第77話 ドヴェルグ連合国の旅2 スパナの町
カンナの町を出発してから一週間
ケン達一行は最初の目的地であるスパナの町に到着した。
スパナの町はカンナの町とは違い街を囲む城壁の高さは余り高くない。
その代わり城壁の外には堀が作られ、其処には水が流れていた。
そう水である。ここスパナの町を始めとして、基本的に山と荒れ地に囲まれているドヴェルグ連合国内部の町は基本的に数少ない水源の近くに作られているのだ。
これは他の国でも同じであるが、他国と違い地形の過酷さでは他を圧倒しているドヴェルグ連合国内部には町の数が極めて少ない。よってこの国において町という場所そのものが貴重だったりするのである。
シカーク王国のナントーで起こった門番からの賄賂の催促はここでは起こらずに、一行はスムーズにスパナの町に入場した。ドワーフは基本的に実直な性格をしているため、賄賂の要求やら後ろ暗い陰謀やらは起こり難いのだそうだ。勿論完全という訳ではないが。
カンナの町が完全に鍛冶師達の町であったのと違い、ここスパナの町は基本的なドヴェルグ連合国内の町特有の景色を見せていた。
カラフルに色付けされた石造りの低い建物が密集して立ち並び、街並はそのまま山の中腹まで伸びている。
その山に目を向けると、山裾に何個もの穴が空いており、スス塗れの多くのドワーフ達が出入りを繰り返していた。
早い話が鉱山である。
ドワーフ達はこの国で埋蔵量の多そうな鉱山を見つけると、その付近で水が確保できる場所を探して其処に住み着き、段々と人が増えて村になり、そして町になったのだ。
ここは国の中で尤もカンナの町に近い鉱山でもある。
ここで取れる鉱石の多くはカンナの町へと運ばれて行く。
そこで親方を始めとしたドワーフ達の手で優秀な武具へと生まれ変わり、行商人達の手で世界中にドワーフの製品が運ばれていくのだ。
勿論他の鉱山で取れた物に関してはその限りではない。
カンナの町から遠く離れた場所にある鉱山では近隣の町に運んだり、海路や陸路を使って他国へと輸出をすることもある。この国はドワーフ達が作る加工品が輸出の目玉では有るが、採掘している鉱石も良質で評判が良い。
世界にはドワーフ以外にも鍛冶をしている者達が数多く居る。
その者達にとってはドヴェルグ連合国産の鉱物資源は喉から手が出る程欲しい代物なのである。
「それなのに仕入れちゃ駄目なんですか~?」
スパナの町に到着して4日後、ケン達は行商を終えて宿へと戻る途中であった。
一行はカンナの町からの一週間に及ぶ旅の疲れを宿で癒やし、到着翌日からは例によって自由行動となった。この街での滞在期間は5日間、ナントーの町と同じである。これはすなわちケンとハナはこの町で同じ期間行商の修行をするという事でもある。
ケンとハナはカンナの町で仕入れた酒やナントーの町で仕入れた魚介類の乾物などを売り捌いていた。そして手に入れた利益でこの町の特産品である鉱物資源を仕入れるのかと思っていたが、ギイから許可が降りなかったのだ。
「正確に言うと私の許可ではなく国の許可が降りないのだ」
「国の許可?」
「ドヴェルグ連合国はドワーフの国であり、鉱物資源及びその加工品が財政の基盤となっている。中でも鉱物資源は最重要と考えられているため、この国で鉱物資源を扱うためにはこの国の首都にある政府の機関から特別な営業許可証を手に入れなければならないのだ」
「加工品ではなく鉱物資源の方が重要なのですか?」
ハナの疑問にギイが頷く。ギイ曰く、加工品まで規制してしまうと、混乱が大きいのだそうだ。確かに言われてみればその通りである。剣だの槍だのまで規制しても、それがこの国で作られたのか、他所の国で作られてこの国に持ち込んだのかまでは証明のしようが無いのだ。そもそも数が多すぎるのである。
逆に鉱物資源なら、わざわざ他国からこの国に持ってくる者は居ないし、この国でしか採れない鉱物資源は大切な輸出品である。規制するのはある意味当然であった。
だが逆に言えばこの国の鉱物資源を扱うことが出来れば巨額の利益を得ることが出来るのだ。よってこの国を訪れる行商人達は揃ってその特別な営業許可証を手に入れようとしている。しかしそれは非常に厳しい審査を通る必要があり、年に数人、年によっては1人も貰うことが出来ないという程のレアな許可証であった。
