第7話 5年後の約束
「ありがとう!本当にありがとう!」
「あんた達凄いねぇ、あっという間だったじゃないか!」
エリートゴブリンを倒した後村内を見回り、他のモンスターが居ないことを確認した後、行商人達は村人に囲まれていた。それもその筈である。村を襲ったゴブリンの集団、しかも滅多に出現しないエリート・ゴブリンに率いられた別働隊に内部に入られてあわや全滅の危機にひんしていたのだ。正直村人達だけでは危険だっただろう。
「やった・・・俺はやったぞ!ウオオォォーーーー!!!!ガハァ!?」
「・・・やかましい、さっきから何度やっている。いい加減うるさい」
「ははっ、気持ちは分かるぜ。何せ初陣だってのにモンスターを倒せたんだからな。」
見習いが叫び、若い二人が呆れたように見守っている。ツッコミでひっぱたいたのはご愛嬌というところか。まぁ今まで見逃していたということは取り敢えず認めたということであろう。
「いやいや困った時はお互い様ですよ」
「そうじゃのう死人が出なくて良かったわい」
「そうよね、そうよね。家畜たちが走ってきた時は私達皆動けなくてあのままでは本当に危険だったのよ。皆さんが宿泊していなければ私も息子たちも危なかったわ。だから本当に本当にありがとう」
調べた所、別働隊は家畜小屋の家畜たちを狙ったが、家畜が逃げ出した事で侵入が露見したのだろうと結論付けられた。ちなみにエリート・ゴブリンに喰われた一体を除いて他の家畜は無事だった。これはまさに不幸中の幸いと呼ぶべき状況であった。
とにかくこれで今回の危機は去ったということで見張り以外の村人は各々家に帰って行った。そして行商人達と宿屋の家族は宿屋へと戻っていった。ちなみに見張りはいつもの倍の人数になった。おそらく今夜はもうモンスターは来ないとは思うが、万が一を考えるとやはり人数は増やすべきだと話し合われたからだ。
「とにーかく今回はありがとうな。オラの家族を助けてくれて感謝してるだよ。礼にもならんかもだけど、酒を振る舞わせてくんろ」
「それはありがたい。では遠慮なく頂かせてもらいますよ」
「あー酒っすか、うーん俺は普通に茶で良いっす」
「何じゃお主酒は苦手だったのか?」
「師匠に弟子入り前に家族で食事した時に初めて飲んだんすけど・・・母さんが泣きながら飲んでましてね、今回の行商が終わった後に無事に帰って来たぜって話しながら飲みたいんすよ」
「ほう、いい話じゃないか。ならお前の分も飲んでやるよ」
「・・・台無しなんだけど、明日も早いんだから量は控えなさい」
ゴブリンと戦ったばかりだというのに行商人達に変わった様子はない。まるでいつも通りだと言っているようであり実際にいつも通りであった。モンスターが徘徊する外の世界で行商をする者にとってこの程度は当たり前のことなのだろう。
「すーごいな行商人さん達は。すげーカッコイイな!」
「本当だよね、僕達びっくりして動けなかったのにサクサク倒してたもんね」
「・・・」
「でーも一番驚いたのはあの「柵」だよな。あれってやっぱアイテムボックスから出したのかな?」
「そうだと思うよ、あの番頭さんが言ってたし。あんな大きいもの服の中には入らないしね。あれだけスムーズに使っているんだから普段から使い慣れているんじゃないのかな?」
「・・・・・・」
この世界の人間は満15歳で神から「アイテムボックス」と呼ばれる奇跡を授かり晴れて成人と認められる。
アイテムボックスとは物の出し入れ自由な亜空間みたいなものだ。中に入れられる物の大きさに制限はないが、重さは自分自身が持ち上げられる物のみに限られているため小物や生活用品などを入れている人が多い。ちなみに何故か生物は入れられないという。
宿の兄弟たちは未だ15歳にはなっていないため、自分のアイテムボックスは持っていない。しかしそれでも行商人達の凄さは分かるようで興奮して喋り続けていた。そんな中ずっと黙っていたケンから嗚咽が漏れ始めた。
「うっ・・・ぐすっ・・・ひっく・・・」
「えっ、どうしたの兄さん、どこか怪我した?」
「さーっき見た時は何とも無かったはず。どうしたんだケン?」
ケンはフルフルと首を振る。怪我が原因ではないらしい。彼はポツリポツリと言葉を口にした。
「・・・・・・った」
「えっ?何だって?」
「何も出来なかった」
「はい?」
「何も出来なかった、体が動かなかった、世界を見て回りたいのに、ゴブリンなんかにびっくりして動けなかった、怖かった、死ぬかと思った。僕、僕行商人失格だーー!!」
次男の泣き叫ぶ声に宿の時間が止まる。兄弟はオロオロし、両親は顔を見合わせ、行商人達は苦笑し、行商人見習いは顔を赤くした。しばらく経って落ち着いたところで話しかける人物が居た。ゴブリンが襲撃して来るまで弟子入りを願われていたギイである。
「ふむ確かにさっきの調子では行商人は厳しいだろうな。村の中であの調子では村の外ではものの役にも立たないだろう。」
「ぐすっ・・・はい」
「だがそれはヘイにも言える。こいつも君と同じく最初は全く動けなかったからな」
「ヒャイ!すんません師匠!」
「ケン君、君はまだ若い、成人にもなっていない子供ならあれが正しい反応だ。もしも君の年齢で冷静に対処できる様ならばそれはもう行商人などにならずに英雄を目指すべきだ。勇者だって夢じゃない。私達が対処できたのはひとえに場数を踏んで来たからにすぎない。ヘイにしたって同じことだ、初陣でいきなり動ける者などどこにも居ない。だからサッカにフォローを任せたのだ。見習いを育てるというのはそういう事なのだよ。」
「ありがとう御座います!師匠、番頭!」
「場数・・・はい分かりました」
「だから君は行商人失格ではない。いやそれを判断するにはまだ早いと言った方が正しいか。ゴブリンが来る前にしていた話だがね、君の弟子入りは認める。しかしそれは君が成人になってから、15歳になり神にアイテムボックスを授かってからの話だ。もし成人した後にそれでも行商人になりたいという夢を持っていたのなら私の商会を訪ねなさい。責任を持って面倒を見よう。でもそれまではこの村で両親の手伝いをしながら過ごしなさい。いざ行商人になって世界を巡り始めたらそう簡単には帰って来られなくなるからね。」
そう言ってギイは優しくケンの頭をなでた。ギイ自身初陣ではまともに戦えずに師匠の手を借りて随分と落ち込んだものだ。だからこれは過去の自分が通った道である。
あの時の師匠のように弟子と弟子になろうとしている少年達を正しく導かねばとギイは考えていた。
「分かりました!あの僕は今10歳です、後5年で成人なので15歳になったらギイさんの商会に伺います!必ず行きます、宜しくお願いします!」
「そうか5年後か、楽しみにしているよ」
ニッコリと笑った2人を中心に宿は多いに盛り上がった。翌日の朝早く、母親の手による豪華な朝食を食べた後、行商人達は村を出発した。その後姿をケンはいつまでも見送っていた。その手にはギイから預かったギイ商会への紹介状があった。
・・・そして一月後最奥の村まで行って引き返してきたギイ達に再会し、ケンも行商人達も何とも言えない気まずい空気を醸し出したのだがそれはまた別の話。
そして気がつけばあっという間に5年の月日が流れていた。
これにて第一章は終了です。