第76話 ドヴェルグ連合国の旅 ニックと焚き火
カンナの町を出発して4日目、どんよりと薄暗い曇り空の下、ケン達マール国勇者一行はドヴェルグ連合国内部を勇者の国に向かって進んでいた。
カンナの町から途中にある町までは約7日、一週間の道のりである。
今日は行程の半分4日目に突入した所であり、ケン達は余り草の生えていない荒涼たる大地に通された一本の道をひたすらに突き進んでいた。
カンナの町から2日目位まではマール国やシカーク王国と同じ様に街道沿いには草原が広がっていた。
しかし其処から先は段々と緑が少なくなっていき、今現在回りに生えているのは灰色にコーティングされた背の低い草でしかない。
たまに木が生えている箇所もあるが、基本1本だけだ。
所々数本纏めて生えている場所もあるが、その密度はマール国の森とは比べ物にならない。
最初にその景色に驚き圧倒されていたケン達だったが、段々とその物寂しい景色に胸が締め付けられていくような感覚に陥っていた。
「師匠、アニキ、この国はどうしてこんなに緑が無いのでしょうか?」
ケンが耐えきれずに尋ねる。
それに関してはヘイがギイから教えて貰った知識を教えることとした。
「何でも何も木も草も使い潰しちまったからさ。この国は元々気候的に寒いため余り植物が育たねぇ。それなのに鉱物資源だけは大量にあったから、ドワーフ達が住み着いて、年がら年中朝から晩まで鍛冶をしまくっちまったんだ。鍛冶をするには火が必要で、火を起こすには大量の木が必要だったんだよ。だから手当たり次第に切り倒しちまって今ではこんな有様なのさ」
「ちなみに草も少ないのは「焼き畑」を行なったからだ。字面で分かるかと思うが、焼き畑とは草地を焼いてその場所で農業を行う方法だ。本来は熱帯地域で行われている農業の方法でな、作物を育てて育ちが悪くなったら暫く放置し森にする。そして数年の後にその森を焼いて灰を土に混ぜ地力を回復させるという方法だ。しかしここは熱帯ではなく寒冷な地域だからその農法が適さなくてな。一度焼いてその後が続かなかったのだ」
だから今では農作物を収穫すること自体が大変で、寒冷地でも育つ作物以外は輸入に頼っているのが現状だと説明された。
結局の所この地に住み着いたドワーフ達の自業自得だったのである。
彼らはここに住み着く前の土地の流儀をそのまま持ち込んだが、その流儀はここでは機能しなかったという事だ。
各土地には各土地にあった住み方、暮らし方、そして作物の育て方があったのである。それを無視すれば自然は強烈なしっぺ返しを食らわせるのだ。人間はどうあがいても自然には勝てないのである。
「まぁおかげでマール国出身の俺達はこの国では儲けられるんだけどな」
「この国では食料は高く売れますからね」
「代わりに我が国には碌に鉱物資源が無いからな。お互い足りない物を補い合っているという訳だ」
そしてそれを繋ぐのが我々行商人なのだとギイは話を纏めた。
ケンはその話を聞き、行商人の必要性を痛感したのだった。
ちなみに現在ではドワーフ達が鍛冶で使う火は木や草の代わりに魔法や魔石を代用品として使用しているという話だ。そして荒れ地には木を植えようとしているのだそうだが余り上手くは行っていないらしい。収穫は直ぐだが、育てるには時間が掛かるということである。
そうして暫くすると、一行は見晴らしの良い場所で昼休憩を取ることにした。
馬車は纏めて停車させ、その回りで兵士も騎士も冒険者もその他も休憩をしていた。更にその回りをギイ商会の面々がアイテムボックスから出した逆茂木で囲む。
完璧な防御陣形である。
まずは荷物を優先的に守る。基本これだけの人数が纏まっていればモンスターは近寄ってこないが万が一がないとも限らない。そして貧乏なマール国は余計な出費を抑えなければならないのだ。
だからマール国を出発する前に話し合いをし、休憩や野営の際はこういう陣形をとることが決まっていたのだ。
なお、この旅の参加者には今回の旅で始めて野営をする人も多かった。
そういう人は最初は中心付近の馬車の中やその近くで休んでいた。
しかし既に旅も半ば、段々と慣れてきた為、今では皆思い思いの場所で休憩をしている。何事も慣れということか。
今皆はカンナの町で買っておいた保存食を水で戻して食べている。そのまま食べても大丈夫な物はそのまま食べている者も多いが、食べながら水分も取れるため、そして保存食は基本硬いため水で戻して柔らかくして食べているのが大半だ。
ケン達は既に町での食事が恋しくなってきたが、こればかりは仕方がない。流石に野営をしながら町の料理は食べられないからだ。溜息を吐きながら食事をしていると、どこからか美味そうな匂いが漂ってきた。
その匂いはその場に居たマール国勇者一行全員が認識することになり、突然の事に辺りは騒然となった。しかしニオイの元はすぐに発見された。それはカンナの町から新たに勇者一行に同行してきた2人のドワーフ内の1人、ニック牧師が作る料理の匂いであったのだ。