「まぁ私は持っているのだがな」
そうギイが軽く言って2人の新米行商人はズッコケた。
共に歩いていた護衛達は驚きの表情でギイを見つめた。
先程の話が本当ならギイはこの国に認められた特別な行商人の内の1人という事になるからである。
「師匠持っているんですか?」
「お師匠様凄いです!」
ケンとハナは即座に回復し、師匠の凄さを褒める。しかしそこでふと気づいた。
「あれ?ならギイ商会は鉱物資源を扱えるのではないのですか?」
「そうですよ、師匠が営業許可証を貰っているなら俺達も仕入れられる筈!」
「残念でした、そりゃ無理だ」
盛り上がりかけた2人をヘイが止めた。
そしてヘイは鉱物資源の営業許可証について説明を始める。
「お前ら勘違いするなよ?師匠が貰った鉱物資源の営業許可証の効力は師匠限定なんだ。お前らどころか、俺や他のギイ商会の会員だって扱えねぇんだよ」
「師匠限定?」
「つまりお師匠様直々に購入しなければ駄目だということですか?」
「正確に言うと、私が仕入れて、私が運び、私が売る必要がある。護衛や仲間を集める事は許可されているが、仕入れから販売までの全行程に私の立会が必要なのだ」
「何ですかそれは?面倒臭過ぎないですか?」
「それ程厳密にしても営業許可証を欲しがる連中が多いって事の方を注目しろよ」
「つまりそれだけ儲けが大きいと?」
「その通りだ。私の行商人生の中でも1度の行商で出た利益の中ではトップクラスに入る程の利益が出たからな。規制も多いがやりがいもある仕事だったよ」
そう言ってギイは懐かしそうに遠くを見上げる。
その目には当時扱った鉱物資源が写っているのか、それとも手にした利益が写っているのか。
ちなみにケン達はギイに営業許可証の取得方法を聞いたのだが、「私の場合は特殊過ぎて参考にならない」と教えて貰えなかった。ヘイも知らないらしく、いつか教えてくれる機会があるのかなとケンは思った。
そうしてケン達一行は宿へと戻って来た。
他のメンバーもほぼ揃っている。明日は早朝には出発の予定だ。今日は早めに休もうと考えているのだろう。
そんな中見当たらない人物が一人居た。牧師のニックである。
しかし別に心配はしていない。この町に到着してからニックは常に朝早くに宿を出て、夜遅くまで帰って来ないという生活スタイルだったからだ。
彼はどこで何をしているのか?それは一行がスパナの町に到着した当日に遡る。
一行がスパナの街に到着したのは午後の早い時間であった。
昼食は既に途中で済ませており、夕食にはまだ早い位の中途半端な時間であったが、7日間の移動で疲れ切っていたケン達は早々に宿を取り各々旅の疲れを癒やしていた。
そんな中ニックは「出かけてくる」と言い残し町の中へと向かって行った。そして日が暮れてもニックは宿に帰っては来なかった。
「そろそろ夕食の時間だよ~。全員揃っている~?」
「ホッコさん、ニックがまだ帰って来ていません」
「あれ~本当だ。何処に行ったのかな?」
ケン達一行は旅の最中は基本自炊をしている。しかし町に宿泊する時は大抵食堂を利用して食事を取っていた。何故なら旅の最中は基本的に美味い物は食べられないからだ。町に居る時くらいは美味しい物を食べたいと思うではないか。
そんな訳で本日は久々に食堂での食事だ。しかし全部で52人もの人数を誇るケン達勇者一行が同じ場所で食事をしようとすると、騒ぎが起こるし全員分の食事を作る食堂にも迷惑が掛かる。
よってケン達は町の中では幾つかのグループに別れてバラバラに食事に出かけていた。そして新たに加わったニックとハチはケン達のグループと一緒に食事をする筈であったのだ。
「ニックは何処に行ったんすか?あの人食事時は何時も居ましたよね」
「と言うよりも完全に火を起こす係になってたからな。町の外だと既に居ないと困るレベルだろ」
「まぁ居ないものはしょうがない。先に食べておけばいいだろう。夜遅く帰ってきたとしても酒場は開いているから食事が出来ないという状況にはならない筈だ」
