための試練の一つだ。騎士とはいざという時に民を守り民のために戦うことが求められる職業だ。しかも兵士と違い重要な任務に着くことが多い。よって騎士になるために必要とされる能力は多岐に渡り、その内の一つが「いざという時には躊躇なく人を殺せる事」であるのだ。
しかし比較的安全で貧乏なマール国には山賊も盗賊も基本的に住み着かず、結果として人を殺した経験のない兵士や騎士が生まれてしまう。それをどうにかしようとして考えられたのが死刑囚殺しだ。殺しても問題のない山賊や盗賊がいないから、代わりに毎年少なからず発生する死刑囚を殺す事で、人殺しの経験を積ませようという発想である。
「なら仕方ないね。死刑が決まっていて身動きが取れない連中を殺すのと、こちらを殺す気で襲い掛かってくる連中を殺すのとじゃ訳が違う。どうだった?生の人間を相手にした殺し合いは」
「正直言って震えたよ。あの時旦那殿が吠えて下さらなかったら身動きが取れなかっただろうな」
「人を殺した経験はあっても、人と戦った経験は無かったからね。あの後は何とか動けたけど終わるまで心臓がドキドキしっぱなしだった」
ノウとホッコがそれぞれ答える。その顔は若干疲れが見えていた。
2人共死刑囚殺しをして騎士になったと思っていたらいざその時になっても体が動かなかったのだ。ショックだったのだろう。
「う~ん、ならやり方を変えるか。どうだろう旦那、山賊相手に一対一で戦わせて殺させるってのは」
「しかしそれでは万が一があるのではないか?」
「そうならないように、向こうは素手でこちらは完全武装。やばいと感じだら即座にアタシか旦那が仕留めるってのはどうだい?」
「成程な、それなら確かに「戦って殺す」経験が得られるか・・・」
スミレはどうしてもケン達に人殺しの経験を積ませたいようで旦那と相談を続けている。
そんな2人に転がっている山賊達が文句を言ってきた。
「ふざけんなこのクソ女!」
「なんて残虐な連中だ!」
「人権侵害だ!弁護士を要求する!」
殺す気で襲ってきたのにこの態度。流石のスミレも頭にきた。
「ふざけんじゃないよ!山賊は見つけ次第皆殺しだ。これは世界中の共通認識だよ!」
「そもそも殺す気で襲ってきておいて生きて帰れるとでも思っていたのか?」
スミレに続いて旦那も冷ややかな視線を山賊にぶつける。
それをみて山賊はニヤニヤした笑みを向けてきた。
「はっ!そんな事を言っていいのか?」
「本当だぜ。今ならお前ら全員奴隷にして許してやろうと思ったのによ!」
「俺達は「赤錆団」だぞ!お前らごとき俺達のボスが来たら皆殺しだ!」
「赤錆団だと!」
山賊の言葉を遮る者がいた。誰だと思って視線を向けるとニックが山賊の元へと向かう。そして山賊の一人を捕まえてニックは激しい感情を剥き出しにした。
「テメエらが赤錆団か!ケン達の手を煩わす必要もねぇ、俺がお前らを皆殺しにしてやる!」
「おいニック!一体どうしたんだ?」
突然の豹変にケンがニックを問いかける。するとニックは驚くべき内容を口にした。
「どうしたもこうしたもねぇ!スパナの街で俺が孤児院に通ってたのを知ってんだろ!あそこにはなぁ、赤錆団に親兄弟を殺されたって奴らが山のように居たんだよ!」
「なっ!」
「こいつらはドヴェルグ連合国中で拠点を移しながら活動している有名な山賊団だ。こいつらに生きてる価値なんざ一欠片もねぇ!親兄弟を殺されて一人ぼっちになった子供がどんな気持ちになったのか考えたことがあんのかテメエらは!」
「ははっ、何だそりゃ?そんなもん知るかよ」
「つーかそのカッコ、お前聖職者だろ?殺しは御法度なんじゃねぇのかよ」
「素人が!炎の教会は炎を神としているんだ。炎は生命と死の象徴!俺たち炎の教会の信者にとって殺人は禁忌じゃねぇ、死ね!」
そう言ってニックは吊し上げていた山賊の服に火を着けた。火は瞬く間に全身に燃え移りその山賊は絶叫を上げながらのた打ち回った。
「ギャアアアァァァ!!!」
「はっ、苦しめ!苦しんで死んでいけ!てめぇが殺した連中も同じように苦しかった筈だぜ!」
「ガアアアァァァ!・・・あ?」
一連の流れにその場の全員が呆然としていると、旦那が丸焼けになった山賊に近づいて剣を一閃。山賊の首は胴から離れ、残りの山賊達の方へと転がっていった。山賊達はガタガタ震えながら逃げ出そうとするが、手足を縛られて見張られている状況では逃げ出すことなど出来ない。
そしてニックは旦那に詰め寄った。山賊を殺したことが許せなかったらしい。
「おい旦那!情けを掛けやがって、一体どういうつもりだ!」
「そんなつもりは毛頭ない。俺はただ速やかな死を与えただけだ」
「それが情けなんだろぅが!」
「違う。俺は殺人を否定しない。しかし今やっていたのは拷問だ。不必要な拷問はやられた方よりもやった方にダメージを残す。殺す相手は速やかに殺す、いや殺さなければならない。これを守らずに死を玩具にしているとその内にその者の心は壊れていくのだ」
ニックは怒り狂っているが旦那は冷静に対応している。
しばらく睨み合ったがニックは旦那から視線を外して残りの山賊達に目を向けた。