当然一行の視線はニック牧師に集中する。
ニック牧師は鼻歌交じりに行なっていた調理を中断する羽目になった。
「うおおい!何だテメェら!」
「美味そう」
「料理だ」
「料理」
「って何で料理が?」
「ニック!一体どうして料理してるんだ?」
ケンはニック牧師を連れて行くに当たって、イッサ司教からニック牧師を呼び捨てにするように依頼されていた。牧師としても半人前以下であるし、何より勇者と牧師では立場が違うからだそうだ。
最初は抵抗があったが、徐々に慣れていき、今では普通に呼び捨てだ。
釣られて他の皆まで呼び捨てにし始めた時はニックも苦い顔をしていたが。
「どうしても何も、折角喰うなら温かくて美味い物を喰いたいだろうがよ!」
「ごめん間違えた。どうやって料理してるの?」
「見りゃ分かんだろ!材料を刻んでフライパンで焼いてるだけだ。簡単な炒め物だぜ?」
「いやでも火が・・・あぁそうか!」
ケンは突然理解した。ニックは炎の教会の牧師だ。
だから火の魔法が使えるのである。当たり前の話であった。
実は今回の休憩中にケン達一行は火を着けていなかった。
正確に言うと火を使った調理をしていなかったのである。
何故かと言うと、ドヴェルグ連合国ではマール国やシカーク王国とは違い、道中で薪が拾えないからだ。先程ヘイが説明した通りこの国では木そのものが貴重品なのである。
よってカンナの町から出発する際に、勇者の国までに使用する焚き火用の木材及び火の魔石は予め購入しておいたのだ。
しかしケン達マール国勇者一行は基本的に貧乏である。木材も魔石もギリギリしか数が無い。既に温かい季節になっている事もあり、焚き火は日が落ちた夜間のみ使用するつもりで、昼間は火を付けないで過ごすつもりであった。
だから今日の昼飯からは保存食を水で戻しただけのさもしい昼食が続く筈であった。なお昨日までは途中にある村で昼食を取っていた為に、この問題は顕在化していなかったのである。
しかしニックは炎の魔法が使えるのだ。つまり貴重な木も魔石も使わずに無料で火が出せるということで、それは取りも直さず昼食が豊かで自由になるということでもある。
「ニック!頼みがある!!」
「うおおっ!何だよ突然!」
「俺の飯も温めてくれないか!って言うか温めて下さい!」
だからケンはニックにお願いした。直談判した。ケン自身が思っていたよりもずっと強く頼んだ。食の重みとは予想を遥かに超えたものらしい。
「あっずるい。ニック私もお願い」
「オイラも」
「ワイもや」
「私も頼む」
「俺も」「僕も」「アタシも」「私もだ」
次から次へと勇者一行がニックに温かな食事を求めて殺到してきた。
その勢いに最初ニックは押されていたが、限界を超えたのかニックは立ち上がった。
「オイコラぁ!ぶっ飛ばすぞ!じゃない、ちょっと待て。待ちやがれ!幾ら何でもこの数は無理だコノヤロウ!」
「何でだよ、魔法でちょちょっと温めてくれれば良いんだよ」
「無茶言うな!魔力ってのは使えば使うほど減っていくんだよ!全員の飯を温める程の魔力は幾ら何でも俺にはねぇよ!つーかケン!お前の弟に頼めよ!魔法使いだろうが!」
「シン出来るか?」
「ごめん。僕まだ何も魔法使えないんだ。小さい火も起こせないよ」
「という訳でお願いします」
「何がと言う訳だ!出来んもんは出来ん!」
そうしてニックと一行で押し問答が開始された。温かい食事は皆食べたいが、ニックの炎には限りがある。どうしようかと考えていた所、旦那が解決策を提示した。
「まぁ全員落ち着け。ニック、一応確認だが君は全員分が出せないだけで、ある程度は炎を出すことが出来るのだね?」
「あ?ああそうだな。流石に50人分は不可能だが、10人分位の飯を温める位の炎なら余裕だぜ。20人分だと魔力不足で移動に支障をきたすかも知れねぇ」
「成程、ならば問題は無いな」
そう言って旦那は全員に向かって提案をした。
「全員昼食用に買ってある食料を提供してくれ。それから料理の腕に覚えのある者は名乗り出てくれ。これからは全員分の食事を纏めて作ろう。そうすれば総合的な魔法力も少なくて済むし、皆が温かい食事を取ることが出来る」
「おい!俺は焚き火代わりかよ!」
「これも善行ということで宜しく頼むよ。正直食事1つでやる気が買えるなら安いものだからね」
「うおおおっ!司教様!俺は折角旅に出たのに出来ることは焚き火であります!」
「人間出来ることがあることは良いことだよ。少なくともこれでお昼時に皆は幸せになれるからね」
話は纏まり、それ以降ニックは魔法を使って火種を起こす係となった。
食事時のみならず、夜間の焚き火や照明代わりと大活躍である。
当然の事ながらニックは火を付ける度にぶつくさ言っていた。
しかしこれのお陰でニックの炎の扱いが上手くなったのだから世の中分からないものである。
そうして昼間の食事の懸念が払拭されたおかげでケン達は順調に旅をすることが出来、予定通りカンナの町を出発してから一週間で最初の目的地である「スパナの町」に到着したのであった。