そうしてケン達はスパナの町の宿の食堂で夕食を開始した。他のグループは町中の食堂に各々繰り出している。彼らは久しぶりの街中と言うことで旨い食事と旨い酒を飲みに行ったのだろう。
そうして食事を開始して暫くするとニックが宿に帰って来た。
その表情は半ば呆然としており、何やらトラブルが起こった様子だ。
彼はケン達を見つけると空いていた席に座り暫く呆然として反応がなかった。
しかし酒が運ばれてきてそれを飲み干す頃には回復し、今日あった出来事を話し始めた。
「それでニック、今日はどこで何をしてたんだ?」
「・・・いつもと同じだ」
「と言うと?」
「この町の炎の教会に行ってこの町の司教様に挨拶をして、それから町を歩き回って困っている人の相談に乗っていた」
「成程、それで成果は?」
「・・・皆話を聞いてくれた」
「良かったじゃないか」
「誰も石を投げてこなかった、ごみも投げてこなかった、罵倒もされなかった」
「・・・いやそれ当たり前の事だからな」
「当たり前・・・そうだよな当たり前だよな。牧師が町を歩いて困っている人の相談に乗ってればこれが普通なんだよな」
「ニック?」
「じゃあ今までのは何だったんだ?何で俺はカンナの町であんな目に遭ってたんだ!?」
「いやそれは・・・」
「俺はあんな目に遭うことが当たり前だと思っていたのか!俺のあの町での評価はそれほどまでに低かったのか!司教様が仰っていたのはこういう事だったのか!ぐっ・・・ぐうううぅぅぅ・・・俺の馬鹿ヤロウ!!」
とうとうニックは泣き出してしまった。それをケン達は温かく見守る。ニックは元々かなりの悪童で町での評判も悪く、出家して牧師になった後でもその評判に苦しめられて来た。
しかし一度その町を離れてみればニックはどこにでも居る牧師に過ぎない。
口が悪くて経験が少ないのが難点で正確に言うならば「牧師見習い」であるが、それも牧師としての経験を積んで行けばその内改善されるだろう。
イッサ司教も言っていたではないか、『この町以外の場所で牧師としての経験を積みなさい』と。それの意味を実感したニックは自分の過去の不甲斐無さと司教様の優しさに涙が止まらなかった。
それからというものニックはスパナの町に滞在中、文字通り朝から晩まで炎の教会に通い詰め、町を練り歩き、孤児院や救護院の手伝いをし、流れの牧師として町の住民達の相談に乗り続けていた。
それは彼の人生の中で初めてとも言える充実した牧師ライフであった。特にニックはこの町の孤児院の子供達に大変懐かれており、時間が許す限り子供達と遊んでいた。精「神年齢が近いから懐かれたんだ」とは誰の台詞だったか。
最終日、そんなニックが宿に帰って来たのは夕飯を食べ終わってそろそろ寝ようかという時間であった。ニックはケン達と共に明日町を立つと司教様や子供達に告げていた。そこで彼らはお世話になったニックの送別会を開いてくれたのだ。
彼は町の人達から大量のお土産を渡されてとても嬉しそうに宿屋へと帰って来た。
結局ニックはスパナの町に滞在中は牧師としての活動しかしていなかったので、冒険者として金を稼いでいる時間は無かった。しかし町の人達が足りない物を持ち寄ってニックへのプレゼントとしてくれた。それは中古品だったり、手直ししてある品だったりしたが、ニックはそのプレゼントをとても大事に荷物の中に入れていた。
「ニック、このままスパナの町に残った方が良いんじゃないか?」
ケンはそうニックに尋ねた。このままこの町で暮らした方がニックの為になるのではないかと考えたからだ。しかしニックは首を振った。
「気持ちは嬉しいがな、俺はいつかカンナの町に戻らなくちゃならねぇ」
「それはイッサ司教様が居るからか?」
「勿論それもある。しかしあの町は俺の故郷で、あそこには迷惑を掛けた連中が山のように居るんだ。その借りを返さなきゃあ司教様に顔向けできねぇよ」
「カンナの町に帰ったらまた石を投げられたり、罵倒されたりするぞ」
「覚悟の上さ。それに耐えて乗り越えられるようになるのが俺の旅の目的だ。宜しく頼むぜ勇者様よ!」
そう言ってニックは笑って布団をかぶって寝てしまった。
今夜は良い夢を見られそうだ。