目の前で仲間が生きたまま焼かれ首を撥ねられたのを見た山賊達はガタガタ震えながらニックを見ている。
するとニックは山賊達からも視線を反らして今度はケンの元へとやってきた。
「おいケン、いやマール国の勇者ケン=ジッツマン男爵殿、炎の教会の牧師であるニックより勇者殿に折り入って頼みがある。どうか話を聞いて貰いたい」
そう言ってニックはケンの目の前で跪いた。
突然の豹変ぶりに驚き、ケンはニックを立たせてどうしたのかと問いかけた。
「ちょっ、おい。どうしたんだよニック」
「話を聞いて貰えるだろうか」
「聞きます聞きます!だからほら立って」
そしてニックは立ち上がり、ケンに正面から頼み込んだ。
「では改めてお願いする。俺は牧師として、そして個人的にもだが山賊赤錆団が許せない。こいつらを野放しにしていては不幸になる子供達がこれからも増えていくだろう。だから俺はこいつらを皆殺しにしたいんだ」
「えーとつまり、こいつらを殺す許可をくれと?」
「違う。勿論それもあるが違う。俺は先程の襲撃時は馬車の中に居た。そして馬車の中では旦那側とスミレ側の両方の言葉が聞こえていたんだ。そしてスミレが相手をしていた山賊の一人がこう言っていた「今夜はアジトでパーティーだぜぇ!」と。つまり赤錆団のアジトはこの近くにある筈だ。そこを襲って赤錆団の連中を皆殺しにして貰いたい」
ニックもまたとんでもない事を言い出した。
早い話がこの場の戦力を使って山賊共を退治してくれという内容だ。
話を聞いた限りでは相当な被害が出ているようだし、ケンとしても山賊は倒せるものなら倒しておきたい。しかし未だ人を殺したこともないケンが仲間に対して山賊を殺してくれと頼んでも良いものだろうか?判断の仕様がなかったのでとりあえず周りに聞いてみることにした。
「ニックはこう言っていますけど師匠や旦那はどう思いますか?というかそもそもここに居る戦力でそんな有名な山賊団を倒せるのでしょうか?」
するとこの場で一番頼りになる旦那が答えてくれた。
「そうだな、倒せるか倒せないかの話なら倒すことは出来るだろう」
「出来るんですか!?」
「山賊や盗賊が厄介なのは先程も見せたあの逃げ足の速さだ。奴らは撃退しても撃退しても生き残りが寄せ集まってまた復活する。ちょっかいを出して駄目そうなら諦めて場所を変えて別の相手に狙いを定める事が出来るのが奴らの強みだ。
逆に言えば奴らは攻め込まれると弱い。奴らは自分達が攻撃する側だと思っている上に同じ場所には長居することが無いから拠点の防御はかなりおざなりだ。正直に言えばアジトが分かるかもしれないというこの状況はかなり美味しい。
万が一取り逃がした所で、拠点に攻め込めば溜め込んでいる筈のお宝を奪うことが出来るから相手の戦力を削ぐことにも繋がる。
更に言えば山賊退治は「勇者らしい行動」だ。ケンには勇者としての実績がセンターの村の防衛戦と単独でのキング・ゴブリン退治位しか無いからここらで点数稼ぎをしても良いと思うぞ」
旦那は山賊退治に賛成のようだ。しかしそこへ師匠が待ったをかけて来た。
「だが敢えて危険な場所へ行く必要はないとも言える。行商人として意見するならばここは見送って次の町に到着した後に衛兵に情報を伝えれば良い。この国の治安維持はこの国の政府の責任だからな」
旦那は山賊討伐に賛成で、師匠は反対と別れてしまった。
ケンが困っているとギイが再び話しかけてきた。
「迷うのも良いが、なるべく早く決めろ。山賊退治をするのならするで色々と準備があるし、このまま進むなら進むで早く移動しないと山賊が戻って来て再び襲ってくることも考えられる」
「俺が決めて良いのでしょうか?」
「良いも悪いも無い。我々はマール国の勇者一行で、リーダーである勇者はお前なのだ。自分の心に素直になって考えてみろ。リーダーが行動指針を決めて始めて群れは動くのだからな」
旦那にそう言われケンは考え込む。そして暫く考えてから結論を出した。
「決めました。山賊は討伐しましょう」
「ほう?理由を聞いても?」
「ニックに頼まれた事もありますが、一番の理由は旅の安全です」
「ここで山賊の拠点に襲いかかる方が危険だとは考えないのか?」
「それは勿論考えました。しかし今ここには戦力が揃っています。旦那も居ますし、師匠も冒険者の皆さんも居ます。しかし皆さんが同行するのは勇者の国に到着するまでです。
仮にそれ以降、師匠の言うようにもう一度今の山賊に襲われたら対抗出来る戦力が集まっていない可能性もあります。
もし先程取り逃がした山賊が俺達の顔を覚えていて逆恨みでもされたらその方が怖いと思いました。だから倒せるなら倒しておきたいのです。将来の不安を1つ取り除くために」
ケンは素直な気持ちでそう伝えた。それを見たギイと旦那は頷いて事の成り行きを見守っていた皆に声を張り上げた。
「皆話は聞いていたな、これより我々は勇者殿と共に山賊赤錆団の討伐を行う!宜しく頼むぞ」
「「はい!」」
そうしてケン達マール国の勇者一行は山賊退治を行う事を決めたのだった。




